昔、王子猷、山陰といふ所に住みけり。


王子猷=王徽之
世の中のわたらひにほだされずして、ただ春の花・秋の月にのみ心を澄ましつつ、多くの年月を送りけり。



ことに触れて、情け深き人なりければ、月の光清くすさまじき夜、一人起きゐて、なぐさめがたくや思えけん、高瀬舟に竿差しつつ、心にまかせて戴安道を尋ね行くに、道のほど遥かにて、夜も明け、月も傾きぬるを、本意ならずや思ひけむ、かくとも言はで、門のもとより立ち帰りけるを、「いかに」と問ふ人ありければ、
ことに触れて、情け深き人なりければ、月の光清くすさまじき夜、一人起きゐて、なぐさめがたくや思えけん、高瀬舟に竿差しつつ、心にまかせて戴安道を尋ね行くに、道のほど遥かにて、夜も明け、月もかたぶきぬるを、本意ほいならずや思ひけむ、かくとも言はで、かどのもとより立ち帰りけるを、「いかに」と問ふ人ありければ、

戴安道=戴逵
もろともに
月見んとこそ
急ぎつれ
必ず人に
逢はむものかは
もろともに
つきみんとこそ
いそぎつれ
かならずひとに
あはむものかは


とばかり言ひて、つひに帰りぬ。



心の数寄たるほどは、これにて思ひ知るべし。
心の数寄すきたるほどは、これにて思ひ知るべし。

これ=底本「たれ」。諸本により訂正
戴安道は剡県といふ所に住みけり。



この人の年来の友なり。
この人の年来としごろの友なり。


同じさまに心を澄ましたる人にてなん侍りける。



昔、元和十五年の秋、白楽天、罪なくして江州といふ所に流されぬ。


元和=底本「元倭」
白楽天=白居易
次の年の秋、入江のほとりに、夜、友を送りけり。



松風・波の音、身に染む夕べ、愁への涙いと抑へがたく、小夜も更けゆくほど、空澄み渡る月の光、波に随へるを見ても、「我身一人は沈まざりけり」と思ひ乱れつつ、人もなぎさを物心細くて歩み行くに、波の上遥かに琵琶の調べ様々に聞こえて、掻き合はせなどのありさま、世にたぐひなきほどなり。
松風・波の音、身に染む夕べ、愁への涙いと抑へがたく、小夜さよも更けゆくほど、空澄み渡る月の光、波にしたがへるを見ても、「我身一人は沈まざりけり」と思ひ乱れつつ、人もなぎさを物心細くて歩み行くに、波の上遥かに琵琶の調べ様々に聞こえて、掻き合はせなどのありさま、世にたぐひなきほどなり。

なぎさ=「渚」と「無き」を懸けている
声を聞くに、あやしき心抑へがたし。



「海人・武士より他に、誰かはまた情けあるべき」と思えければ、声をしるべにて、「誰の人にか」と尋ね問ふに、「我はこれ商人の妻なり。昔、齢十三にて琵琶を習ひ得たること、世に優れたりき。御門の御前にて、一度調めしに、百の御引出物を賜ひき。また、色・形にめでて、見る人、聞く人、さながら思ひを懸け、心を尽せりき。しかれども、春過ぎ、秋暮れて、みめかたちありしにもあらず衰へにしかば、世にふる力失せ果てて、せんかたなくなりにしより、商人に契を結びて、この国の民となれり。商人、情けなければ、我を惜しむこといと浅し。われを懇ろにせねば、出でて去ぬる後、立ち帰る思ひ怠りぬ。帰るほど遅ければ、みづから待たずしもあらず。かかるままには、ただ空しき船を守りつつ、秋の月のすさまじきをのみ見る」と言へり。
海人あまびと武士もののふより他に、誰かはまた情けあるべき」と思えければ、声をしるべにて、「誰の人にか」と尋ね問ふに、「我はこれ商人あきびとなり。昔、よはひ十三にて琵琶を習ひ得たること、世に優れたりき。御門みかどの御前にて、一度ひとたび調しらめしに、もも御引出物ひきいでものを賜ひき。また、色・形にめでて、見る人、聞く人、さながら思ひを懸け、心を尽せりき。しかれども、春過ぎ、秋暮れて、みめかたちありしにもあらず衰へにしかば、世にふる力失せ果てて、せんかたなくなりにしより、商人に契を結びて、この国の民となれり。商人、情けなければ、我を惜しむこといと浅し。われをねんごろにせねば、出でて去ぬる後、立ち帰る思ひ怠りぬ。帰るほど遅ければ、みづから待たずしもあらず。かかるままには、ただ空しき船を守りつつ、秋の月のすさまじきをのみ見る」と言へり。


白楽天、「我、琵琶の声を聞きて愁へ深し。また、この語らひを聞くに、取り重ねたる心地す。我も君も愁への心同じからずや。必ずその愁への尽きせぬことを思ひ知るべし。我、去むじ年の秋より、司遁れ、京を離れて、この所に沈めり。また、病の筵に臥して、立ち居ることたやすからず。もとも、心細き海つらの波風より他に立ち交じる人もなき住処に、葦の上葉を渡る嵐、おちこち人の船よばふ音のみ聞こへて、いまた楽の声を聞かず。今宵、君が琵琶の声を聞くに、ほとおと天の楽を聞くがごとし」。
白楽天、「我、琵琶の声を聞きて愁へ深し。また、この語らひを聞くに、取り重ねたる心地す。我も君も愁への心同じからずや。必ずその愁への尽きせぬことを思ひ知るべし。我、むじ年の秋より、つかさ遁れ、みやこを離れて、この所に沈めり。また、やまひむしろに臥して、立ち居ることたやすからず。もとも、心細き海つらの波風より他に立ち交じる人もなき住処すみかに、葦の上葉うはばを渡る嵐、おちこち人の船よばふおとのみ聞こへて、いまたがくの声を聞かず。今宵、君が琵琶の声を聞くに、ほとおと天の楽を聞くがごとし」。


これを聞く人、皆、涙を流せり。



その中にも、白楽天一人、袂朽ちぬと見えけり。
その中にも、白楽天一人、たもと朽ちぬと見えけり。


いにしへに
ありへしことを
尽さずば
袖に涙の
かからましやは
いにしへに
ありへしことを
つかさずば
そでになみだの
かからましやは


この人は、世の中の人の心の皆濁れるを、「憂し」とや思ひけん、一人すまして、常は京に跡をなん留めざりける。
この人は、世の中の人の心の皆濁れるを、「憂し」とや思ひけん、一人すまして、常はみやこに跡をなん留めざりける。


昔、賈氏といふ人、たぐひなく形悪くて、顔美しき妻をなん持ちたりける。
昔、賈氏かしといふ人、たぐひなく形わろくて、顔美しき妻をなん持ちたりける。


この女、かばかり醜き人とも知らず、あひそめにければ、くやしき事取り返すばかりに思えけれど、いふかひなくて明かし暮らすに、良き事、悪しきこと、すべて物いはず、えも笑はで、世の常はむすぼほれてのみ過ぐしけるを、男、たぐひなく「憂し」と思ひて、「この女に物言はせ、うち笑ませばや」としけれども、いかにもかひなくて三年にもなりにけるに、春、野辺に出でて、もろともに遊び侍りけり。
この女、かばかり醜き人とも知らず、あひそめにければ、くやしき事取り返すばかりに思えけれど、いふかひなくて明かし暮らすに、良き事、悪しきこと、すべて物いはず、えも笑はで、世の常はむすぼほれてのみ過ぐしけるを、男、たぐひなく「憂し」と思ひて、「この女に物言はせ、うち笑ませばや」としけれども、いかにもかひなくて三年みとせにもなりにけるに、春、野辺に出でて、もろともに遊び侍りけり。


雉子といふ鳥の沢のほとりに立ち居侍りけるを、この夫、弓矢を取りて名を得たりければ、この雉子をたちどころに射殺してけり。
雉子きぎすといふ鳥の沢のほとりに立ち居侍りけるを、この夫、弓矢を取りて名を得たりければ、この雉子をたちどころに射殺してけり。


これを見るに、年ごろのにくさも忘れて、讃め、うち笑みたりければ、夫、嬉しさたぐひなく思えて、



聞かましや
妹が三年の
言の葉を
野沢のきぎす
得ざらましかば
きかましや
いもがみとしの
ことのはを
のさはのきぎす
えざらましかば


これを聞くにこそ、万のことよくしまほしけれ。
これを聞くにこそ、よろづのことよくしまほしけれ。


昔、梁鴻といふ人、孟光にあひ具して、年ごろ住みけり。



この孟光、世にたぐひなくみめ悪くて、これを見る人、心を惑はして騒ぐほどなりけれど、この夫をまたなきものに思ひて、かしづき敬ふこと、思ふにも過ぎたりけり。
この孟光、世にたぐひなくみめわろくて、これを見る人、心を惑はして騒ぐほどなりけれど、この夫をまたなきものに思ひて、かしづき敬ふこと、思ふにも過ぎたりけり。


朝な夕なに飯匙取りて、笥子の器物に盛りつつ、眉の上に捧げて、懇ろに勧めければ、「斉眉の礼」とぞ、今は言ひ伝へたる。
朝な夕なに飯匙いひがひ取りて、笥子けこ器物うつはものに盛りつつ、眉のかみに捧げて、ねんごろに勧めければ、「斉眉せいこの礼」とぞ、今は言ひ伝へたる。


さもあらばあれ
玉の姿も
何ならず
ふた心なき
妹がためには
さもあらばあれ
たまのすがたも
なにならず
ふたこころなき
いもがためには


心ざしだに浅からずば、玉の姿・花の形ならずとも、まことに口惜しからじかし。



昔、相如といふ人ありけり。


司馬相如。底本「相女」とあるのを諸本により訂正。以下すべて同じ
世にたぐひなきほどに貧しくて、わりなかりけれど、よろづの事を知り、才学並びなうして、琴をぞめでたく弾きける。
世にたぐひなきほどに貧しくて、わりなかりけれど、よろづの事を知り、才学並びなうして、ことをぞめでたく弾きける。

гуцинь
卓王孫といふ人のもとに行きて、月の明かき夜、夜もすから琴を調べて居たるに、この家主の娘に、卓文君と聞こゆる人、あはれにいみじく思えて、常はこれをのみ賞で興じけるを、この文君が父母、相如に近づくことを厭ひ憎みけれど、琴の音をやあはれと思ひ染みにけん、この男に会ひにけり。
卓王孫たくわうそんといふ人のもとに行きて、月の明かき夜、夜もすからきんを調べて居たるに、この家主の娘に、卓文君たくぶんくんと聞こゆる人、あはれにいみじく思えて、常はこれをのみで興じけるを、この文君が父母ちちはは、相如に近づくことを厭ひ憎みけれど、ことの音をやあはれと思ひ染みにけん、この男に会ひにけり。

гуцинь
女方の父、よろづの宝に飽き充ちて、世の侘しきことを知らざりけり。



かかれども、このわび人にあひ具したることを、いと心づきなきさまに思ひとりて、いかにも娘の行方を知らざりけれど、露塵苦しと思はでなん、年月を過ぐしける。
かかれども、このわび人にあひ具したることを、いと心づきなきさまに思ひとりて、いかにも娘の行方ゆくへを知らざりけれど、露塵つゆちり苦しと思はでなん、年月を過ぐしける。


この夫、蜀といふ国へ行きける道に、昇遷橋といふ橋ありけり。
この夫、蜀といふ国へ行きける道に、昇遷橋せうせんけうといふ橋ありけり。


それを歩み渡るとて、橋柱に物を書き付けけり。
それを歩み渡るとて、橋柱はしばしらに物を書き付けけり。


「我、大車肥馬に乗らずば、またこの橋を返り渡らじ」と誓ひて、蜀の国に籠りにけり。
「我、大車たいしや肥馬に乗らずば、またこの橋を返り渡らじ」と誓ひて、蜀の国に籠りにけり。


その後、思ひのごとくめでたくなりてなむ、橋を返り渡りたりける。



女、年ごろ貧しくてあひ具したるかひありて、親しき疎き世の中の人々も、たぐひなく羨みける。
女、年ごろ貧しくてあひ具したるかひありて、したしきうとき世の中の人々も、たぐひなく羨みける。


沈みつつ
我が書き付けし
言の葉は
雲居に昇る
橋にぞありける
しずみつつ
わがかきつけし
ことのはは
くもゐにのぼる
はしにぞありける


心長くて、身をもて消たぬは、今も昔も、なほいみじくこそ聞こゆれ。
心長くて、身をもてたぬは、今も昔も、なほいみじくこそ聞こゆれ。


昔、石季倫といふ人ありけり。


石季倫=石崇
よろづの宝に飽きて、世の貧しきを知らざりけり。



金谷の園のうちに、五百の舞姫を集めて、喜び楽しむこと、夜昼を分かず。
金谷のそののうちに、五百の舞姫まひひめを集めて、喜び楽しむこと、夜昼を分かず。


このうちに緑珠と聞こゆる舞姫なん、あまたの中にも優れたりければ、身に代ふばかり浅からず思へりけり。
このうちに緑珠と聞こゆる舞姫なん、あまたの中にも優れたりければ、身にふばかり浅からず思へりけり。

浅からず=底本、「ら」に「か歟」と傍書。諸本「あさからす」
かくて月日を送るに、時の政を執れる人孫秀、この緑珠がたぐひなきありさまを聞く度に、人伝ならざらんことを懇ろに思へりければ、堪へかねて、色に出でぬ。
かくて月日を送るに、時のまつりごとを執れる人孫秀、この緑珠がたぐひなきありさまを聞くたびに、人伝ひとづてならざらんことをねんごろに思へりければ、堪へかねて、色に出でぬ。


石季倫、「身をはかなきになすとも、心弱はからじ」と思へるを、この人、負けじ心のいちはやさに、兵を集め、勢ひをきはめて、心ざしをやぶる。
石季倫、「身をはかなきになすとも、心弱はからじ」と思へるを、この人、負けじ心のいちはやさに、つはものを集め、勢ひをきはめて、心ざしをやぶる。


この時、緑珠ははるかに高き楼の上に居たりけり。


緑珠=底本「緑季」。諸本により訂正
石季倫、かの人の手に従ひて行く行く、目を見合はせて、「誰ゆゑにかは、かくなりぬ」と言ひけるに、堪へ忍ぶへき心地せざりけりければ、楼の上より身を投げて死なんとするを、「身に勝る物やはある」と諫むる人、あまたありけれど、つひに聞かず。
石季倫、かの人の手に従ひて行く行く、目を見合はせて、「誰ゆゑにかは、かくなりぬ」と言ひけるに、堪へ忍ぶへき心地せざりけりければ、楼の上より身を投げて死なんとするを、「身にまさる物やはある」といさむる人、あまたありけれど、つひに聞かず。


後れ居て
歎かんよりは
時の間に
死なん命の
惜しからなくに
おくれゐて
なげかんよりは
ときのまに
しなんいのちの
をしからなくに


いとかく思ひとりけむ、心のありがたさも言ひ尽すべからず。



昔、宋玉と聞こゆる人、形・姿、世にたぐひなく、ざえ才学並びなかりけり。



この人住みける東の隣に、また、世にたぐひなく美しき女ありけり。



この宋玉を「いかでも」と思ふ心の忍びがたさに、東の垣に、夜昼立ち添ひて伺ひけれど、三年まで目をだに見遣らざりければ、恋ひ侘びて、つひに逢ふこと知らぬ涙に沈みはてにけり。
この宋玉を「いかでも」と思ふ心の忍びがたさに、東のかきに、夜昼立ち添ひてうかがひけれど、三年みとせまで目をだに見遣みやらざりければ、恋ひ侘びて、つひに逢ふこと知らぬ涙に沈みはてにけり。


恋ひ侘びて
三年になりぬ
花がたみ
目ならぶ人の
またもなければ
こひわびて
みとしになりぬ
はながたみ
めならぶひとの
またもなければ


ゆかしからずはなかりけめど、あまり心の優にて、「人に物を思はせん」と思へりけるにや、また、さもやなかりけん、心の内知りがたし。
ゆかしからずはなかりけめど、あまり心のいうにて、「人に物を思はせん」と思へりけるにや、また、さもやなかりけん、心の内知りがたし。


昔、眄々といふ人、張尚書に契を結びて、幾年経れども、露塵誰も心に違ふことなかりけり。
昔、眄々といふ人、張尚書にちぎりを結びて、幾年いくとせ経れども、露塵つゆちり誰も心に違ふことなかりけり。


花の春の朝、月の秋の夜も、もろともに舞を見、歌を聞きて、遊び戯ぶるるよりほかのいとなみなし。
花の春のあした、月の秋の夜も、もろともに舞を見、歌を聞きて、遊び戯ぶるるよりほかのいとなみなし。


かかれども、若き老ひたる定めなき世のうらめしさは、思ひのほかに、この夫はかなくなりにけり。



この女、立ち後れたることを「悲し」と思ひて、別れの涙乾くことなし。



みめ・形・心ばせなども、いとめづらかなるほどに、世に聞こへたりければ、御門より始めて、色を好む人々、懇ろに挑み言ひけるを、かぎりなく「憂し」と思ひけり。
みめ・形・心ばせなども、いとめづらかなるほどに、世に聞こへたりければ、御門より始めて、色を好む人々、懇ろにいどみ言ひけるを、かぎりなく「憂し」と思ひけり。


秋の夜、くまなき月を見ても、まづ昔の影のみ思ひ出でられて、



もろともに
見しに光や
まさりけむ
今はさびしき
秋の夜の月
もろともに
みしにひかりや
まさりけむ
いまはさびしき
あきのよのつき

* ひかり=底本「ひとり」。諸本により訂正
「命は限りありといひながら、かくても生ける身のつれなさよ」などぞ、思ひ乱れける。



かくしつつ月日を過ぎゆけば、燕子楼の内荒れはてて、床の上、傍らさびしく思えけるままには、手づから身づから裁ち着せたりける唐衣を、取り重ねつつ身に触るれど、ありしばかりの匂ひだになかりければ、いとど涙を添ふるつまとなりにけり。
かくしつつ月日を過ぎゆけば、燕子楼のうち荒れはてて、ゆかの上、傍らさびしく思えけるままには、手づから身づからち着せたりける唐衣からころもを、取り重ねつつ身に触るれど、ありしばかりの匂ひだになかりければ、いとど涙を添ふるつまとなりにけり。


見るたびに
うらみぞ深き
唐衣
たちし月日を
へだつと思へば
みるたびに
うらみぞふかき
からころも
たちしつきひを
へだつとおもへば


かくしつつ十二年の春秋を送りて、つひにはかなくなりにけり。



昔、張文成といふ人ありけり。



姿、ありさま、なまめかしく清げにて、色を好み、情け身に余れりければ、世にありとある女、さながら心強くは思えざりけり。



そのころ、時にあひ、花めかせ給ふ后おはしましけり。
そのころ、時にあひ、花めかせ給ふきさきおはしましけり。


あまたの御中に、よろづ優れてなむ聞こえさせ給ひければ、この夫、ひとやりならず物思ひに沈みて、生けるかひなくぞ思えける。



かかるままには、寝ても覚めても、このことの忍びがたきを、また言ひ合はする人だになかりけれど、芹を摘み地に臥して、年ごろになりぬれば、さるべきことにや、浅からぬ心の内をそらに知らせ給ひにける。
かかるままには、寝ても覚めても、このことの忍びがたきを、また言ひ合はする人だになかりけれど、せりを摘み地に臥して、年ごろになりぬれば、さるべきことにや、浅からぬ心の内をそらに知らせ給ひにける。


あはれにいみじくは思されながら、心に任せぬ御身のふるまひなれば、慰む方さらになくて明かし暮らすに、いかなるひまかありけむ、夢に夢見る御心地して、下紐解けさせ給ひにけり。
あはれにいみじくは思されながら、心に任せぬ御身のふるまひなれば、慰む方さらになくて明かし暮らすに、いかなるひまかありけむ、夢に夢見る御心地して、下紐したひも解けさせ給ひにけり。


血の涙、袖に包むべき心地もせざりけれど。



唐国の習ひにて、かやうの事世に聞こえぬれば、いみじき大臣・公卿なれども、たちどころに命を召さるる事なれば、またも逢ひ見給はず、后もあはれにたぐひなく思されながら、雲のかけ橋途絶えがちにて、文伝ふばかりの道だになければ、この男、七夕の年に一夜の契をさへ羨みて、人知れぬ涙のみぞ絶ゆる時なかりける。
唐国からくにの習ひにて、かやうの事世に聞こえぬれば、いみじき大臣・公卿なれども、たちどころに命を召さるる事なれば、またも逢ひ見給はず、后もあはれにたぐひなく思されながら、雲のかけ橋途絶とだえがちにて、文伝ふばかりの道だになければ、この男、七夕の年に一夜のちぎりをさへ羨みて、人知れぬ涙のみぞ絶ゆる時なかりける。

公卿=底本「しし」。諸本も同じだが、「公卿」を「志々」と誤ったものと見て訂正
思され=底本「おほそれ」。諸本により訂正
かかれども、あはただしく色に出だすことやなかりけん。



「物や思ふ」と問ふ人だになくて、年月を送るに、わりなくいみじく思ゆるよしの文を作りて、后に奉りける。



恋ひわぶる
空のみくづと
なりぬれば
逢瀬くやしき
物にぞありける
こひわぶる
そらのみくづと
なりぬれば
あふせくやしき
ものにぞありける


この文は『遊仙窟』と申して、我世にも伝はれり。



后、これを見給ふ度に、御身滅びぬべく思されけり。
后、これを見給ふたびに、御身滅びぬべく思されけり。


唐の高宗の后に則天皇后の御事なり。



昔、徳言といふ人、陳氏と聞こゆる女に相具したりけり。



形、いとをかしげにて、心ばへなど思ふさまなりければ、互ひに浅からず思ひかはしつつ年月を経るに、思のほかに世の中乱れて、ありとある人、高きも賤しきも、さながら山林に隠れまどひぬ。
形、いとをかしげにて、心ばへなど思ふさまなりければ、互ひに浅からず思ひかはしつつ年月を経るに、思のほかに世の中乱れて、ありとある人、高きも賤しきも、さながら山林はやしに隠れまどひぬ。


さりがたき親兄弟も四方に立ち別れて、おのが様々逃げさまよへる中に、この人、別れを惜しむ心誰にも優れたりければ、人知れずもろともあひ契りけり。
さりがたき親兄弟おやはらから四方よもに立ち別れて、おのが様々逃げさまよへる中に、この人、別れを惜しむ心誰にも優れたりければ、人知れずもろともあひ契りけり。


「我も人も、いづ方となく失せなん後、おのづから世の中静まりて、またもあひ見る事ありなんものを、そのほどの有様をば、いかでか互ひに知るべき」と聞こえさするに、女の年ごろ持ちたりける鏡を中より切りて、おのおのその片々を取りて、月の十五日ごとに市に出だして、この鏡の半ばを尋ねさするものならば、必ずあひ見て、互ひにその有様を知るべし」と言ひつつ、いといたううち泣きて別れ去りぬ。
「我も人も、いづ方となく失せなん後、おのづから世の中静まりて、またもあひ見る事ありなんものを、そのほどの有様をば、いかでか互ひに知るべき」と聞こえさするに、女の年ごろ持ちたりける鏡を中より切りて、おのおのその片々かたかたを取りて、月の十五日ごとにいちに出だして、この鏡の半ばを尋ねさするものならば、必ずあひ見て、互ひにその有様を知るべし」と言ひつつ、いといたううち泣きて別れ去りぬ。


その後、この夫、恋しさわりなく思えて、いたづらに月日を過ぐるままに、「いかなる人に心を移して契りしことを忘れぬらん」と胸の苦しさ抑へ難くぞ思えける。



ます鏡
割れて契りし
そのかみの
影はいづちか
うつりはてにし
ますかがみ
われてちぎりし
そのかみの
かげはいづちか
うつりはてにし


かやうに思ひやりけるにしも、色・形のなまめかしく、花やかなるにやめで給ひけん、時の親王にておはしける人に限りなく思ひかしづかれて、年月を経るに、ありしには似るべくもなき有様なれど、この鏡の片々を市に出だしつつ、昔の契りをのみ心にかけて、世の常はしたもえにてのみ過しけるに、鏡の割れ持ちたる人とて尋ねあひて、男女の有様、互ひにおぼつかなからず知りかはしつ。
かやうに思ひやりけるにしも、色・形のなまめかしく、花やかなるにやめで給ひけん、時の親王にておはしける人に限りなく思ひかしづかれて、年月を経るに、ありしには似るべくもなき有様なれど、この鏡の片々を市に出だしつつ、昔の契りをのみ心にかけて、世の常はしたもえにてのみ過しけるに、鏡の割れ持ちたる人とて尋ねあひて、男女をとこをんなの有様、互ひにおぼつかなからず知りかはしつ。


女、これを聞きけるより、思えず悩ましき心地うち添ひて、うつし心ならぬ気色を見咎めて、親王、怪しみ問ひ給ふを、さすがに覚えて、しばしは言ひ紛らはしけれど、しひてのたまはすれば、侘しながらありのままに聞こえさせ給ふ。
女、これを聞きけるより、思えず悩ましき心地うち添ひて、うつし心ならぬ気色を見咎みとがめて、親王、怪しみ問ひ給ふを、さすがに覚えて、しばしは言ひ紛らはしけれど、しひてのたまはすれば、侘しながらありのままに聞こえさせ給ふ。


親王、これを聞き給ふに、御袖も絞りあへず、あはれにいみじく思されけるにや、よそおひいかめしきさまにて出だしたてて、昔の男のもとへ送り遣はしたるに、徳言、限りなく嬉しきにつけても、まづ涙ぞ先立ちける。



契りおきし
心にくまや
なかりけむ
ふたたび澄みぬ
中川の水
ちぎりおきし
こころにくまや
なかりけむ
ふたたびすみぬ
なかかはのみづ


賤しからぬ有様を振り捨てて、昔の契りを忘れざりけん人よりも、親王の御情けは、なほたくひあらじや。



昔、秦の穆公の娘に弄玉と申す人ありけり。



秋の月のさやけくくまなきに心を澄まして、全く世の事にほだされず。
秋の月のさやけくくまなきに心を澄まして、またく世の事にほだされず。


また、簫史といふ楽人あり。



秋月清くすさまじき曙に簫を吹く声、あはれにかなしき事限りなし。
秋月清くすさまじきあけぼのに簫を吹くこゑ、あはれにかなしき事限りなし。


弄玉、それにや心を移しけん。



進みて逢ひ給ひにけり。



世のあさましきことに思ひ謗りけれど、いかにも苦しと思えず、ただもろともに台の上にて簫を吹き、月をのみ眺め給ふこと二心なし。
世のあさましきことに思ひそしりけれど、いかにも苦しと思えず、ただもろともにうてなの上にて簫を吹き、月をのみ眺め給ふこと二心ふたごころなし。

世の=「世の人」か
鳳凰といふ鳥、飛び来たりてなむこれを聞きける。



月やうやく西に傾きて、山の端近くなるほどに、心やいさぎよかりけん、簫史・弄玉二人の人を具して、むなしき空に飛び上りぬ。
月やうやく西にかたぶきて、山の近くなるほどに、心やいさぎよかりけん、簫史・弄玉二人の人を具して、むなしき空に飛び上りぬ。


たぐひなく
月に心を
澄ましつつ
雲に入りにし
人もありけり
たぐひなく
つきにこころを
すましつつ
くもにいりにし
ひともありけり


むなしき空に立ち昇るばかり心の澄みけんも例なくぞ。
むなしき空に立ち昇るばかり心の澄みけんもためしなくぞ。


また簫の声に賞でて、人の嘲りを忘れ給けんも、好ける御心の根、推し量られていといみじ。
また簫の声に賞でて、人の嘲りを忘れ給けんも、好ける御心の、推し量られていといみじ。


昔、男女あひ住みけり。



年なども盛りにて、よろづの行く末のことまで浅からず契りつつありふるに、この夫、思ひのほかにはかなくなりにけり。



その後、涙に沈みて、あるにもあらず思えけるを、「我も、我も」と懇ろに挑み言ふ人ありけれど、いかにも許さざりけり。
その後、涙に沈みて、あるにもあらず思えけるを、「我も、我も」とねんごろに挑み言ふ人ありけれど、いかにも許さざりけり。


これを聞くにつけても、亡き影をのみ心にかけつつ、時の間も忘るるひまなくて、つひに命を失ひてけり。



その屍は石になりにける。
そのかばねは石になりにける。


ことはりや
契りしことの
固ければ
つひには石と
なりにけるかな
ことはりや
ちぎりしことの
かたければ
つひにはいしと
なりにけるかな


この石をば、その里の人々、「望夫石」とぞいひける。



一筋に思ひ取りけむ心のありけん。
一筋ひとすぢに思ひ取りけむ心のありけん。


有り難さも、この世の人には似ざりけり。



昔、尭と申す御門おはしましけり。


尭=諸本多く「尭」だが、清水浜臣本の「舜」が正しい
御政より始めて、よろづめでたき御世の例には、まづこの御事をのみこそ申すめれ。
御政まつりごとより始めて、よろづめでたき御世のためしには、まづこの御事をのみこそ申すめれ。


娥皇・女英と聞こえ給ふ、二人の后さぶらひ給ひけり。



御心ざし、いづれも勝り給へりと、けぢめ見えず。



ただ、花か紅葉などの様に、浅からぬ御事にてなん侍りける。


「花か紅葉」は尊経閣文庫本「紅葉」。清水浜臣本等「紅紫」
かくて多くの年月をなむ保たせ給ひけれど、この世は限りある所なれば、御門、湘浦といふ所にて、はかなくならせ給ひぬ。



その後、二人の后、紅の涙を流し給ひて、古きを思せりければ、籬の呉竹も御涙に染まりて、まだらになりにけり。
その後、二人のきさきくれなゐの涙を流し給ひて、古きを思せりければ、まがきの呉竹も御涙に染まりて、まだらになりにけり。


君恋ふる
心の色の
深きには
竹も涙に
染むとこそ聞け
きみこふる
こころのいろの
ふかきには
たけもなみだに
そむとこそきけ


昔の人の思ひそめつる事、浅からぬにや。



昔、陵園といふ宮の内に閉ぢ込められたる人ありけり。



玉の肌、花の形あざやかにて、世に並びなく美しかりけり。
玉のはだへ、花の形あざやかにて、世に並びなく美しかりけり。


年若かりけるとき、女御にいつきかしづかれて、内裏に参りけるに、親しき疎き、「楊貴妃・李夫人の例にも勝りなん」と思へりけるを、あまたの御方々、めざましきことになむ思しける。
年若かりけるとき、女御にいつきかしづかれて、内裏うちに参りけるに、親しき疎き、「楊貴妃・李夫人のためしにも勝りなん」と思へりけるを、あまたの御方々、めざましきことになむ思しける。

親しき疎き=底本「したきうとき」。諸本により訂正
この御憤りにや、様々の無きことに沈みて、陵園といふ深き山宮に閉ぢ込められて、あくるめもなき物思ひにやつれつつ、眉目形もありしにもあらずなりにけり。
この御憤いきどほりにや、様々の無きことに沈みて、陵園といふ深き山宮に閉ぢ込められて、あくるめもなき物思ひにやつれつつ、眉目形みめかたちもありしにもあらずなりにけり。


父母、生きながら別れぬることを歎き悲しめども、会ひ見ることなかりけり。
父母ちちはは、生きながら別れぬることを歎き悲しめども、会ひ見ることなかりけり。


世の常は深き宮の内に心すごくて、風の音、虫の音につけても、思ひ残すことなし。
世の常は深き宮の内に心すごくて、風のおと、虫のにつけても、思ひ残すことなし。


かくしつつ、やうやう春にもなりゆけば、四方の山辺に霞たなびき、野辺の早蕨朝の雨に萌えて、心地よげなるも、我身のためは羨しく思えて、花の匂ひ薫り渡るにも、独り寝の床の上、心とどめきせられつつ、あはれを添へたる朧月夜のみ差し入れども、問ふに音無き影ばかりほのかにて、明かし暮らすに、春過ぎ夏たけて、暮れにし秋も廻り来にけり。
かくしつつ、やうやう春にもなりゆけば、四方よもの山辺にかすみたなびき、野辺の早蕨さわらびあしたの雨に萌えて、心地よげなるも、我身のためはうらやましく思えて、花の匂ひ薫り渡るにも、独り寝の床の上、心とどめきせられつつ、あはれを添へたる朧月夜のみ差し入れども、問ふに音無き影ばかりほのかにて、明かし暮らすに、春過ぎ夏たけて、暮れにし秋も廻り来にけり。


さまざま咲き乱れたる白菊の夕露に濡れたるを見るにも、昔の重陽の宴といひしこと思ひ出でられて、落つる涙、いとど抑へがたかりけり。
さまざま咲き乱れたる白菊しらぎく夕露ゆふつゆに濡れたるを見るにも、昔の重陽の宴といひしこと思ひ出でられて、落つる涙、いとど抑へがたかりけり。


見るたびも
涙つゆけき
白菊の
花も昔や
恋ひしかるらん
みるたびも
なみだつゆけき
しらきくの
はなもむかしや
こひしかるらん


この人、山宮に閉ぢ込められて後、三代の御門にぞ会ひ奉りける。
この人、山宮に閉ぢ込められてのち、三代の御門にぞ会ひ奉りける。


昔、漢の武帝、李夫人はかなくなりて後、思ひ歎かせ給ふこと、年月経れどもさらにおこたり給はず。



そのかみ、病をせし時、行幸し給ひしかども、いかにも見え奉らざりけり。
そのかみ、やまひをせし時、行幸みゆきし給ひしかども、いかにも見え奉らざりけり。


御門、「あやし」と思して、このよしを問はせ給ふに、「わが君に慣れつかうまつりしほど、つゆちり気色に違ひ奉らざりき。また、御心ざし浅からねば、恨みを残すこともなし。しかれとも病に沈み、形変はりて後、身を背く罪あるべけれども、また、思ふ所なきにあらず。紫の草のゆかりまで恵み給ひ、哀れみをかうぶる事は、ただ君の御心ざしの改まらざるほど也。しかるを、今の形、昔の御心変りなば、はかなきあとにも愁への涙色まさることを思ふに、衰へ姿、いと見え奉り申し」と聞こえさす。
御門、「あやし」と思して、このよしを問はせ給ふに、「わが君に慣れつかうまつりしほど、つゆちり気色にたがひ奉らざりき。また、御心ざし浅からねば、恨みを残すこともなし。しかれとも病に沈み、形変はりて後、身を背く罪あるべけれども、また、思ふ所なきにあらず。紫の草のゆかりまで恵み給ひ、哀れみをかうぶる事は、ただ君の御心ざしの改まらざるほど也。しかるを、今の形、昔の御心変りなば、はかなきあとにも愁への涙色まさることを思ふに、衰へ姿、いと見え奉り申し」と聞こえさす。


御門、これを聞かせ給ふに、悲しくわりなく思さる。



たとひ、夜半の煙と立ち昇るとも、いかでかそのゆかりを懐しと思はざらむ。
たとひ、夜半のけぶりと立ち昇るとも、いかでかそのゆかりを懐しと思はざらむ。


ただこの世にて、今一度会ひ見んことを、強ひてのたまはすれども、遂に聞かではかなくなりにければ、御門、御心に恨み深し。
ただこの世にて、今一度たび会ひ見んことを、強ひてのたまはすれども、遂に聞かではかなくなりにければ、御門、御心に恨み深し。


甘泉殿の内に、昔の形を写して、朝夕に見給ひけれど、物言ひ、笑むことなければ、いたづらに御心のみ疲れにけり。



絵に描ける
姿ばかりの
悲しきは
問へど答へぬ
歎きなりけり
えにかける
すがたばかりの
かなしきは
とへどこたへぬ
なげきなりけり


また、亡き人の魂返す香を焚きて、夜もすがら待たせ給ふに、九重錦の帳の内、かすかにて、夜の灯火の影ほのかなる、やうやく小夜更けゆくほど、嵐すさまじく、夜静かなるに、「反魂香の験あるにや」と思え給ひけれど、李夫人の形、有るにもあらず、無きにもあらず、夢幻のごとくまがひて、束の間に消え失せぬ。
また、亡き人の魂返す香を焚きて、夜もすがら待たせ給ふに、九重ここのへ錦の帳の内、かすかにて、夜の灯火の影ほのかなる、やうやく小夜さよ更けゆくほど、嵐すさまじく、夜静かなるに、「反魂香のしるしあるにや」と思え給ひけれど、李夫人の形、有るにもあらず、無きにもあらず、夢幻ゆめまぼろしのごとくまがひて、束の間に消え失せぬ。


待つこと久しけれど、返ることはうばたまの髪筋切るほどばかりなり。
待つこと久しけれど、返ることはうばたまの髪筋かみすぢ切るほどばかりなり。


灯火をそむけて、帳を隔てて物言ひ答ふることなければ、なかなか御心をくだくつまとぞなりにける。



昔、同じ御門、誰とは申しながら、限りなくこの世を惜しみ、命ながらへんことを願ひ給ひけり。


同じ御門=漢の武帝のこと。前話参照
誰=清水浜臣本の「誰も」が正しいか

幻と聞こゆる仙人に仰せて、蓬莱不死の薬取りに遣はしつつ、はかなき御遊び・戯れにも、この世にながらへておはせんことをぞ、いとなみ給ひける。
まぼろしと聞こゆる仙人に仰せて、蓬莱不死の薬取りに遣はしつつ、はかなき御遊び・戯れにも、この世にながらへておはせんことをぞ、いとなみ給ひける。


おほよそ人の好み願ふことは、必ずむなしからねば、この御時、東方朔といふ人、仙宮より罪犯して、暫く人間に下されたりけるを、御門、間近く召し使ひて、よろづおぼつかなく思されけることをば、まづこの人にぞ問はせ給ひける。



かかるほどに、宮の内に、色黄なる雀の例の色にも似ずあやしきさましたる、飛び遊びけるを、御門、「日ごろかかる鳥見えず。いかなることにか」と問ひ給ふに、東方朔、申していはく、「君、長生不死の道を好み給ふにより、御心にめでて、『西王母と申す仙女、参りて遊び奉らん』と告げ知らする由の使ひなり」と聞こえさするに、御門、嬉しく思さるること限りなし。
かかるほどに、宮の内に、色黄なる雀の例の色にも似ずあやしきさましたる、飛び遊びけるを、御門、「日ごろかかる鳥見えず。いかなることにか」と問ひ給ふに、東方朔、申していはく、「君、長生不死の道を好み給ふにより、御心にめでて、『西王母と申す仙女、参りて遊び奉らん』と告げ知らするよしの使ひなり」と聞こえさするに、御門、嬉しく思さるること限りなし。

御門=底本「帝」
「いかなる有様にて、その人を待つべきぞ」とのたまはするに、「宮の内静かにて、庭の面を浄め、香を焚き、様々の床を設け給ふべし」と申しけり。
「いかなる有様にて、その人を待つべきぞ」とのたまはするに、「宮の内静かにて、庭のおもを浄め、香を焚き、様々のゆかまうけ給ふべし」と申しけり。


かくて、頼めしほどにもなりぬれば、御門、御心すみやきつつ、床のもとに、東方朔を隠し置きて、人知れず、「今や、今や」と待たせ給ふに、秋八月ばかり、月の光くまなき夜、香ばしき風うち吹きて、晴の空のどかなるに、紫の雲一群たなびきけり。
かくて、頼めしほどにもなりぬれば、御門、御心すみやきつつ、床のもとに、東方朔を隠し置きて、人知れず、「今や、今や」と待たせ給ふに、秋八月ばかり、月の光くまなき夜、香ばしき風うち吹きて、晴の空のどかなるに、紫の雲一群ひとむらたなびきけり。

御門=底本「帝」
その中より、この世ならず目もあやなる人、百人ばかり降り下れり。



そのうちに主と思しき人、御門に会ひ奉りて、様々のことどもを聞こえさす。
そのうちにあるじと思しき人、御門に会ひ奉りて、様々のことどもを聞こえさす。


やや久しくなるほどに、この人、桃七を取り出だして、その三をば御門に奉らせ給へり。



これを御口に触れ給ひけるより、御身も軽く御心地も涼しくならせ給ひて、空にも飛び昇りぬべく、生死・罪障も解けぬべくや思しけん、「この桃、我園に移し植ゑて種をも取りてしがな」とのたまひけるに、西王母うち笑ひて、「天上の木の実の、人間に留まり難くや」となん言ふにも、足らずげに思せり。
これを御口に触れ給ひけるより、御身も軽く御心地も涼しくならせ給ひて、空にも飛び昇りぬべく、生死・罪障も解けぬべくや思しけん、「この桃、我園に移し植ゑて種をも取りてしがな」とのたまひけるに、西王母うち笑ひて、「天上のの実の、人間に留まり難くや」となん言ふにも、足らずげに思せり。


また、「不死の薬や侍る」と尋ねさせ給ふにも、「生老病死の下界に生まれ給ひながら、いかでか不死の薬を求めさせ給ふべき。はかなき御心なり」と聞こえさす。



西王母のみにあらず。



かひなき愚かなる心にも、昔のかしこきひじりの御門の御言葉とは思えず。



かくて、しばしばかりあるに、上元夫人に雲環の瑟打たせて、挙妃𤧶と聞こゆる仙人舞ひけり。
かくて、しばしばかりあるに、上元夫人に雲環うんくわんしつ打たせて、挙妃𤧶きょひかと聞こゆる仙人舞ひけり。


玉の簪を動かし、錦の袖を翻すありさま、廻れる雪にことならず。
たまかんざしを動かし、錦の袖を翻すありさま、めぐれる雪にことならず。


御門、これを見給ふに、思ほえず御袖濡れにけり。



この世の楽の声は物の数ならず思え給ひけるより、御心もいたくあくがれぬ。
この世のがくの声は物の数ならず思え給ひけるより、御心もいたくあくがれぬ。


夜、やうやう明け方になるほどに、「その御床下に隠れ居て侍りける東方朔は、仙宮の人なり。しかも、かの三千年に一度なる桃を三度まで盗める罪によりて、しばらく人間に下されたる。咎を贖ひて後は、また天上に返り来たるべきなり」とのたまひて、紫の雲立ち返りぬ。
夜、やうやう明け方になるほどに、「その御床下ゆかしたに隠れ居て侍りける東方朔は、仙宮の人なり。しかも、かの三千年みちとせ一度ひとたびなる桃を三度みたびまで盗める罪によりて、しばらく人間に下されたる。とがあかひて後は、また天上に返り来たるべきなり」とのたまひて、紫の雲立ち返りぬ。


紫の
雲立ち返り
行きしより
心は空に
あくがれにけり
むらさきの
くもたちかへり
ゆきしより
こころはそらに
あくがれにけり


この後は、いとど御心も空にあくがれて、いよいよ仙を願ひ給ひけり。



唐国の習ひにて、かしこき御門には仙人なども皆使はれ奉るにこそ。
唐国からくにの習ひにて、かしこき御門には仙人なども皆使はれ奉るにこそ。


はかなくならせ給ひて後も、御身は留まらせ給はざりけるとかや。



昔、漢の高祖と申す御門おはしけり。



呂后と聞こえ給ふ后、東宮恵太子の母にて、誰よりも御心ざし重く見えさせ給ひけり。
呂后と聞こえ給ふ后、東宮恵太子けいたいしの母にて、誰よりも御心ざし重く見えさせ給ひけり。


異腹の親王に、趙の隠王と申す人を、御心ざしのあまりにや、御門、東宮に立てんと思しける御気色を、呂后見給ひて、あさましう心憂きことに思して、陳平・張良と聞こゆる二人の臣下を召し寄せて、「かかるいみじきことなんある。いかにしてかこの恨みをやすむべき」とのたまひあはするを、「げに」とや思ひけん、「かなはざらんまでも、はからひ侍るべし」と答えて返りぬ。
異腹ほかばらの親王に、趙の隠王と申す人を、御心ざしのあまりにや、御門、東宮に立てんと思しける御気色を、呂后見給ひて、あさましう心憂きことに思して、陳平・張良と聞こゆる二人の臣下を召し寄せて、「かかるいみじきことなんある。いかにしてかこの恨みをやすむべき」とのたまひあはするを、「げに」とや思ひけん、「かなはざらんまでも、はからひ侍るべし」と答えて返りぬ。


また、この後二人の人も、世の中の乱れなんずることを歎きて、おのおの謀りごとをめぐらしけり。



「商山といふ山に、世を遁れ、御門の召するにも参らで、籠り居たる賢人四人あり。それをこしらへ出だして、この恵太子に付け奉りたらば、さりとも恥づる心おはしなん物を」と思ひよりて、この山のなかに尋ね行きにけり。



四人の人、うち見つつ驚きていはく、「何事にいとかくあやしげなる住処には渡り給へるにか」と聞こえさする。
四人の人、うち見つつ驚きていはく、「何事にいとかくあやしげなる住処すみかには渡り給へるにか」と聞こえさする。


「世の中乱れんとつかまつれば、我らが身までも歎き深くて、この山に隠れ居むと思ふ心侍り。しかれども、世の中の亡び治まらざらむことは、ただその御心なり」と言へるに、この人うち笑ひて、「君も、我に所置き恥ぢ給はんこと、いとありがたかるべけれど、むなしう返し奉らんもむげに情けなき様なれば、後のことをかへりみず、今日ばかりは御送りに参るべし」と言へりければ、限りなく嬉しく思えて、四人の人を具しつつ、東宮の御もとへ参りぬ。


聞こえさする=諸本「聞こえさするに」
たちまちに、学士といふ官になりて、ふるまひ給ふべき有様など、細やかに教へ奉るに、頼もしく思さるること限りなし。
たちまちに、学士といふつかさになりて、ふるまひ給ふべき有様など、細やかに教へ奉るに、頼もしく思さるること限りなし。


かくて、年立ちかへる朝、東宮、内に参り給へる御供に、この人ども四人、いとやうやうしくふるまひ、気高きさまにて御供に侍りけるを、御門より始め、つかうまつる人どもも、おのおのあやしげに思へり。
かくて、年立ちかへるあした、東宮、内に参り給へる御供おんともに、この人ども四人、いとやうやうしくふるまひ、気高きさまにて御供に侍りけるを、御門より始め、つかうまつる人どもも、おのおのあやしげに思へり。


御門、「これは誰にか」と尋ね問はせ給へる。



御供に候ける人、申ていはく、「日ごろめしつる商山の四皓に侍る」と聞こえさせ給ひけるに、御心も臆せられて、あさましくぞ思されける。



これによりて、御門、四皓にのたまはく、「我、昔より汝に国の政を任せんと思へりしかども、あへて聞かざりき。しかるを、若くいとけなき東宮に従へる心知りがたし」。
これによりて、御門、四皓にのたまはく、「我、昔より汝に国のまつりごとを任せんと思へりしかども、あへて聞かざりき。しかるを、若くいとけなき東宮に従へる心知りがたし」。

御門=底本「春宮」
東宮=底本「春宮」
四皓、申していはく、「君は御心かしこくて、世中を平らげ、国を治め給へども、人を侮り、かしこきをも軽め給ふ誤ちおはします。東宮は若くおはすれども、御心をきて情け深く礼儀を正しくし給ふと聞こえ侍るによりて、参りつかうまつれり」と聞こえさせければ、「東宮は我よりも心かしこきにや」と思して、このことを思ひ止まらせ給ひにけり。
四皓、申していはく、「君は御心かしこくて、世中を平らげ、国を治め給へども、人をあなづり、かしこきをもかろめ給ふ誤ちおはします。東宮は若くおはすれども、御心をきて情け深く礼儀を正しくし給ふと聞こえ侍るによりて、参りつかうまつれり」と聞こえさせければ、「東宮は我よりも心かしこきにや」と思して、このことを思ひ止まらせ給ひにけり。

東宮=底本「春宮」
礼儀=底本「礼義」
かかれば、呂后・陳平・張良より始めて、世にある人々、さながら心安くなりにけり。



この趙隠王の母に、戚夫人と聞こゆる人は、御門を恨み妬み奉り給ひけるを、呂后いやましく心憂きことにぞ思しける。
この趙隠王の母に、戚夫人と聞こゆる人は、御門を恨みそねみ奉り給ひけるを、呂后いやましく心憂きことにぞ思しける。


かかるほどに、御門はかなくなり給ひにけれは東宮、位につきて、よろづ御心に任せたりけれども、呂后、年ごろの御憤りにや、いつしか戚夫人を捕へて、髪を剃り、形をやつして、あさましく心憂き様になし給ひつるを、御門、「かからで侍りなむ。このこと、定めて先帝の御心に背くらん」など、様々に諫め奉り給へども、いかにもかなはざりければ、心苦しくおはしつつ過し給ふに、この趙隠王さへ失なはんとし給ひければ、御門と夜も御傍に放たず起き臥し給ひけり。
かかるほどに、御門はかなくなり給ひにけれは東宮、くらゐにつきて、よろづ御心に任せたりけれども、呂后、年ごろの御憤りにや、いつしか戚夫人を捕へて、髪を剃り、形をやつして、あさましく心憂きさまになし給ひつるを、御門、「かからで侍りなむ。このこと、定めて先帝の御心に背くらん」など、様々にいさめ奉り給へども、いかにもかなはざりければ、心苦しくおはしつつすぐし給ふに、この趙隠王さへ失なはんとし給ひければ、御門と夜も御傍かたはらに放たず起き臥し給ひけり。

東宮=底本「春宮」
御門と=「と」は衍字か
后、隙なきことをやすからず思して、毒いれたる酒をこの人に勧め給ひけり。
きさきひまなきことをやすからず思して、毒いれたる酒をこの人に勧め給ひけり。


帝、心得て、「まづ我」とのたまひければ、慌てて取り返しつ。



かやうに人知れずねんごろにし給ひけれど、いかなる隙かありけん、たぐひなく力強き女房二三人ばかりを遣はして、御門の御傍に臥し給へる人を、情けなく把み殺してけり。
かやうに人知れずねんごろにし給ひけれど、いかなる隙かありけん、たぐひなく力強き女房二三人ばかりを遣はして、御門の御傍かたはらに臥し給へる人を、情けなくつかみ殺してけり。

御門=底本「帝」
上、あさましくは思しながら、いふかひなくて止みにけり。



さて、この戚夫人、月隈なかりける夜、心憂く悲しきにつけても、昔の有様や思ひ出でられけん、そのよしの詩を、何となく口ずさみたりけり。
さて、この戚夫人、月隈なかりける夜、心憂く悲しきにつけても、昔の有様ありさまや思ひ出でられけん、そのよしの詩を、何となく口ずさみたりけり。


耳癖ありける者、これを聞き咎めて、「かかることなん侍り」と呂后に申したりけるに、今ひとしほの憎さ勝りて、足・手を切りつつ、その骸には漆を塗りて、世に穢らはしく汚なき溝にひたして、置かれたる有様のその物とも見えず、哀れに悲しげなり。
耳癖みみくせありける者、これを聞き咎めて、「かかることなん侍り」と呂后に申したりけるに、今ひとしほの憎さ勝りて、足・手を切りつつ、そのむくろには漆を塗りて、世に穢らはしく汚なき溝にひたして、置かれたる有様のその物とも見えず、哀れに悲しげなり。


その後、こはき物怪になりて、ほどなく呂后をとり殺し奉りけり。
その後、こはき物怪もののけになりて、ほどなく呂后をとり殺し奉りけり。


これより先に商山四皓は、御門の御有様を心安く見なし奉りて後、暇を申して、もとの住処に帰りぬるを、世の人、喩へをとりて讃めていはく、「世の中の日照りにあひて、草木も枯れ、土さへ裂けて、人の命も絶えぬべきに、一度雨降りつつ四方の木末を潤し、門田の稲葉も露しげく結びぬる後、八重の雨雲山に帰り居るなるべし」となむ言ひけるこそ、まことにさもと思ゆれ。
これより先に商山四皓は、御門の御有様を心安く見なし奉りて後、いとまを申して、もとの住処すみかに帰りぬるを、世の人、喩へをとりて讃めていはく、「世の中の日照りにあひて、草木も枯れ、土さへ裂けて、人の命も絶えぬべきに、一度ひとたび雨降りつつ四方よも木末こずゑを潤し、門田かどたの稲葉も露しげく結びぬる後、八重やへの雨雲山に帰り居るなるべし」となむ言ひけるこそ、まことにさもと思ゆれ。

end=>底本、ここで改行
また、周文王と申ける御門の御時、公望と聞こゆる賢人、御門に召し出だされて後、官位身に余れるに喜びて、帰る思ひなかりけり。
また、周文王と申ける御門の御時、公望と聞こゆる賢人、御門に召し出だされて後、官位つかさくらゐ身に余れるに喜びて、帰る思ひなかりけり。

公望=呂尚・太公望。底本、「コウハウ」と傍書。
尭と申す御門、許由に位を譲らんとて、三度まて召しけるを、「汚なきことを聞きつ」と言ひて、穎水といふ川に耳を洗ひけるも、「いかなることにか」と、をかしきやうに聞こゆ。
尭と申す御門、許由に位を譲らんとて、三度みたびまて召しけるを、「汚なきことを聞きつ」と言ひて、穎水といふ川に耳を洗ひけるも、「いかなることにか」と、をかしきやうに聞こゆ。

end=>底本、ここで改行
また、巣父といふ人、牛を追ひてこの河を渡らんとするに、「汚なきこと聞きて耳洗ひたる流れにしも、穢るべきかは」とて、遥かによけて通りけんもをこがましくこそ覚ゆれ。



また、水汲むひさごを一つ、竹の網戸にうち懸けたりけんが、風の吹くたびに戸に当りつつ鳴りけるをさへ、「うるさし」と言ひて、たちまちに割り捨ててけり。


うるさし=底本「うるはし」。諸本により訂正
これらを聞くにも、げにとも思えぬに、この商山四皓は情けあり、人を助くる心も深くて、誰よりも好もしき様にこそ思ゆれ。



いさぎよく
耳を洗ひし
川水を
けがらはしとは
誰か言ひけん
いさぎよく
みみをあらひし
かはみづを
けがらはしとは
たれかいひけん


昔、唐の玄宗と申しける御門の御時、世の中めでたく治まりて、吹く風も枝を鳴らさず、降る雨も時を違へざりければ、皆人、天の下穏しきに誇りて、花を惜しみ、月をもてあそぶより他のいとなみなし。
昔、唐の玄宗と申しける御門の御時、世の中めでたく治まりて、吹く風も枝を鳴らさず、降る雨も時を違へざりければ、皆人、あめ下穏おだしきに誇りて、花を惜しみ、月をもてあそぶより他のいとなみなし。

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御門も、色にめで香にのみ耽り給へる御心の暇なさにや、よろづをば左大臣と聞こゆる人に任せて、やうやくみづからの政怠らせ給ひけり。
御門も、色にめでにのみふけり給へる御心のひまなさにや、よろづをば左大臣と聞こゆる人に任せて、やうやくみづからのまつりごと怠らせ給ひけり。


これより先に、元献皇后・武淑妃など聞こえ給ひし后、世に並びなく、御心ざし深くおはしましき。



それはかなくならせ給ひて後は、あまたの中に御心かなひたる人おはせざりき。



これにより、高力士に仰せられて、京の外まで尋ね求めさせ給ふに、楊家の娘を得給ひてけり。
これにより、高力士に仰せられて、みやこの外まで尋ね求めさせ給ふに、楊家の娘を得給ひてけり。


その形、秋月の山の端より高く昇る心地して、そのいきざしは、「夏の池に紅の蓮初めて開けたるにや」と見ゆ。
その形、秋月の山の端より高く昇る心地して、そのいきざしは、「夏の池にくれなゐはちす初めて開けたるにや」と見ゆ。


一度笑むに百の媚なりて、人の心惑ひぬべし。
一度ひとたび笑むにももの媚なりて、人の心惑ひぬべし。


すべてこの世のたぐひにあらず。



ただ天人などの、暫し天下れるとぞ見えける。
ただ天人などの、暫しあま下れるとぞ見えける。


かかりければ、上、内裏の内にたちまちに出で湯を掘らせて、この人に浴せ給ふ。
かかりければ、上、内裏の内にたちまちに出で湯を掘らせて、この人にあむせ給ふ。


湯より出でたる姿、まことに心苦しく、薄物の衣、なほ重げになむ見えける。



色ざし、歩み出で給へる気色、かなひたる物柄、気高くあひあひしくて、さすがまた思ふところあるさまにふるまひ給へり。
色ざし、歩み出で給へる気色、かなひたる物柄ものがら、気高くあひあひしくて、さすがまた思ふところあるさまにふるまひ給へり。


上、これを見給ふ度に、嬉しく喜ばしく思さるることたぐひなし。
上、これを見給ふたびに、嬉しく喜ばしく思さるることたぐひなし。


ただ、みめ・形の人に優れ、為態・有様の世に並びなきのみにあらず。
ただ、みめ・形の人に優れ、為態しわざ・有様の世に並びなきのみにあらず。


よろづにつきて暗からず、事に触れて情け深くなむものし給ひける。



また、上の御心の内に思せることをば、さながらそらに知りて振舞ひければ、限りなき御心ざしをも、世の人、理と思へり。
また、上の御心の内に思せることをば、さながらそらに知りて振舞ひければ、限りなき御心ざしをも、世の人、ことはりと思へり。


同じ車一つ床にあらねば、行幸し、寝ね給ふことなし。
同じ車一つゆかにあらねば、行幸みゆきし、ね給ふことなし。


三千人の女御・后、我も我もとさぶらひ給へど、御目のつてにだにかけ給はず。



ただこの人をのみぞ、月日にそへて、たぐひなきものに思しける。



驪山の宮に行幸し給ひて、霓裳羽衣の舞ひを奏せさせ給ふ。



舞の袖、風に翻る度に、玉の飾り庭に落ち積りて、「極楽世界の瑠璃の地もかくやあらん」と思えたり。



おほよそ驪山宮の秋の夕べに心をとめぬ人なし。



春は春の遊びに従ひ、夜は夜の短かきことを歎き給ひける。



かくて、夜もすがら、ひめもすに時を分かず、これより他の御いとなみなかりければ、国の政の澄み濁れるを、いかにも知らせ給はざりけり。



すべてこの楊貴妃のはぐくみによりて、世の苦しきことを忘れつつ、誇り驕れる人、その数を知らず。



また天の下の人、高きも卑しきも、「心に違はじ」と思へる気色なべてならず。
またあめの下の人、高きも卑しきも、「心に違はじ」と思へる気色なべてならず。


見る人、聞く人、羨みめづるさま、言ひ尽すべからす。



これによりて、女子を産める者は、喜びかしづきて、かかるたぐひを心にかけけるも、をこがましくこそ。
これによりて、女子をんなごを産める者は、喜びかしづきて、かかるたぐひを心にかけけるも、をこがましくこそ。


また、御門の御弟に寧王と申す人、御かたはらを離れず間近く床を並べて、夜昼を分かぬ御遊びにも、必ずさぶらひ給ひけり。



この親王、瑠璃の玉の笛を帳の内に隠し置かせ給へりけるを、楊貴妃、何となく吹き鳴らし給ふ。
この親王、瑠璃の玉の笛をちやうの内に隠し置かせ給へりけるを、楊貴妃、何となく吹き鳴らし給ふ。

笛=底本「ふみ」。諸本により訂正
御門これを御覧じつけて、「玉の笛はあるじにあらずして吹くことなし。しかるを、心ざしの重きに誇りて、礼を過てり。事の乱れにはあらずや」と、ことのほかに御気色変りにけり。
御門これを御覧じつけて、「玉の笛はあるじにあらずして吹くことなし。しかるを、心ざしの重きに誇りて、礼をあやまてり。事の乱れにはあらずや」と、ことのほかに御気色変りにけり。


これによりて、楊貴妃、痛み思す心や深かりけん。



鬢の髪、一房を切りて、御門に奉り給ふ。
びむの髪、一房ひとふさを切りて、御門に奉り給ふ。


「我が身の肌、頭の髪ならずは、皆これ君の賜物にあらずや。しかるを、我、今御心に背きぬれば、罪に伏して怠りを申すべし」と、泣く泣く聞こえさせ給ふに、御使ひも、いとはしたなきまで思えつつ、このよしを奏するに、御心も慌て、物も思えさせ給はずながら、時の間に召し返して、「世になほたぐひなくもある心ばせかな」と思し続くるに、御心ざしの深さ、日ごろには過ぎにけり。
「我が身のはだへかしらの髪ならずは、皆これ君の賜物にあらずや。しかるを、我、今御心に背きぬれば、罪に伏して怠りを申すべし」と、泣く泣く聞こえさせ給ふに、御使ひも、いとはしたなきまで思えつつ、このよしを奏するに、御心も慌て、物も思えさせ給はずながら、時の間に召し返して、「世になほたぐひなくもある心ばせかな」と思し続くるに、御心ざしの深さ、日ごろには過ぎにけり。

御門=底本「帝」
初秋の七日の夕べ、驪山宮に行幸し給ひて、織女・彦星の絶えぬ契りを羨み、はかなきこの世の別れやすきことをぞ、かねて歎き給ひける。
初秋の七日の夕べ、驪山宮に行幸し給ひて、織女たなばた彦星ひこぼしの絶えぬ契りを羨み、はかなきこの世の別れやすきことをぞ、かねて歎き給ひける。


「形は六の道に変るとも、逢ひ見んことは絶ゆる時あらじ」と契り給ひても、



姿こそ
はかなき世々に
変るとも
契りは朽ちぬ
ものとこそ聞け
すがたこそ
はかなきよよに
かはるとも
ちぎりはくちぬ
ものとこそきけ


などのたまひつつ、御手を取りかはして、涙を流し給ひけるを、末の世に聞く人さへ袖の上露けし。



かくて年月を送らせ給ふに、右大臣楊国忠、楊貴妃の兄人にて世の政を執れりけれど、人の心に背くこと多く積りにければ、世の中憤り深くなりぬ。
かくて年月を送らせ給ふに、右大臣楊国忠、楊貴妃の兄人せうとにて世の政を執れりけれど、人の心に背くこと多く積りにければ、世の中憤り深くなりぬ。

2
その中に楊貴妃の養子、左大臣安禄山と聞こゆる人、勢ひを争ひて、心のうち憤り深けれども、これをあやむる人さらになし。



これによりて、たちまちに兵十五万人集めて、つひに楊国忠を亡ぼすに、世の中乱れて騒ぎののしりあへり。
これによりて、たちまちにつはもの十五万人集めて、つひに楊国忠を亡ぼすに、世の中乱れて騒ぎののしりあへり。


百敷の内までも、その恐れ深ければ、御門、外へ逃げさせ給ふ。
百敷ももしきの内までも、その恐れ深ければ、御門、ほかへ逃げさせ給ふ。


東宮・楊貴妃、御かたはらにさぶらひ給ふ。


東宮=底本「春宮」
楊国忠・高力士・陳玄礼・韋見素、また御供にさぶらふ。



かくて、蜀といふ国へ退き去らせ給ふに、「いかならむ野の末・山の中なりとも、この人だに二人あらば、生けらん限り思ふことあらじ」と思さるるに、人の気色、思はずに変りて、はしたなく見えければ、御門、怪しみ問はせ給ふ。



陳玄といふ人、東宮に申していはく、「はやく楊国忠、政事を乱り、人の心を破るゆへに、君も今日この事にあはせ給ふ。しかじ、ただ楊国忠を失なひて、人の愁へを休めんには」と聞こえさす。
陳玄といふ人、東宮に申していはく、「はやく楊国忠、政事まつりごとを乱り、人の心を破るゆへに、君も今日この事にあはせ給ふ。しかじ、ただ楊国忠を失なひて、人の愁へを休めんには」と聞こえさす。

東宮=底本「春宮」
東宮、これを許し給ふにより、楊国忠、目の前にはかなくなりぬ。


東宮=底本「春宮」
御門、あさましくはかなく思されながら、この後行かんとし給ふに、兵ども、立ち廻りつつ、「なほ心よからぬ乱れの根やあらん」と申す気色ありけり。



この時、上、楊貴妃の免るまじきことを知らせ給ひにければ、御顔に袖を覆ひて、ともかくも聞こえさすることなし。
この時、上、楊貴妃のまぬがるまじきことを知らせ給ひにければ、御顔に袖を覆ひて、ともかくも聞こえさすることなし。


この世に楊貴妃、いかならん巌の中なりとも、おぼつかなからぬ御住まひならば、いと心くるしからず思しけるに、「思ひのほかに命も絶えぬべきにや」と浅からぬ別れの涙、血潮の紅よりも色深くて、せんかたなく見えながら、なほ御門に目をかけ奉りて、かくれさせ給ひて、返り見給へる御ありさま、なにに譬ふべしとも見えず。
この世に楊貴妃、いかならんいはほの中なりとも、おぼつかなからぬ御住まひならば、いと心くるしからず思しけるに、「思ひのほかに命も絶えぬべきにや」と浅からぬ別れの涙、血潮のくれなゐよりも色深くて、せんかたなく見えながら、なほ御門に目をかけ奉りて、かくれさせ給ひて、返り見給へる御ありさま、なにに譬ふべしとも見えず。

御門=底本「帝」
撫子の露に濡れたるよりもらうたく、青柳の風に従へるよりもなよらかに、太液の芙蓉、未央の柳に通ひ給へるをしも、情けなく、道のほとりの寺の中にして、練りたるきぬを御頸に引き纏ひつつ、ついにはかなくなし奉る。
撫子の露に濡れたるよりもらうたく、青柳の風に従へるよりもなよらかに、太液の芙蓉、未央の柳に通ひ給へるをしも、情けなく、道のほとりの寺の中にして、練りたるきぬを御頸に引きまつひつつ、ついにはかなくなし奉る。

太液=底本「大液」
物のあはれを知らぬ草木までも色変り、情けなき鳥・獣さへ涙を流せり。
物のあはれを知らぬ草木までも色変り、情けなき鳥・けだものさへ涙を流せり。


物事に
変らぬ色ぞ
なかりける
緑の空も
四方の梢も
ものことに
かはらぬいろぞ
なかりける
みどりのそらも
よものこずゑも


御ともにさぶらひける人、心あるも心なきも、猛きも猛からぬも、涙におぼれて行き方もしらず。
御ともにさぶらひける人、心あるも心なきも、たけきも猛からぬも、涙におぼれて行き方もしらず。


御門の御心のうちには、


御門=底本「帝」
何せんに
玉のうてなを
磨きけん
野辺こそつゆの
宿りなりけれ
なにせんに
たまのうてなを
みがきけん
のべこそつゆの
やどりなりけれ


ただ御袖の下より、血の涙ぞ流れ出づる。



御心迷ひにや、馬の上危うく見えさせ給へば、人々うらうへに添ひ奉りて、やうやう行かせ給ふに、兵ども、糧に疲れて、御門に従ひ奉らんこと、二心なきにあらねば、陳玄礼もとどむべき心地せず。
御心迷ひにや、馬の上危うく見えさせ給へば、人々うらうへに添ひ奉りて、やうやう行かせ給ふに、兵ども、かてに疲れて、御門に従ひ奉らんこと、二心なきにあらねば、陳玄礼もとどむべき心地せず。

御門=底本「帝」
かかるほどに、益州といふ国より貢ぎ物数知らず運べりけるを、御前に積み置かせて、さぶらふ人々に分かち賜はせて宣はく、「我、政の澄み濁れるを知らざりしより、この乱れにあへり。我が身一つによりて、去り難き親・兄弟にも別れ、二つなき命をも捨てて、なほ我に従へり。我また石木ならねば、報ふ心浅からむや。はやくこの物を賜ふて、おのおの故郷へ帰りね」と宣はする、御袖の上、秋の草葉よりも露けく見ゆ。
かかるほどに、益州といふ国より貢ぎ物数知らず運べりけるを、御前に積み置かせて、さぶらふ人々に分かち賜はせて宣はく、「我、政の澄み濁れるを知らざりしより、この乱れにあへり。我が身一つによりて、去り難き親・兄弟はらからにも別れ、二つなき命をも捨てて、なほ我に従へり。我また石木いはきならねば、報ふ心浅からむや。はやくこの物を賜ふて、おのおの故郷へ帰りね」と宣はする、御袖の上、秋の草葉よりも露けく見ゆ。

3
兄弟=底本「はらか」。諸本により補う
この御事を承はる者、皆涙を抑へて申していはく、「命の終らんまでは、ただ身に従ひ奉るべし」。


身に=「君に」か
かくて日も夕暮になるほどに、御かたはら寂しきにつけても、「いかなる中有の旅の空に、一人や闇に迷ふらむ」など、思し乱れたる心苦しさ、あはれに悲しなどいふも愚かなり。



夜もやうやう明け方になりぬれば、出で行かせ給ふに、有明の月西に傾くほど、雲居遥かに鳴き渡る雁を聞かせ給ふにも、御心のうち、かき暗されて、いづ方へ行くとも思されず。
夜もやうやう明け方になりぬれば、出で行かせ給ふに、有明の月西に傾くほど、雲居遥かに鳴き渡るかりがねを聞かせ給ふにも、御心のうち、かき暗されて、いづ方へ行くとも思されず。


蜀山といふ山険しくて、途絶へがちなる雲の架け橋歩み渡らせ給ふ御気色、よそにだになほ忍び難し。
蜀山といふ山険さがしくて、途絶へがちなる雲の架け橋歩み渡らせ給ふ御気色、よそにだになほ忍び難し。


百官人数衰へ、勢ひいかめしかりし旗などさへ、雨に濡れ、露にしほれて、その物とも見えず。
百官もものつかさ人数ひとかず衰へ、勢ひいかめしかりし旗などさへ、雨に濡れ、露にしほれて、その物とも見えず。


御供にさぶらふ人々、何事につけても、物心細く思えて、鳥の声もせぬ深山に、仮の宮いとあやしきさまなり。



月の影より他に光なき心地のみして、あるにもあらず、あさましきほどなれど、所につけたる住居は、様変りて、かからぬ折ならば、をかしくもありぬべし。



これにつけても、「九重の錦の帳の内のたまものの上に枕を並べ、衣を隔てざりし昔は、我何事を思ひけん」など思されけるも、まことに理なり。
これにつけても、「九重の錦の帳の内のたまものの上に枕を並べ、衣を隔てざりし昔は、我何事を思ひけん」など思されけるも、まことにことはりなり。


かかるほとに東宮は譲りを受けて位につかせ給ひぬ。


東宮=底本「春宮」
荒き心ある者を失ひぬ。



世中を静めて、太上天皇を迎へ取り奉らせ給ふ。


世中=底本「世なる」。諸本により訂正
「間近く内裏を並べて、よろづを申し合せつつ御政あるべし」と聞こえさせ給へど、この御物思ひのあまりにさるべきこととも思されず、世も平ぎ御心も静まりて後は、御歎きも分く方なく一筋になりぬ。



時移り事終り、楽しび尽き悲しみ来る。



池の蓮夏開け、庭の木の葉秋散れるごとに、御心の慰め難さ、たぐひなく思されける時は、はかなく別れにし野辺に行幸せさせ給ひけれど、浅茅が原に風うち吹きて、夕の霧玉と散るを御覧じても、消えなで名残か有るべき。
池のはちす夏開け、庭の木の葉秋散れるごとに、御心の慰め難さ、たぐひなく思されける時は、はかなく別れにし野辺に行幸せさせ給ひけれど、浅茅が原に風うち吹きて、夕の霧玉と散るを御覧じても、消えなで名残か有るべき。


絶え入りぬべくぞ思しける。



もろともに
重ねし袖も
朽ちはてて
いづれの野辺の
露結ぶらん
もろともに
かさねしそでも
くちはてて
いづれののべの
つゆむすぶらん


かやうに思ひつつ、涙を抑へて帰らせ給ふ御有様の弱々しさも、言はば愚かになりぬべし。



別れにし
道のほとりに
尋ね来て
かへさは駒に
まかせてぞ行く
わかれにし
みちのほとりに
たづねきて
かへさはこまに
まかせてぞゆく


春の風に花の開きたる朝、秋の雨に木の葉散る夕べ、宮の内荒れ寂しくて、様々の草の花、庭の面に咲き乱れ、色々の紅葉、階の上に散り積む。
春の風に花の開きたるあした、秋の雨に木の葉散る夕べ、宮の内荒れ寂しくて、様々の草の花、庭のおもに咲き乱れ、色々の紅葉、はしの上に散り積む。


昔、楊貴妃の間近く仕へ給ひし女房など、月くまなき夜は、昔を恋ひ涙にむせびつつ、琴を調べ琵琶を弾きけるにも、いとど御袖の上、隙なく見ゆる心苦しさ、よその袂までもせきかぬる心地す。



忘れてもまどろませ給ふ時なければ、夢のうちにも逢ひ見給ふことはあり難し。



夜の蟋蟀、枕にすだく声にも御涙勝り、夕べの蛍の汀に渡る思ひにも、御胸の苦しさ抑へ難し。
夜の蟋蟀きりぎりす、枕にすだく声にも御涙勝り、夕べの蛍の汀に渡る思ひにも、御胸の苦しさ抑へ難し。


壁に背けたる残りの灯火、光かすかにて、朝夕もろともに起き臥し給ひし床の上も、塵積りつつ、古き枕古き衾むなしくて御かたはらにあれども、誰と共にか御身にも触れさせ給ふべき。
壁に背けたる残りの灯火、光かすかにて、朝夕もろともに起き臥し給ひし床の上も、塵積りつつ、古き枕古きふすまむなしくて御かたはらにあれども、誰と共にか御身にも触れさせ給ふべき。


かくて二年ばかりにもなりぬるに、幻といふ仙人参りて、「我が君の御心に楊貴妃を思せることの、限りなきそこを知れり。六の道おぼつかなき所なし。願はくは、生まれ給ひつらん所を尋ね見て、帰り参らん」と聞こえさする。
かくて二年ふたとせばかりにもなりぬるに、まぼろしといふ仙人参りて、「我が君の御心に楊貴妃を思せることの、限りなきそこを知れり。六の道おぼつかなき所なし。願はくは、生まれ給ひつらん所を尋ね見て、帰り参らん」と聞こえさする。

4
嬉しく思さるること限りなくて、御物思ひ、たちまちにおこたりぬ。



幻、空に昇り地に入りて、至らぬ所なく求むるに、そのしるしなし。



雲に乗りつつ、なほ東ざまへ飛び行くに、わたつうみの中にいと高き山あり。



その上に玉の台、黄金の殿ども、軒を並べ、甍を連ねたるよそほひ有様、すべてこの世のたぐひにあらず。
その上に玉のうてな、黄金の殿ども、軒を並べ、いらかを連ねたるよそほひ有様、すべてこの世のたぐひにあらず。


また、そのうちに仙女あまた遊び戯ぶる。



この所に行き向ひて、玉の戸ざしを打ち叩くに、言ひ知らずこの世ならぬ人出でて、幻に会へり。



「楊貴妃の生まれ給へる蓬莱宮これなり」と言ふを聞くに、嬉しさ限りなくて、「唐の玄宗の御使ひなり」と聞こえさす。



「楊貴妃、ただ今寝給へり。朝を待つべし」と言ひて返り入りぬる後、心もとなくて、一人立てり。
「楊貴妃、ただ今寝ゐね給へり。あしたを待つべし」と言ひて返り入りぬる後、心もとなくて、一人立てり。


夕べの嵐音なくて、波の上遥かに入り日さすほど、折からにや、あはれに心細くて、やうやう夜も半ば過ぐるほどに、花のとぼそに白露隙なく置けるを見るにも、



明けやらぬ
花のとぼその
露けさに
あやなく袖の
そぼちぬるかな
あけやらぬ
はなのとぼその
つゆけさに
あやなくそでの
そぼちぬるかな


かかる程に、夜も明け日も出でぬれば、楊貴妃出で給へり。



黄金の簪光鮮かに、玉の飾り目も輝くほどなり。
黄金のかむざし光鮮かに、玉の飾り目も輝くほどなり。


幻にあひ向ひて、しばしは言葉に出だし給はず、まづ落つる涙をぞ所狭きに思さる。



方士も袖のしずく隙なくて、やや久しくなるほどに、楊貴妃宣はく、「天宝十四年よりこのかた、御心の内を思ひやるに、悩ましく苦しきこと限りなし。かばかり妙なる所に生まれたれど、契りの深きによりて、我、浮名を留めし故郷のみ心にかかれる」など、様々に宣はするありさま、なほ霓裳羽衣の舞にぞ似給へる。
方士も袖のしずく隙なくて、やや久しくなるほどに、楊貴妃宣はく、「天宝十四年よりこのかた、御心の内を思ひやるに、悩ましく苦しきこと限りなし。かばかりたへなる所に生まれたれど、契りの深きによりて、我、浮名を留めし故郷のみ心にかかれる」など、様々に宣はするありさま、なほ霓裳羽衣の舞にぞ似給へる。


方士、御門の御心のうちを知れりければ、ありのままに聞こえさせつ。



互ひに心のいぶせさをはるけて、方士、帰りなんとするに、楊貴妃、黄金の簪を折りつつ、「我が物とて御門に奉れ」と宣はす。



方士、これを取りて、こと浅くや思ひけん、「黄金の簪は、たぐひなき物にもあらず。そのかみ、さだめて人知れぬ御契りありけんものを、願はくは承りて奏せしめん」と言ふに、楊貴妃、気色変り、涙まさりて、思し乱るることありと見ゆ。



「昔、天宝十年の秋、驪山宮にはべりし時、織女・彦星あひみる夕べ、長生殿の内音なくて、夜半の気色ものあはれなりしに、御門、我に立ち添ひて宣ひき。『天にあらば羽をかはす鳥となり、地にあらば枝をかはす木とならん』と。これ、君より他にまた知る人なし。この契り、限りなきによりて、必ず下界に落ちて、さだめて二たびあひ見て、むつまじきこと古きかごとくならむ。我、このことをかねて知れり。思へばしかも悲しくて、思へばまた嬉しからずや」など、聞こえさせ給ふ御有様にも、忍び難き御心のうちあらはれて、馬嵬の道のほとりに、今は限りと見え給ひし夕べの恨みも、なほただ今のやうに思せる気色、まことに梨花一枝春雨おびたり。
「昔、天宝十年の秋、驪山宮にはべりし時、織女たなばた・彦星あひみる夕べ、長生殿の内音なくて、夜半の気色ものあはれなりしに、御門、我に立ち添ひて宣ひき。『天にあらば羽をかはす鳥となり、地にあらば枝をかはす木とならん』と。これ、君より他にまた知る人なし。この契り、限りなきによりて、必ず下界に落ちて、さだめて二たびあひ見て、むつまじきこと古きかごとくならむ。我、このことをかねて知れり。思へばしかも悲しくて、思へばまた嬉しからずや」など、聞こえさせ給ふ御有様にも、忍び難き御心のうちあらはれて、馬嵬の道のほとりに、今は限りと見え給ひし夕べの恨みも、なほただ今のやうに思せる気色、まことに梨花一枝春雨はるあめおびたり。


光さす
玉のかほばせ
しほたれて
なほそのかみの
心地こそすれ
ひかりさす
たまのかほばせ
しほたれて
なほそのかみの
ここちこそすれ


方士帰り参りて、このよしを奏せしむるに、御心日を経て悩みまさり給ひて、生まれ給はんほどをも心もとなくや思しけん、その年の夏四月に、みづからはかなくならせ給ひにけり。



知らざりし
玉の台を
知り得てぞ
夜半の煙と
君もなりにし
しらざりし
たまのうてなを
しりえてぞ
よはのけぶりと
きみもなりにし


これ一人君のみにあらず。



人、生まれて木石ならねば、皆おのづから情けあり。



いにしへより今に至るまで、高きも卑しきも、かしこきもはかなきも、この道に入らぬ人はなし。



入りとし入りぬれば、迷はずといふことなし。



しかし、ただ心を動かす色にあはざらんには、おほよそこの世は皆夢幻のごとし。



八苦逃るることなければ、厭ひても厭ふべし。



天上の楽しみ限りなけれども、五つの衰へ去ることなければ、願ふべきにも足らず、生まれてもよしなし。



ただ、心一つにして三界を厭ひ、九品を願ふべし。



極楽を願ふとも、この世に執を留めば、纜を解かで舟を出ださんがごとし。
極楽を願ふとも、この世に執を留めば、ともづなを解かで舟を出ださんがごとし。

解かで=底本、「とひて」とあり、「ひ」に「か歟」と傍書。傍書に従う。
極楽を願はずば、轅をそむきて車を走らしめんがごとし。
極楽を願はずば、ながえをそむきて車を走らしめんがごとし。


この世を厭ひ極楽を願はば、苦しみを集めたる海を渡りて、楽を極めたる国に至らんことは、疑ふべからず。



ゆめゆめ、出で難き悪道に返らずして、行きやすき浄土に至るべし。



昔、朱買臣、会稽といふ所に住みけり。



世に貧しくわりなくて、せんかたなかりけれど、文を読み、物を習ふこと怠らず、そのひまには薪をこりて、世を渡るはかりごとをしけり。
世に貧しくわりなくて、せんかたなかりけれど、ふみを読み、物を習ふこと怠らず、そのひまには薪をこりて、世を渡るはかりごとをしけり。


かくて年月を経るに、あひ具したりける女、限りなく貧しき住居を堪へ難くや思ひけん、「我も人もあらぬさまになりて、世を試みん」など、細やかにうち語らひければ、「かくてしもやあり果つべき。今年ばかり心強くあひ念ぜよ」と、よろづこしらへけれど、つひに聞かで、その年のうちに離れにけり。


」と=底本「と」なし
夫、恋ひ悲しめどもいふかひなくて、次の年にもなりぬるに、この人の才覚、世に優れたることを御門聞かせ給ひて、その国の守になされぬ。



初めて国に下りける有様、心言葉も及ばずめでたかりけり。



かかれども、なほありし妻のことを心にかけて、一国のうちを尋ね求めさすれど、似たる人なくて明かし暮らす。
かかれども、なほありし妻のことを心にかけて、一国ひとくにのうちを尋ね求めさすれど、似たる人なくて明かし暮らす。


園に出でて狩りし遊びけるとき、こともなのめならず、あやしく侘しげなる賤の女が、筐といふ物を肘にかけて、菜を摘みてゐざり歩くを、「ゆゆしげなる者の姿かな」と見るほどに、我が昔のともに見なしてけり。
そのに出でて狩りし遊びけるとき、こともなのめならず、あやしく侘しげなる賤の女が、かたみといふ物を肘にかけて、菜を摘みてゐざり歩くを、「ゆゆしげなる者の姿かな」と見るほどに、我が昔のともに見なしてけり。

菜を摘みて=底本「猶つみて」。尊経閣文庫本「なをつみて」。底本に従えば「なほ積みて」となるが、菜摘みに男女の出会いの意味があるため、「菜を摘みて」と解する。
なほ、「僻目にや」と目をとめて見けるに、いかにも違ふ所なかりければ、人知れず悲しく思えて、暮るるや遅きと呼び取りてけり。
なほ、「僻目ひがめにや」と目をとめて見けるに、いかにも違ふ所なかりければ、人知れず悲しく思えて、暮るるや遅きと呼び取りてけり。


女、「我過つこともなきに、いかなることに当りなんずるにか」と、恐れ惑ひけれど、ありし昔のことなどを細やかに語らひければ、女、あさましく思えて、この夫をうち見るより、いかが思ひけん、いたく悩み煩ひて、暁方に絶え入りにけり。



もろともに
錦を着てや
帰らまし
憂きに堪へたる
心なりせば
もろともに
にしきをきてや
かへらまし
うきにたへたる
こころなりせば


心短かきは、何事につけても恨みを残さずといふことなし。


残さず=底本「のみさす」で「み」に「こ歟」と傍書。尊経閣文庫本「のこさす」。傍書及び尊経閣文庫本に従う。
錦を着て故郷に帰るといふ。


故郷=底本「古郷」
この人のことなり。



昔、晋の景公といふ人ありけり。



そのつかはれ人趙朔、国の政をとれり。
そのつかはれ人趙朔、国のまつりごとをとれり。


屠岸賈といふ人、争ふ心やありけん、ややもすれば、「この趙朔を退けん」と思ふ心深くて、失を求め、無きことを言ひつけて、罪に行なはるべきよしを主に言ひけれども、用ゐられざりければ、心中に憤り深くて明かし暮らすに、なほやすめ難くや思えけん、趙朔を始めとして、兄弟さなから亡ぼし失なひてけり。
屠岸賈といふ人、争ふ心やありけん、ややもすれば、「この趙朔を退けん」と思ふ心深くて、失を求め、無きことを言ひつけて、罪に行なはるべきよしをあるじに言ひけれども、用ゐられざりければ、心中に憤り深くて明かし暮らすに、なほやすめ難くや思えけん、趙朔を始めとして、兄弟さなから亡ぼし失なひてけり。

亡ぼし=底本「ほのほし」。諸本により訂正
その中に年ごろ相具したりける妻なん、一人このことに免れにける。



折しも、ただならぬことさへありて、隠れ惑ふにつけても、わりなく悲しかりけるを、杵臼・程嬰といふ二人のつかはれ人、主を思ふ心深ければ、人知れず隠し育みて、「もし生まれたらん子、男子ならば、親の敵をも思ひ知りなん。ただ、いかにもして、事なく人とならむことを思ひはからひけるを、敵、漏れ聞きて、めざましくなん思えければ、なほ尋ね求めても、その跡を失なはん」と思へりけり。
折しも、ただならぬことさへありて、隠れ惑ふにつけても、わりなく悲しかりけるを、杵臼・程嬰といふ二人のつかはれ人、主を思ふ心深ければ、人知れず隠し育みて、「もし生まれたらん子、男子をのこならば、親のかたきをも思ひ知りなん。ただ、いかにもして、事なく人とならむことを思ひはからひけるを、敵、漏れ聞きて、めざましくなん思えければ、なほ尋ね求めても、その跡を失なはん」と思へりけり。

わりなく=底本「はりなく」。諸本により訂正
これによりて、この女、隠れ惑ひながら、本意のごとく男子を生みてけり。



杵臼・程嬰、限りなく嬉しく思ひけるにも、わりなくして、手づからみづから隠し忍びつつ、養へりけるほどに、この敵の屠岸賈、このことを聞きつけて、あながちにあさり求めけり。



母の心に、せんかたなく思えながら、着たりける袴の中に子を入れて、教へていはく、「親の跡を継ぎて、君に仕へ奉るべきものならば、物の心を知らずいとけなしといふとも、声を立てて泣くことなかれ。もしまた、この時に当りて、子孫長く絶ゆべきならば、早く泣くべし」と心の内に思ひつつ、深く隠れ居たるに、本意のごとくおとなかりければ、敵求めかねて帰りぬ。



母の心に喜び深し。



しかれども、「この愁へにおきては、絶ゆる時あるべからず」と歎き侘びつつ、程嬰に杵臼、語らひていはく、「この人を事なく養ひ立てて、父の跡を継がせんと、命を捨てんと、いづれか難かるべき」。



程嬰、答へていはく、「死なむは易し。平らかに養ひ立てんことはいと難し」と言ふに、杵臼がいはく、「恩の深きことは、君、我に勝れりき。易きにつけても、我まづ死なば、その後難きことを遂げて、必ず仇を報ひ給へ」と言ひつつ、幼なき子を一人抱きて、深き山の中に隠れ居たり。
程嬰、答へていはく、「死なむは易し。平らかに養ひ立てんことはいと難し」と言ふに、杵臼がいはく、「恩の深きことは、君、我に勝れりき。易きにつけても、我まづ死なば、その後難きことを遂げて、必ずあだを報ひ給へ」と言ひつつ、幼なき子を一人抱いだきて、深き山の中に隠れ居たり。


程嬰、敵に告げて、偽りていはく、「我、求め給へる子のあり所を知れり。願はくば、金千両を給へて、教へ奉らん」と言へるを、敵、喜び騒ぎて、たちまちに金千両を与へつ。
程嬰、敵に告げて、偽りていはく、「我、求め給へる子のあり所を知れり。願はくば、こがね千両を給へて、教へ奉らん」と言へるを、敵、喜び騒ぎて、たちまちに金千両を与へつ。


をこかましく思えながら、しるべをして、この所に向へるに、杵臼、子を抱きて、あきれたる気色にて居たり。



敵、これを見て、いつしか殺さんとす。



杵臼、叫びていはく、「愚かなるかな程嬰。昔の恩を忘れて、もろともに人となさずといふとも、いかでか千々の金に耽りて、一人の子をば殺すべき。今は我を失なはんことは、そのいはれなきにあらず。いとけなき子におきては、何の罪かはあるべき。願はくは生けよ」と言ひけれど、たちまちに二人ながら殺しつ。


もろとも=底本「もつとも」。諸本により訂正
子に=底本「子には」。諸本により訂正。
この後、まことの子をば程嬰取りて、山の中に隠せり。



年月を経れども、敵、疑ふ心なければ、またその煩ひなくて、十五になりぬ。
年月を経れども、敵、疑ふ心なければ、またそのわづらひなくて、十五になりぬ。


この時に主人、病に煩ひ給ひて、いと大事におはしけり。
この時に主人、やまひに煩ひ給ひて、いと大事におはしけり。


このことを占はしめ給ふに、「罪なくして罪をかぶれる人の祟り」と占ひ申しけり。



趙朔を滅ぼすことは、またく我心よりおこらず。



ただ、屠岸賈みづからの憤りに、世をなきになしてふるまへるゆゑに、我、今この病を受けたる。



天の下に主として、あるまじきことをする者を退けぬは、限りなき我が咎なり。
あめの下に主として、あるまじきことをする者を退けぬは、限りなき我がとがなり。


しかれば、いかなることをしてか、この病をやむべき」と宣ふに、韓厥といふ人、よろづに暗きことなかりければ、はからひ申していはく、「趙朔が後を仕はせ給ふべし。十五になる子一人、平らかにて侍り。有様をば細かに知らせ給はずや」と申しけり。
しかれば、いかなることをしてか、この病をやむべき」と宣ふに、韓厥といふ人、よろづに暗きことなかりければ、はからひ申していはく、「趙朔がのちを仕はせ給ふべし。十五になる子一人、平らかにて侍り。有様をば細かに知らせ給はずや」と申しけり。


「あさまし」と思して、たちまちに召しとりて見給ふに、昔殺されし親に、つゆばかりも違はず似たりけるを、あはれにいみじく思して、いつしか父の後を継がせ、位、身にあまるほどになりて後、本意のごとく親の敵を滅ぼし失なひつ。
「あさまし」と思して、たちまちに召しとりて見給ふに、昔殺されし親に、つゆばかりもたがはず似たりけるを、あはれにいみじく思して、いつしか父の後を継がせ、位、身にあまるほどになりて後、本意のごとく親の敵を滅ぼし失なひつ。


さるべきことにやありけむ。



何事につけても、世に用ゐられ、人に恥ぢられて二十にもなりぬれば、程嬰心やすく思えけり。



かくて後、この主に暇を乞ひていはく、「我は早く死に侍りなん」と言ふ時に、主、物思えず、心慌てて、「こはいかに」と言へり。
かくて後、この主にいとまを乞ひていはく、「我は早く死に侍りなん」と言ふ時に、主、物思えず、心慌てて、「こはいかに」と言へり。


程嬰いはく、「我、昔杵臼に誓ひき。易きにつけてまづ死なば、恩の深きによりて、難きことを遂げて後、必ず報ふべしと申しき。しかるを、我、今死なずば、杵臼にそら頼めするにあらずや。かしこき人は言ひつることを違へず」とばかり聞こえて、遂に我身を刺し殺しつ。



この時に主、あやなく思して、「かかることを見ながら世にあらんことは恥なる」と思えけれど、むなしく父の跡を断たむことは本意ならず思えければ、命をば捨てずして、藤の衣をぞ、三年まで脱がざりける。
この時に主、あやなく思して、「かかることを見ながら世にあらんことは恥なる」と思えけれど、むなしく父の跡を断たむことは本意ならず思えければ、命をば捨てずして、藤のころもをぞ、三年みとせまで脱がざりける。


歎き悲しむこと年月を経れども、さらに怠らざりけり。



思ひ知る
心は誰も
深けれど
かかるためしは
またもあらじな
おもひしる
こころはたれも
ふかけれど
かかるためしは
またもあらじな


このつかはれ人二人が、後のことより他のいとなみなかりけるも、まことに理なり。
このつかはれ人二人が、後のことより他のいとなみなかりけるも、まことにことはりなり。


主の名をば趙武とぞいひける。



昔、平原君と聞こゆる人、三千人のつかはれ人を集めて、これをあはれみ、ねんころに思ひけるに、この主の思ひ妻、高き楼の上に居て四方を見渡しけるに、足萎えたる者の、這ふ這ふゐざりつつ水を汲みに行きけり。
昔、平原君と聞こゆる人、三千人のつかはれ人を集めて、これをあはれみ、ねんころに思ひけるに、このあるじの思ひ妻、高き楼の上に居て四方よもを見渡しけるに、足萎えたる者の、這ふ這ふゐざりつつ水を汲みに行きけり。

平原君=底本「平元君」。諸本も同じだが、出典により訂正。
これを=底本「たれを」。諸本により訂正
左右の膝よりも、頭なほ引き入りて、人の姿に似ず。
左右の膝よりも、かしらなほ引き入りて、人の姿に似ず。


世にをかしげなりければ、この女、思ひわくこともなくて、うち笑ひてけり。



声を聞きて、「我かかる病に煩ひて、年久しくなりぬ。今初めて人の笑ひ嘲るべきにあらず。これひとへに、君の色を好みて、つかはれ人を軽しめ給ふゆへなり。もし我を捨てぬ御心ならば、笑ひつる人を失なひ給ふべし」と強ひて主に愁ふるに、「おのれが愁へをやすむべし」とは言ひながら、さすがにあるべくもなきことなれば、その後月日を経るに、三千人のつかはれ人、やうやう数少なくなりゆくを、「我、いささかも過つことなし。しかれども、恨みをいだきて遁れ去るも心知り難し」と、おのおのに言ひ下せり。



この中に、殊に詳らかなる者、申していはく、「君、この片輪人をすかし給へり。これ我らが身の上にあらずや。もし、かくのごときならば、なにを頼もしと思ひてか、身を捨て心を励まして、君に仕へ奉るべき」と言へり。
この中に、ことつまびらかなる者、申していはく、「君、この片輪人をすかし給へり。これ我らが身の上にあらずや。もし、かくのごときならば、なにを頼もしと思ひてか、身を捨て心を励まして、君に仕へ奉るべき」と言へり。


主、これを聞きて、浅からぬ年ごろのむつまじさをもかへりみず、この女をたちまちに殺してけり。



片輪人これを見て心ゆきぬ。
片輪人かたはびとこれを見て心ゆきぬ。


また、その外のつかはれ人ども、元のごとく帰りにけり。



思ひきや
ただうち笑みし
言の葉の
死出の山路に
散らんものとは
おもひきや
ただうちえみし
ことのはの
しでのやまぢに
ちらんものとは


足萎えたるつかはれ人一人に、顔美しき人を代へけるも、いと情けなきしわざなりや。


代へ=底本「かつ」で「つ」に「へ歟」と傍書。諸本及び傍書により訂正
おほかたこれならず、唐国の習ひにて、賤しき武士なれど、言ひ立ちぬることを、御門もその心ざしをば、やぶらせ給はぬにや。
おほかたこれならず、唐国からくにの習ひにて、あやしき武士もののふなれど、言ひ立ちぬることを、御門もその心ざしをば、やぶらせ給はぬにや。


昔、楚の荘王と申す人、群臣を集めて、夜もすがら遊び給ひけり。



その御かたはらに、あさからず思ひ聞こえさせ給ひつる后さぶらひ給ふを、人知れず、「いかでか」と思ひ奉れる臣下ありけり。



灯火の風に消えたりけるひまに、后の御袖を取りて引きたりけるを、限りなく憤り深くや思しけん、御手をさしやりて、この男の冠の纓を取りて、「かかる事なん侍り。早く火を灯して、纓無からん人をそれと知らせ給へ」と申し給ふを、主もとより人を憐れみ情け深くおはしければ、灯火消えたるほどに、「これに侍る人々、おのおの纓を取りて奉るべし。その後火は灯すべし」と宣はするに、この男、涙もこぼれて嬉しく思えけり。
灯火の風に消えたりけるひまに、后の御袖を取りて引きたりけるを、限りなく憤り深くや思しけん、御手をさしやりて、この男のかうぶりえいを取りて、「かかる事なん侍り。早く火を灯して、纓無からん人をそれと知らせ給へ」と申し給ふを、あるじもとより人を憐れみ情け深くおはしければ、灯火消えたるほどに、「これに侍る人々、おのおの纓を取りて奉るべし。そののち火は灯すべし」と宣はするに、この男、涙もこぼれて嬉しく思えけり。


かくて、灯火あきらかなれど、誰も皆纓無かりければ、その人と見えざりけり。



かかれども、この人、「いかにしてか、主の情けを報ひ奉らん」と、心のうちに思へりけるに、主、敵の国に攻められて、危うきほどにおはしけるを、この人一人、身を捨てて戦ひければ、主勝たせ給ひにけり。
かかれども、この人、「いかにしてか、主の情けを報ひ奉らん」と、心のうちに思へりけるに、主、かたきの国に攻められて、危うきほどにおはしけるを、この人一人、身を捨てて戦ひければ、主勝たせ給ひにけり。


このことを思はずにあやしく思して、そのゆゑを尋ね問はせ給ふに、この人申していはく、「昔、后に纓を取られ奉りて、思ひやるかたなく思しし時、誰となくまぎらはし給ひしこと、我、今に忘れ侍らず」と泣く泣く申しけり。



情けなき
言の葉ならば
今日までも
露の命の
かからましやは
なさけなき
ことのはならば
けふまでも
つゆのいのちの
かからましやは


主、これを聞かせ給ふにも、「なほ、人として情けあるべきことにこそ」と思しけり。



昔、後漢の代に荀爽といふ人ありけり。
昔、後漢のに荀爽といふ人ありけり。


心かしこく、顔美しき娘をぞ持ちたりける。



みめ心のたぐひなきのみにあらず、ざえ才覚並びなくて、せぬ様々なかりけり。



これによりて、父母もいつきかしづくこと限りなし。
これによりて、父母ちちははもいつきかしづくこと限りなし。


かかりければ、高き卑しき、さながら心をかけてねんごろに挑み言はせける中に、隠瑜と聞こゆる人、心に足れることやありけん、この娘にあはせてけり。



夫、心ざし深くて、またなきものに思ひけるも、まことにことはり深く見えけり。



三年ばかりになりぬれば、月日の過ぐるままには、いとどたぐひなくのみ思えて、さまざまに浅からず契りおきけることども、あまたたびになりぬ。
三年みとせばかりになりぬれば、月日の過ぐるままには、いとどたぐひなくのみ思えて、さまざまに浅からず契りおきけることども、あまたたびになりぬ。


かかるほどに、この男、病にわづらひて後、いくほどなくて、つゐにはかなくなりぬ。



女の気色、あるにもあらぬ心地して、悲しさのあまりにや、命も絶えぬとぞ見えける。



よそにみる人さへ、いとはしたなきほどに思えけり。



月日はあらたまれども、別れの涙は乾く時なかりけり。



父母、「いかにして忘るる草の種を取りてしがな」と思へど、さらにかなふべくも見えず。



この時に同じ里に住みける郭奕といふ人、世に取りて卑しからず。



時に用ゐられたり。



この男、思ひの他に年ごろ住み渡りける妻はかなくなりて、歎きやうやうおこたるほどに、この女を、「あはれ、いかでか」と、思ふに堪へぬ気色、色に出でぬ。
この男、思ひの他に年ごろ住み渡りけるはかなくなりて、歎きやうやうおこたるほどに、この女を、「あはれ、いかでか」と、思ふに堪へぬ気色、色に出でぬ。


これによりて、父母、煩ひなく許してけり。



この女、「悲し」と思ひて、様々にあるまじきよしをねんごろに言ひけれど、「親の心に従はぬは、限りなき罪とは知らずや。みづからの心にこそ、ふさはしからずは思ふとも、いかでか親の本意をば違ふべき」など、なほ言ひけるに、昔の男よりも生まれける父のことは愚かに思ゆ理に負けて、なまじひに出で立ちつつ、今の男のもとへ行く行くも、袖のしづく乾く間もなかりけり。
この女、「悲し」と思ひて、様々にあるまじきよしをねんごろに言ひけれど、「親の心に従はぬは、限りなき罪とは知らずや。みづからの心にこそ、ふさはしからずは思ふとも、いかでか親の本意をば違ふべき」など、なほ言ひけるに、昔の男よりも生まれける父のことは愚かに思ゆことはりに負けて、なまじひに出で立ちつつ、今の男のもとへ行く行くも、袖のしづく乾く間もなかりけり。


かかりけれど、男の家近くなりければ、色形をあらためて、喜びたる気色になりぬ。



車より降りつつ、なづらかに歩み入りぬ。



帳の前に火白くかきたててうち居たる、事柄・気色を見るに嬉しく思ゆること限りなし。



また、物なと見たる言葉につけても、恥かしくつつましくのみ思えて、たちまちに間近かく寄るべき心地もせず。



臆せられて、やや久しくなるほどに、鐘も打ち、鳥さへ鳴きぬれば、この女、何となくすべきことあり顔にもてなして、身親しき女房、一人二人を具して、端の妻戸の内に入りぬ。



かくて後、いたくうち泣きて、女房に語りていはく、「我、昔の契を思ふに、時の間も堪へ忍ぶべき心地せず。さりながら、父に背ける罪を恐りて、なまじひにここまては来たれど、生きながら二人の人に契を結ぶべき理なければ、いまは限りの我が身とは知らずや」とて、
かくて後、いたくうち泣きて、女房に語りていはく、「我、昔の契を思ふに、時の間も堪へ忍ぶべき心地せず。さりながら、父にそむける罪を恐りて、なまじひにここまては来たれど、生きながら二人の人に契を結ぶべきことはりなければ、いまは限りの我が身とは知らずや」とて、


親にこそ
背かぬ道に
入りぬとも
古き契を
いかが忘れん
おやにこそ
そむかぬみちに
いりぬとも
ふるきちぎりを
いかがわすれん


「『生きては、一つ床の交はり絶ゆることなく、死なば、また同じ塚の塵にもなりなん』と誓ひしことは、中有の旅の空までも覚えん。我もまた忘れめや」と言ひはつれば、らうたきまなじりより紅の涙流れ出づる気色、まことに匂ひ異なる八重紅梅の春の朝の雨にしほれて、よそほひ久しきにかよひたり。
「『生きては、一つ床の交はり絶ゆることなく、死なば、また同じ塚の塵にもなりなん』と誓ひしことは、中有の旅の空までも覚えん。我もまた忘れめや」と言ひはつれば、らうたきまなじりよりくれなゐの涙流れ出づる気色、まことに匂ひ異なる八重紅梅やへこうばいの春のあしたの雨にしほれて、よそほひ久しきにかよひたり。


かくて、しばしばかりあるに、身の有様をや思ひさだめけん、指より血を出だして、妻戸の上に書きていはく、「我がかばねをば、隠瑜が墓のかたはらに置け」と書き付くるに、人の気色のしければ、騒ぎて、はての文字二三をば書きさしつ。



みづからの帯を解きて、首を引き纏ひて、みづからはかなくなりぬ。



紅の
涙にまがふ
みづぐきの
末をだにこそ
書きもながさね
くれなゐの
なみだにまがふ
みづぐきの
すゑをだにこそ
かきもながさね


しばしあれば、絶え入りぬ。



女房かかへて泣き居れども、いふかひなくて、明けぬれば、男入り来て見るに、いかが思えけん、しばしばかり死に入りて、起きもあがらず。
女房かかへて泣きれども、いふかひなくて、明けぬれば、男入り来て見るに、いかが思えけん、しばしばかり死に入りて、起きもあがらず。


時の人、泣き悲しみけり。



この女は、穎川の荀爽が娘、南陽の隠瑜か妻なり。
この女は、穎川の荀爽が娘、南陽の隠瑜かなり。


今の夫は、太子師郭奕といふ人なり。



昔、上陽人、上陽宮に閉じ込められて、多くの年月を送りけり。



秋の夜、春の日、明け暮れは、風の音、虫の声より外に、またおとづるる物なきには、嵐にたぐふ紅葉の錦、百囀の鶯の声も、我ためはいと情けなき心地す。
秋の夜、春の日、明け暮れは、風の音、虫の声より外に、またおとづるる物なきには、嵐にたぐふ紅葉の錦、百囀ももさへづりの鶯の声も、我ためはいと情けなき心地す。


夜の雨、窓を打つ音にも、愁への涙、いとどまさりけり。



いとどしく
なぐさめ難き
秋の夜に
窓打つ雨ぞ
いとどわりなき
いとどしく
なぐさめかたき
あきのよに
まどうつあめぞ
いとどわりなき


この人、昔、内に参りけるに、その形華やかにをかしげなりけるを頼みて、楊貴妃などをも争ふ心やありけん、一生つひに、むなしき床をのみ守りつつ、花の形いたづらにしをれて、むばたまの黒髪、白くなりにけり。
この人、昔、内に参りけるに、その形華やかにをかしげなりけるを頼みて、楊貴妃などをも争ふ心やありけん、一生つひに、むなしきゆかをのみ守りつつ、花の形いたづらにしをれて、むばたまの黒髪、白くなりにけり。


昔、漢の元帝と申す御門おはしましけり。



三千人の女御・后の中に王昭君と聞こゆる人なん、華やかなることは誰にも優れ給へりけるを、「この人、御門に間近かくむつれつかうまつらば、我らさだめて物の数ならじ」と、あまたの御心にいやましく思しけり。



この時に夷の王なりけるもの参りて申さく、「三千人までさぶらひあひ給へる女御・后、いづれにても一人給はらん」と申すに、上、みづから御覧じ尽さんことも煩ひありければ、その形を絵に描きて見給ふに、人の教へにやありけん、この王昭君の形をなん、みにくき様になむ写したりければ、夷の王給ひて、喜びひらけつつ、我が国へ具して帰るに、故郷を恋ふる涙は道の露にも勝り、慣れし人々に立ち別れぬる歎きは繁き深山の行末遥かなり。
この時にえびすの王なりけるもの参りて申さく、「三千人までさぶらひあひ給へる女御・后、いづれにても一人給はらん」と申すに、上、みづから御覧じ尽さんことも煩ひありければ、その形を絵に描きて見給ふに、人の教へにやありけん、この王昭君の形をなん、みにくきさまになむ写したりければ、夷の王給ひて、喜びひらけつつ、我が国へ具して帰るに、故郷ふるさとを恋ふる涙は道の露にも勝り、慣れし人々に立ち別れぬる歎きは繁き深山みやまの行末遥かなり。


かかるままに、ただ音をのみ泣けども、何のかひかはあるべき。
かかるままに、ただをのみ泣けども、何のかひかはあるべき。


憂き世ぞと
かつは知る知る
はかなくも
鏡の影を
頼みけるかな
うきよぞと
かつはしるしる
はかなくも
かがみのかげを
たのみけるかな


あはれを知らず、情け深からぬ武士なれども、らうたき姿にめでて、かしづきうやまふこと、その国のいとなみにも過ぎたり。
あはれを知らず、情け深からぬ武士もののふなれども、らうたき姿にめでて、かしづきうやまふこと、その国のいとなみにも過ぎたり。


かかれども、ふりにし京を立ち別れにしより、今に至るまで、愁への涙、乾く間もなし。
かかれども、ふりにしみやこを立ち別れにしより、今に至るまで、愁への涙、乾く間もなし。


この人は、鏡の影の曇りなきをのみ頼みて、人の心の濁れるを知らず。



昔、潘安仁という人ありけり。



姿、有様、たぐひなくなまめしく清げにて、その形は玉なとのよく光る様にぞ見えける。
姿、有様、たぐひなくなまめしく清げにて、その形はたまなとのよく光る様にぞ見えける。


秋のあはれを述べて賦に作り、事に触れて情け深くやさしければ、世の中にありける女、さながら、名なを聞き形を見るより、下燃えの煙絶ゆるときなかりけり。
秋のあはれを述べて賦に作り、事に触れて情け深くやさしければ、世の中にありける女、さながら、名なを聞き形を見るより、下燃えのけぶり絶ゆるときなかりけり。


車に乗りて道を行くに、道に会ひける女、思ひのあまりにや、橘の枝を取りて、車の内に投げ入れけり。



人ごとにかくしければ、果物、車に余りにけり。



巡り会ふ
こともやあると
唐車
つみ余るまで
なれる橘
めぐりあふ
こともやあると
からくるま
つみあまるまで
なれるたちばな


昔、京に人の娘ありけり。
昔、みやこに人の娘ありけり。


荒き風にも当てずして、深き里の内にかしづき養へり。



齢やうやう人となるほどに、父母、世にありつかんことをかせぎいとなむ。
よはひやうやう人となるほどに、父母ちちはは、世にありつかんことをかせぎいとなむ。


この人、これを聞きて、嬉しからず厭はしきさまになん思ひけるを、父母しひて恨み歎きけり。
この人、これを聞きて、嬉しからずいとはしきさまになん思ひけるを、父母しひて恨み歎きけり。


「我、もしこの道に入るべきならば、家を出で衣を染めて、世にもあらじ」など、まめやかに憂きことに言へりければ、親しき縁までも、限りなく恨み歎きけり。
「我、もしこの道に入るべきならば、家を出でころもを染めて、世にもあらじ」など、まめやかに憂きことに言へりければ、親しきゆかりまでも、限りなく恨み歎きけり。


かかれども、心強く思ひ立ちにければ、乳母子なりける者一人を具して、何方となく失せにけり。
かかれども、心強く思ひ立ちにければ、乳母子めのとごなりける者一人を具して、何方いづかたとなく失せにけり。


この乳母子も、いとをかしげにて、さても世にありぬべき身のほどをもかへりみず、同じ心にて鳥の声もせぬ深き山に居て、おのおの草の庵を引き結びつつ、住み渡りけるに、この女の父母、二つなき心ざしばかりをしるべにて、山・林を分けつつ尋ね来にけり。
この乳母子も、いとをかしげにて、さても世にありぬべき身のほどをもかへりみず、同じ心にて鳥の声もせぬ深き山に居て、おのおの草のいほりを引き結びつつ、住み渡りけるに、この女の父母、二つなき心ざしばかりをしるべにて、山・林を分けつつ尋ね来にけり。


うち見るままに血の涙を流せども、もろともに立ち帰るべき気色、さらになし。



誰も子を思ふ道は惑はぬ人なければ、さるべき物など営みやりけるを、「うるさし」とや思ひけん、「また住処を改めて、他へ逃げ失せん」など言ひければ、ただ二人の心に任せて、その後音もせざりけり。
誰も子を思ふ道は惑はぬ人なければ、さるべき物など営みやりけるを、「うるさし」とや思ひけん、「また住処すみかを改めて、他へ逃げ失せん」など言ひければ、ただ二人の心に任せて、その後音もせざりけり。


かくて、深き山の中に心を澄まして明かし暮すに、まだらなる犬の美しげなる、いづこよりとも見えで、この乳母子の家の前に居たりけるを、物など食はせて、撫で興じけるに従ひて、この犬、ことのほかに懐きにけり。


撫で=底本「なく」。諸本により訂正。
つれづれなるままに、懐になどうち臥せて、愛しもてあそびつつ明かし暮しけるに、いとむつかしく心乱れて、あらぬすぢにのみ物の思えければ、この犬にうちとけにけり。
つれづれなるままに、ふところになどうち臥せて、愛しもてあそびつつ明かし暮しけるに、いとむつかしく心乱れて、あらぬすぢにのみ物の思えければ、この犬にうちとけにけり。


さるべき先の世の契や深かりけん、犬の思はしさ限りなく思えけるを、我ながらあさましう心憂くぞ思ひ知られける。



かくて主の居どころに行きて、来し方行く末のことなむ、うち語らひて居たりけるに、夏の衣曇りなく透きたるより、乳母子の肩に犬の足跡あまた付きたりけるを、この人見つけてけり。
かくてしうの居どころに行きて、来し方行く末のことなむ、うち語らひて居たりけるに、夏のころも曇りなく透きたるより、乳母子の肩に犬の足跡あまた付きたりけるを、この人見つけてけり。


「それはいかなることぞ」と尋ね問ひければ、ありのままに言はんも心憂く思えて、何かと言ひまぎらはすを、しひて責め問ひければ、あらがふべきかたなくて、「我が居所をさりげなくて時々見給へ」と教ふるを、「あやし」と思ひて、その後常にうかがひ見るに、うち堪へで、この犬と二人寝たり。
「それはいかなることぞ」と尋ね問ひければ、ありのままに言はんも心憂く思えて、何かと言ひまぎらはすを、しひてせため問ひければ、あらがふべきかたなくて、「我が居所をさりげなくて時々見給へ」と教ふるを、「あやし」と思ひて、その後常にうかがひ見るに、うち堪へで、この犬と二人寝たり。


この人、これを見るに、すべて絶ゆべくも思えず侍るを、まづも心もとなく、侘しかりければ、たちまちにその犬を呼び取りて、合ひにけり。



思はしく悲しくぞ思えける。



あさましや
など獣に
うち解くる
さこそ昔の
契なりとも
あさましや
などけだものに
うちとくる
さこそむかしの
ちぎりなりとも


人の身にして、犬に契を結びける、たぐひなきほどのことなれば、ものの心を知れらん人は、これをも恨むべからず。



「いかばかりかは。この道に入らじ」と思ひとりしかど、契の深きに会ひぬれば、かしこきもはかなきも、さながら逃れ難きことにや。



この犬の名をば、雪々とぞいひける。