さて、此ひめぎみにはやうよりこゝろがけきこえたりし人もとぶらひけり。



それがきこえ給ふ、



などか、このきみをやまにいり給ふべくみたまひぬべきことはあらせたてまつり給し。



まろこそ、むかし「やまずみはせん。」とおもひしか。



人に物おもはせたまへりしむくひとおぼしめせよ。



「まめやかにやまにすみ給よりも、とまりてひとりねしたまふこそ、いかにねぶたからずおぼすらむ。」と思ひたてまつりて、



聲たかく
哀といはゞ
山彦の
あひ答へずは
あらじとぞ思
こゑたかく
あはれといはば
やまびこの
あひこたへずは
あらじとぞおも


「よしついで*とて、かへりごとしたまはず。


*「つぎてあり」か。
かなしさぞまさりける。



又ほどへて、



山となる
耳無山の
山彦は
よべどもさらず
あひも答へず
やまとなる
耳無やまの
やまびこは
よべどもさらず
あひもこたへず


こたへ*もとりいるゝ人を見まほし。


*こたび
とてない給。