かくいひて、いふかひなくて月ごろになりぬ。



女ぎみは「あまになりなむ。」となきたまひけり。



あい宮の御もとになん、つねにかなしきことをもかよはし給ける。



あまにも、こゝにもとなむおもひたまふる。ひとたびに*なり給へ。


*あなたもご一緒に
と、あい宮の女君の御もとにきこえ給ひければ、



あまにはたれもなるとも、おなじやまにはいらざらむこそかひなけれど、「よかはのふもとまでだに。」とおもうたまふるに、それもかたくや。



かくきこゆる。*


*また女君、
いづくにも
かく淺ましき
浮よかは
あな覺束な
誰に問まし
いづくにも
かくあさましき
うきよかは
あなおぼつかな
たれにとはまし


とあいのみやにきこえ給ければ、女ぎみ、



「あまに。」と思ひたもうれ。



山ぢしる
鳥に我身を
なしてしか
君かくこふと
泣てつぐべく
やまぢしる
とりにわがみを
なしてしか
きみかくこふと
なきてつぐべく

*郭公。死出の山を越えて来る鳥とされ、「死出の田長」の異名をもつ。
かくて、あい宮の御もとよりきこえ給ける。



なぞもかく
いける世をへて
物を思ふ
駿河のふじの
煙絶えせぬ
なぞもかく
いけるよをへて
ものをおもふ
するがのふじの
けぶりたえせぬ


「あはれ〳〵。そこにもいかに。」となむ思ひ聞ゆる。



ゆめにもやまのきみのみえ給をりは、さめてくやしくなむ。



ときこえたてまつらるれば、御返、



物思ひは
我もさこそは
駿河なる
田子の浦浪
立やまずして
ものおもひは
われもさこそは
するがなる
たごのうらなみ
たちやまずして


となむ。