古の事かとよ。



都に隠れなき丹後の少将殿とて時めける人あり。



器量骨柄人に勝れ、詩歌管絃何につけても暗からず、御年二十に余り給へども、御台所ましまさず、都広しと申せども、御心に入りにし方なくして、遠国波涛まで御尋ね候へども、未だ何れとも定まり難し。



爰に五條の宰相殿の御娘御二人おはします、姉御は御年十六になり給ひしが、其の頃世に類なき美人にて坐す。



母上に後れさせ給ひて、継母御にかゝりて坐す。



又其の妹十四にならせ給ひしは、後腹の御子なり、是れも美人にてましませども、姉御には劣り給ふと聞えし。



姉御をば野もせの姫、妹を紫蘭の姫とぞ申しける。



丹後の少将殿は、兄弟の姫君の事聞き及び給ひ、只一目見たきと思召し、姉野もせ姫の乳母、靫負の局の方へ、縁を尋ねて、内証仰せ遣はさる。



又妹紫蘭姫の乳母紫竹の局の方へも、内証仰せ遣はされ、一目御覧ありたきとの御事なり。



靫負の局は、少将殿よりの内証申し来りしを、継母御に申すも如何あらむ、父御に申すべきやと思案し居たり。



又妹の乳母は内証申し来りし事、母御に申し開かせ候へば、母御は悦びて申させ給ふやう、「丹後の少将殿と申すは器量世に勝れ、諸芸達し、時めく人なり、是は思ひの儘なる壻殿なれば、急ぎ見せ参らすべし、清水詣でに擬へて見せ参らせむ由申しつがひ候へ。」とて則ち乳母方より少将殿へ其の通り申し遣はしけり。



靫負の局は之を聞き、軈て父御へ申しければ、父宰相殿仰せられけるは、娘を見するといふ事如何なり、何れも物詣での時分知らせ申すべき由、其の方が心得の由にて、申し遣はすべきとの御ことにて、則ち申し遣はしけり。



さて丹後の少将殿は、彼の姫君達の清水詣でを今や遅しと待ち給ふ。



斯くて弥生十八日の事なりしに、宰相殿の北の方御娘御二人召し具し、御輿十挺許り遣り続けさゞめかいて清水詣でありけり。



丹後の少将毀は此の由を聞召し、女の姿に出立ちて、先に立ちて参り給ひ、観音の御前の傍に、輿を立てさせて彼の人々を待ち給ふ処に、宰相殿の北の方御輿より下り給へば、次に野もせ姫御輿より出で給ふを見たまへば、桜重の上に萌黄の袿、紅の袴踏みしだき、中門より歩み給ふ御姿、御髪は袿に等しく御顔容の美しさ、目元口付、姿いとらうたく言ふも愚かなり。



広き都の其の内に斯程の美人は、遂に目馴れたる事もなきと思召し、少将は是れをこそと思はれけれ。



又其次に妹の紫蘭の姫御輿より下り給ふ見給へば、花山吹の上に、薄紅梅の袿、紅の袴踏みしだき、是れも顔容姿美しさ類少なき装ひなり。



然れども姉には劣たると少将殿に思召されけり。



扠少将殿はそれより御下向あれば、姫君達も軈て御下向ありけり。



二人の乳母面々に思ふ様は、今日の美人比べには、何れが勝り何れが劣りたるならんと、少将殿よりの便りを聞かまほしくぞ思ひける。



去る程に少将殿は、野もせ姫を迎へむとて、先づ御母上に此の事申させ給へば、母上は聞召し、「五条の宰相殿の姫は、事の仔細あれば叶ふまじき由。」仰せられけり。



少将殿は此の由聞召し、「さて是は如何すべきぞや、たつて申せば不孝なり、また此の姫の外浮世に迎へむと思ふ人なし。」とて深く思ひに伏し沈み給ひけり。



かかりける処に、少将殿の乳母に正木の局申すやう、「御心地は何と坐すぞ、野もせ姫の御事に於ては、自ら叶へて参らせむ、急いで御文を遣はされ。」とぞ申しける。



少将殿は此の由聞召し、御枕をあけさせたまひ、「嬉しくも申すものかな、さらば文を参らせむ。」とて、紅の薄様に引重ねてかくなむ。



清水の
そこにて君を
ゆめばかり
見しおもかげの
色はわすれじ
きよみづの
そこにてきみを
ゆめばかり
みしおもかげの
いろはわすれじ


花ならぬ
人に心の
うつろひて
なにはの蘆の
ほのめかすらむ
はなならぬ
ひとにこころの
うつろひて
なにはのあしの
ほのめかすらむ


斯様に書き給ひて、乳母の正木に遣はされければ、正木御玉章をもちて、五條の宰州殿へ参り、靫負の局に見参申したき由申しければ、折節妹の乳母と紫竹の局あり合ひて、「何方よりの御使ぞ。」と問へば、「丹後の少将殿より参り候、この玉章を野もせ姫へ参らせて給べ。」と申す。



「暫く御待ち候へ。」とて、野もせ姫へは参らせすして、御台所へ此の由かくと申しければ、御台所は此の文をそと開きて見給ひ、扠は清水にての美人比べに負けたりとて、乳母も共に安からず思へども力及ばぬ次第なり。



御台所宣ふは、「先づ其の使を此方へ召せ。」とて中の庭へ呼び寄せられ、使に御台所申されけるは、「あの野もせ姫は、腰より下に大瘡出で来候て、時々死に入り給ふなり、顔許りこそ人にて侯へ、同じくは紫蘭の姫を仰せ懐けさせ給へ、形は野もせ姫には勝りて候。」と申されければ、此の使申すやう、「さて浅ましき事にて候ものかな、其の由をこそ申し候はめ。」とて帰りければ、袖を控へて、「よき様に御申し候はば、祝ひを申すべし。」と申されければ、「いかで、私にては申すべき。」とて使は帰りて少将殿へ此の由申し上げければ、少将殿宣ひけるは、「紫蘭の姫へ相馴れて、其の日の中に十善の位には即くといふとも、宿縁無ければ叶ふべからず、野もせ姫だに相馴れば、如何なる山の奥、野干の住む野の末なりとも、諸共に住むべけれ、早々行きて思ふ人の返事を取りて来るべし。」と宣へば、使重ねて来り、野もせ姫の乳母靫負の局に、彼の玉章を参らせければ、靫負の局は、野もせ姫に此の由斯くと申して、玉章を参らせければ、野もせ姫乳母に仰せけるは、「扠是れは何とかあらむ。」と宣へば、乳母申すやう、「此のほどの美人比べに勝たせ給ふことのめでたさよ、御兄弟とは申しながら、継母の御事なれば、常々憎ませ給へば、妾如きの者まで腹の立つ事のみにておはせしに、少将殿への縁の道、思ひの儘なる御事なり、はやく御返事あれ。」とぞ申しける。



やがて姫君返し、



「わが袖はしほひに見えぬ沖の石の人こそしらね乾くまもなし



古言ながら御返事申しまゐらせ候。」と書きて、送らせ給ひけり。



使返事を取りて、少将殿へ参らせければ、少将殿斜ならず思召し、開きて御覧ずれば、古き歌あり、其の心はわが恋は知る人もなし、又思ふ人にも言ひも出さず打語るべき友もなし、沖の石なる程に、人こそ知らね心の中は乾くまもなく、此方にも思ふなりとの心なり。



少将殿此の歌を御覧じて、「先づ/\美しき筆のすさぴかな、又斯様に相思ひなる事かな。」とて愈浅からず思召し折々忍び/\に通ひ給ひて、少将殿よき折柄に母上に申し候ひて、内へ入れ奉るべきとの誓ひを立てさせ給ひ、深く契りをこめ給ふ。



斯かりし処に継母御前此の事聞き給ひ、紫蘭の姫を差置き、野もせ姫に契りをこめ給ふ事の腹立ちさよと、胸を焦し給ひ、乳母の紫竹の局を召して宣ふは、「今夜野もせ姫を失はむと思ふなり、武失を召せ。」とぞ仰せける。



「承り候。」とて、武夫二人具して参りければ、御台宣ふ様、「如何に武夫共、言ふべき仔細有り叶へて得さすべきか。」と仰せければ、武夫承り、「是は今めかしき事を仰せ候者かな、仮令火の中水の底までも、御諚をいかで背き申すべき。」と申し上げければ、御台斜に思召し、「別の事にてはなし、野もせ姫を、深く人知れず失ひてくれよ。」と仰せければ、武夫申す様、「余所の御方にても候はばこそ、三代相伝の君を失ひ奉るべきや。」と申しければ、継母御前大きに怒り給ひ、「さればこそ、初めより言ひし時何事にても叶へ申すべき由申せし程に、頼もしく思ひて斯程の大事を言ひ出しつるに、時に当つて虚言を申しける。」と荒々と宣へば、彼等心苦しくて、「兎も角も御意次第にて候。」と申す。



その時継母斜に悦び、彼等に酒を羞め、砂金を取らせて賺し給ふ。



扠武夫申す様、「何として亡ひ申すべきぞ。」と申しければ、「今宵紫蘭の局に具せさせ、花園に出で月を眺めよと申すべし、其の時荒けなき様にてしどろに走り出で、中有に取つて行け。」とぞ仰せける。



月も早羊の歩みに暮れゆく、有明も東の山の端に出で殊更さやけし。



紫蘭の局は野もせ姫を勧め申し、いざや月を眺めむとて花園庭に出でければ、約束の如く件の武夫走り出で、丈なる御髪を粗悍なる手にて掴み、中有に取つてぞ失せにけり。



乳母の靫負の局、「是れは/\。」と言へども、早行方知らず成りにけり。



扠武夫は姫君を具して、近江の国勢多へ参り、既に橋の上より落し奉らむとせし時、野もせ姫仰せられけるは、「如何に武夫共、性あらば物を聞け、継母御に頼まれ、今自らを失はむ事、当座の依怙なり、邪なるにいはされて、咎なき自らが命を取らば、などか天罰逃るべき、又助くる事汝等が為に自らは主なれば、義を重んするに似たるべし、然らば天道の冥利に叶ふべきぞ、自ら命惜しくて斯く言ふには有らず、汝等が余り不得心なる者共なれば、人間の五常を言ひ聞かするなり、此の上は汝等が心に任せよ。」とて袂を顔に押当て、潸然とぞ泣き給ふ。



猛き武夫も此の道理を承り、涕を流して申す様、「実に〳〵誤り申したり、此の上は御命助け参らせむ、何方へも見えぬ国へ忍び候へ、都へ帰り継母御へは、勢多の橋へ沈め申したる由を申すべし。」とぞ言ひける。



姫君は夢の醒めたる心地して、夜もほの/゛\と明けぬれば、とある家に立寄り亭主を頼み、上に召したる小袖を脱ぎ給ひ、麻の狭衣上に召し更へ、綾菅笠にて顔隠し、召しも習はぬ草鞋はき、杖つき給ひ行方何処ともわかずして、よろ/\と歩み給ふは目も当てられぬ有様なり。



斯くて都には、野もせ姫の見えさせ給はぬ事は、天魔の業かとて、父宰相殿の御欺きは言ふも愚かなりけり。



継母も虚泣して歎き顔ぞし給ひける。



痛はしや野もせ姫は、勢多より東を指して下り給ひしが、習はせ給はぬ事なれば歩みかね給ひ、十町計り行きて、とある所に暫く休らひ給ひけり。



頃は葉月十日の事なれば、初鴈の鳴きて行きけるを御覧じて、斯くなむ、



かりがねは
しばしとまりて
旅の空
越路のかたを
物がたりせよ
3かりがねは
しばしとまりて
たびのそら
こえぢのかたを
ものがたりせよ


わが住みし
都へゆかば
かりがねよ
このありさまを
物がたりせよ
わがすみし
みやこへゆかば
かりがねよ
このありさまを
ものがたりせよ


斯様に打詠めておはしける処に、信濃の国より、熊野へ参りて下向申す尼君、三十人許り連れて通りけるが、此の野もせ姫を見参らせ、「如何なる人にてましましせば、只一人かかる路中におはしますやらむ。」と申せば、姫君泣く/\宣ふやう、「我は都の者にて候が、主の勘当を蒙りて候、何処とも知らず迷ひ出で露の命と消えむ程を待ち候。」と宣へば、尼君近く立寄りて見給へば、御年十五六ばかりにて、誠にいつくしき御顔容、色雪の肌、翡翠の髪ざしまで、三十二相の御容貌、類少き姫にてぞ候ひける。



尼君思ふやう、いかさま只人にてはよもあらじと、愛しさ限りなし。



さても如何なる人ぞ、試みばやと思ひて、



あはれなる
言の葉みれば
もろともに
たもとの露を
払ひこそせね
あはれなる
ことのはみれば
もろともに
たもとのつゆを
はらひこそせね


と有りければ、姫君もかくなむ、



露の身の
きえても失せで
斯かる世に
うき言の菓を
きくにつけても
つゆのみの
きえてもうせで
かかるよに
うきことの菓を
きくにつけても


斯様に口吟み給へば、尼君申しけるは、「さて何方へ心ざして行かせ給ふぞ。」と問へば、姫君、「何処ヘなりとも具しておはしませ。」と宣へば、是れこそ熊野の御利生なれとて、長持より綾の袴を取出して著せ参らせ、わが身は馬に乗り、我が乗りたる輿に乗せ参らせ下りけり。



さて姫君は、鏡の山を通り給ふ時かくなむ、



近江なる
かゞみの山は
くもらねど
恋しき人の
かげはうづみし
あふみなる
かゞみのやまは
くもらねど
こひしきひとの
かげはうづみし


近くなる
うみとほければ
都なる
人の姿は
いかでうつらむ
ちかくなる
うみとほければ
みやこなる
ひとのすがたは
いかでうつらむ


とうちすさみて、美濃の国府に宿り給へり。



風身に染み給ひければかくなむ、



旅の空
ふく浦風の
身にしみて
いとゞ都の
人ぞこひしき
たびのそら
ふくうらかぜの
みにしみて
いとどみやこの
ひとぞこひしき


又不破の関に著き給ひて、



秋の野に
虫のこゑ/゛\
さへづれば
心とまらぬ
不破の関かな
あきののに
むしのこゑごゑ
さへづれば
こころとまらぬ
ふはのせきかな


斯様に打詠め給ふほどに、信濃の伏屋に著き給ひて御覧ずれば、五間三間のしゆてんあり、七間そへどのに中門を造り添へ、総じて家の数は七軒造り竝べたり。



誠にきわうなる人百人許り出入しけり。



南面には池を掘り、鴛鴦、鴎、浮うだり。



池の汀には、柳、梅、桜、行来久しき姫小松、草花は、牡丹、芍薬、葵、撫子、桔梗、刈萱、女郎花、其の外花の数を調へ、四季の色を揃へたり。



裏に入りて見給へば、銀の金物したる脇息に、金の銚子、提子を竝べたり。



側には古今、万葉集、千載、源氏、伊勢物語、万の草紙を取り竝べ、又●、双六の盤に至るまで、見事は飽くまで多けれど、御心にも染まず、只都の事のみ思召すなり。



さて都には父宰相殿日数経るにつけて、愈姫君の事歎き堪へかね給ひて、花園に立出でおはしまし、色々の花は見つらむ、語れかし、わが思ひ子の行方聞かまほしさとて、かくなむ、



あだなりと
思ひし花の
咲きたちて
いかにこのみの
なりてゆくらむ
あだなりと
おもひしはなの
さきたちて
いかにこのみの
なりてゆくらむ


斯様に詠じ給ひて、南無十方三世の諸仏、願はくは野もせ姫が寿命安穏に守り給へと、天に仰ぎ地に伏し祈誓し給へば、継母御前は佗びたる気色にて、蓼を擂り目に塗り、俯伏に伏して、目顔腫らしてぞ偽り給ひける。



帝王も哀れと思召し、御幸ありては弔ひあり、誠に歎くは理なりとて、



おとにきく
言の葉だにも
哀れなり
まして身の上
さこそあるらめ
おとにきく
ことのはだにも
あはれれなり
ましてみのうへ
さこそあるらめ


と遊ばし、是れまでの御幸も姫ゆゑぞかしとて、



をしきぞよ
きのふけふまで
撫子の
花は夜風に
散らしこそすれ
をしきぞよ
きのふけふまで
なでしこの
はなはよかぜに
ちらしこそすれ


帝王仰せける様は、「斯程までさこそ思ふらむ、唯後世をよく/\弔へ。」とて、還御なり給ふ。



宰相殿は宣旨忝しとて、御弔ひの儀式にて、尊き僧を供養し、様々の御弔ひ目を驚かすばかりなり。



野もせ姫の祖父御三條殿を初めとして、一門の公卿達、御弔ひの座に連り給ひ、惆悵としたる御有様にて、悼みの歌など遊ばし給へる中に、彼の継母御前の目に蓼を擂りて塗り腫らし給へる目元は、何とやらむ変りたれば、人々皆顔を不審さよと言はぬばかりに見ぬ人は無かりけり。



御弔ひも過ぎぬれば、父御は所詮自害をやせむ、又発心をやせむと、思召すこそ哀れなりける次第なれ。



さる程に丹後の少将殿は、野もせ姫の事を聞召して、憧れ悲しみ給ふ事限りなし。



せめての事に姫君の常におはせし所に入らせ給ひて、琴弾き鳴らしかくなむ、



ひきならす
琴の音きけば
もろともに
たもとの露を
はらひこそせね
ひきならす
ことのおときけば
もろともに
たもとのつゆを
はらひこそせね


又鏡のあるを御覧じて、



ますかゞみ
曇りはてなば
いかにして
迷ふ心の
やみを晴らさむ
ますかがみ
くもりはてなば
いかにして
まよふこころの
やみをはらさむ


斯様に口吟み給ひて、誠に、心凄げにおはしければ、継母思召すやうは、男女の契り、何れ劣るべきならねば、自らが姫を参らせばやと思ひ、人して申されけるは、「野もせ姫に離れ給ひて、さこそ思召し候はむ、又紫蘭の姫を召し置かれ候へ。」と申されければ、中々聞きも敢へず、「恐ろしの女や。」とて、御返事もなし。



少将殿思召すは、妻の野もせ姫、まだ浮世にあるやらむ、又露とも消えて亡せ給ふらむ、祈誓をせばやと思召し、住吉に参り七日籠り給ひ、南無住吉大明神、願はくば夫妻の野もせ姫の行方知らせて給べと、五度の頭地に投げて祈り給へば、七日に満ずる暁方の御夢想に、神敕有りけるやう、



君がこふ
人はこれより
国遠く
あづまの方を
たづねても見よ
きみがこふ
ひとはこれより
くにとほく
あづまのかたを
たづねてもみよ


と御夢想ありければ、少将殿夢打醒めて、



あづまには
いく国々の
あるものを
恋をするがか
いかにしなのか
あづまには
いくくにぐにの
あるものを
こひをするがか
いかにしなのか


斯様に御返しをしつると思召しつるうちに、御夢醒めて、さては此の姫未だ世にあるやと嬉しく思召して、愈祈誓し給ひて、都へ帰り、御所を密かに只一人忍び出で、清水の辺にて、山伏に出で立たせ給ひ、摺の直垂を召し、御髪を乱し、兜巾被き給ひ、坂東方へ赴き給ふ。



先づ近江に著き給ひて、



逢坂の
関にも心
とめられず
あはれ恋路の
いそがしの身や
あふさかの
せきにもこころ
とめられず
あはれこひぢの
いそがしのみや


斯様に打詠じ急がせ給ふ。



去る程に姫君は、信濃の伏屋にて月日を送り、都の御事恋しさ限りなく、父宰相殿、未の少将殿の事のみ、思ひ出して、なき言葉に打怨みさせ給ふ。



空掻曇り時雨して
峯の木枯しけしくて
梢寂しくなりはてて
錦と見えし紅葉ばも
思ひの中に散り失せて
訪ふ人も無き悲しさに
思ひ続けて清水の
流れて澄まぬ物ゆゑに
逢坂越えて近江なる
海の底にも捨てられて
憂き目を独り見るぞ憂き
大津の浦の怨みねに



甲斐もなくして東路の
不破の関にも留まらで
落つる涙と諸共に
流れ来りて信濃なる
独り伏屋に旅寝して
都の方を遥々と
思ひやるこそ悲しけれ
なみに夜昼身に添ひて
哀れと言ひしたらちをの
果無く我を失ひて
如何に心をつくし船
漕がれ行くらむ笹蟹の
糸縒り難き事故に
今宵の契り深くこそ
常に契りて来し人の
無き面影も忘られず
心ひとつに焦れ居て
遣る方も無き池水に
汀に遊ぷ鴛鴦の
うきねに鳴きていたづらに
杉の板間の明け来れば
思ひ乱れて白糸の
くる人更に渚なる
水の中なる濁りあひ
淀むことなき身の物憂さよ



と打詠め明暮過ぎ給ふ。



此の世にまだあるを知らせ給はず、父宰相殿、姫君の御孝養をなされ、百日に当る時、六万本の卒堵婆を立て、五郎の大乗経を供養し、様々の御弔ひ有りしなり。



さて少将殿は大津の浜にて、舟の便りを尋ねたまふ処に、翁の舟さして来りたるに、召されてかくなむ、



乗りて行く
舟とおもひの
あはれこそ
水の上には
こがれ行くらむ
のりてゆく
ふねとおもひの
あはれこそ
みづのうへには
こがれゆくらむ


翁、今の御詠歌面白く覚え候とて、感じけり。



さて日暮れぬれば、丹より上り給ふ時、翁申すやう、「今夜は尉が家に御泊り候へ。」と申しければ、少将殿嬉しく思召して、御泊りあり、七間造りの家に請じ、金の杯、銀の銚子取出し、酌取には十七八ばかりの女房飽くまで気高く出立ちて少格殿に酒すゝめけり。



夜も明けければ翁申すやう、「御尋ねの御方は東にとこそ承りて候へ、何処を指しておはしますぞ。」と申す。



「何処を指すとも無けれども、只出家の習ひにて候へば諸国を志し候。」と言へば、又翁、「如何様只ならぬ御心にて遠き旅人と見えさせ給ふ。」と申せば、少将殿いと恥かしく思召し給ふ。



翁重ねて申す様、「御身は正しく恋路に迷ひ給ふと覚えたり。



尉も若く候ひし時恋をして、十年の間身を徒らになして候ひしほどに、恋せむずる人をば、如何なる天竺震旦までも、行きて訪はばやと思ふなり。



これより東は津軽の涯、蝦夷が島、南は南海、補陀落山、西は鬼界高麗、けいたん国までも、北は越路外の浜まで、此の国々を御尋ね候とも、御供申さむ。」と申せば、小将殿翁を礼し、嬉しさ限りなし。



ある松原を御覧じて、



わが思ふ
人やきたりし
この程に
せんの松原
さきに尋ねて
わがおもふ
ひとやきたりし
このほどに
せんのまつはら
さきにたづねて


とありければ、翁もかくなむ、



年をへて
路のほとりの
おいたれば
人もこずゑの
たれを松原
としをへて
ぢのほとりの
おいたれば
ひともこずゑの
たれをまつはら


さて其の後柏野にとまり給ひ、明くればせきとにて少将殿、



たづねゆく
人には逢はで
このほどに
心とゞめよ
美濃のせきもり
たづねゆく
ひとにはあはで
このほどに
こころとゞめよ
みののせきもり


又翁もかくなむ、



恋路には
とゞむる人も
なきものを
逢はむと思ふ
心のみして
こひぢには
とゞむるひとも
なきものを
あはむとおもふ
こころのみして


さて尾張の国に著き給へば、雪降りて冷かりしに、少将殿かくなむ、



をはりなる
熱田の宮も
雪ふれば
水もこほりて
つめたかりける
をはりなる
あつたのみやも
ゆきふれば
みづもこほりて
つめたかりける


夏こそは
あつたともいへ
冬くれば
水も凍りて
さむくなりけり
なつこそは
あつたともいへ
ふゆくれば
みづもこごりて
さむくなりけり


さてそれより、遠江の国橋本に著き給ひ、宿の体を御覧ずれば、東に入江の魚の寄るを待ち、南は南海遥かにて、海人の小舟竝べり。



西は遥かの東へ通ふ人あり。



北は琴弾き鳴らす松立てる中には、宿々の遊君のあれば、軒を竝べて面白や。



前の入江には、反橋を架けしに、少将殿、



おきつ波
つゞみ打ちよる
はしもとに
琴ひきそふる
峯のまつかぜ
おきつなみ
つづみうちよる
はしもとに
ことひきそふる
みねのまつかぜ


波のおと
峯の松風
身にしみて
心のとまる
はしもとのやど
なみのおと
みねのまつかぜ
みにしみて
こころのとまる
はしもとのやど


さる程に習はぬ旅にあくがれて、思ひ続けさせ給ふ。



住吉の夢を頼みて尋ぬれど、逢坂山に逢ひ見ねば、いとゞ心の炭竈の、焦るゝ夜半の寂しきに、君もや来るを白糸の、夜も打ち解け給はねば、乱れくる夜の近江なる、伊香の海のいかなれば、罪の報いに我許り、みるめもなくて何時となく、恋をのみして塩竃の、澄までも底に見えずして、斯かる思ひを駿河なる、あさましかりし宿りして、心は空に憧れて、袖は涙に濡れながら、胸は燃えつゝ焦るれば、伺時とも知らぬ恋をして、過ぐる我が身もみの尾張、何と鳴海の浦々を、尋ね行けども甲斐ぞなき。



恋と見る目のかたければ、慰むことも渚なる、岸の岩根をなきてのみ、波の夜昼汀にて、都の方を遥々と、思ひ遣るより遠江、浜名の浦に引く網の、迷はざりせば斯くばかり、憂き言の菓も露の身も、何にかゝりて君がつる、おもひ鳴尾の今は只、甲斐も波間の事なれや、こゝに忘れて信濃なる、只更科と思へども、逢はねば鹿の音をぞ鳴くと、斯様に吟み給へば、翁もかくなむ、



恋路には
いかでか袖の
ぬれざらむ
かばかり物は
思はざらまし
こひぢには
いかでかそでの
ぬれざらむ
かばかりものは
おもはざらまし


見そめても
通ひそめずば
かくばかり
欺かじものを
さよの中山
みそめても
かよひそめずば
かくばかり
あざむかじものを
さよのなかやま


駿河の国宇津の山にて、少将殿かくなむ、



あをやぎの
糸うちとけて
寝られねば
思ひ乱れて
ねをのみぞなく
あをやぎの
いとうちとけて
ねられねば
おもひみだれて
ねをのみぞなく


とありければ、翁もかくなむ、



みわたせば
よもの梢も
みどりにて
あばれぞまさる
宇津の山みち
みわたせば
よものこずゑも
みどりにて
あばれぞまさる
うつのやまみち


清見が関にて少将殿、



空晴れて
さやけき月を
ながむれば
心の関も
はれてこそゆけ
そらはれて
さやけきつきを
ながむれば
こころのせきも
はれてこそゆけ


さて其の夜の夢に、姫君紫裏の白き単衣に、紅の袴ふみしだき、花園に立出でたまひて、心凄げにて、



都にて
こひしき春は
きたれども
われに見馴れし
花人ぞなき
みやこにて
こひしきはるは
きたれども
われにみなれし
はなひとぞなき


斯様に宣ふと思しくて、少将殿の返しに、



恋しさに
逢ふうれしさも
えぞ知らぬ
おつる涙に
こゑのむせびて
こひしさに
あふうれしさも
えぞしらぬ
おつるなみだに
こゑのむせびて


また姫君、



あし引の
山がくれして
訪ふ人も
なきぞ悲しき
ひとりふせやに
あしひの
やまがくれして
とふひとも
なきぞかなしき
ひとりふせやに


斯様に宣ふと思しくて、おどろき給ひて少将殿、



あふと見る
夢うれしくて
さめぬれば
逢はぬうつゝの
うらめしきかな
あふとみる
ゆめうれしくて
さめぬれば
あはぬうつつの
うらめしきかな


と有りければ、姫君の御夢にもこの如く見え給へり。



又少将殿富士の高嶺を見給ひて、



年をへむ
逢ひみぬ恋を
するがなる
富士のたかねを
なきとほるかな
としをへむ
あひみぬこひを
するがなる
ふじのたかねを
なきとほるかな


さて斯様に尋ね来り給ふとは、姫君知らせ給はず、都の事を思ひて、花の一本、鳥の音までも、都に変らざりければ、かくなむ、



鳥のねも
花も霞も
かはらねば
春やみやこの
かたちなりける
とりのねも
はなもかすみも
かはらねば
はるやみやこの
かたちなりける


さる程に姫君微睡み給ふ夜の夢に、母御前此の世の姿にて、「さのみな焦れ給ひそよ、今三日が内に悦び給ふ事あり、自ら九夏三伏の夏の花は涼しき風となり、玄冬素雪の夕には風吹く方の垣となり、暗き道には燈火となり影身に添ひて悲しむなり。



余り汝が事を深く悲しみ候へば執心の罪深かるべし、後世をば弔ひ候へ。



」とて潸然と泣き給ひてかくなむ、



なでしこの
花をば常に
来てぞ見る
あさぢが原の
草のかげより
なでしこの
はなをばつねに
きてぞみる
あさぢがはらの
くさのかげより


さて姫君、夢のうちに、



なでしこの
花をば常に
いさゝめて
などはゝさきに
散りてゆくらむ
なでしこの
はなをばつねに
いささめて
などははさきに
ちりてゆくらむ


さて夢醒めて打驚き、涙を流して悲しみ給ひて、



なき人の
姿をゆめに
見えつれば
さむるうつゝの
うらめしきかな
なきひとの
すがたをゆめに
みえつれば
さむるうつつの
うらめしきかな


さて少将殿、塩屋なる海小舟に召され、照澤の方を御覧じて、



こひのみち
暗きをなげく
我なれや
てるさは水に
心すまさむ
こひのみち
くらきをなげく
われなれや
てるさはみづに
こころすまさむ


と言へば、翁も、



恋の路
いかゞはさのみ
暮すらむ
相見てのちは
いとゞてるさは
こひのみち
いかがはさのみ
くらすらむ
あひみてのちは
いとどてるさは


斯様に打詠じ急がせ給ふに、信濃の伏屋に著き給ひて、翁宣ふやう、「此の程君が恋ひ悲しみ、遥々尋ね給ふ人は此の伏屋に坐し候ぞ、此の翁をば如何なる者と思ふぞ、我はこれ日本の弓矢の守護神、住吉の明神なり、我昔凡夫なりし時恋をして身を焦したる故に、神と現はれ、津の国難波の浦に跡を垂れ、恋する人をば斯く憐みを運ぶ故に、是れまで具して来りたり、汝独りに限るべからず、汝が尋ぬる人はあの棟高き内にましますぞ。」と宣へば、其方見遣る間に掻消す様に失せ給ふ。



其の時不思議さよ有り難き事かなとて、



住吉の
神ともさらに
知らずして
目なれけるこそ
はかなかりけれ
すみよしの
かみともさらに
しらずして
めなれけるこそ
はかなかりけれ


さて大明神の教への儘に、棟角高き内へ入りて御覧じければ、姫君は夢にもしめらで、都の事を思召して、



夏びきの
糸ほどだにも
とふ人の
なき悲しみを
いかゞ忘れむ
なつびきの
いとほどだにも
とふひとの
なきかなしみを
いかがわすれむ


と打吟み給へば、少将殿は姫君の御声と聞き給ひて、胸打騒ぎ、嬉しき事限りなし。



少し立寄り笛を取出し、吹き鳴らしてかくなむ、



なつびきの
いとあはれなる
恋をして
われこそ来ては
訪はむとはする
なつびきの
いとあはれなる
こひをして
われこそきては
とはむとはする


と詠じ給へば、姫君是はそも夢現とも覚えぬものかなと、胸打騒ぎかくなむ、



あやしさよ
わが聞きなしか
都にて
こちくと見えし
笛のねかとよ
あやしさよ
わがききなしか
みやこにて
こちくとみえし
ふゑのねかとよ


と詠じ給へば少将殿、



都にて
こちくと見えし
笛のねを
泣く〳〵吹きて
尋ねきにけり
みやこにて
こちくとみえし
ふゑのねを
なくなくふきて
たづねきにけり


と宣へば、姫君さては誠の夫にてましますぞや、有り難き事かなと思ひ、尼君に此の由申させ給へば、やがて尼君忌垣の隙より見給へば、御二十余りなる山伏、誠に気高く優しげに見え給ひて、「いかなる公卿殿上人にて渡らせ給ふぞ、只今の笛の音怪しく思ひ奉る、もし姫君の馴染み給ふ人にて候やと見参らせ候なり。」と宣へば、姫君誠に恥かしげにて、「哀れに立たせ給ふ。



客僧此方ヘ入らせ給へ。」と宣へば、「恥かしく候へども、君を恋ひ是れまで尋ね参りたり。」さてあるべきに有らざれば、御内へ入らせ給ひぬ。



さて洗足参らせ、やがて烏帽子、直垂取出し、御装束参らせ、御休み給ひける。



姫君物越に、



都をば
いつから衣
たちそめて
冬にかゝりて
きたるなりけり
みやこをば
いつからころも
たちそめて
ふゆにかゝりて
きたるなりけり


と有りければ、少将殿の草臥ならせ給ひて、



都をば
もみぢの錦
きてしかど
日かずつもりて
冬ごろもきむ
みやこをば
もみぢのにしき
きてしかど
ひかずつもりて
ふゆごろもきむ


と有りければ、又姫君、



山伏の
ころもを見るに
いかなれば
泣きて来れば
袖はぬれけり
やまふしの
ころもをみるに
いかなれば
なきてくれば
そではぬれけり


さて尼悦び給ふこと限りなし。



二人の人々も夢の心地にて、互に物も宣はず、涙に咽びたまひて、少将殿かくなむ、



あはざらむ
時こそあらめ
逢ひ見ては
何の思ひに
袖ぬらすらむ
あはざらむ
ときこそあらめ
あひみては
なにのおもひに
そでぬらすらむ


と有りければ、姫君、



ことわりや
いかでか袖の
ぬれざらむ
逢はぬひごろを
思ひつゞけて
ことわりや
いかでかそでの
ぬれざらむ
あはぬひごろを
おもひつゞけて


さて伏屋に四五日おはしければ、信濃の国の主は是れを聞き、少将殿へ参り、斎き傅き奉り、程なく上洛ましませば、三千人を召し連れ、少将殿の御供申されけり。



又姫君の御供の女房達下婢に至るまで、御輿三十挺舁き続けて夥しく坐す。



少将殿宣ふ様は、「尼君、斯かる田舎におはして何かせさせ給はむ、都へ御供申さむ。」とて、姫君の御輿等しく用意し、尼君を乗せ参らせて都へ連れ上り給ふ。



少将殿斯様の次第を奏聞申されければ、「哀れなる事かな、さ程心深く信濃の伏屋まで尋ね行きける不便さよ、此の程の思ひを慰め給へ。」とて、丹波の国にて三郡、元の本領に添へて下し給ひぬ。



少将殿御悦びは限りなし。



又姫君の父宰相殿の御悦び言ふも愚かなり。



かの不得心なる継母御前を、失はれむと有りしかば、野もせ姫宣ふは、「仇をば恩にて報ずる習ひあり。」とて、様々帝王へも宰相殿へも、御詫言あり。



此の上は姫次第なりとて、御宥しありければ、野もせ姫より継母御前へ扶持し、辺近き処に置かせたまふぞ有り難き。



さて少将殿は御悦びの為に、姫君を相具し、住吉へ参り給ひて、百日御籠りあり、御宝殿作り参らせて、御下向ありけり。



それより悦びかさなり、若君を二人、姫君一人出で来させ給ひ、行末繁昌し給ひけり。



彼の継母御前は年一年もましまさず、自害して失せ給ふ。



これは情なく当り給ふによつて、その天罰遁れずして、我と空しくなり給ひ、名を聞くだにも悲しさよと、人に疎まれ、亡き後までも悪しき名を残し給ふ。



又彼の尼君の事帝聞召されて、則ち本国信濃の内、所領を賜はりけり。



是れを見、彼を聞く時は、只人には情あれ。



此の物語を見む人は、能く/\心得分け、只慈悲情を掛け給ふペきなり/\。