たれも〳〵御はらからの君だち、このあい宮のなきかなしびたまふをきゝ給ひて、あはれがりきこえ給も衍歟、ものをきこえておはしふる。とき〴〵く歟、故式部卿重明のきたのかた登子は、時々*とぶらひきこえ給ひける。四月ばかりに、うの花につけて、


*衍文
君のみか
われもさこそは
世中を
あな卯花と
なく時鳥
きみのみか
われもさこそは
よのなかを
あなうのはなと
なくほととぎす


かへし、



卯花の
さけるかきねに
時鳥
我はまさりて
なくとしら南
うのはなの
さけるかきねに
ほととぎす
われはまさりて
なくとしらみなん


又、式部卿のきたの方も、そのとのにきこえ給、



なほ思ふ〳〵ともあさまし。



やまよりもいかにつきせずおぼすらむ。ゆめもあらば、



憐なる
こと語らひて
郭公
もろ聲にこそ
なかまほしけれ
あはれなる
ことかたらひて
ほととぎす
もろこゑにこそ
なかまほしけれ


と。*御かへりかしこまりてなん。


*姫宮の
いとも〳〵うれしく、かくつねにとはせ給ふことなむ、つきせぬ。ことには、いでや〳〵、すべて〳〵、ただおしはからで、まことや、



かたらはぬ
さきより鳴つ
時鳥
物の憐を
しれりと思へば
かたらはぬ
さきよりなつ
ほととぎす
もののあはれを
しれりとおもへば


かくてあぜちの大納言どの高明のきたのかた師輔公三女、あいみやの御もとに、


大納言どの高明=源高明
此ごろはいかゞ。



あやしうものさはがしくおもうたまへられてなむ、しばしもきこえぬ。



あはれ、よの中をいかにながめたまふらむ。



こなたにも、などかわたり給はぬ。



やまよりはとぶらひきこえ給や。



さもこそは、よはそむき給はめ。



しのびてもいても*、おほむもとにはかたらひきこえ給へかし。


* 「いでて」か
女のかよふ所ならば、さてかよはまほしくなむおもへど、いまこそあはれなれ脱歟



いかに、そこにも、世中こゝろにかなはぬをりは、やまへいりぬべきをりあれど、えやはよのなかをそむく。



まが〳〵しく、「あまにならむ。」との給ふなる、まことか。



ゆめ〳〵しかなおぼしそ。



恨こし
そむかまほしき
世也共
みるめかつかぬ
あまになるなよ
うらみこし
そむかまほしき
よなりとも
みるめかつかぬ
あまになるなよ


あい宮の御返し、



いとうれしうとはせたまへるなん、つれ〴〵なるに、これよりこそきこえまほしけれど、つねにさはがしうおはしますらむに、とぶらはせ給をよろこびて、そなたにもまゐらまほしきを、あけくれのながめに袖ひぢつゝ、ものおもはぬになむ。



やまより、ときどきおとづれ給。



かしらそりたまへ*らむすがたのみ見たまへまほしきに、みえ給はぬが、


* たまふ
「『うきよの中にかへらじ。』とにやあらむ。」と、



「あまにはさもや*。」とおもうたまふれども、


* 尼になるべきべきだろうか
「さてもなほよの中にこそおもひかへりこめ。」とおもうたまふれば、まだおもひたゝずなむ。



海士ならで
夫にも汐は
たるれ共
うきめ被くと
又は成べき
あまならで
それにもしほは
たるれとも
うきめ被くと
またはなるべき


世にはしりてやまぢにまどふこゝろも下闕


??
出てこし
人の家ぢも
思ほえず
我深山こそ
住よかりけれ
いでてこし
ひとのいへぢも
おもほえず
われみやまこそ
すみよかりけれ


かくて、あい宮の御もとに、右衞門のすけおはして、少將のきみおはしつるやう*、かたりきこえ給へば、


* 様子
「わればかりうき身はなし。をとこはおはし、かよひたぶ。」と、



山の井の
麓に出て
流れなん
戀しき人の
かげをだにみん
やまのゐの
ふもとにいでて
ながれなん
こひしきひとの
かげをだにみん


とのたまへば、すけのきみの御かへし、



君がすむ
山がは水の
淺ましく
うき世中に
ながれ出にし
きみがすむ
やまがはみづの
あさましく
うきよのなかに
ながれいでにし