「なにはのことのよしあしをもおぼしめしわき候はんまでは*、うきをもしのびすぐして、御身*、をさらぬまもり*に。」とこそおもひまゐらせ候つるに、


*誰を指すか、未詳。
*紀内侍。新陽明門院女房。
*必要な養育係
おのが世々にもなりぬべく候事の「さやは契し。」とおきふしなげかれ候に、御ふみ見候へば、



いさめしものと見えさぶらふこそあはれにおぼえ候へ。



「げに、さぞおぼし召候らん。」と御こゝろぐるしうて。



ちかきほどのおもひやりだになく、都鳥にこととふたよりも候はぬ身の、かへるなみをのみうらやみて、くもでに思ふことたえぬ八はしのなもうらめしく、わたりもやられ候まじき心のうちに、まだおぼしめしなげき候はんずることなどをおもひつづけ候へば、いとゞものうくて。



大かた、いかにもみそぢにあまりてこそうるはしく物はおもひしられ候なれ。



はたとせがうちは、なほおもひさだまらぬ事にて候なるを、「ましていかに。」*と御心ぐるしく候へども、いくとせつもりたらん人よりもおとなしく見まゐらせ候ほどに、


*紀内侍は、まだ十代か。
「よろづおぼしめしわく御事もや。」とて、



「御覽じとゞむるふし〴〵もや。」とこまかに申候なり。



らうたくうつくしき人の、そのかたちのうきよにならびなく候とも、「心さだまらず。」など候へば、「いたづらごとよ。」とおんこゝろをそへて、いかにあらまほしくおぼしめす御ことありとも、おのづから人ももり聞て、もどきそしりぬべからんことは、御心にこころをかたらひて、おぼしめしわすれ候へ。



心のまゝなるが返々あしきことにて候。



たとへひとのいみじうつらき御事候とも、「いろに出て人に見えんははづかしかりぬべきこと。」とおぼしめして、



さらぬかほにてはありながら、さすがに「えやは。」と*覺えて、ことずくななるやうに御もてなし候へ。


* 原文「うやとは」
また、うれしう御心にあふ事候とも、こと葉に「うれしや。ありがたや。」などおほせごとあるまじく候。



うきも、つらきも、うれしきも、御心に能おぼしめしわきて見え候はんぞ。



また、「人のこゝろのうちなどを」とこそありけれ、「かかる心のして」など、人にもおほせられ、さたする事あるまじく候。



御心のうちばかりにて、よくおぼしめしとゞめて、我心、身のうへをも、人の事をも、おぼろけのひとにうちかたらひ、色見ゆる御ことなど候はで、大かたに何事をも、御心のうちばかりにおぼしめしわき候へ。



あさはかに物などおほせられ候はんはあしき事にて候ぞ。



さればとて、あまりに上ず**びてにくい*したるもわろく候へば、そのほどはわきまへ、ふるまはせ給ひ候へ。


* 首
* ママ
* け
何よりも心みじかく、ひきゝりなるが*、あなづらはしく、わろき事にて候。


* 性急なのが
なが〳〵と「何事も、あるやうあらんずらむ。」とおもひのどめたるが、なだらかによく候。



さればとて、大やけわたくしにつけて、いそぐべからんことを、いふかひなくて、月日をおくり、時をうつされ候はんはわろく候。



人にもうちたのまれ、御こと葉をもまぜたらんことをば、きは〴〵しう*すゑとほる*やうに、はかなからんことをも、我御身の手をもふれ、いろひ*たらせたまひ候へ。


* てきぱきと
* 成し遂げる
* 世話を焼く
かく申候へばとて、にくいけしてさし過、さか〳〵しうおもだつさまの御もてなしは、ゆめ〳〵候べからず。



たゞおいらかにうつくしき御さまながら、よしあしを御覽じとゞめて、ことよく申よらん人にもおぼろけにて御心うつさず、また氣にくうもてはなれなどせで、大かたにつけてひとをはぐくみ、なさけあるやうにあはれむはよき事にて候。



とめるをば、人ごとにうらやみ、おもくするならひにて候。



まことに、それほどいかでなくては候べきなれども、御心のうちには、まづしきをあはれなる物にかずまへおもふがほんたい*にて候。


* 本来
たとへば、人のうへをそしり、にくみなどしても、しのぶ事をいひあらはし、うちさゞめきなど、かたへの人の候はんに、露ばかりこと葉まぜさせおはしまし候まじく候。



あやまりて、



「*人はなにとかまうしつる。いかゞ。」などたづねまゐらすること候とも、


* 世間の
「いさ、なにとやらん。あらぬことをいひしほどに、きかずなりにけり。」など、はかなげにおほせられなして、ことざまなる*御あひしらひ候べく候。


* 無関係な風の
人になさけをかけ、あはれかはすさまの御心むけはあるべく候。



しる人ごとにいたづらなるすゞろふみしげくかきかはす事、よからぬ事にて候。



なべてひとにくからぬもてなしにて、さる物から、とりなしうちとけたるむつごとの心よせ*ある御しる人には、おぼろけならず、えらびておぼしめしかはすべく候。


* 好意
人の心ほど、うちとけにくうおそろしきものは候はぬぞ。



「何のみちに車をくだき、なにの海に舟をうかべたらんよりも。」と、ふかく申ならはして候へば、よく〳〵やうあることとおぼえ候ぞ。



かへす〴〵御心得候べく候。



我めしつかふ人々の中にも、おとなしく、さもありぬべからんには、物をもおほせられあはせ、うちたのむやうにあたらせたまひなどして、わかうさいど*才度か。



なからんには、たゞいまにくからぬやうにおぼしめし候とも、ひたひさしあはせて、御きそくよげにうちさゝやき、たはぶれかはしなどするも、かろ〴〵しく、あなづらはしきことにて候。



さやうの御わきまへは、「さりとも。」と御心やすくおもひまゐらせて候へども、わかきほどの心は、おもふにつけて人のもてなし*によることも候へば、なほうしろめたきやうにてこれまで申候。


* 仕向け
また、御心むけはさる事にて、はかなきわざにも、とりふれさせたまひ候はんずる物ごとに「よしあるさまに。」とおぼしめし候へ。



さすがに上のしなのえらびになりぬる人のすだれ、うたてあることは候まじけれども、おなじこともあるにまかせてこゝろをそへぬやうに候へば、ひさうなきものにて候。



そのみすのまへはくるしきやうに、そのわたりは心にくゝなど、心ときめきせらるゝやうに候へば、人にも所おかれ、はぢらるゝ事にて候ぞかし。



御たきものなどあはせられ候はんにも、かきまぜのつら*にはあらず、しみふかくめづらしきにほひをそへて、人の御ほどおしはからるゝやうにおぼしめし候へ。


* 普通の種類
こと〴〵*、けばやき*かをりなどもて出て、このましくするていには候はで、たゞいつもうちとけず、御ぞのにほひも、なつかしきやうにしめてわたらせたまひ候へ。


* ママ
* 派手な
ひとのたきものこひまゐらせ候はんに、かうぐとゝのはず、おもひいれたるすぢなきやうに候はんなど、ちらさせたまひ候まじく候。



「その人のにほひは、べちのものにて。」といはるるやうに、「何ごともなべてのつらにはあらじ。」とおぼしめし候へ。



さればとて、「我こそは。」とにくいげして、ひとのことをもどくやうになどは候はで、うら〳〵となにのすぢあるさまには見えぬものから、こゝろの中には



「うつくしく、なにごともゆゑある色をそへてしがな。」とおぼしめし候へ。



大かたの御もてなし、けはひもいとほしきすぢをそへて、さぶらふ人々にもあさ〳〵しくみだれたるふりなく、よういあるやうに御をしへ候へ。



さるかたにをかしきけして、色をもかをもはえ〴〵しく、しるさまにみせ、いまめかしう花やかなるふるまひは、一どはさるかたにかひある心地し候へども、二たびかへり見候へば、いかにぞや。



見おとりせぬやうは候はぬぞ。



さるべきいらへ、をりふしのなさけ、「いたくむもれ、いぶせくて、ふるぎのかはぎぬにくちおほひたるやう」などと*こそ、くちをしかりぬべく候へ。


* ある
「こはえもいはぬ。」などやうにいらへぬべからんごたちをば、わきてらうたきものにせさせたまへ。



ほどしらぬおもひなきも、むげなる事にて候へば、我こゝろひとついかにおもひおきて候へども、すゑざまにいふがひなく、はぢをもしらぬていなる人だに候へば、我めのとほりならぬことは、あやまりおほき事にて候。



「この人はことのほかならじ。」とすこし心ばせありて御らんぜむ人をば、せう〳〵はなんあることありとも、おぼしめしかへていとほしくもせさせたまへ。



「さのみおもふやうなることは、かたかるべければ。」など、よろづを御こゝろえ候へ。



「ひとのつぼねにいで入いままゐりの、此たびのはまさりたるをとりたる。」といひさたせらるゝは、かへす〴〵あさ〳〵しく、こゝろにくからぬやうに候なり。



おぼろけにては、日比より「そこのたれがし。」など人にもしられ、あひしらひつけたるていにて、としごろになりたらん人をば、いださせ給ひ候まじきにて候。



それもやうにこそより候はんずれ。



心ながきやうをたてても、人になんぜられ、かたへの人のためにもたへがたきことなどの候はんは、又まんに候へ*てもあしく候へば、人のほど心のきはぎはをよく御覽じて、御はからひ候べく候。


* ひ
又、人のすがた・もてなしなどはむまれつきたることにては候へども、それもさすがに心むけにより候へば、「ほのかならんうしろでをも、こは〴〵しからぬやうにみさほに*もてなさば、よろしくはなどか見えざらん。」とおぼえ候。


* 上品に
ひぢのかかり*もてすゝみ、なますゞろく*きはゝ、何と申にもおよび候はず。


* 肘の関節
* そわそわと落ち着かない
たゞなべてよきほどに人とうら〳〵とむかひて、御かほのおきどころ、づしやかに*、すがたうつくしくゐなして、水どりのうきたるさまおぼえて、御袖のおひやう*、おもひはづさずこゝろをそへて、*のはづれゆかしきさまにもてなして、御ぐしのかゝりもおほどかにすだれぬさまながら、「あまりよし有。」と、わざとめかしからぬやうにはづかしきかたをそへて、おほどかによういくはへて御ふるまひ候へ。


* 落ち着いて
* 覆い具合
* 几帳
うちさら*どき、あいぎやうづき、にぎはゝしくなどあるまじく候。


* う歟
かく申候へばとて、さるべき人のまゐりて候はんずるに、神さび物どほくて*、春日野の雪のあした、かものやしろのかはなみなどおぼえたるやうには候まじく候。


* よそよそしく
たゞ御もてなしばかりのおもりかに、あさはかならぬすぢのありたく候。



わざともひとをわかず、なつかしき御人ざまにてありたく候。



人のきは〴〵をおぼしめしわくべく候。



ひとにむかひてなにのすぢともなきものがたりして、代つぎがよゝり、この御代までのこと葉もつづかず、時よもしらぬいたづらものがたりなどおほせられ候まじく候。



みすのきはちかくゐよりて、たれがかうむりのひたひつき、くつのおとなど申わらふ人の候はんに、ゆめ〳〵こと葉まぜさせ給候まじく候。



すべてひとのとしよりもおとなしくおよすげたるがよく候。



人にいみやうつけなどしてわらひ、心しれるどちめ見あはせて、人のあまねくしらぬほどの事、うちわらひ、「そゝや。」などさゝやきて、おのづから「なぞや。」などとふ人あれば、「たゞさることの。」などとて、氣色ばみたる事、かへす〴〵くちをしき事にて候なり。



花月などもいかにぞや、



「あることの候ぞ。な御覽じそ。」にては候はぬ。



きげんによりたるものにて候。



わかきほどにまたいたくおよすげたるもにくきことにて候。



あまりにふえう*乳幼か。



めきたるもわろく候へば、おくれすぎぬほどにわたらせおはしまし候へ。



人丸・赤人があとをもたづね、むらさきしきぶが石山の浪にうかべるかげを見て、うきふねの君の法の師にあふまでこそかたくとも、月の色・花のにほひもおぼしとゞめて、むもれいふがひなき御さまならで、かまへて歌よませおはしまし候へ。



歌のすがた・ありさまは、みなふるきに見えてくでん*累代の歌論書類を指す。



にしるして候へば、よく御らんじ候へ。



たゞ女の歌にはこと〴〵しきすがた候はで、詞たがはず、いとほしきさま、うら〳〵とありたく候。



さればとて、えんあるすがたにのみひきとられて、たましひの候はぬもわろく候へば、さやうのことはなほなほふるきを御覽じ候へば、いかにも歌をばこのみて、しふにいらせ玉ひ候へ。



なにのわざもこのよのたはぶれにてこそ候へ。



いのちたえぬれば、みなむかしがたりにて候。



うたはすべらぎの御代のつきし候まじく候へば、かしこき君にもそのあとはしられ、御覧ぜられ、家々のもてあそびにも、



「あはれなりけるわざかな。」と忍ばれさせ給候べきことにて候はんずれば、いかほども御このみ候へ。



「何事もいけるほどこそせんなれ。このよをわかれん後はいかでも。」と申人の候。



よにひがごととおぼえ候。



「ほねをばうづむとも、なをばうづむまじ。」と申事の候へば、*いまのなげきよりもまさりて、心うかるべきこととおぼしめし候へ。


* 歌詠みの名を挙げないのは
御手などかまへて〳〵うつくしくかゝせ給ひ候へ。



手のすぢは、こゝろ〴〵にこのみ、をりにしたがふことにて候へば、ともかくもさだめ申がたうおぼえ候。



女の本たいにて*はとをかたち*遠容貌か。


* 手
にて、はかなき筆のすさみも、人のほどおしはかられ、心のきはも見ゆることにて候。



「おきものの御づしの御さうしなど給てかゝせたまふほどに。」とおぼしめし候へ。



まなは女のこのむまじき事にて候なれども、もじやう*、歌の題につけて、さるさまをしらぬほどならんは、をこがましく候。


* 文字樣
御覽じしりて筆のすさびにかゝせおはしまし候べく候。



すみつき、筆のながれ、よるの鶴*にこまかに申げに候。


* 阿仏尼の作
御らん候へ。



又ゑはわざとたてたる御のうまでこそ候はずとも、人のかたちなどうつくしくかきならひて、物語ゑなど、詞めづらしくつくり出てもたせおはしまし候へ。



大かたゑとてもかたくなならぬほどにかきならひて、御びやうぶのすみがき、しきしなどをもかゝせおはしましたらんこそよき御事にて候へども、「それまでおよび候はずば。」のことにて候。



御こと*・びは*などはえたる御のうにて候ぬべければ、心やすく候へども、御物ぐさげならんをりし、ねんじて「そこをきはめむ。」とおぼしめし候へ。


* 琴
* 琵琶
わごん*もよろづのもののねにたて候とおぼしめさずとも、ついでしてすこしならひとらせたまひ候べく候。


* 和琴
されど、それはまねぶ人、かたきことに成ぬれば、たゞしやうのこと*をとりわきてあはれにおもはしきもののねにて、五の御としよりならはしそめまゐらせて候しに、ふしぎなるまで御ぎりやうさとく、「いみじき人々にもおとるまじく。」などほめられさせおはしまし候しに、七つにて御いままゐりの夜、ゐん*後嵯峨院か。


* 箏
の御まへにてひかせおはしまし、又八の御としとおぼえ候に*亀山天皇か。



の御びはにひきあはせまゐらせなどなをあげさせ給候し御ことにて候へば、いかにもはげませたまひて、上ずのなをもえんとおぼしめし候へ。



さるべき物がたりども、源氏おぼえさせ給はざらんは、むげなることにて候。



かきあつめてまゐらせて候へば、ことさらかたみともおぼしめし、よくよく御覽じて、源氏をば、なんぎ・もくろくなどまで、こまかにさたすべき物にて候へば、おぼめかしからぬ程に御らんじあきらめ候へば、なんぎ・もくろく、おなじくこからびつにいれてまゐらせ候。



古今・新古今など上下のうた、そらにみなおぼえたきことにて候。



「もしやおぼえさせおはします。」とて、おしてすゝめまゐらせ候へども、よに心にいらず、ものぐさげにおぼしめして候し、かへす〴〵ほいなく候。



おなじみやづかへをしてひとにたちまじり候へども、わが身のきりやうにしたがひてかしこき君にもおぼしめしゆるされ、かたへの人にも所おかる物にて候。



おもてをさらし、ひとによしあしさたせられたるばかりにて、なにのおもひでとしも候はず。



おやのこゝろざしひとつにいだしたて候へども、させる所なきつらにて、はかなきことのいらへなどにつけても、くちをしききはにてやみ候はんこと、返返心うきことにて候。



みめ・かたちもさることにて、まめやかに人はこゝろおきてなだらかにのうなど候へば、うへにもさるかたのめやすきものにおもはれまゐらせ、どうれいの中にも、「これは何もじぞ。



そのをりの事はいかなりけるぞ。」などていのことをも、人のとひかくるほどのこと、いふかひなからぬほどにうちあひしらひ候へば、あなづらはしからず、さるかたにて、たよりなげに人わらはれなるべきまじらひのさまなれど、ゆるさるゝかたありて、人々しき數にいることにて候。



まどのうちひとつにかしづかれて、おやのおきてにしたがひて、世をすぐすほどは、おほくのとがももてかくされてやすく候。



ふるくもこれていの事は申て候やうに、かたはなるべき事はひきかくし、よにもれ聞えてよかるべきことをば、こと〴〵しくまねびたてなどし候へば、心にくゝ候を、つねならぬよのならひ、さてしもありはつるやう候はず。



たのめし松もかれはてゝ、下葉かれゆく呉竹のおのがよゝにわかれぬる後は、



よるべなう心ぼそき物にて候につきては、人にもあさはかにおもひおとしめられ、心よりほかにかろ〴〵しくなももれぬべき事にて候。


*「よからぬ」か。
御身にちかく候はん人のよからん*につけても、うきなをもながし、そしりをもおひぬべき事にて候。



たかきまじらひにつけては、ことに品々わきたる心おきてのあらまほしく候ぞ。



御てうどどもも、あるべきさまにてみだりがはしからず、わきていみじからぬものなりとも、うたてげにとりなすこと候はで、心ばかりにもとゝのへ、はかなうもてならす扇のひとつも、見所あるやうにしてもたせたまひ候べく候。



中々にぎはゝ敷、ゆたかなる人のあたりは、よのきらにもてなされて、なんにも覺えぬこと有げに候。



その御身などにはけぢめありぬべく候へば、ことふれ*「ことふり」か.



すたれず、なさけふかきやうによういして、「その人のまへは心にくゝ。」などいはれさせたまひ候べく候。



かく申候へばとて、よろづにそみ返り、物めでするさまにもて出て、「えんある氣色あるさま人にみえん。」などは、おぼしめし候まじく候。



はな〴〵とあいぎやうづき、けぢかきもてなしの過候ぬれば、なにわざにつけてもなんになることにて候。



「月も秋のさやかなるかげよりも、冬、霜夜にさえわたりて、氷にまがふ色は、心にしめられ、春の花、秋のもみぢのはえ〴〵しき色よりも、霜がれのせんざいのそこはかとなくかれ行て、『たれにとはまし秋の名殘を』と、さながら雪のしたにうづもれて、心ぐるしげなるかれ野などのわきてあはれにおぼえ候心ならひに、花の色、秋のもみぢをも、人にたがひて、すさめたる御氣色見えさせ給はずとも、ことにふれてけはやからず、物あはれなるかたに御心とゞめて、このませおはしまし候へ。」とおもひまゐらせ候。



ものの色あひもはれ〴〵とうつくしく、たつた姫のにしきをそめかさね、花のたもとをたちそへ、にぎはゝしく、



「『あな、けざやか。』など、めにたつていには。」とて、



うは邊は、をりにつけ時にしたがふやうに候とも、御心のうちには、ものさび、あひなきかたによりて、おほどかなるさまをしめさせ給ひ候べく候。



人の心のきはは、たはれごと、なほざりの詞にみゆる物にて候ぞ。



うへにはなにともなきやうにふるまひなして、上ずめかしう、人をあざむくていには見えぬものから、心のそこには、ひしと一とほりをおもひこめて、はじめよりすゑのことまでたがへず、ものをもおほせられ候へ。



うすきをこくいひなし、おろかなるをふかきにいひなして、「さしもやは。」とおぼゆることに色をそへて申なすことも、かへす〴〵わろきものにて候。



たゞ何事もいつはりかざらず、「げに。」とおぼゆるやうに候へば、かひ〴〵しからず候へど、ものしてはよく候ぞ。



大かたは人をもうらなくうちたのみ、なつかしきさまに見せて、名殘なくうちとけさせ給候まじく候。



さのみ又、われきもありがほにさかしばみ、にくいげしたるもてなしなどは、いさゝかも候まじく候。



人にはうとからず、したしからず、いつもけぢめ見えぬやうにふるまはせおはしませ。



なにと申ても、人のしたち*「したて」か。



によることにて候。



又あぢきなき夢のよに、たのしみさかえても、いつまでか候はん。



つひには佛のたねとこそおもひいるべき事にて候へども、おろかなる心のをこがましさは、うへをきはめたるくらゐにもそなはり、日の本のおやともあふがれさせたまひ候はんこそ、かりの此世にもなぐさむかたにて候べきを、そのおもひ出なくば、後のよには、くらきみちにまよはんこと、かなしく候ぞかし。



ほうのひきひき*未詳。



は、かぎりあることにて、何とあてがひ、おもふにもよらぬならひにて候へども、まだしきに、身をもてけちなどもしかるべからぬ事にて候。



かやうのことをよく〳〵おぼし召わきて、「ほどにもすぎて、やんごとなかるべき。」と、まづたてたるすぢひとつわたらせたまひ候へ。



かいりゆうわうの后とかや、あざむきけん人の心地して、そのまねめかしく候へども、かひなき心ざしひとつには、「上がうへにも、いつきすゑて、見まゐらせばや。」とおもふすぢふかく候に、「その心をたがへじ。」とおぼしめし候へ。



我身の人數にて、世にたちめぐるかひも候はゞ、心の限りかしづきたてゝ、御くわほうのほどをも見まゐらせ候なまし。



「宮づかへなど心ぐるしく、あはつけき名ももれぬべきわざ。」と見候しほどに、いはきなき*御ほどよりさまでいとなみ、「いつしか。」といだしたてまゐらせ候べきにては候はざりしかども、身のいふかひなきやうに候へば、「山がつになしはてまゐらせ候はんよりは、おのづから世にまじらひ、人めかせおはしまさば。」とおもひたてたるとほり、ひとつにあながちに心つよくおぼしめし候へ。


* 「いはけなき」
二葉よりいそぎたてまゐらせ候御みやづかへも、うはの空に、おもふ所なきにては候はず。



その御身いまだむまれさせ給はず候しほどに、あやしうたのもしき夢を見て候ひしにも、かならず女にて、かたじけなきくらゐに世をてらすさまに、さやかにみえさせ給候し。



「それにつけては、すこしそねみきしろふ*かたもやあらん。」などまでくはしく候し。


* 争う
「いかさまにも、やんごとなきくらゐに。」とうたがひあるまじきよし、あはせ*候しのちも、猶々心ふかき夢のつげどもたびかさなりて候。


* 占う
春日の神もさだめて、いつはり申とはおぼしめし候はじ。



御心にもおぼし召あはせ候はんずらんたのもしさは、いまだわすれ候はず。



此夢あはんまで人にかたらず、ふかくおさめて、朝におきて夕にふしても神佛にいのり申ことおこたり候はず。



いまぞかばかりもらしそめ候ぬる。



我心にもかけて、



「おしなべたるきはには身をもてなさじ。さるべきすくせありて*夢のつげもありけめ。さるにつけては、おほせなくとも、たのもしかるべきを。」とおぼしめして、


* 「こそ」
物うくなど候とも、心ながくしばしは世を御らん候へ。



それもおもふにたがふ事にて候はゞ、「いくよ*しもあるまじき世中に、このたびしやうじをはなれ、ぼだいにおもむかばや。」とうるはしくおぼしめしとるかた候て、


* 世
御心もしづまり候はゞ、御かたちもかへ、まことのみちにいらせたまひ候へ。



「『いかで人なみにも。』とおもひおきてしまゝにも、たがひはてぬ。なきおやのくらき道にまよはん光にも、いかであきらけきみのりのそこをならひとらん。」と思召候へ。



おもひのほかにもしは身にあまる御くわほうひらくるほどに候はんは、申におよび候はず、御もちひもなにごともおろかなるふしおほくとも、人にもてなされてとがはかくるゝ物にて候へども、それにつけてこそよのすゑまでいみじかりしためしにといひつたへられたきことにて候へ。



かしこきひじりの御代より女御・后の御うへまで、よつぎに見えて候へば、よく御覽ぜられ候へ。



三でうの后の御もてなしぞ、かたはらいたき事ながら、すゑの代まであらまほしくいみじき御ふるまひにて候。



御心もちひ、世のおきて、ふるきをあらため、むらかみの御代より此かた、御らんじ覺て、しよくしや*、びゞしきたぐひにはあらぬものから、ふしごとにゆゑをそへ、おもふ所あるがよきことにて候。


* 未詳
いまやうの人は、わらはれ、もどかるゝかたも候はんずれば、心得てよきほどに、このあはひは、御はからひあるべきにて候。



うちまかせ、さいはひなどひきいづる人はすくなき事にて候。



さすがにおしなべてのつらに、ちと御めかけられまゐらせなどするほどの事は、又もるるもありがたき事にて候へども、その中にもすこし「御心とめられたる。」とだにおもひをとり候へば、したりがほににくいげして、人にそしりもどかるゝ事のみ候。



げにもまたすこし色かはり、あぢきなきおもひもそひぬれば、かけまくもかたじけなき御ことなどを、ひきならしがほに*うらみまゐらせなどして、かぎりあるおほやけごとにも、


* 馴々しげに
「さはり。」と申、世のおぼえありがほに、「あまたの御つかひをも、かさねてこそ。」などおもむけたる人、返々あるまじう、びんなかるべきことにて候。



我きらありがほにほこり、にぎはゝしきもわろく候。


* 軽々しい
それていにおもむけたる人は、露のたがひめにも、いちはやうおもひしほれて、さとがちに、あはつけき*色をもたち、あしきことにて候。



「あら、あじきな。御心なぐさめさせたまへ。」などそそのかす人あればとて、かくおもひしづまんもよしなし。



げに「時々はつみかろむわざもしてしがな。」といひて物まうでをし、おのづからかろびたるありきなどして、人におとしめらるるふしもまじりぬべし。



さやうにて、さしもふかゝらざらん御心ざしなどは、わざとなくともとだえゆきて、なごりなきさまになりはつることもや。



はじめよりあながちにはえばえ敷御おぼえならずとも、心もちゐおだしくて、人とあらそひそねむけはひなう、ほこらかにもてなして、さるなみにて、



まじらひぬべからんほどは、よろづをしらずがほに、うらなく、らうたきさまして、さる物から、みのありさまは、



ふかくおもひ入たるやうにうちとけみだれ、心ゆるみたる氣色など御らんぜられず、ことのつまごとには物おもはしきをおもひいます、



うちまぎらはすほどとおぼえて、さるべきをり〳〵の御いらへ、さやかならぬものから、うちかすめて詞おほく、なが〳〵とことつゞけぬやうに、



「おもひしりけり。」とは、さすがに色見ゆるていに、なにのあはれをも、おもひしりたるいろみえてあはれなるべきふしもおもひとゞめず、



「そこはかとなき身のほどにて。」などほのかにほのめかせたまふとも、ことに出てかほの色かはり、



ものうらめしげなるいろあらはさず、人わらはれにほいなきことありとも、心のうちふかくしづめて、



「數なるまじき身のなをかへてもまじらふこそめやすからめ。」などおぼしめして、うへの女房たちなどにも身のありさまをかきくつし、



「ほいなう、おもはずなる」よし、露ばかりもおほせられ候べからず。



あやまりて、「ほいなきことかな。」など申候はん人候とも、なにかは人々しくその數におぼしめさるべきにもあらず。



しひて「こゝろのみこそ。」など詞ずくなにてわたらせたまひ候へ。



たゞかきまぜのひと〴〵ならで、おもふどちならん人などの、心ばせもなつかしばみて候はんには、



それもまた、うらなきやうに、うちかすめもして、折々につけて、はしたなきこともありながら、よろづをしらずがほにてながらふるも、心あさけれど、



「又ふたばよりたちはなれざりし御かげのなつかしさに。」などていの、



かど〴〵しう物うらみがほにはなくて、うちかたらふついでなどには、もらしもせさせたまひ候へ。



さとずみしげく、いでいりにつけても中々身のはぢあらはるゝやうに候へば、いとゞかごおつる*ことにて、たゞおいらかに心しづかなるふるまひにて、


*未詳。「かげおづる」か。
人よりはもてつけ、おさまりたる所だに候へば、うち〳〵のおぼえはなやかならねども、しぜんに御らんじなれて、たちまへば、世のたとへに申たるやうに、



「こゝろながきはとり*」にて、宮たちなどいできさせ給ふほどの御事など候へば、御かしづきにまぎれても、命のきはゝ、すぐすことにて候。


* 取り柄
身のほども、よのありさまも、おもふやうにならぬ事にて候とも、五とせ六とせのほどはしのびて、色かはらぬやうにさぶらはせたまひ候へ。



なほうき身のすくせとも思ひしりぬべくならせ給はんときは、一すぢにおもひさだめて、さるべきついでして、さまうちかへて、しづかにおぼしめし候へ。



よからぬ人は、やがてかきまぜのきはにみをもてなして、あは〳〵しくはふるゝことなどの候。



返々くちをしき事にて候。



さやうの御心むけはあるまじく候。



夢のよなどと申なして、心もちゐ*あさ〳〵しき人のなにごともしるべき事と申て、


* 原文「心もちひ」
「よからぬすぢには、かろらかに、物にこゝろえたるさまして、みをやすらかにもてなし、しなおくれたるまどのうちにも、にぎはしくてだにかしづきすゑられ候へば、こゝろにうれふる事なくてありなんかし。」など申なす事候べく候。



ゆめ〳〵その心づかひ候まじく候。



さやうにものをおもひはじめ候ぬれば、おちぶれ、身をもてはふらかし候ぞ。



たゞおやのおもかげのこらん家のうちに、まことにだいかたぶき、すたれたえても、むぐらにかどをとぢられ、のきのよもぎにうづもれて、



たれふみわくるあともなき庭のあさぢをながめても、むかしにかはらぬ月ばかりこそこととひくるかたにて、たれはぐくみあはれをかはす人候はずとも、



「佛の御をしへのまゝにて、あきらかなるみちの光をも見、おやのありどころをもしらばや。」とおぼしめし候へ。



物がたりにつけたるしるべ*、もしはさぶらふふるごたちのなかにも、


* 知人
「あな、こゝろぐるしの御ありさまや。



かくてはいかゞすぐさせたまひ候はんぞ。



かれはいづくにおはしましてこそ、かしこきことはあなれ。



これはとしてこそ身をもていでて、なか〳〵にめやすきていなれ。」など申きかせ、いざなひ候べく人候とも、なびかせ給ひ候な。



げにそれを「さるまじき。」と申にては候はず。



木草もちぎりおきたるいろ〳〵候へば、御えんもありこそし候らめども、うきは身にそふならひの候へば、こゝをさり、かしこへゆきても、人こそかはり所こそあらたまりぬるとも、



「さるべし。」とさだめおきなん身のすくせ、一たんのことによるべしとはおぼえ候はねば、たゞ御身をもてわづらはで、



あるにまかせて御らん候へ。



あらぬ所をゆかしうする心は、ひとのおちくだるいんえんにて候。



むかしのかげとゞまれるまきのはしらは、なつかしく、こゝながらこそかたちもかへ、きやうほとけの御かざりをも、



みのたへんにしたがひてこそいとなまめ、をこがましく、



「うへなきくらゐにもいつきかしづきて見ばや。」とおもひたりしおやのおきてにもたがひはてゝ、



かくうつりけるみのはてを何事につけてもぢやくし*むさぼるおもひなくて、そむくとならば、


* 著し
「露もこのよに御心とゞめじ。」とふかくいとひすてさせおはしまし候へ。



みをかへても、人たてまゐらせんと心にたしなみ候つる御心ざしの程おぼしめしやり候へ。



おろかにすたれぬべからん御心をもはげまして、



「いかでさやかならんみちの光にもならまし。



ながらへてあらましかば、かゝるありさまを見て、いかに心ぐるしく、こほりにむせぶしたおきの袖のしづくをもおもはまし。」など、



のどかにおぼしめしつゞけ候はゞ、さりとも御心すゝむるたよりにはなり候はんずらん。



おのづから見まゐらせ候はん人など、「かくまではおぼしめしすてけるよにか。」などやうに申人候はゞ、



「あまりにつみふかくむまれたる身のうかぶかたやあるとて。」とばかりおほせられて、



いみじくさとりひらけたるさまなどもてなさせたまひ候まじく候。



また、いかなるひじり、よにきこえたかくてかしこきありと申とも、むつびよりて、



「ほうもんきかむ。」などなれちかづく御事、返々あるまじく候。



中々思ひよるほどの事、かはる*と申候人候はんはひがことにて候。


* はるく歟
さやうのことによりて、あしきこと・わろきなもたつことにて候。



あるまじきことは、いか程もうと〳〵しくおもひへだたりたるがよいことにて候。



ちからなくうけたもたせ給ふべきのりのことば、ごじやう*の法文もあきらめくたくおぼしめさば、うるはしきほとけのおんまへにて、御じゆかいなどひとあまたさむらはせて、


* 五常
うけもたもたせ給ひ候はゞ、よにかしこきあまたちなどの此ごろはゆるされ*あまた候へば、それも心のほどなどよく御らんじさだめて、御がくもんなどの師にはせさせたまひ候へ。


* 免許を持つ者
かりそめにも、「此ひじりこそかのきえ*僧。」など、人にいはれさせ給ひ候まじく候。


* 帰依
佛事などせさせたまひ候はんにも、人ひとりを、わかずあまねき御心にそむえんに、こころぐるしく候はんあたりをしりて、まことにほとけの御心にかなひぬべきやうにせさせ給ひ候べく候。



うはべばかりの事はわろく候也。



おなじことも、まことをいたし、心ざしをいたさぬは、なのみありてまことにはいたらぬ事にて候なり。



また、きえん*まち〳〵なることにて候へば、人のをしへにもよるまじく候へども、


* 機縁
「いづれもおなじ御ほうにてこそ候へ。」などとて、



あれこれにかゝりたち候へば、心もちりて、一すぢにそまぬものにて候ぞ。



かまへてかまへて一かたにおぼしさだめ候へ。



ゆるがず、たじろかず、御心をおこさせたまひ候へ。



さればとて、「わがしう*ばかりほうはありて、よのけう*はいたづらごとぞ。」などていの事をろんじて、


* 我宗
* 教
おとしめなどすることは、かへす〴〵あるまじきことにて候。



世をもそしらず、我しうをもいかに人申そしるとも、それによりてあやふき*、たがふ御心候まじく候。


*「たがふ」に係るか。
おもひ出候にしたがひて、よろづのことを申つゞけ候へば、おなじこともおほく御覽じにくゝも候はん。



申ても〳〵、この世・後のよにも心のすゑとほり、おもりかにまことある人がよく候へば、人のうへを御らんじても、よからんにつけ、あしからんにつけ、御心つくべきものにて候。



朝夕そはせたまひ候はん人にも、心のきはみえて、「あら、けうざめ。」など思はるゝていの御ふるまひあるまじく候。



中々よその人は、さのみいりたちてのことを、いかでかしり候はん。



身にちかく、めぢ*「目路」か。



もならべたるひと、めしつかふものどもなどの見まゐらせ候はん事は、みなよにちらんずるとおぼしめし候へ。



うときは物をもらすことのやうに、「これは我うちのものなれば、よもいひちらさじ。」とて、をこがましきことはいでき候也。



人のきゝにくきこそまさり候へども、かくれある事は候はぬなり。



よにありわびたらん人のよるべなくただよひ候はんをば、あはれをかけて、はぐくませ給ひ候へ。



おもひのほかなることにて、中比よにふるたづきもすたれ、したしきにもそむけられ、うときにもましてこととふかたなう成たる事候しをはぐくみまゐらせし心ぐるしさは、おほふばかりの袖もひきたらず。



*それにつけても、かたくなしきかしづきは、更にいたはしく、あらき風をもよるのふすまをかさねて衣のうすきをふせぎ、


*紀内侍を育てた折の労苦を回想する。
いづみの水をすましても扇のかぜのぬるきを心ぐるしく、朝におきては花のひらきたる心地して、



木だかきかげを心もとなくまち、夕にふしては露のちりをもすゑじと、とこなつのはなのにほひにもすぎて、らうたくまぼり、



むば玉のかみのすぢことに千いろをいはひてもあかぬ心地して、はるのにしきも秋のたつたひめもわが子のためにたちかさねんことをおもひ、



まだひとへなる袖のうたゝね、こゝろぐるしくて、さむきよにもゆかをあたゝめて、かたはらにふせまゐらせ、



雪の光をかべにそむけるひかりとたのみて、あかずよな〳〵おぼえ候しにも、めにみえぬ神ほとけをかこち、



いにしへのむくひをうらみて、ふたとせばかりをすぐして候し程に、心をくだき身もなやみて、おいさきとほき御ためとのみよろづにいのりしに、



「さやは佛のおんちかひむなしく候べき。」とすくごう*のつたなき身をかへり見ず、


* 宿業
大ぐわんをおこして、ひとたびはうらみ、一たびはたのもしくぬかをつき、きやうをよみて、一すぢにせめふせ申侍しに、みつとまでは候はねども、



「佛の御しるしにや。」と覺ることのみ候へば、いかにもして、御しんつよくねんじまゐらせて、



「もしおもふやうなる世を待出させたまひ候はば、ひとのうれへをやすめ、まづしからんものをたすけん。」とおぼしめし候へ。



申てもまうしても、ただ夢のよにて候に、あぢきなきまうねんなくて、佛の御おきて御ようい候べく候。



かやうの事申候へば、返々をこがましく、おちちりたらんためもかたはらいたく候へども、せめての御心ざしのあまりに、たちはなれまゐらせ候はん世のおぼつかなさに、これをやがて、わかれのはじめにてもや候らん。



しらぬ世にて候へば、その詞ともおぼしめし出候ばかりとおろかなる筆にまかせ候も、まづうきつらき涙におぼれて、なにごとを申候やらん。



かきもらしたることもおほく、をかしき事も候らん。



それにつけても、御らんぜんたびごとに「あはれ。」とおぼしめし候へ。



いたづらごととおぼえ候へども、いさごの中にも玉はひとつかならずゆられてあるものにて候。



此ふみの中にもおのづから御覽*とまることも候はゞ、かならず御ようにたち候はんずるぞ。


*「御目」か。
扨も〳〵、をさなくより法文の師とたのみたる人の候しに、ひさしくかやうの事もうけ給はり候はねば、



「にごりにしづみて、みなわすれて候。」と申て候しに、



「庭草はけづれどもたえぬ物にて候ぞかし。



とものみやつこ*のあさぎよめ*いそがしくのみつとめ候やうに、あくごうのつもりたらんをつねにはらはんとおぼしめして、五ぢよくあくせ*の我ら、けうまん*けだい*の心しきりにおこり候へば、庭草のやうにたねをたえぬものにて候へども、たかきふしぎのぐわんは、あさぎよめするとものみやつこまで、つねにさたし、おこたりなく念佛だに申候へば、わうじやううたがひなくおぼしめし候へ。」と申され候し、


* 主殿の伴御奴
* 朝浄
* 五濁悪世
* 驕慢
* 懈怠
「げに。」とたのもしくうれしく候。



いづれのほうも詞こそたがひ候へども、此心はしきりにうとくへだたりやすく、わろき心はすすみちかづきたがるものにて候を、



わが心ながらもつねにざんげして、心ををしへ行候へば、しだいにたてなほさるゝものにて候。



わが心のまゝにふるまひ候はんにはいたづらごとにて候。



かゝることわりとはしりて、人ごとにまよふことにて候。



よく〳〵御こゝろえ候て、御れうけん候べく候。



あなかしこ。


〔一本云〕きの内侍どのへ申候     雲ゐはるかにへだつるかたより
右乳母のふみ一卷以屋代弘賢藏本書寫畢。



一本及扶桑拾葉集所載者、爲更別本



對校、有偶合者采以訂之。