三月ばかり*ばかり、うぐひすなきければ、きたのかた、


*出家は応和元年〈961〉12月
我身にも
世を鶯と
なきけれど
君がみ山に
えこそ通はね
わがみにも
よをうぐいすと
なきけれど
きみがみやまに
えこそかよはね


あねきたの方の御返ども、



此間恐有誤脱。*げにたれもおなじやうにしりたまはざらむをなむ、おなじ「うきよかは。」と思うたまふべき。


*本文中、後出「いづくにも」の歌の措辞が見える。この辺り、錯簡があるか。
「うからねばこそのぼりおはすらめど、『山にても』*といふことあらば。」となむきこえまほしきを、


*世を背いても人の世の憂さは変わらない、の意か。
このかみ*も、「このよをそむきて、あはれなる人のすみ給らむよかは*をわたりて、御かげをだにみるまじくとも、猶そむきてもおこなひ侍まほしきを、宮安子*にもしかに又おぼしめすなる。『御ともにも。』と參き。」*


*後出「中將の君」を指すか。
*横川
*中宮
*と。
「いもうとをみずは。」といふこともなきにこそは。



まことにや、「たれにとはまし。」とか。



すみ給人*にこそとひきこえめ。


*少将
うからねばこそ。



流れても
君住べしと
水の上に
浮よかはとも
誰か問べき
ながれても
きみぬしべしと
みづのうへに
うきよかはとも
たれかとふべき


となむきこえ給ける。



つねにこのふた所*、かなしうあはれなることをなんきこえかはし給ける。


*北の方姉妹
かくて、かのもゝぞのの權中納言殿師氏の中將のきみまゐり、中宮安子よりはじめたてまつりて、おどろきとぶらひきこえ給なかに、御めのととあい宮となむ、ものもきこしめさずなきまどひ給ける。