京のとの*より御ふみに、


*師氏か。
このごろは、いかにおぼすらむ。



こゝには心ぼす*きをいとあはれになん。


* そ歟
こゝにはこのつき、なみだとゞめず。



そこにはおぼすらむをおもひたてまつりて、「あまにならん。」とさへの給ふなる。



つねは、よの中にさぞおぼすらむ。



「こゝにぞ、うきよをばそむきはてなん。」と、いさや、よのなかにないしかみのぬし*といふなれば、「かしらおろしては、かうぶりとられなむ。」と人のものすればなむ、いさゝかうしろのこして侍。


* 内侍司の長?
さうじをさへし給ふなれば、「わかき人だに、ふかくものをおぼえずなれば、こゝにはまして水風のいもひ*をせまし。」となむ。


* 斎戒
あまにても、うき世をばはなれずや。



なほしかなおぼしそ。



船流す
程久しと
云なるを
あまと成ても
ながめかるてふ
ふねながす
ほどひさしと
いふなるを
あまとなりても
ながめかるてふ


ときこえ給ける。



御かへし、



かしこまりてうけ給はりぬ。



いとうれしう、つねにとはせ給へるをなん、みづからまうさまほしうおもうたまふれど、このごろみだり心地、れいよりもまさりてあやしうはべりてなむ、ながめ侍。



あまとても
みをし隱さぬ
物なれば
我からとても
うきめかる也
あまとても
みをしかくさぬ
ものなれば
われからとても
うきめかるなり


とうけたまはれば、おもひもさだめず。



ときこえ給へり。



又、右衞門佐、中納言どのにつたへたまへりけるついでに、大ひめぎみの御方につたへ給へりけり。



忘ても
嬉しかりける
君かとて
黄昏時は
まとはれぞする
わすれても
うれしかりける
きみかとて
たそがれどきは
まとはれぞする


ひるねしておきたまへりけるほどなりけり。



ゑもんのすけたちながらきこえ侍。



「あやしけれども、いそぎて内へまゐり侍ればなん。いかに。」とて、



「えしば〳〵もきこえ侍らず。」とて、



「いかによのなかをたちはきたるさまをも見たまふ。」とてなむ、きこえたまへる。



御返、



いとうれしう、たちより給へるを、いそぎたまへばなむ。



すがたはたそがれどきにおぼつかなくなむ。



こゝにはそれともあはれになん。



つれ〴〵のながめに、すまひさへかはりたれば、あの人のかげもみえねば、こゝろぼそきをとはせたまへるなん。



*きこえたまへば、


* と
さらばしづかにまゐらむ。



「たちはきたるすがたも見給ん。」とあれば、ゑりくゞつにてもさぶらはむ。



とて、いでたまひぬ。



みや*中宮安子か。


*中宮安子か。
のこのかみのとのにて人たまへるついでに、ようさりつがた、月のほのかなるにたちよりたまへり。



むかしきくやどのありしえに*いかにぞや。


* 縁
山人はしのびており給や。



あいなし。



足引の
山より出ん
山びこの
そまやま水に
音まさらなん
あしびきの
やまよりいでん
やまびこの
そまやまみづに
おとまさらなん


ときこえ給へれば、



いとうれしくたちよりて、とはせ給へるを、はじめはうれしかりつれども、のちの御ことばにさしあやまちて*、いとゞしくさまもみえて。


* 心が動揺して
とて、うたのかへしはきこえたまはず。



さがさう*のやうに、人もこそきけ。


* 左右=指図
ことこ*のきむだちは、しばしはこそあはれがり給しか。


* 異子
あいみやぞ、おぼしやむことなかりける。