そこにはおぼすらむをおもひたてまつりて、「あまにならん。」とさへの給ふなる。
「こゝにぞ、うきよをばそむきはてなん。」と、いさや、よのなかにないしかみのぬし*といふなれば、「かしらおろしては、かうぶりとられなむ。」と人のものすればなむ、いさゝかうしろのこして侍。
さうじをさへし給ふなれば、「わかき人だに、ふかくものをおぼえずなれば、こゝにはまして水風のいもひ*をせまし。」となむ。
船流す
程久しと
云なるを
あまと成ても
ながめかるてふ
ふねながす
ほどひさしと
いふなるを
あまとなりても
ながめかるてふ
いとうれしう、つねにとはせ給へるをなん、みづからまうさまほしうおもうたまふれど、このごろみだり心地、れいよりもまさりてあやしうはべりてなむ、ながめ侍。
あまとても
みをし隱さぬ
物なれば
我からとても
うきめかる也
あまとても
みをしかくさぬ
ものなれば
われからとても
うきめかるなり
又、右衞門佐、中納言どのにつたへたまへりけるついでに、大ひめぎみの御方につたへ給へりけり。
忘ても
嬉しかりける
君かとて
黄昏時は
まとはれぞする
わすれても
うれしかりける
きみかとて
たそがれどきは
まとはれぞする
「あやしけれども、いそぎて内へまゐり侍ればなん。いかに。」とて、
「いかによのなかをたちはきたるさまをも見たまふ。」とてなむ、きこえたまへる。
いとうれしう、たちより給へるを、いそぎたまへばなむ。
つれ〴〵のながめに、すまひさへかはりたれば、あの人のかげもみえねば、こゝろぼそきをとはせたまへるなん。
「たちはきたるすがたも見給ん。」とあれば、ゑりくゞつにてもさぶらはむ。
のこのかみのとのにて人たまへるついでに、ようさりつがた、月のほのかなるにたちよりたまへり。
足引の
山より出ん
山びこの
そまやま水に
音まさらなん
あしびきの
やまよりいでん
やまびこの
そまやまみづに
おとまさらなん
いとうれしくたちよりて、とはせ給へるを、はじめはうれしかりつれども、のちの御ことばにさしあやまちて*、いとゞしくさまもみえて。
ことこ*のきむだちは、しばしはこそあはれがり給しか。