今は昔、貫之が土佐守になりて、下りてありけるほどに、任果の年、七八ばかりの子の、えもいはずをかしげなるを、限りなくかなしうしけるが、とかく煩ひて、失せにければ、泣きまどひて、病づくばかり思ひこがるるほどに、月ごろになりぬれば、かくてのみあるべき事かは、上りなんと思ふに、児のここにて、何とありしはやなど、思ひ出でられて、いみじうかなしかりければ、柱に書きつけける



都へと
思ふにつけて
悲しきは
帰らぬ人の
あればなりけり
みやこへと
おもふにつけて
かなしきは
かへらぬひとの
あればなりけり


とかきつけたりける歌なん、いままでありける。