これも今は昔、賀茂祭の供に下野武正、秦兼行遣はしたりけり。



その帰さ、法性寺殿、紫野にて御覧じけるに、武正、兼行、殿下御覧ずと知りて、殊に引き繕ひて渡りけり。



武正殊に気色して渡る。



次に兼行また渡る。



おのおのとりどりに言ひ知らず。



殿御覧じて、「今一度北へ渡れ」と仰せありければ、また北へ渡りぬ。



さてあるべきならねば、また南へ帰り渡るに、この度は兼行さきに南へ渡りぬ。



次に武正渡らんずらんと人々待つほどに、武正やや久しく見えず。



こはいかにと思ふほどに、向ひに引きたる幔より、東を渡るなりけり。



いかにいかにと待ちけるに、幔の上より冠の巾子ばかり見えて、南へ渡りけるを、人々、「なほすぢなき者の心際なり」とほめけりとか。