天つそら
霞へだてゝ
久かたの
雲居はるかに
春や立つらむ
あまつそら
かすみへだてて
ひさかたの
くもゐはるかに
はるやたつらむ
立ちかへる
春の志るしは
霞しく
音羽の山の
雪のむらぎえ
たちかへる
はるのしるしは
かすみしく
おとはのやまの
ゆきのむらぎえ
音羽川
山にや春の
越えつらむ
せき入れておとす
雪の下水
おとはかは
やまにやはるの
こえつらむ
せきいれておとす
ゆきのしたみづ
延文二年後光嚴院に百首の歌奉りける時、霞を
太政大臣
春といへば
頓て霞の
なかに落つる
妹背の川も
氷解くらし
はるといへば
やがてかすみの
なかにおつる
いもせのかはも
こほりとくらし
にほの海や
今日より春に
逢坂の
山もかすみて
浦風ぞ吹く
にほのうみや
けふよりはるに
あふさかの
やまもかすみて
うらかぜぞふく
足引の
山のかひより
かすみ來て
春知りながら
降れる白雪
あしびきの
やまのかひより
かすみきて
はるしりながら
ふれるしらゆき
睛れやらぬ
雲は雪げの
春風に
霞あまぎる
みよし野のやま
はれやらぬ
くもはゆきげの
はるかぜに
かすみあまぎる
みよしののやま
正治二年後鳥羽院に百首の歌奉りける時
後京極攝政前太政大臣
吉野山
ことしも雪の
ふる里に
松の葉しろき
春のあけぼの
よしのやま
ことしもゆきの
ふるさとに
まつのはしろき
はるのあけぼの
弘長元年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、春雪を
前大納言爲氏
立ちわたる
霞のうへの
山風に
なほ空さむく
雪は降りつゝ
たちわたる
かすみのうへの
やまかぜに
なほそらさむく
ゆきはふりつつ
Над проплывающей
Дымкой весенней
В горном ветре
Холодны небеса, и там
Всё идёт и идёт снег.
應安六年仙洞にて廿首の歌講ぜられしついでに
後光嚴院御製
なほ冴ゆる
雪げの空の
あさ緑
分かでもやがて
かすむ春哉
なほさゆる
ゆきげのそらの
あさみどり
わかでもやがて
かすむはるかな
山の端に
晴れぬ雪げを
残しても
春立ちそふは
霞なりけり
やまのはに
はれぬゆきげを
のこしても
はるたちそふは
かすみなりけり
橋姫の
霞の衣
ぬきをうすみ
まださむしろの
うぢの河かぜ
はしひめの
かすみのころも
ぬきをうすみ
まださむしろの
うぢのかはかぜ
春霞
立ちての後に
見わたせば
春日の小野は
雪げさむけし
はるかすみ
たちてののちに
みわたせば
かすがのをのは
ゆきげさむけし
さらに又
むすぼゝれたる
若草の
末野の原に
雪は降りつゝ
さらにまた
むすぼほれたる
わかくさの
すゑののはらに
ゆきはふりつつ
打ち羽ぶき
鳴けどもはねの
白妙に
まだ雪さむき
はるの鶯
うちはぶき
なけどもはねの
しろたへに
まだゆきさむき
はるのうぐひす
寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、朝鶯
鷹司院按察
花もまだ
匂はぬ程の
朝な〳〵
鳴けやうぐひす
春と思はむ
はなもまだ
にほひはぬほどの
あさなあさな
なけやうぐひす
はるとおもはむ
梅が香を
木づたふ枝に
さきだてゝ
花にうつろふ
鶯のこゑ
うめがかを
きづたふえだに
さきだてて
はなにうつろふ
うぐひすのこゑ
正中二年百首の歌召されけるついでに、鶯をよませ給うける
後醍醐院御製
春の來る
しるべとならば
咲きやらぬ
花をもさそへ
鶯の聲
はるのくる
しるべとならば
さきやらぬ
はなをもさそへ
うぐひすのこゑ
嘉元元年後宇多院に百首の歌奉りける時
後照念院關白太政大臣
くれ竹の
ねぐらかたよる
夕かぜに
聲さへなびく
はるの鶯
くれたけの
ねぐらかたよる
ゆふかぜに
こゑさへなびく
はるのうぐひす
春の野に
鳴くや鶯
なつけむと
我家のそのに
梅のはな咲く
はるののに
なくやうぐひす
なつけむと
わがいへのそのに
うめのはなさく
雪の梅の木に降りかゝれるを詠める
源信明朝臣
Сложил о том, как снег падает и покрывает ветви сливы
Минамото Санэакира
降る雪の
したに匂へる
梅の花
忍びに春の
いろぞ見えける
ふるゆきの
したににほへる
うめのはな
しのびにはるの
いろぞみえける
降りかゝる
梢の雪の
朝あけに
くれなゐうすき
梅のはつ花
ふりかかる
こずゑのゆきの
あさあけに
くれなゐうすき
うめのはつはな
いざ今日は
衣手濡て
降る雪の
粟津の小野に
若菜摘みてむ
いざけふは
ころもでぬれて
ふるゆきの
あはつのをのに
わかなつみてむ
春日野の
若菜も今は
萠ゆらめど
人には見せず
雪ぞ降積む
かすがのの
わかなもいまは
もゆらめど
ひとにはみせず
ゆきぞふりつむ
里人は
今や野原に
降るゆきの
跡も惜まず
わかな摘むらむ
さとひとは
いまやのはらに
ふるゆきの
あともをしまず
わかなつむらむ
消えがての
雪も友待つ
春の野に
獨ぞ今朝は
若菜摘みける
きえがての
ゆきもともまつ
はるののに
ひとりぞけさは
わかなつみける
今朝は先
野守を友と
誘ひてや
知らぬ雪間の
若菜摘まゝし
けさはさき
のもりをともと
さそひてや
しらぬゆきまの
わかなつままし
誰か又
雪間を分けて
春日野の
草のはつかに
若菜摘むらむ
たれかまた
ゆきまをわけて
かすがのの
くさのはつかに
わかなつむらむ
且消ゆる
遠方野邊の
雪間より
袖見えそめて
若菜摘むなり
かつきゆる
とほかたのべの
ゆきまより
そでみえそめて
わかなつむなり
霜雪に
埋もれてのみ
見し野邊の
若菜摘む迄
なりにける哉
しもゆきに
うづもれてのみ
みしのべの
わかなつむまで
なりにけるかな
都人
今日や野原に
打群れて
知るも知らぬも
若菜摘むらむ
みやこひと
けふやのはらに
うちむれて
しるもしらぬも
わかなつむらむ
Люди столичные
Не сегодня ль в полях
Все собрались:
И знакомые, и незнакомые,
Все молодые травы сбирают.
雪消ゆる
枯野の下の
あさ緑
去年の草葉や
根にかへるらむ
ゆききゆる
かれののしたの
あさみどり
こぞのくさばや
ねにかへるらむ
それながら
春は雲居に
高砂の
霞のうへの
まつのひとしほ
それながら
はるはくもゐに
たかさごの
かすみのうへの
まつのひとしほ
春霞
たなびきわたる
卷向の
檜原のやまの
いろのことなる
はるかすみ
たなびきわたる
まきむくの
ひばらのやまの
いろのことなる
佐保姫の
霞の衣
おりかけて
ほす空たかき
あまの香具やま
さほひめの
かすみのころも
おりかけて
ほすそらたかき
あまのかぐやま
題志らず
讀人志らず
Тема неизвестна
Автор неизвестен
足引の
山の絶え〴〵
見えつるは
春の霞の
立てるなりけり
あしびきの
やまのたえだえ
みえつるは
はるのかすみの
たてるなりけり
Увидел я,
Как меж гор
Распростёртых
Поднимается весенняя
Туманная дымка!
春きぬと
霞の衣
たちしより
まどほにかゝる
袖のうらなみ
はるきぬと
かすみのころも
たちしより
まどほにかかる
そでのうらなみ
難波潟
芦火の烟
そのまゝに
やがてぞかすむ
こやの松ばら
なにはかた
あしひのけぶり
そのままに
やがてぞかすむ
こやのまつばら
春の色は
分きてそれとも
なかりけり
烟ぞ霞む
鹽がまの浦
はるのいろは
わきてそれとも
なかりけり
けぶりぞかすむ
しほがまのうら
今更に
かすまずとても
難波潟
ながむる物を
春のあけぼの
いまさらに
かすまずとても
なにはかた
ながむるものを
はるのあけぼの
梢をば
よそに隔てゝ
梅の花
かすむかたより
にほふ春かぜ
こずゑをば
よそにへだてて
うめのはな
かすむかたより
にほふはるかぜ
いづくぞと
梅の匂を
尋ぬれば
しづが垣根に
春かぜぞ吹く
いづくぞと
うめのにほひを
たづぬれば
しづがかきねに
はるかぜぞふく
木の間より
映る夕日の
影ながら
袖にぞあまる
梅の下かぜ
このまより
うつるゆふひの
かげながら
そでにぞあまる
うめのしたかぜ
梢をば
さそひもあかず
梅が香の
うつる袖まで
春風ぞ吹く
こずゑをば
さそひもあかず
うめがかの
うつるそでまで
はるかぜぞふく
延文二年百首の歌めされしついでに、梅を
後光嚴院御製
咲き匂ふ
軒端のうめの
花ざかり
さそはぬ程の
風は厭はじ
さきにほふ
のきはのうめの
はなざかり
さそはぬほどの
かぜはいとはじ
梅の花
ひも解く春の
風にこそ
匂ふあたりの
袖はしみけれ
うめのはな
ひもとくはるの
かぜにこそ
にほふあたりの
そではしみけれ
折る袖に
ふかくも匂へ
梅の花
その移り香を
誰かとがめむ
をるそでに
ふかくもにほへ
うめのはな
そのうつりかを
たれかとがめむ
紅の
こぞめの梅の
花の枝は
咲くも咲かぬも
色に出でつゝ
くれなゐの
こぞめのうめの
はなのえは
さくもさかぬも
いろにいでつつ
いろよりも
猶たぐひなき
紅の
こぞめはうめの
匂なりけり
いろよりも
なほたぐひなき
くれなゐの
こぞめはうめの
にほひなりけり
梅の花
色香ばかりを
あるじにて
宿は定かに
訪ふ人もなし
うめのはな
いろかばかりを
あるじにて
やどはさだかに
とふひともなし
袖の上に
垣根の梅は
音づれて
枕に消ゆる
うたゝ寐のゆめ
そでのうへに
かきねのうめは
おとづれて
まくらにきゆる
うたたねのゆめ
天平二年正月梅の花の宴し侍るとて詠み侍りける
大納言旅人
我が宿に
梅の花散る
久方の
そらより雪の
降ると見るまで
わがやどに
うめのはなちる
ひさかたの
そらよりゆきの
ふるとみるまで
絶ゆる世も
あらじとぞ思ふ
春を經て
風に片よる
青柳の糸
たゆるよも
あらじとぞおもふ
はるをへて
かぜにかたよる
あをやぎのいと
立ちならぶ
梢はあれど
青柳の
糸のみなびく
春かぜぞ吹く
たちならぶ
こずゑはあれど
あをやぎの
いとのみなびく
はるかぜぞふく
延文の百首の歌召されしついでに、同じ心を詠ませ給うける
後光嚴院御製
吹く風の
心も知らで
一かたに
なびきなはてそ
青柳のいと
ふくかぜの
こころもしらで
ひとかたに
なびきなはてそ
あをやぎのいと
飛鳥風
吹きにけらしな
たをやめの
柳のかづら
今靡くなり
あすかかぜ
ふきにけらしな
たをやめの
やなぎのかづら
いまなびくなり
今朝見れば
柳のまゆの
淺みどり
亂るゝまでに
春風ぞ吹く
けさみれば
やなぎのまゆの
あさみどり
みだるるまでに
はるかぜぞふく
淺緑
色そめかけて
はるかぜの
枝にみだるゝ
あを柳のいと
あさみどり
いろそめかけて
はるかぜの
えだにみだるる
あをやぎのいと
雨はれて
露の玉ぬく
青柳の
はなだの糸に
はるかぜぞ吹く
あめはれて
つゆのたまぬく
あをやぎの
はなだのいとに
はるかぜぞふく
春雨の
降る日や今日も
暮れぬらし
まだ落止まぬ
軒の玉水
はるさめの
ふるひやけふも
くれぬらし
まだおちとまぬ
のきのたまみづ
春雨に
野澤の水は
まさらねど
萌出づる草ぞ
深くなりゆく
はるさめに
のさはのみづは
まさらねど
もえいづるくさぞ
ふかくなりゆく
難波女の
すくもたく火の
打しめり
蘆屋の里に
春雨ぞ降る
なにはめの
すくもたくひの
うちしめり
あしやのさとに
はるさめぞふる
妻戀を
人にやつゝむ
山もとの
霞がくれに
きゞす鳴くなり
つまこひを
ひとにやつつむ
やまもとの
かすみがくれに
きぎすなくなり
隔て行く
霞もふかき
雲居路の
はるけき程に
かへる雁がね
へだてゆく
かすみもふかき
くもゐぢの
はるけきほどに
かへるかりがね
言傳てむ
道行きぶりも
白雲の
よそにのみして
歸る雁がね
ことつてむ
みちゆきぶりも
しらくもの
よそにのみして
かへるかりがね
春を經て
歸りなれたる
古郷に
待つべき物と
雁や行くらむ
はるをへて
かへりなれたる
ふるさとに
まつべきものと
かりやゆくらむ
越の海や
なれける浦の
波ゆゑに
かならず歸る
春の雁がね
こしのうみや
なれけるうらの
なみゆゑに
かならずかへる
はるのかりがね
時わかぬ
河瀬の波の
花にさへ
わかれてかへる
春の雁がね
ときわかぬ
かはせのなみの
はなにさへ
わかれてかへる
はるのかりがね
志ら浪の
跡こそ見えね
天のはら
霞のうらに
かへる雁がね
しらなみの
あとこそみえね
あめのはら
かすみのうらに
かへるかりがね
鳴き歸る
雁の羽風に
散る花を
やがて手向の
幣かとぞ見る
なきかへる
かりのはかぜに
ちるはなを
やがてたむけの
ぬさかとぞみる
歸る雁
都の春に
いつなれて
ありなば花の
憂きを知るらむ
かへるかり
みやこのはるに
いつなれて
ありなばはなの
うきをしるらむ
花をこそ
思ひも捨てめ
有明の
月をも待たで
かへる雁がね
はなをこそ
おもひもすてめ
ありあけの
つきをもまたで
かへるかりがね
横雲の
空に別れて
行くかりの
名殘もこめぬ
春のあけぼの
よこぐもの
そらにわかれて
ゆくかりの
なごりもこめぬ
はるのあけぼの
誰かはと
思ひし春を
おのれのみ
恨み果てゝや
歸る雁がね
たれかはと
おもひしはるを
おのれのみ
うらみはててや
かへるかりがね
ためのこし
人の玉章
今はとて
かへすに似たる
春の雁がね
ためのこし
ひとのたまづさ
いまはとて
かへすににたる
はるのかりがね
咲きやらぬ
花待つほどの
山の端に
面影みせて
かゝる白雲
さきやらぬ
はなまつほどの
やまのはに
おもかげみせて
かかるしらくも
櫻花
咲けるやいづこ
三吉野の
よしのゝ山は
霞みこめつゝ
さくらばな
さけるやいづこ
みよしのの
よしののやまは
かすみこめつつ
櫻花
今や咲くらむ
みよし野の
山もかすみて
春さめぞ降る
さくらばな
いまやさくらむ
みよしのの
やまもかすみて
はるさめぞふる
みよしのゝ
山の山守
こととはむ
今幾日ありて
花は咲きなむ
みよしのの
やまのやまもり
こととはむ
いまいくひありて
はなはさきなむ
櫻花
いま咲きぬらし
志がらきの
外山の松に
雲のかゝれる
さくらばな
いまさきぬらし
しがらきの
とやまのまつに
くものかかれる
明くる夜の
外山の花は
咲きにけり
横雲匂ふ
空と見るまで
あくるよの
とやまのはなは
さきにけり
よこぐもにほふ
そらとみるまで
櫻花
咲きぬる時は
三吉野の
山のかひより
なみぞ越えける
さくらばな
さきぬるときは
みよしのの
やまのかひより
なみぞこえける
小泊瀬の
花のさかりや
みなの川
峯より落つる
水の白なみ
をはつせの
はなのさかりや
みなのかは
みねよりおつる
みづのしらなみ
吉野山
花の下ぶし
日かず經て
にほひぞ深き
そでの春かぜ
よしのやま
はなのしたぶし
ひかずへて
にほひぞふかき
そでのはるかぜ
足引の
山ざくら戸の
春風に
おし明け方は
はなの香ぞする
あしびきの
やまざくらとの
はるかぜに
おしあけがたは
はなのかぞする
源道濟雲林院の花見にまかりて侍りけるに其の櫻を折りて、又見せむ人しなければ櫻花今一枝をおらずなりぬると申し送り侍りける返事に
和泉式部
いたづらに
此の一枝は
なりぬなり
殘りの花を
風に任すな
いたづらに
このひとえだは
なりぬなり
のこりのはなを
かぜにまかすな
ひと枝も
折らで歸らば
古里に
花見ぬものと
人やおもはむ
ひとえだも
をらでかへらば
ふるさとに
はなみぬものと
ひとやおもはむ
かへさにも
いかゞ手折らむ
山櫻
花に劣らぬ
家へともがな
かへさにも
いかがてをらむ
やまさくら
ばなにおとらぬ
いへへともがな
山ざくら
散りのまがひの
頃よりも
家路忘るゝ
花盛かな
やまざくら
ちりのまがひの
ころよりも
いへぢわするる
はなさかりかな
白雲に
まがへてだにも
志をりせし
花の盛や
家路わすれむ
しらくもに
まがへてだにも
しをりせし
はなのさかりや
いへぢわすれむ
年ごとに
染むる心の
驗あらば
如何なる色に
花の咲かまし
としごとに
そむるこころの
しるしあらば
いかなるいろに
はなのさかまし
あかず見る
心を知らば
さくら花
なれよ幾世の
春も變らで
あかずみる
こころをしらば
さくらはな
なれよいくよの
はるもかはらで
春を經て
志賀の故郷
いにしへの
都は花の
名にのこりつゝ
はるをへて
しがのふるさと
いにしへの
みやこははなの
なにのこりつつ
今も尚
咲けば盛の
いろ見えて
名のみふりゆく
志賀の花園
いまもなほ
さけばさかりの
いろみえて
なのみふりゆく
しがのはなぞの
白雲の
絶間にかすむ
山ざくら
色こそ見えね
匂ふはるかぜ
しらくもの
たえまにかすむ
やまざくら
いろこそみえね
にほふはるかぜ
白雲の
重なる峯に
尋ねつる
花はみやこの
木ずゑなりけり
しらくもの
かさなるみねに
たづねつる
はなはみやこの
こずゑなりけり
山たかみ
尾上の櫻
咲きしより
雲居はるかに
にほふ春かぜ
やまたかみ
おのえのさくら
さきしより
くもゐはるかに
にほふはるかぜ
松の葉の
かすめる程は
なけれども
尾上に遠き
花の色かな
まつのはの
かすめるほどは
なけれども
おのえにとほき
はなのいろかな
隔つるも
同じ櫻の
いろなれば
よそめ厭はぬ
かづらきの雲
へだつるも
おなじさくらの
いろなれば
よそめいとはぬ
かづらきのくも
日に添へて
雲こそかゝれ
葛城や
高間の花は
早さかりかも
ひにそへて
くもこそかかれ
かづらきや
たかまのはなは
はやさかりかも
かづらきや
うつるよそめの
色ながら
雲まで匂ふ
山櫻かな
かづらきや
うつるよそめの
いろながら
くもまでにほふ
やまさくらかな
弘安元年龜山院に百首の歌奉りける時
後西園寺入道前太政大臣
たちかくす
絶間も花の
色なれや
雲ゐる峯の
あけ方のそら
たちかくす
たえまもはなの
いろなれや
くもゐるみねの
あけかたのそら
見渡せば
今やさくらの
花盛
くものほかなる
山の端もなし
みわたせば
いまやさくらの
はなさかり
くものほかなる
やまのはもなし
花の色に
猶をり知らぬ
かざしかな
三輪の檜原の
春の夕暮
はなのいろに
なほをりしらぬ
かざしかな
みはのひばらの
はるのゆふぐれ
これならで
何をこの世に
志のばまし
花にかすめる
春の曙
これならで
なにをこのよに
しのばまし
はなにかすめる
はるのあけぼの
時の間に
移ろひやすき
花のいろは
今を盛と
見る空もなし
ときのまに
うつろひやすき
はなのいろは
いまをさかりと
みるそらもなし
春風も
心して吹け
我が宿は
花よりほかの
なぐさめもなし
はるかぜも
こころしてふけ
わがやどは
はなよりほかの
なぐさめもなし
花の歌の中に
源邦長朝臣
Среди песен о цветах сакуры
Минамото Кунинага
暮れはてゝ
色もわかれぬ
梢より
移ろふ月ぞ
花になりゆく
くれはてて
いろもわかれぬ
こずゑより
うつろふつきぞ
はなになりゆく
吉野山
あらしや花を
わたるらむ
木末にかをる
春の夜の月
よしのやま
あらしやはなを
わたるらむ
きすゑにかをる
はるのよのつき
春の夜の
月ばかりとや
眺めまし
散來る花の
陰なかりせば
はるのよの
つきばかりとや
ながめまし
ちりくるはなの
かげなかりせば
木ずゑには
花もたまらず
庭の面の
櫻にうすき
有明のかげ
こずゑには
はなもたまらず
にはのおもの
さくらにうすき
ありあけのかげ
春毎の
つらき習ひに
散ると見て
有るべき花を
猶や慕はむ
はるごとの
つらきならひに
ちるとみて
あるべきはなを
なほやしたはむ
せめて我が
近きまもりの
程だにも
御階の櫻
散さずもがな
せめてわが
ちかきまもりの
ほどだにも
みはしのさくら
ちらさずもがな
花誘ふ
風は吹くとも
九重の
ほかには志ばし
散さずもがな
はなさそふ
かぜはふくとも
ここのへの
ほかにはしばし
ちらさずもがな
櫻花
にほふにつけて
物ぞ思ふ
かぜの心の
うしろめたさに
さくらばな
にほふにつけて
ものぞおもふ
かぜのこころの
うしろめたさに
待ちしより
豫て思し
散る事の
今日にも花の
なりにける哉
まちしより
かねておもひし
ちることの
けふにもはなの
なりにけるかな
和歌所にて釋阿に九十の賀給はせける時の屏風に
後鳥羽院宮内卿
のどかなる
梢ばかりと
思ひしに
散るも盛りと
見ゆる花哉
のどかなる
こずゑばかりと
おもひしに
ちるもさかりと
みゆるはなかな
暮ると明くと
見ても目かれず
池水の
花の鏡の
春の面かげ
くるとあくと
みてもめかれず
いけみづの
はなのかがみの
はるのおもかげ
谷隱れ
風に知られぬ
山ざくら
いかでか花の
遂に散るらむ
たにかくれ
かぜにしられぬ
やまざくら
いかでかはなの
つひにちるらむ
三吉野の
瀧つ河内に
散る花や
落ちても消えぬ
水泡なる覽
みよしのの
たきつかはちに
ちるはなや
おちてもきえぬ
みなはなるらん
大井川
櫻をつれて
こす波に
せくとも見えぬ
水の志がらみ
おほゐかは
さくらをつれて
こすなみに
せくともみえぬ
みづのしがらみ
雲居なる
高間の櫻
散りにけり
天つ少女の
そでにほふまで
くもゐなる
たかまのさくら
ちりにけり
あまつをとめの
そでにほふまで
風かよふ
尾上の櫻
散りまがひ
つもらぬ程も
雪と見えつゝ
かぜかよふ
おのえのさくら
ちりまがひ
つもらぬほども
ゆきとみえつつ
散りまがふ
花の跡吹く
山風に
かたみあだなる
峰の志ら雲
ちりまがふ
はなのあとふく
やまかぜに
かたみあだなる
みねのしらくも
櫻色も
我がそめ移す
から衣
花はとめける
かたみだになし
さくらいろも
わがそめうつす
からころも
はなはとめける
かたみだになし
さくら花
散りぬる庭の
盛だに
ありてうき世と
春風ぞ吹く
さくらはな
ちりぬるにはの
さかりだに
ありてうきよと
はるかぜぞふく
延文二年百首の歌召されしついでに、同じ心を
後光嚴院御製
庭にだに
とめぬ嵐を
喞たばや
散るをば花の
咎になすとも
にはにだに
とめぬあらしを
かこたばや
ちるをばはなの
とがになすとも
雲と見え
雪と降りても
とゞまらぬ
習ひを花に
猶喞つかな
くもとみえ
ゆきとふりても
とどまらぬ
ならひをはなに
なほかこつかな
昔より
移ろふからに
恨むるを
苦しき世とや
花の散るらむ
むかしより
うつろふからに
うらむるを
くるしきよとや
はなのちるらむ
現には
更にもいはず
櫻花
ゆめにも散ると
見えば憂からむ
うつつには
さらにもいはず
さくらばな
ゆめにもちると
みえばうからむ
さそひ行く
嵐の末も
吹きまよひ
木のもとうすき
花の白雪
さそひゆく
あらしのすゑも
ふきまよひ
このもとうすき
はなのしらゆき
春風の
よそに誘はぬ
花ならば
木の本のみや
雪とつもらむ
はるかぜの
よそにさそはぬ
はなならば
このもとのみや
ゆきとつもらむ
山ざくら
散りていくかぞ
踏み分くる
跡だに深き
花の白雪
やまざくら
ちりていくかぞ
ふみわくる
あとだにふかき
はなのしらゆき
山人の
歸るつま木の
おひ風に
つもれどかろき
花のしら雪
やまひとの
かへるつまきの
おひかぜに
つもれどかろき
はなのしらゆき
木のもとに
降ると見えても
積らぬは
嵐やはらふ
花の白雪
このもとに
ふるとみえても
つもらぬは
あらしやはらふ
はなのしらゆき
おぼろなる
影とも見えず
軒近き
花に移ろふ
春の夜のつき
おぼろなる
かげともみえず
のきちかき
はなにうつろふ
はるのよのつき
木の間洩る
影ともいはじ
よはの月
霞むも同じ
心づくしを
このまもる
かげともいはじ
よはのつき
かすむもおなじ
こころづくしを
さらでだに
影見え難き
夕月夜
出づる空より
まづ霞みつゝ
さらでだに
かげみえかたき
ゆふつくよ
いづるそらより
まづかすみつつ
夜と共に
霞める月の
名取河
なき名といはむ
晴間だになし
よとともに
かすめるつきの
なとりがは
なきなといはむ
はれまだになし
照りもせぬ
ならひを春の
光にて
月に霞の
晴るゝ夜ぞなき
てりもせぬ
ならひをはるの
ひかりにて
つきにかすみの
はるるよぞなき
暗部山
木の下かげの
岩つゝじ
たゞこれのみや
光なるらむ
くらべやま
このしたかげの
いはつつじ
ただこれのみや
ひかりなるらむ
岩つゝじ
云はでや染むる
志のぶ山
心のおくの
色を尋ねて
いはつつじ
いはでやそむる
しのぶやま
こころのおくの
いろをたづねて
水鳥の
羽がひの山の
春のいろに
ひとりまじらぬ
岩棡かな
みづとりの
はがひのやまの
はるのいろに
ひとりまじらぬ
いは棡かな
昨日けふ
返すと見えて
苗代の
あぜ越す水も
まづ濁りつゝ
きのふけふ
かへすとみえて
なはしろの
あぜこすみづも
まづにごりつつ
色も香も
懐かしきかな
蛙鳴く
井手のわたりの
山吹のはな
いろもかも
なつかしきかな
かはづなく
ゐでのわたりの
やまぶきのはな
圓光院入道前關白太政大臣
Вступивший на путь бывший канцлер и великий министр Энкоин [Фудзивара Канэхира]
山吹の
花越す浪も
口なしに
移ろひ行くか
井手のたまがは
やまぶきの
はなこすなみも
くちなしに
うつろひゆくか
ゐでのたまがは
爲忠朝臣の家に百首の歌詠ませ侍りけるとき、瀧下山吹を
皇太后宮大夫俊成
たきつ瀬の
玉散る水や
かゝるらむ
露のみ志げき
山吹の花
たきつせの
たまちるみづや
かかるらむ
つゆのみしげき
やまぶきのはな
嘉元の百首の歌めしけるついでに、山吹
後宇多院御製
散る花の
かたみもよしや
吉野川
あらぬ色香に
咲ける山吹
ちるはなの
かたみもよしや
よしのかは
あらぬいろかに
さけるやまぶき
惜めども
うつる日數に
行く春の
名殘をかけて
咲ける藤波
をしめども
うつるひかずに
ゆくはるの
なごりをかけて
さけるふぢなみ
小野宮太政大臣の家にて藤の花惜みけるに詠める
清原元輔
藤の花
こき紫の
いろよりも
惜むこゝろを
誰れか染めけむ
ふぢのはな
こきむらさきの
いろよりも
をしむこころを
たれかそめけむ
我が行きて
色見るばかり
住吉の
岸の藤波
折りなつくしそ
わがゆきて
いろみるばかり
すみよしの
きしのふぢなみ
をりなつくしそ
松が枝に
かゝるよりはや
十返りの
花とぞ咲ける
春の藤波
まつがえに
かかるよりはや
とかへりの
はなとぞさける
はるのふぢなみ
春の日の
長閑けき山の
松が枝に
千世もとかゝる
北の藤波
はるのひの
のどかけきやまの
まつがえに
ちよもとかかる
きたのふぢなみ
水の面に
咲きたる藤を
風吹けば
波の上にも
波ぞ立ちける
みづのおもに
さきたるふぢを
かぜふけば
なみのうへにも
なみぞたちける
池の面の
水草かたよる
松風に
みなそこかけて
にほふ藤波
いけのおもの
みくさかたよる
まつかぜに
みなそこかけて
にほふふぢなみ
末の松
咲きこす藤の
波のまに
又や彌生の
はるも暮れなむ
すゑのまつ
さきこすふぢの
なみのまに
またややよひの
はるもくれなむ
九條前内大臣の家の三十首のうたの中に、江上暮春を
前中納言定家
堀江漕ぐ
霞の小舟
行きなやみ
同じ春をも
したふころかな
ほりえこぐ
かすみのをぶね
ゆきなやみ
おなじはるをも
したふころかな
今はたゞ
殘るばかりの
日數こそ
とまらぬ春の
頼なりけれ
いまはただ
のこるばかりの
ひかずこそ
とまらぬはるの
たのみなりけれ
積りぬる
別れは春に
ならへども
慰めかねて
暮るゝ空かな
つもりぬる
わかれははるに
ならへども
なぐさめかねて
くるるそらかな
如何計り
今日の暮るゝを
嘆かまし
明日もと春を
思わざりせば
いかばかり
けふのくるるを
なげかまし
あすもとはるを
おもわざりせば
弘長元年百首の歌奉りける時、三月盡
常磐井入道前太政大臣
月日とて
やすくな過ぎそ
暮れて行く
彌生の空の
春の別路
つきひとて
やすくなすぎそ
くれてゆく
やよひのそらの
はるのわかれぢ
徒然と
花を見つゝぞ
暮しつる
今日をし春の
限とおもへば
つれづれと
はなをみつつぞ
くらしつる
けふをしはるの
かぎりとおもへば
脱ぎかへて
かたみとまらぬ
夏衣
さてしも花の
面影ぞ立つ
ぬぎかへて
かたみとまらぬ
なつころも
さてしもはなの
おもかげぞたつ
夏衣
いそぎかへつる
かひもなく
立ちかさねたる
花の面影
なつころも
いそぎかへつる
かひもなく
たちかさねたる
はなのおもかげ
今日と云へば
早ぬぎかへぬ
花衣
散りて幾かの
形見なりけむ
けふといへば
はやぬぎかへぬ
はなころも
ちりていくかの
かたみなりけむ
遲櫻の咲きて侍りけるを見て詠める
後西園寺前内大臣女
何をかは
春のかたみと
尋ねまし
心ありける
遲ざくらかな
なにをかは
はるのかたみと
たづねまし
こころありける
おそざくらかな
青葉にも
暫し殘ると
見し花の
散りてさながら
茂る頃かな
あをばにも
しばしのこると
みしはなの
ちりてさながら
しげるころかな
袖にこそ
移らざりけれ
卯の花の
垣根ばかりの
夜はの月影
そでにこそ
うつらざりけれ
うのはなの
かきねばかりの
よはのつきかげ
卯の花の
垣根ばかりの
夕月夜
をちかたびとの
道や迷はむ
うのはなの
かきねばかりの
ゆふつくよ
をちかたびとの
みちやまよはむ
布晒す
宇治のわたりの
垣根より
珍しげなく
咲ける卯の花
ぬのさらす
うぢのわたりの
かきねより
めづらしげなく
さけるうのはな
神祭る
今日は葵の
もろかづら
八十氏人の
かざしにぞさす
かみまつる
けふはあふひの
もろかづら
やそうじひとの
かざしにぞさす
藤原爲道朝臣二たび賀茂の祭の使勤めて侍りけるにいひ遣しける
讀人志らず
君が代に
二たびかざす
葵草
神のめぐみも
かさねてぞ知る
きみがよに
ふたたびかざす
あふひくさ
かみのめぐみも
かさねてぞしる
君が代に
又たちかへり
葵草
かけてぞ神の
めぐみをば知る
きみがよに
またたちかへり
あふひくさ
かけてぞかみの
めぐみをばしる
大空の
ひかりに靡く
神山の
今日のあふひや
日影なるらむ
おほそらの
ひかりになびく
かみやまの
けふのあふひや
ひかげなるらむ
春を今は
いたくも戀ひじ
足びきの
山郭公
うらみもぞする
はるをいまは
いたくもこひじ
あしびきの
やまほととぎす
うらみもぞする
つれなさや
變らざるらむ
人毎に
待つとのみ聞く
時鳥かな
つれなさや
かはらざるらむ
ひとごとに
まつとのみきく
ほととぎすかな
まだ聞かぬ
恨もあらじ
郭公
鳴きぬと告ぐる
人なかりせば
まだきかぬ
うらみもあらじ
ほととぎす
なきぬとつぐる
ひとなかりせば
郭公
おのが初音を
心から
鳴かでやひとに
うらみらるらむ
ほととぎす
おのがはつねを
こころから
なかでやひとに
うらみらるらむ
出でなばと
頼めも置かぬ
山の端の
月に待たるゝ
郭公かな
いでなばと
たのめもおかぬ
やまのはの
つきにまたるる
ほととぎすかな
鳴きぬべき
頃と思へば
時鳥
寐覺にまたぬ
あかつきぞなき
なきぬべき
ころとおもへば
ほととぎす
ねざめにまたぬ
あかつきぞなき
今こむと
たのめやはせじ
郭公
ふけぬよはを
何恨むらむ
いまこむと
たのめやはせじ
ほととぎす
ふけぬよはを
なにうらむらむ
つらき名の
立つをば知らで
時鳥
鳴く音計りと
何忍ぶらむ
つらきなの
たつをばしらで
ほととぎす
なくねばかりと
なにしのぶらむ
遂に聞く
物ゆゑなどて
郭公
まづいそがるゝ
初音なるらむ
つひにきく
ものゆゑなどて
ほととぎす
まづいそがるる
はつねなるらむ
左大臣の家にて人々三首の歌詠み侍りし時、待時鳥の心を
源義將朝臣
山ざとに
去年まで聞きし
郭公
都に待つと
いかで知らせむ
やまざとに
こぞまでききし
ほととぎす
みやこにまつと
いかでしらせむ
待ち侘ぶる
心にまけよ
郭公
しのぶならひの
初音なりとも
まちわぶる
こころにまけよ
ほととぎす
しのぶならひの
はつねなりとも
忍び音を
誰れに知らせて
時鳥
稀なる頃に
待たれそめけむ
しのびねを
たれにしらせて
ほととぎす
まれなるころに
またれそめけむ
心をも
我こそ儘せ
ほとゝぎす
誰がため惜む
初音なるらむ
こころをも
われこそつくせ
ほととぎす
たがためをしむ
はつねなるらむ
わきてまづ
我に語らへ
郭公
待つらむ里は
あまたありとも
わきてまづ
われにかたらへ
ほととぎす
まつらむさとは
あまたありとも
郭公
人傳にのみ
聞きふりて
うき身よそなる
音こそつらけれ
ほととぎす
ひとつたにのみ
ききふりて
うきみよそなる
ねこそつらけれ
千枝にこそ
かたらはずとも
時鳥
信太の森の
ひと聲もがな
ちえにこそ
かたらはずとも
ほととぎす
しのだのもりの
ひとこゑもがな
郭公
今やみやこへ
いづみなる
志のだの杜の
あけがたの聲
ほととぎす
いまやみやこへ
いづみなる
しのだのもりの
あけがたのこゑ
是ぞげに
初音なるらむ
聞く人も
待ちあへぬ間の
郭公かな
これぞげに
はつねなるらむ
きくひとも
まちあへぬまの
ほととぎすかな
郭公
思ひも分かぬ
一こゑを
聞きつといかで
人にかたらむ
ほととぎす
おもひもわかぬ
ひとこゑを
ききつといかで
ひとにかたらむ
明くるをぞ
待つべかりける
横雲の
嶺より出づる
郭公かな
あくるをぞ
まつべかりける
よこぐもの
みねよりいづる
ほととぎすかな
山路をば
今朝越えぬとや
時鳥
やがて音羽の
里に鳴くらむ
やまぢをば
けさこえぬとや
ほととぎす
やがておとはの
さとになくらむ
この里も
なほつれなくば
時鳥
いづくの山の
奧をたづねむ
このさとも
なほつれなくば
ほととぎす
いづくのやまの
おくをたづねむ
宵の間も
おぼつかなきを
時鳥
鳴くなる聲の
ほどの遙けき
よひのまも
おぼつかなきを
ほととぎす
なくなるこゑの
ほどのはるけき
知らせばや
たゞ一こゑの
郭公
待ちしにまさる
心づくしを
しらせばや
ただひとこゑの
ほととぎす
まちしにまさる
こころづくしを
なべて世に
難面きよりも
時鳥
里わく頃の
音こそつらけれ
なべてよに
つれなきよりも
ほととぎす
さとわくころの
ねこそつらけれ
時ははや
知りぬるころの
郭公
この里人も
聞きやふりなむ
ときははや
しりぬるころの
ほととぎす
このさとひとも
ききやふりなむ
上のをのこども時鳥數聲と云ふ事を仕うまつりけるに
左大臣
いく聲と
かぞへむ物を
時鳥
鳴きつとばかり
なに思ひけむ
いくこゑと
かぞへむものを
ほととぎす
なきつとばかり
なにおもひけむ
菖蒲草
今日はかけよと
長き根を
袖より見する
時は來に鳬
あやめくさ
けふはかけよと
ながきねを
そでよりみする
ときはきにけり
ながき世の
例に引けば
菖蒲草
同じ淀野も
わかれざりけり
ながきよの
ためしにひけば
あやめくさ
おなじよどのも
わかれざりけり
おりたちて
引ける菖蒲の
根を見てぞ
今日より長き
例ともしる
おりたちて
ひけるあやめの
ねをみてぞ
けふよりながき
ためしともしる
菖蒲草
今日刈る跡に
殘れるや
淀野に生ふる
眞菰なるらむ
あやめくさ
けふかるあとに
のこれるや
よどのにおふる
まこもなるらむ
引き結ぶ
あやめの草の
枕をば
旅とやいはむ
一夜寐にけり
ひきむすぶ
あやめのくさの
まくらをば
たびとやいはむ
ひとよねにけり
長き根を
引くに任せて
沼水の
深さ知らるゝ
あやめ草かな
ながきねを
ひくにまかせて
ぬまみづの
ふかさしらるる
あやめくさかな
隱沼に
生ひて根深き
あやめぐさ
心も知らず
誰かひくらむ
かくぬまに
おひてねふかき
あやめぐさ
こころもしらず
たれかひくらむ
五月雨は
あやめの草の
志づくより
猶落ちまさる
軒の玉水
さみだれは
あやめのくさの
しづくより
なほおちまさる
のきのたまみづ
五月雨は
やどにつくまの
菖蒲草
軒の雫に
枯れじとぞ思ふ
さみだれは
やどにつくまの
あやめくさ
のきのしずくに
かれじとぞおもふ
小山田に
水引き侘ぶる
賤の男が
心や晴るゝ
さみだれの空
をやまだに
みづひきわぶる
しづのをが
こころやはるる
さみだれのそら
種蒔し
わさ田の早苗
植ゑて鳬
いつ秋風の
吹かむとすらむ
たねまきし
わさだのさなへ
うゑてけり
いつあきかぜの
ふかむとすらむ
小山田に
板井の清水
くみためて
我が門去らず
取る早苗哉
をやまだに
いたゐのしみづ
くみためて
わがかどさらず
とるさなへかな
杉立てる
外面の谷に
水おちて
早苗すゞしき
山のしたかげ
すぎたてる
そとものたにに
みづおちて
さなへすずしき
やまのしたかげ
早苗取る
同じ田面も
山かげの
暮るゝかたより
かへる里人
さなへとる
おなじたおもも
やまかげの
くるるかたより
かへるさとひと
匂ひ來る
花たちばなの
夕風は
誰がむかしをか
驚かすらむ
にほひくる
はなたちばなの
ゆふかぜは
たがむかしをか
おどろかすらむ
右大將に任じ侍りて後内裏にて三十首の歌講ぜられし時、簷橘を
左大臣
ためしある
御階の右に
うつるより
猶袖ふれて
匂ふたち花
ためしある
みはしのみぎに
うつるより
なほそでふれて
にほふたちはな
我が宿の
花たちばなに
郭公
夜ふかく鳴けば
戀まさりけり
わがやどの
はなたちばなに
ほととぎす
よふかくなけば
こひまさりけり
鳴く音をや
忍び果てまし
時鳥
己が五月の
なき世なりせば
なくねをや
しのびはてまし
ほととぎす
おのがさつきの
なきよなりせば
夏の夜の
月待つ程は
郭公
我がやどばかり
過ぎがてに鳴け
なつのよの
つきまつほどは
ほととぎす
わがやどばかり
すぎがてになけ
をち返り
鳴きふるせども
郭公
猶あかなくに
今日は暮しつ
をちかへり
なきふるせども
ほととぎす
なほあかなくに
けふはくらしつ
をちこちに
はや鳴きふるす
郭公
今は聞きても
誰に語らむ
をちこちに
はやなきふるす
ほととぎす
いまはききても
たれにかたらむ
夏の夜の
夢路に來鳴く
子規
覺めても聲は
なほのこりつゝ
なつのよの
ゆめぢにきなく
ほととぎす
さめてもこゑは
なほのこりつつ
五月雨の
をやむ晴間の
日影にも
なほ雲深し
あまの香具山
さみだれの
をやむはれまの
ひかげにも
なほくもふかし
あまのかぐやま
暮れぬとて
出づべき月も
待ち侘びぬ
雲に峰なき
梅雨の頃
くれぬとて
いづべきつきも
まちわびぬ
くもにみねなき
さみだれのころ
いとゞ猶
八重立つ雲の
五月雨に
横川の水も
さぞ増るらむ
いとどなほ
やへたつくもの
さみだれに
よかはのみづも
さぞまさるらむ
五月雨に
小笹が原を
見渡せば
猪名野につゞく
こやの池水
さみだれに
をささがはらを
みわたせば
いなのにつづく
こやのいけみづ
眞菰生ふる
伊香保の沼の
いか計り
浪越えぬらむ
梅雨の頃
まこもおふる
いかほのぬまの
いかばかり
なみこえぬらむ
さみだれのころ
文保三年百首の歌奉りける時
後西園寺入道前太政大臣
日を經れば
元の道さへ
忘れ水
野澤となれる
さみだれの頃
ひをへれば
もとのみちさへ
わすれみづ
のさはとなれる
さみだれのころ
庭の面に
任せし水も
岩越えて
よそにせきやる
五月雨の頃
にはのおもに
まかせしみづも
いはこえて
よそにせきやる
さみだれのころ
五月雨の
水かさを見れば
飛鳥川
昨日の淵も
淺瀬なりけり
さみだれの
みかさをみれば
あすかがは
きのふのふちも
あさせなりけり
飛鳥川
明日さへ降らば
淵は瀬に
戀るも知らじ
五月雨の頃
あすかがは
あすさへふらば
ふちはせに
こひるもしらじ
さみだれのころ
三吉野や
川音たかき
五月雨に
岩もと見せぬ
瀧のしらあわ
みよしのや
かはおとたかき
さみだれに
いはもとみせぬ
たきのしらあわ
庭清く
なりぞしぬらし
五月雨に
藻くづ流るゝ
山河のみづ
にはきよく
なりぞしぬらし
さみだれに
もくづながるる
やまかはのみづ
名のみして
山は朝日の
影も見ず
八十うぢ川の
五月雨の頃
なのみして
やまはあさひの
かげもみず
やそうぢかはの
さみだれのころ
湊川
うは波早く
かつ越えて
しほまでにごる
五月雨のころ
みなとかは
うはなみはやく
かつこえて
しほまでにごる
さみだれのころ
いとゞ猶
入海とほく
なりにけり
濱名の橋の
五月雨のころ
いとどなほ
いりうみとほく
なりにけり
はまなのはしの
さみだれのころ
前大僧正慈勝人々に詠ませ侍りし千首の歌の中に
前大納言爲定
五月雨に
落ちそふ瀧の
白玉や
頓てふり行く
日數なるらむ
さみだれに
おちそふたきの
しらたまや
やがてふりゆく
ひかずなるらむ
しばしほす
波の間もなし
蜑衣
田簑の志まの
五月雨のころ
しばしほす
なみのまもなし
あまころも
たみののしまの
さみだれのころ
伊勢のあまの
鹽やき衣
此の程や
すつとは云はむ
梅雨の頃
いせのあまの
しほやきころも
このほどや
すつとはいはむ
さみだれのころ
難波潟
こやの八重ぶき
洩りかねて
芦間に宿る
夏の夜の月
なにはかた
こやのやへぶき
もりかねて
あしまにやどる
なつのよのつき
忘れては
春かとぞ思ふ
蚊遣火の
烟にかすむ
夏の夜のつき
わすれては
はるかとぞおもふ
かやりびの
けぶりにかすむ
なつのよのつき
更けてこそ
置くべき霜を
宵の間に
暫し見せたる
庭の月影
ふけてこそ
おくべきしもを
よひのまに
しばしみせたる
にはのつきかげ
見る程も
なくて明行く
夏の夜の
月もや人の
老となるらむ
みるほども
なくてあけゆく
なつのよの
つきもやひとの
おいとなるらむ
待ち出づる
山の端ながら
明けにけり
月に短き
夏の夜の空
まちいづる
やまのはながら
あけにけり
つきにみぢかき
なつのよのそら
夏の夜は
照射の鹿の
めをだにも
合せぬ程に
明けぞしにける
なつのよは
ともしのしかの
めをだにも
あはせぬほどに
あけぞしにける
五月闇
ともす火串の
松山に
待つとて鹿の
よらぬ夜もなし
さつきやみ
ともすほぐしの
まつやまに
まつとてしかの
よらぬよもなし
大井川
山もと遠く
漕ぎつれて
ひろ瀬にならぶ
篝火のかげ
おほゐかは
やまもととほく
こぎつれて
ひろせにならぶ
かかりひのかげ
二品親王の家の五十首の歌に、鵜川の心を詠み侍りける
惟宗光吉朝臣
鵜飼舟
のぼりもやらぬ
同じ瀬に
友待ちそふる
篝火のかげ
うかひふね
のぼりもやらぬ
おなじせに
ともまちそふる
かかりひのかげ
鵜飼舟
くだす早瀬の
河波に
流れて消えぬ
かゞり火のかげ
うかひふね
くだすはやせの
かはなみに
ながれてきえぬ
かがりひのかげ
夏草は
しげりにけりな
大江山
越えて生野の
道もなきまで
なつくさは
しげりにけりな
おほえやま
こえていくのの
みちもなきまで
春ぞ見し
みつの御牧に
あれし駒
ありもやすらむ
草隠れつゝ
はるぞみし
みつのみまきに
あれしこま
ありもやすらむ
くさかくれつつ
吾妹子が
宿のさゆりの
花かづら
長き日暮し
かけて凉まむ
わぎもこが
やどのさゆりの
はなかづら
ながきひくらし
かけてすずまむ
穗に出でぬ
尾花がもとの
草の名も
かつ顕れて
飛ぶ螢かな
ほにいでぬ
をはながもとの
くさのなも
かつあらはれて
とぶほたるかな
水暗き
岩間にまよふ
夏虫の
ともし消たでも
夜を明すかな
みづくらき
いはまにまよふ
なつむしの
ともしきたでも
よをあかすかな
掬ぶ手の
あかぬ志づくも
影見えて
石井の水に
飛ぶ螢かな
むすぶての
あかぬしづくも
かげみえて
いしゐのみづに
とぶほたるかな
風をいたみ
蓮のうき葉に
宿占めて
凉しき玉に
蛙なくなり
かぜをいたみ
はすのうきはに
やどしめて
すずしきたまに
かはづなくなり
風通ふ
池のはちす葉
なみかけて
かたぶく方に
つたふ白玉
かぜかよふ
いけのはちすは
なみかけて
かたぶくかたに
つたふしらたま
夕立の
降りくる池の
蓮葉に
くだけてもろき
露の志らたま
ゆふだちの
ふりくるいけの
はちすはに
くだけてもろき
つゆのしらたま
おのづから
かたへの雲や
晴れぬらむ
山の端遠き
夕立の空
おのづから
かたへのくもや
はれぬらむ
やまのはとほき
ゆふだちのそら
夏山の
木の葉の色は
染めねども
時雨に似たる
夕立のそら
なつやまの
このはのいろは
そめねども
しぐれににたる
ゆふだちのそら
一むらは
やがて過ぎぬる
夕立の
猶くも殘る
空ぞすゞしき
ひとむらは
やがてすぎぬる
ゆふだちの
なほくものこる
そらぞすずしき
夕立の
一むら薄
つゆ散りて
虫の音添はぬ
あきかぜぞ吹く
ゆふだちの
ひとむらすすき
つゆちりて
むしのねそはぬ
あきかぜぞふく
鳴る神の
音ばかりかと
聞くほどに
山風烈し
ゆふだちの空
なるかみの
おとばかりかと
きくほどに
やまかぜはげし
ゆふだちのそら
稻妻の
光の間とも
いふばかり
はやくぞ晴るゝ
夕立のそら
いなつまの
ひかりのまとも
いふばかり
はやくぞはるる
ゆふだちのそら
夕立の
かつ〴〵晴るゝ
雲間より
雨をわけても
さす日影哉
ゆふだちの
かつがつはるる
くもまより
あめをわけても
さすひかげかな
過ぎにけり
軒の雫は
殘れども
雲におくれぬ
夕だちのあめ
すぎにけり
のきのしずくは
のこれども
くもにおくれぬ
ゆふだちのあめ
行く末は
露だにおかじ
夕立の
雲にあまれる
むさし野の原
ゆくすゑは
つゆだにおかじ
ゆふだちの
くもにあまれる
むさしののはら
村雨の
名殘の露は
かつ落ちて
本末にとまる
蝉のもろごゑ
むらさめの
なごりのつゆは
かつおちて
もとすゑにとまる
せみのもろごゑ
雨晴るゝ
夕かげ山に
鳴く蝉の
聲より落つる
木々の下つゆ
あめはるる
ゆふかげやまに
なくせみの
こゑよりおつる
きぎのしたつゆ
わけ過ぐる
山志た道の
追風に
はるかに送る
蝉のもろごゑ
わけすぐる
やましたみちの
おひかぜに
はるかにおくる
せみのもろごゑ
蝉の羽の
衣に秋を
まつら潟
ひれふる山の
くれぞすゞしき
せみのはの
ころもにあきを
まつらかた
ひれふるやまの
くれぞすずしき
涼しさは
いづれともなし
松風の
聲のうちなる
山の瀧つ瀬
すずしさは
いづれともなし
まつかぜの
こゑのうちなる
やまのたきつせ
靜かなる
心の中や
松かげの
みづよりも猶
すゞしかるらむ
しづかなる
こころのなかや
まつかげの
みづよりもなほ
すずしかるらむ
山もとの
ならの木蔭の
夕すゞみ
岩もるみづに
秋風ぞ吹く
やまもとの
ならのきかげの
ゆふすずみ
いはもるみづに
あきかぜぞふく
凉しくば
行きても汲まむ
水草ゐる
板井の清水
里遠くとも
すずしくば
ゆきてもくまむ
みくさゐる
いたゐのしみづ
さととほくとも
和歌所にて六首の歌奉りける時
後京極攝政前太政大臣
松立てる
與謝の湊の
夕すゞみ
今も吹かなむ
沖つ志ほかぜ
まつたてる
よさのみなとの
ゆふすずみ
いまもふかなむ
おきつしほかぜ
芦の葉に
隱れて住めば
難波女の
こやは夏こそ
凉しかりけれ
あしのはに
かくれてすめば
なにはめの
こやはなつこそ
すずしかりけれ
難波人
御祓すらしも
夏かりの
芦の一夜に
あきをへだてゝ
なにはひと
みそぎすらしも
なつかりの
あしのひとよに
あきをへだてて
みたらしや
誰が御祓とも
白木綿の
知らず流るゝ
夏の暮哉
みたらしや
たがみそぎとも
しらゆふの
しらずながるる
なつのくれかな
みたらしや
引く手も今日は
大幣の
幾瀬に流す
御祓なる覽
みたらしや
ひくてもけふは
おほぬさの
いくせにながす
みそぎなるらん
御祓川
年も今宵の
中空に
更くるをあきと
かぜぞすゞしき
みそぎかは
としもこよひの
なかそらに
ふくるをあきと
かぜぞすずしき
御祓して
かへさ夜深き
河波の
秋にかゝれる
音のすゞしさ
みそぎして
かへさよふかき
かはなみの
あきにかかれる
おとのすずしさ
河の瀬に
生ふる玉藻の
行く水に
なびきてもする
夏禊かな
かはのせに
おふるたまもの
ゆくみづに
なびきてもする
なつみそぎかな
朝戸あけの
軒端の荻に
吹きてけり
一葉のさきの
秋の初風
あさとあけの
のきはのをぎに
ふきてけり
ひとはのさきの
あきのはつかぜ
此寐ぬる
朝げの風の
變るより
荻の葉そよぎ
秋や來ぬらむ
このいぬる
あさげのかぜの
かはるより
をぎのはそよぎ
あきやこぬらむ
昨日まで
人に待たれし
凉しさを
おのれと急ぐ
秋の初かぜ
きのふまで
ひとにまたれし
すずしさを
おのれといそぐ
あきのはつかぜ
凉しさの
増る計りを
吹き變る
風とて今日は
秋や來ぬらむ
すずしさの
まさるばかりを
ふきかはる
かぜとてけふは
あきやこぬらむ
今日よりは
秋の始と
聞くからに
袖こそ痛く
露けかりけれ
けふよりは
あきのはじめと
きくからに
そでこそいたく
つゆけかりけれ
風かはる
夏の扇は
手になれて
袖にまづ置く
秋のしらつゆ
かぜかはる
なつのあふぎは
てになれて
そでにまづおく
あきのしらつゆ
淵は瀬に
かはらぬ程も
天の河
としのわたりの
契にぞ知る
ふちはせに
かはらぬほども
あまのかは
としのわたりの
ちぎりにぞしる
鵲の
渡せる橋の
ひまを遠み
逢はぬ絶間の
多くもあるかな
かささぎの
わたせるはしの
ひまをとほみ
あはぬたえまの
おほくもあるかな
年を經て
今日よりほかの
逢ふ瀬をば
誰が柵ぞ
天の川なみ
としをへて
けふよりほかの
あふせをば
たがしがらみぞ
あまのかはなみ
きても猶
うすき契や
恨むらむ
としに稀なる
天の羽ごろも
きてもなほ
うすきちぎりや
うらむらむ
としにまれなる
あめのはごろも
七夕の
戀も恨も
いかにして
一夜のほどに
云ひつくすらむ
たなばたの
こひもうらみも
いかにして
ひとよのほどに
いひつくすらむ
夜の程の
露の下荻
おと立てゝ
今朝ほにしるき
秋風ぞ吹く
よのほどの
つゆのしたをぎ
おとたてて
けさほにしるき
あきかぜぞふく
秋風の
吹きしく時は
荻の葉の
おとぞ中々
きこえざりける
あきかぜの
ふきしくときは
をぎのはの
おとぞなかなか
きこえざりける
文保三年百首の歌奉りけるに
後西園寺入道前太政大臣
音づるゝ
情ばかりを
待ちえても
おのれ寂しき
荻の上かぜ
おとづるる
なさけばかりを
まちえても
おのれさびしき
をぎのうはかぜ
荻の葉の
露をも袖に
誘ひきて
あまる涙に
あきかぜぞ吹く
をぎのはの
つゆをもそでに
さそひきて
あまるなみだに
あきかぜぞふく
小牡鹿の
朝立つ跡も
あらはれて
露まばらなる
野邊の萩原
さをじかの
あさたつあとも
あらはれて
つゆまばらなる
のべのはぎはら
宮城野に
志がらむ鹿の
跡なれや
本あらの小萩
露も溜らず
みやぎのに
しがらむしかの
あとなれや
もとあらのこはぎ
つゆもたまらず
名所の百首の歌奉りけるに
前參議忠定
Когда преподносили сто песен об известных местах
Бывший придворный советник Тадасада
宮城野の
露わけ衣
朝立てば
わすれがたみの
はぎが花ずり
みやぎのの
つゆわけころも
あさたてば
わすれがたみの
はぎがはなずり
На поле Мияги
Шёл сквозь росу, и одежды,
Как утром увидел,
На добрую память
Окрасились в цвета хаги.
露のぬき
弱きも知らず
宮城野の
萩のにしきに
秋風ぞ吹く
つゆのぬき
よはきもしらず
みやぎのの
はぎのにしきに
あきかぜぞふく
眞萩咲く
秋の花野の
すり衣
露にまかせて
なほや分けまし
まはぎさく
あきのはなのの
すりころも
つゆにまかせて
なほやわけまし
咲きてこそ
野中の水に
映りけれ
古枝の萩の
本のこゝろは
さきてこそ
のなかのみづに
うつりけれ
ふるえのはぎの
もとのこころは
九重や
今住む宿の
萩の戸を
いく世古枝の
いろに咲くらむ
ここのへや
いますむやどの
はぎのとを
いくよふるえの
いろにさくらむ
野邊ごとに
招けばとても
花薄
袖をたのみて
くる人もなし
のべごとに
まねけばとても
はなすすき
そでをたのみて
くるひともなし
招くとて
行くもとまるも
同じ野に
人だのめなる
花薄かな
まねくとて
ゆくもとまるも
おなじのに
ひとだのめなる
はなすすきかな
招くとは
よそに見れども
花薄
我かと云ひて
訪ふ人もなし
まねくとは
よそにみれども
はなすすき
われかといひて
とふひともなし
打拂ふ
袖よりなびく
初尾花
わくるを野邊と
あき風ぞ吹く
うちはらふ
そでよりなびく
はつをはな
わくるをのべと
あきかぜぞふく
花薄
誰をとまれと
いはくらの
小野のあきつに
人招くらむ
はなすすき
たれをとまれと
いはくらの
をののあきつに
ひとまねくらむ
いまよりの
誰が手枕も
夜寒にて
入野の薄
あきかぜぞ吹く
いまよりの
たがたまくらも
よさむにて
いりののすすき
あきかぜぞふく
昨日まで
蓬に閉ぢし
柴の戸も
野分に晴るゝ
岡のべのさと
きのふまで
よもぎにとぢし
しばのとも
のわきにはるる
をかのべのさと
かりにさす
庵までこそ
靡きけれ
野分に堪へぬ
小野の篠原
かりにさす
いほりまでこそ
なびきけれ
のわきにたへぬ
をののしのはら
咲き交る
花のあだ名も
立ちぬべし
何亂るらむ
野邊の苅萱
さきまじる
はなのあだなも
たちぬべし
なにみだるらむ
のべのかるかや
入道二品親王の家の五十首の歌に、尋虫聲
前中納言定家
松虫の
鳴く方遠く
咲く花の
いろ〳〵惜しき
露やこぼれむ
まつむしの
なくかたとほく
さくはなの
いろいろをしき
つゆやこぼれむ
弘安元年百首の歌奉りける時
後西園寺入道前太政大臣
暮れ行けば
虫の音にさへ
埋れて
露もはらはぬ
蓬生のやど
くれゆけば
むしのねにさへ
うづもれて
つゆもはらはぬ
よもぎうのやど
芦垣の
まぢかきほどの
蛬
おもひやなぞと
いかでとはまし
あしかきの
まぢかきほどの
きりきりす
おもひやなぞと
いかでとはまし
よそに聞く
こゑだにあるを
蛬
枕の志たに
なにうらむらむ
よそにきく
こゑだにあるを
きりきりす
まくらのしたに
なにうらむらむ
人々に百首の歌めしけるに、曉虫を詠ませたまうける
後嵯峨院御製
曉の
枕の志たに
住みなれて
寐覺ことゝふ
きり〴〵すかな
あかつきの
まくらのしたに
すみなれて
ねざめこととふ
きりぎりすかな
見るまゝに
門田の面は
暮れ果てゝ
稻葉に殘る
風の音かな
みるままに
かどたのおもは
くれはてて
いなばにのこる
かぜのおとかな
Пока смотрел —
На поле у ворот
Стемнело...
И остался слышен лишь
Звук ветра по листьям риса.
百首の歌奉りし時
從三位仲子
Когда преподносили сто песен
Госпожа Тю:си третьего ранга
見渡せば
山だの穗波
かた寄りに
靡けばやがて
秋風ぞ吹く
みわたせば
やまだのほなみ
かたよりに
なびけばやがて
あきかぜぞふく
Посмотришь:
От рисовых полей у гор,
Где волны бегут по колосьям,
Лишь наклонятся они,
Как тут же дует осенний ветер...
夢覺むる
ひたの庵の
明け方に
鹿の音寒く
あきかぜぞ吹く
ゆめさむる
ひたのいほりの
あけがたに
しかのねさむく
あきかぜぞふく
思ひ入る
山にても又
鳴く鹿の
尚憂きときや
あきの夕ぐれ
おもひいる
やまにてもまた
なくしかの
なほうきときや
あきのゆふぐれ
妻戀の
心は知らず
小牡鹿の
月にのみ鳴く
こゑぞ更けゆく
つまこひの
こころはしらず
さをじかの
つきにのみなく
こゑぞふけゆく
心から
あはれならひの
妻戀に
誰が秋ならぬ
小牡鹿のこゑ
こころから
あはれならひの
つまこひに
たがあきならぬ
さをじかのこゑ
秋を經て
變らぬ聲に
鳴く鹿は
同じつまをや
戀ひ渡るらむ
あきをへて
かはらぬこゑに
なくしかは
おなじつまをや
こひわたるらむ
權大納言爲遠の家にて人々三首の歌詠みはべりけるに
祝部成光
眞萩散る
秋の野風や
さむからし
尚この暮は
鹿ぞ鳴くなる
まはぎちる
あきののかぜや
さむからし
なほこのくれは
しかぞなくなる
ねに立てゝ
秋に變らぬ
妻戀を
なれぬる物と
鹿や鳴くらむ
ねにたてて
あきにかはらぬ
つまこひを
なれぬるものと
しかやなくらむ
詠めじと
思ひ棄つれど
哀のみ
身にそひて憂き
秋の夕ぐれ
ながめじと
おもひうつれど
あはれのみ
みにそひてうき
あきのゆふぐれ
一方に
思ひわくべき
身の憂さの
それにもあらぬ
秋の夕暮
ひとかたに
おもひわくべき
みのうさの
それにもあらぬ
あきのゆふぐれ
誰が方に
よる鳴く鹿の
音に立てゝ
涙移ろふ
武藏野のはら
たがかたに
よるなくしかの
ねにたてて
なみだうつろふ
むさしののはら
雁がねの
かき連ねたる
玉章を
絶え〴〵にけつ
今朝の秋霧
かりがねの
かきつらねたる
たまづさを
たえだえにけつ
けさのあききり
霧晴れぬ
空にはそこと
知らねども
くるを頼むの
雁の玉章
きりはれぬ
そらにはそこと
しらねども
くるをたのむの
かりのたまづさ
誰が爲と
うはの空なる
玉づさを
必ずかけて
雁はきぬらむ
たがためと
うはのそらなる
たまづさを
かならずかけて
かりはきぬらむ
いく千里
ほどは雲居の
秋ごとに
都を旅と
かりのきぬらむ
いくちさと
ほどはくもゐの
あきごとに
みやこをたびと
かりのきぬらむ
いつしかと
鳴きて來にけり
秋風の
夜寒知らるゝ
衣雁がね
いつしかと
なきてきにけり
あきかぜの
よさむしらるる
ころもかりがね
この里は
村雨降りて
雁がねの
聞ゆる山に
あきかぜぞ吹く
このさとは
むらさめふりて
かりがねの
きこゆるやまに
あきかぜぞふく
佐保山の
木ずゑも色や
變るらむ
霧立つ空に
雁はきにけり
さほやまの
こずゑもいろや
かはるらむ
きりたつそらに
かりはきにけり
をち方の
霧のうちより
聞き初めて
月に近づく
初雁のこゑ
をちかたの
きりのうちより
ききそめて
つきにちかづく
はつかりのこゑ
Из появившегося
Осеннего тумана
Послышались
Голоса первых гусей,
Что приближаются к луне...
はつ雁の
來鳴く常磐の
もりの露
そめぬ雫も
秋は見えけり
はつかりの
きなくときはの
もりのつゆ
そめぬしずくも
あきはみえけり
かへりみば
此方もさこそ
隔つらめ
霧に分け入る
秋の旅人
かへりみば
こなたもさこそ
へだつらめ
きりにわけいる
あきのたびひと
文保三年百首の歌奉りけるに
後光明照院前關白左大臣
峯になる
夕日の影は
殘れども
霧より晴るゝ
をちの山もと
みねになる
ゆふひのかげは
のこれども
きりよりはるる
をちのやまもと
河霧の
みをも末より
隙見えて
絶え〴〵落つる
宇治の柴舟
かはきりの
みをもすゑより
ひまみえて
たえだえおつる
うぢのしばふね
立ち曇る
霧のへだても
末見えて
阿武隈河に
あまる志ら浪
たちくもる
きりのへだても
すゑみえて
あぶくまがはに
あまるしらなみ
立ちこむる
關路も知らぬ
夕霧に
猶吹き越ゆる
須磨の秋風
たちこむる
せきぢもしらぬ
ゆふぎりに
なほふきこゆる
すまのあきかぜ
В вечернем тумане
Всё скрылось: до заставы
Дорог не найти,
И пересекает её лишь только
Осенний ветер побережья Сума...
暮るゝより
やがて待たるゝ
心にも
習はで遅き
山の端の月
くるるより
やがてまたるる
こころにも
ならはでおそき
やまのはのつき
出でやらぬ
嶺よりをちの
月影に
あたり映ろふ
村雲のそら
いでやらぬ
みねよりをちの
つきかげに
あたりうつろふ
むらくものそら
程もなく
松より上に
なりにけり
樹間に見つる
山の端の月
ほどもなく
まつよりうへに
なりにけり
このまにみつる
やまのはのつき
峯越ゆる
程こそ知らね
ゐる雲の
立ちそふ隙を
出づる月影
みねこゆる
ほどこそしらね
ゐるくもの
たちそふひまを
いづるつきかげ
石見潟
高津の山に
くも晴れて
ひれふる峯を
出づる月かげ
いはみかた
たかつのやまに
くもはれて
ひれふるみねを
いづるつきかげ
むら雲も
山の端遠く
なり果てゝ
月にのみ吹く
峰の松かぜ
むらくもも
やまのはとほく
なりはてて
つきにのみふく
みねのまつかぜ
嵐吹く
峯のうき雲
さそはれて
心もそらに
澄めるつきかげ
あらしふく
みねのうきくも
さそはれて
こころもそらに
すめるつきかげ
行くへなく
漂ふ雲を
吹きかけて
風にもしばし
曇る月かな
ゆくへなく
ただよふくもを
ふきかけて
かぜにもしばし
くもるつきかな
龜山殿にて人々題を探りて千首の歌仕うまつりけるついでに、月を
後宇多院御製
空に澄む
物ならなくに
我が心
月見る度に
あくがれて行く
そらにすむ
ものならなくに
わがこころ
つきみるたびに
あくがれてゆく
雲消ゆる
千里のほかの
空冴えて
月よりうづむ
秋の白ゆき
くもきゆる
ちさとのほかの
そらさえて
つきよりうづむ
あきのしらゆき
山の端の
月に立ちそふ
浮雲の
よそになるまで
秋風ぞ吹く
やまのはの
つきにたちそふ
うきくもの
よそになるまで
あきかぜぞふく
吹分くる
木の間も著し
秋風に
つれて出でぬる
山の端の月
ふきわくる
このまもしるし
あきかぜに
つれていでぬる
やまのはのつき
雲拂ふ
風のあとより
出で初めて
さはる影なき
秋の夜の月
くもはらふ
かぜのあとより
いでそめて
さはるかげなき
あきのよのつき
誘はれて
月にかゝれる
浮雲も
やがて晴れ行く
よはの秋風
さそはれて
つきにかかれる
うきくもも
やがてはれゆく
よはのあきかぜ
天の原
月のみやこも
玉敷の
ひかりにみがく
秋かぜぞ吹く
あまのはら
つきのみやこも
たましきの
ひかりにみがく
あきかぜぞふく
天つ風
いかに吹くらむ
久方の
雲のかよひぢ
月ぞさやけき
あまつかぜ
いかにふくらむ
ひさかたの
くものかよひぢ
つきぞさやけき
更科や
姨捨山も
さもあらばあれ
唯我がやどの
雲の上の月
さらしなや
おばすてやまも
さもあらばあれ
ただわがやどの
くものうへのつき
逢坂の
關の杉むら
霧こめて
立つとも見えぬ
ゆふかげの駒
あふさかの
せきのすぎむら
きりこめて
たつともみえぬ
ゆふかげのこま
法性寺入道前關白の家の百首の歌に
皇太后宮大夫俊成
清見潟
波路さやけき
月を見て
やがて心や
せきをもるらむ
きよみかた
なみぢさやけき
つきをみて
やがてこころや
せきをもるらむ
健保の内裏の三首の歌合に、秋野月
皇太后宮大夫俊成女
思ひ出でよ
露を一夜の
形見にて
篠分くる野邊の
袖の月影
おもひいでよ
つゆをひとよの
かたみにて
しのわくるのべの
そでのつきかげ
小男鹿の
志がらむ萩に
秋見えて
月もいろなる
野路の玉川
さをしかの
しがらむはぎに
あきみえて
つきもいろなる
のぢのたまがは
絶々に
見ゆる野中の
忘れ水
夜がれがちにや
月も澄むらむ
たえだえに
みゆるのなかの
わすれみづ
よがれがちにや
つきもすむらむ
蓬生の
露のみ深き
古さとに
もと見しよりも
月ぞすみける
よもぎふの
つゆのみふかき
ふるさとに
もとみしよりも
つきぞすみける
建武元年九月十三夜内裏にて人々題を探りて歌つかうまつりけるに、水邊月
前大納言實教
夜もすがら
空を映して
行く水に
流れて更くる
月の影かな
よもすがら
そらをうつして
ゆくみづに
ながれてふくる
つきのかげかな
三島江は
芦の葉隱れ
茂ければ
漕ぎ出でゝ見る
秋の夜の月
みしまえは
あしのはかくれ
しげければ
こぎいでてみる
あきのよのつき
水上月を
讀人志らず
О луне над водой
Автор неизвестен
水やそら
空や水とも
見え分かず
通ひて澄める
秋の夜の月
みづやそら
そらやみづとも
みえわかず
かよひてすめる
あきのよのつき
То небо ли,
Иль гладь морская —
Не различить:
Прояснилась
Луна осенней ночи.
秋田もる
かりほの苫屋
薄からし
月に濡れたる
よはのさ莚
あきたもる
かりほのともや
うすからし
つきにぬれたる
よはのさむしろ
明けぬとは
宵より見つる
月なれど
今ぞ門田に
鴫も鳴くなる
あけぬとは
よひよりみつる
つきなれど
いまぞかどたに
しぎもなくなる
霧晴るゝ
田面の末の
山の端に
月立ち出でゝ
秋かぜぞ吹く
きりはるる
たおものすゑの
やまのはに
つきたちいでて
あきかぜぞふく
わさ田もる
床の秋風
吹き初めて
假寐寂しき
月を見るかな
わさだもる
とこのあきかぜ
ふきそめて
かりねさびしき
つきをみるかな
夜な〳〵は
月の影もや
うつるらむ
遠山どりの
をろの鏡に
よなよなは
つきのかげもや
うつるらむ
とほやまどりの
をろのかがみに
天の河
くもの志がらみ
洩れ出でゝ
緑の瀬々に
澄める月影
あまのかは
くものしがらみ
もれいでて
みどりのせぜに
すめるつきかげ
題志らず
讀人志らず
Тема неизвестна
Автор неизвестен
月の舟
さし出づるより
空の海
ほしの林は
晴れにけらしも
つきのふね
さしいづるより
そらのうみ
ほしのはやしは
はれにけらしも
久方の
中にありてふ
里の名を
空に知れとも
澄める月かな
ひさかたの
なかにありてふ
さとのなを
そらにしれとも
すめるつきかな
かずならぬ
身を知る袖の
涙とも
月より外は
誰かとふべき
かずならぬ
みをしるそでの
なみだとも
つきよりほかは
たれかとふべき
あくがるゝ
心の果よ
孰く迄
さやけきよはの
月にそふらむ
あくがるる
こころのはてよ
いづくまで
さやけきよはの
つきにそふらむ
あくがれむ
心の果も
身の憂さも
秋に任せて
月を見るかな
あくがれむ
こころのはても
みのうさも
あきにまかせて
つきをみるかな
諸共に
見るとはなしに
行き歸り
月に棹さす
舟路なりけり
もろともに
みるとはなしに
ゆきかへり
つきにさほさす
ふねぢなりけり
さしかへる
雫も袖の
影なれば
月になれたる
宇治の河をさ
さしかへる
しずくもそでの
かげなれば
つきになれたる
うぢのかはをさ
月かげも
にほてる浦の
秋なれば
鹽やくあまの
烟だになし
つきかげも
にほてるうらの
あきなれば
しほやくあまの
けぶりだになし
夕汐の
さすには連れし
影ながら
干潟にのこる
秋の夜の月
ゆふしほの
さすにはつれし
かげながら
ひかたにのこる
あきのよのつき
舟とむる
磯の松蔭
くるゝ間に
はや月のぼる
浦のとほやま
ふねとむる
いそのまつかげ
くるるまに
はやつきのぼる
うらのとほやま
月ばかり
澄めとぞなれる
小波や
荒れにし里は
志賀の浦風
つきばかり
すめとぞなれる
さざなみや
あれにしさとは
しがのうらかぜ
鏡山
くもらぬ秋の
月なれば
ひかりをみがく
志賀の浦なみ
かがみやま
くもらぬあきの
つきなれば
ひかりをみがく
しがのうらなみ
山の名を
分けては云はじ
月影の
にほてる海も
鏡なりけり
やまのなを
わけてはいはじ
つきかげの
にほてるうみも
かがみなりけり
さゞ波の
音にもよはや
更けぬらし
月に靜まる
志賀の浦風
さざなみの
おとにもよはや
ふけぬらし
つきにしづまる
しがのうらかぜ
あくがれて
こと浦ならば
出でなまし
須磨の浮寐に
見つる月影
あくがれて
ことうらならば
いでなまし
すまのうきねに
みつるつきかげ
西園寺入道前太政大臣の家にて人々十首の歌詠ませ侍りける時、橋月
藤原信實朝臣
道遠き
佐野の舟橋
夜をかけて
月にぞ渡る
あきのたびゞと
みちとほき
さののふねはし
よをかけて
つきにぞわたる
あきのたびゞと
あらち山
矢田の庵野の
月影に
やどり殘さぬ
淺茅生のつゆ
あらちやま
やたのいほのの
つきかげに
やどりのこさぬ
あさぢうのつゆ
小笹しく
猪名野の月の
更くる夜に
ふし原寒き
つゆの手枕
をささしく
いなののつきの
ふくるよに
ふしはらさむき
つゆのたまくら
更けぬるか
露のやどりも
夜寒にて
淺茅が月に
秋風ぞ吹く
ふけぬるか
つゆのやどりも
よさむにて
あさぢがつきに
あきかぜぞふく
荒間もる
軒端の月は
露滋き
志のぶよりこそ
宿り初めけれ
あれまもる
のきはのつきは
つゆしげき
しのぶよりこそ
やどりそめけれ
濡れてこそ
月をも宿せ
我が袖の
露をばほさじ
涙なりとも
ぬれてこそ
つきをもやどせ
わがそでの
つゆをばほさじ
なみだなりとも
それをだに
身の思出と
慰めて
秋のいく夜か
月を見つらむ
それをだに
みのおもひいでと
なぐさめて
あきのいくよか
つきをみつらむ
誰に又
月より外は
うれへまし
なれぬ山路の
秋のこゝろを
たれにまた
つきよりほかは
うれへまし
なれぬやまぢの
あきのこころを
末の松
待つ夜更け行く
空晴れて
涙より出づる
山の端の月
すゑのまつ
まつよふけゆく
そらはれて
なみだよりいづる
やまのはのつき
音ばかり
志ぐるとぞ聞く
月影の
曇らぬよはの
峯の松かぜ
おとばかり
しぐるとぞきく
つきかげの
くもらぬよはの
みねのまつかぜ
В одном лишь звуке
Слышу я осенний дождь
Под лунным светом
Этой безоблачной ночи
В ветре в соснах на вершине гор...
前大納言實教人々に三十首の歌詠ませ侍りけるに、松間月
惟宗光之朝臣
山風に
志ぐるゝ松を
洩る月は
雲間に出づる
影かとぞ見る
やまかぜに
しぐるるまつを
もるつきは
くもまにいづる
かげかとぞみる
誠とも
誰か思はむ
ひとり見て
後にこよひの
月をかたらば
まこととも
たれかおもはむ
ひとりみて
のちにこよひの
つきをかたらば
建永の頃太神宮に奉らせ給うける百首の御歌の中に
後鳥羽院御製
思ふこと
我が身にありや
空の月
片敷く袖に
置ける志ら露
おもふこと
わがみにありや
そらのつき
かたしくそでに
おけるしらつゆ
積るとて
厭ひしかども
身はふりぬ
今は飽く迄
月をだに見む
つもるとて
いとひしかども
みはふりぬ
いまは飽くまで
つきをだにみむ
秋の歌の中に
光俊朝臣
Среди песен осени
Мицутоси
積るとも
何のためにか
厭ふべき
老いぬる後の
秋の夜の月
つもるとも
なにのためにか
いとふべき
をいぬるのちの
あきのよのつき
身一つに
積り果てたる
老なれば
心のまゝに
月をこそ見れ
みひとつに
つもりはてたる
おいなれば
こころのままに
つきをこそみれ
夜寒なる
野寺の鐘は
おとづれて
淺茅が霜と
澄める月かげ
よさむなる
のてらのかねは
おとづれて
あさぢがしもと
すめるつきかげ
初瀬山
明けぬと月に
おどろけば
夜深き鐘の
音ぞきこゆる
はつせやま
あけぬとつきに
おどろけば
よふかきかねの
おとぞきこゆる
いづるより
入る迄見るを
秋の夜の
月には誰か
寐覺しつ覽
いづるより
いるまでみるを
あきのよの
つきにはたれか
ねざめしつらん
西になる
影は木の間に
顯れて
松の葉見ゆる
ありあけの月
にしになる
かげはこのまに
あらはれて
まつのはみゆる
ありあけのつき
爲忠朝臣の家の百首の歌に、有明月
皇太后宮大夫俊成
秋の夜の
ふかき哀は
有明の
月見しよりぞ
知られ初めにし
あきのよの
ふかきあはれは
ありあけの
つきみしよりぞ
しられそめにし
永和四年九月十三夜内裏にて十三首の歌構ぜられけるに、月前虫
從二位爲敦
露はまだ
結びもかへぬ
月影を
草葉の霜と
むしや鳴くらむ
つゆはまだ
むすびもかへぬ
つきかげを
くさばのしもと
むしやなくらむ
終夜
つゆのやどりに
鳴くむしの
なみだ數そふ
庭の淺茅生
よもすがら
つゆのやどりに
なくむしの
なみだかずそふ
にはのあさぢう
宵の間に
置くなる野邊の
露よりも
猶こと繁き
虫の聲かな
よひのまに
おくなるのべの
つゆよりも
なほことしげき
むしのこゑかな
長き夜は
絶間もあれや
蛬
鳴きつくすべき
うらみならぬを
ながきよは
たえまもあれや
きりきりす
なきつくすべき
うらみならぬを
前大納言爲氏人々に詠ませ侍りし住吉の社の十首の歌に
式乾門院御匣
きり〴〵す
鳴く音も悲し
人知れず
秋の思の
ふかき寢覺に
きりぎりす
なくねもかなし
ひとしれず
あきのおもひの
ふかきねざめに
浪を越す
尾花がもとに
よわるなり
夜寒の末の
松虫のこゑ
なみをこす
をはながもとに
よわるなり
よさむのすゑの
まつむしのこゑ
今年見る
我が元結の
初霜に
三十ぢあまりの
秋ぞ更けぬる
ことしみる
わがもとゆひの
はつしもに
みそぢあまりの
あきぞふけぬる
里人は
衣うつなり
志がらきの
外山の秋や
夜さむなるらむ
さとひとは
ころもうつなり
しがらきの
とやまのあきや
よさむなるらむ
唐衣
この里人の
うつ聲を
聞き初めしより
ぬる夜半ぞなき
からころも
このさとひとの
うつこゑを
ききそめしより
ぬるよはぞなき
入道二品親王詠ませ侍りける五十首の歌に
前中納言定宗
里人や
夜寒の霜の
おきゐつゝ
更くるも知らず
衣うつらむ
さとひとや
よさむのしもの
おきゐつつ
ふくるもしらず
ころもうつらむ
小夜衣
うつ聲さむし
秋風の
更け行く袖に
志もや置くらむ
さよころも
うつこゑさむし
あきかぜの
ふけゆくそでに
しもやおくらむ
あくがるゝ
心なればや
小夜衣
明くるも知らず
月に擣つ覽
あくがるる
こころなればや
さよころも
あくるもしらず
つきにうつらん
秋ふかき
夜寒は里を
分かねばや
同じ心に
ころも擣つらむ
あきふかき
よさむはさとを
わかねばや
おなじこころに
ころもうつらむ
小夜更けて
半たけ行く
月かげに
あかでや人の
衣擣つらむ
さよふけて
なかばたけゆく
つきかげに
あかでやひとの
ころもうつらむ
宵の間は
志ばしとだえて
有明の
月よりさらに
擣つ衣かな
よひのまは
しばしとだえて
ありあけの
つきよりさらに
うつころもかな
あすかには
衣擣つなり
たをやめの
袖の秋風
夜寒なるらし
あすかには
ころもうつなり
たをやめの
そでのあきかぜ
よさむなるらし
山水の
老いせぬ千代を
せきとめて
おのれ移ろふ
白菊の花
やまみづの
をいせぬちよを
せきとめて
おのれうつろふ
しらきくのはな
小野宮の大いまうち君の屏風の繪に長月の九日の日のかたかけるを詠める
貫之
露とても
あだにやは見る
長月の
菊は千歳を
過すと思へば
つゆとても
あだにやはみる
ながつきの
きくはちとせを
すごすとおもへば
いつまでに
老いせぬ秋と
かざしけむ
戴く霜の
志ら菊の花
いつまでに
をいせぬあきと
かざしけむ
いただくしもの
しらきくのはな
分け過ぐる
山路の菊の
花の香に
濡れてもほさぬ
袖の白露
わけすぐる
やまぢのきくの
はなのかに
ぬれてもほさぬ
そでのしらつゆ
日數こそ
移ろひ果てめ
暮れて行く
秋をばのこせ
庭の白菊
ひかずこそ
うつろひはてめ
くれてゆく
あきをばのこせ
にはのしらきく
白菊の
一色ならず
移ろふや
八重咲く花の
志るしなるらむ
しらきくの
ひといろならず
うつろふや
やへさくはなの
しるしなるらむ
故郷の
垣ほの蔦も
いろづきて
河原のまつに
秋かぜぞ吹く
ふるさとの
かきほのつたも
いろづきて
かはらのまつに
あきかぜぞふく
初霜の
岡の葛はら
今よりは
うらがれわたる
秋かぜぞ吹く
はつしもの
をかのくずはら
いまよりは
うらがれわたる
あきかぜぞふく
最どしく
夜を長月に
なりぬれば
寢覺がちにて
明すべき哉
いとどしく
よをながつきに
なりぬれば
ねざめがちにて
あかすべきかな
明方に
秋の寐ざめや
なりぬらむ
殘るかたなく
物ぞ悲しき
あけかたに
あきのねざめや
なりぬらむ
のこるかたなく
ものぞかなしき
夕されば
雁の越え行く
立田山
時雨にきほひ
色づきにけり
ゆふされば
かりのこえゆく
たつたやま
しぐれにきほひ
いろづきにけり
初時雨
降りにし日より
足引の
山の木の葉は
紅葉しぬらし
はつしぐれ
ふりにしひより
あしびきの
やまのこのはは
もみぢしぬらし
露霜の
置く朝より
神なびの
三室のやまは
いろづきにけり
つゆしもの
おくあしたより
かむなびの
みむろのやまは
いろづきにけり
日に添へて
色こそ増れ
昨日より
今日は志ぐるゝ
峯のもみぢ葉
ひにそへて
いろこそまされ
きのふより
けふはしぐるる
みねのもみぢは
染めてけり
時雨も露も
ほしやらぬ
雫の杜の
秋のもみぢ葉
そめてけり
しぐれもつゆも
ほしやらぬ
しずくのもりの
あきのもみぢは
唐錦
おりはへそめよ
山姫の
たちきる袖の
つゆも志ぐれも
からにしき
おりはへそめよ
やまひめの
たちきるそでの
つゆもしぐれも
立田姫
紅葉の庵に
すみなさば
たまらで染めよ
露も時雨も
たつたひめ
もみぢのいほに
すみなさば
たまらでそめよ
つゆもしぐれも
むら時雨
降り出てそむる
紅も
今いくしほの
紅葉なるらむ
むらしぐれ
ふりいでてそむる
くれなゐも
いまいくしほの
もみぢなるらむ
唐錦
時雨の雨の
たてぬきに
織りかけてほす
山のもみぢ葉
からにしき
しぐれのあめの
たてぬきに
おりかけてほす
やまのもみぢは
立田川
紅葉を水の
みかさとや
うつるも深き
色に見ゆらむ
たつたかは
もみぢをみづの
みかさとや
うつるもふかき
いろにみゆらむ
もみぢ葉も
誰が禊とて
立田山
秋風吹けば
ぬさと散るらむ
もみぢはも
たがみそぎとて
たつたやま
あきかぜふけば
ぬさとちるらむ
となせ川
山もひとつの
もみぢ葉に
染めて殘らぬ
瀧の白糸
となせかは
やまもひとつの
もみぢはに
そめてのこらぬ
たきのしらいと
となせ川
紅葉に咽ぶ
たきつ瀬の
中なる淀や
色まさるらむ
となせかは
もみぢにむせぶ
たきつせの
なかなるよどや
いろまさるらむ
まだきより
散るかとぞ見る
もみぢ葉の
移りて落つる
山の瀧つ瀬
まだきより
ちるかとぞみる
もみぢはの
うつりておつる
やまのたきつせ
Куда как раньше,
Чем глянул: не опали ли,
Листья багряные
Осыпались и унесены
Потоком горного водопада...
嵐山
散らぬ紅葉の
影ながら
移れば落つる
たきの志らなみ
あらしやま
ちらぬもみぢの
かげながら
うつればおつる
たきのしらなみ
秋深き
紅葉の幣の
唐にしき
けふも手向の
やまぞ志ぐるゝ
あきふかき
もみぢのぬさの
からにしき
けふもたむけの
やまぞしぐるる
行く秋の
末葉の淺茅
露ばかり
なほ影とむる
ありあけの月
ゆくあきの
すゑはのあさぢ
つゆばかり
なほかげとむる
ありあけのつき
名殘をば
夕の空に
とゞめ置きて
明日とだになき
秋の別路
なごりをば
ゆふべのそらに
とどめおきて
あすとだになき
あきのわかれぢ
秋よりも
音ぞ寂しき
神無月
あらぬ時雨や
降りかはるらむ
あきよりも
おとぞさびしき
かみなづき
あらぬしぐれや
ふりかはるらむ
今朝はなほ
志ぐれもあへず
神無月
日數や冬の
始なるらむ
けさはなほ
しぐれもあへず
かみなづき
ひかずやふゆの
はじめなるらむ
信樂の
外山の空の
うちしぐれ
今日や里人
ふゆを知るらむ
しがらきの
とやまのそらの
うちしぐれ
けふやさとひと
ふゆをしるらむ
弘安元年龜山殿にて十首の歌講ぜられけるに、初冬雨時
山階入道前左大臣
袖濡れし
秋のなごりも
慕はれて
時雨を冬と
定めかねつゝ
そでぬれし
あきのなごりも
したはれて
しぐれをふゆと
さだめかねつつ
降るもかつ
晴るゝもやすき
我袖の
涙乾かぬ
時雨なりけり
ふるもかつ
はるるもやすき
わがそでの
なみだかはかぬ
しぐれなりけり
風に行く
たゞ一村の
浮雲に
あたりは晴れて
降る時雨かな
かぜにゆく
ただひとむらの
うきくもに
あたりははれて
ふるしぐれかな
聞きなれし
木の葉の音は
それながら
時雨に變る
神無月哉
ききなれし
このはのおとは
それながら
しぐれにかはる
かみなづきかな
山風の
さそひもやらぬ
うき雲の
漂ふ空は
なほしぐれつゝ
やまかぜの
さそひもやらぬ
うきくもの
ただよふそらは
なほしぐれつつ
前大僧正道意
Бывший главный распорядитель общины Дои
わきて又
曇るとはなき
村雲の
往來につけて
猶志ぐれつゝ
わきてまた
くもるとはなき
むらくもの
ゆききにつけて
なほしぐれつつ
山の端に
暫し絶間の
ある程や
里までめぐる
時雨なるらむ
やまのはに
しばしたえまの
あるほどや
さとまでめぐる
しぐれなるらむ
曇るとも
分かぬ山路の
木の間より
日影と共に
洩る時雨哉
くもるとも
わかぬやまぢの
このまより
ひかげとともに
もるしぐれかな
山の端に
漂ふ雲の
晴れぞのみ
浮きて時雨の
降らぬ日ぞなき
やまのはに
ただよふくもの
はれぞのみ
うきてしぐれの
ふらぬひぞなき
淡路島
むかひの雲の
村時雨
そめもおよばぬ
すみよしの松
あはじしま
むかひのくもの
むらしぐれ
そめもおよばぬ
すみよしのまつ
嵐山
脆き木の葉に
降りそへて
峯行く雲も
また志ぐれつゝ
あらしやま
もろきこのはに
ふりそへて
みねゆくくもも
またしぐれつつ
誘はるゝ
嵐と共に
志ぐれきて
軒端に散るは
木の葉なりけり
さそはるる
あらしとともに
しぐれきて
のきはにちるは
このはなりけり
神無月
今や落葉の
初時雨
にはを木ずゑに
そめ變へてけり
かみなづき
いまやおちばの
はつしぐれ
にはをこずゑに
そめかへてけり
寶篋院贈左大臣の家にて人々三首の歌詠み侍りけるに、落葉
源藤經
山風の
吹く方にのみ
誘れて
木の葉は根にも
歸らざりけり
やまかぜの
ふくかたにのみ
さそはれて
このははねにも
かへらざりけり
足引の
山颪吹きて
冬はきぬ
いかに木の葉の
降り増るらむ
あしびきの
やまおろしふきて
ふゆはきぬ
いかにこのはの
ふりまさるらむ
外山なる
楢の落葉を
さそひ來て
枯野にさわぐ
木枯のかぜ
とやまなる
ならのおちばを
さそひきて
かれのにさわぐ
こがらしのかぜ
千しほとは
何急ぎけむ
色深き
木葉よりこそ
散初めにけれ
ちしほとは
なにいそぎけむ
いろふかき
このはよりこそ
ちりそめにけれ
四方の山
木々の紅葉も
散果てゝ
冬はあらはに
なりにける哉
よものやま
き々のもみぢも
ちりはてて
ふゆはあらはに
なりにけるかな
梢には
さてもかへらぬ
もみぢ葉を
庭よりおくる
木枯の風
こずゑには
さてもかへらぬ
もみぢはを
にはよりおくる
こがらしのかぜ
落ち積る
程より薄き
紅葉かな
あらしやにはを
又拂ふらむ
おちつもる
ほどよりうすき
もみぢかな
あらしやにはを
またはらふらむ
亂れつる
落葉は庭に
志づまりて
弱るあらしを
梢にぞ聞く
みだれつる
おちばはにはに
しづまりて
よはるあらしを
こずゑにぞきく
初霜は
降りにけらしな
志ながどり
猪名の笹原
色變るまで
はつしもは
ふりにけらしな
しながどり
ゐなのささはら
いろかはるまで
住吉の
千木の片そぎ
行きも逢はで
霜置き迷ふ
冬は來に鳬
すみよしの
ちぎのかたそぎ
ゆきもあはで
しもおきまよふ
ふゆはきにけり
人目さへ
かれ行く霜の
古郷に
殘るも寂し
にはのふゆぐさ
ひとめさへ
かれゆくしもの
ふるさとに
のこるもさびし
にはのふゆぐさ
枯れ殘る
冬野の尾花
うちなびき
誰が手枕も
霜や置くらむ
かれのこる
ふゆののをはな
うちなびき
たがたまくらも
しもやおくらむ
難波潟
芦の枯葉に
かぜさえて
汀のたづも
志もに鳴くなり
なにはかた
あしのかれはに
かぜさえて
みぎはのたづも
しもになくなり
難波江や
あしの夜な〳〵
霜氷り
枯葉亂れて
浦かぜぞ吹く
なにはえや
あしのよなよな
しもこほり
かれはみだれて
うらかぜぞふく
入江なる
あしの霜枯
かりにだに
難波の冬を
とふ人もがな
いりえなる
あしのしもかれ
かりにだに
なにはのふゆを
とふひともがな
難波潟
枯れても立てる
芦の葉の
折れ臥す迄と
浦風ぞ吹く
なにはかた
かれてもたてる
あしのはの
をれふすまでと
うらかぜぞふく
霜さやぐ
よはも更け行く
篠の葉に
氷れる月を
拂ふ山かぜ
しもさやぐ
よはもふけゆく
しののはに
こほれるつきを
はらふやまかぜ
霜枯の
野なかにこほる
忘水
志のぶかげなき
ふゆの夜の月
しもがれの
のなかにこほる
わすれみづ
しのぶかげなき
ふゆのよのつき
閨の上に
積る木葉を
吹きわけて
風ぞ板間の
月は見せける
ねやのうへに
つもるこのはを
ふきわけて
かぜぞいたまの
つきはみせける
村雲の
斯れとてしも
烏羽玉の
夜渡る月の
など志ぐるらむ
むらくもの
かくれとてしも
むばたまの
よわたるつきの
などしぐるらむ
志ぐれつる
村雲ながら
吹く風を
知らでや月の
山を出づ覽
しぐれつる
むらくもながら
ふくかぜを
しらでやつきの
やまをいづらん
清瀧や
岩間によどむ
冬がはの
うへは氷に
むすぶつきかげ
きよたきや
いはまによどむ
ふゆがはの
うへはこほりに
むすぶつきかげ
庭までは
やどるとも見ず
山川の
氷のうへを
みがく月かげ
にはまでは
やどるともみず
やまかはの
こほりのうへを
みがくつきかげ
空よりも
影や冴ゆらむ
池水の
氷にやどる
ふゆの夜のつき
そらよりも
かげやさゆらむ
いけみづの
こほりにやどる
ふゆのよのつき
題志らず
前大納言資季
Тема неизвестна
Прежний старший советник Сукэсуэ
久かたの
月のかゞみと
なる水を
みがくは冬の
氷なりけり
ひさかたの
つきのかがみと
なるみづを
みがくはふゆの
こほりなりけり
二見潟
月影冴えて
更くる夜に
伊勢島とほく
千鳥鳴くなり
ふたみかた
つきかげさえて
ふくるよに
いせしまとほく
ちとりなくなり
小夜千鳥
浦傳ひ行く
涙の上に
かたぶく月も
遠ざかりぬる
さよちとり
うらつたひゆく
なみのうへに
かたぶくつきも
とほざかりぬる
風に寄る
浪のまくらを
厭ひ來て
汐干や床と
千鳥鳴くらむ
かぜによる
なみのまくらを
いとひきて
しおほしやとこと
ちとりなくらむ
友千鳥
何をかたみの
浦づたひ
跡なき波に
鳴きて行くらむ
ともちとり
なにをかたみの
うらづたひ
あとなきなみに
なきてゆくらむ
上のをのこども三首の歌仕うまつりける時、浦千鳥
左近中將親雅
浪よりも
先にと立ちて
浦風の
吹き越す磯に
鳴く千鳥かな
なみよりも
さきにとたちて
うらかぜの
ふきこすいそに
なくちとりかな
沖つ波
立ちも歸らで
潮風の
吹き志くかたに
鳴く千鳥かな
おきつなみ
たちもかへらで
しほかぜの
ふきしくかたに
なくちとりかな
舟いだす
與謝の港の
あけ方に
友呼ぶこゑは
千鳥なりけり
ふねいだす
よさのみなとの
あけかたに
ともよぶこゑは
ちとりなりけり
解けて寐ぬ
須磨の關守
夜や寒き
友呼ぶ千鳥
月に鳴くなり
とけていぬ
すまのせきもり
よやさむき
ともよぶちとり
つきになくなり
楫枕
うき寐も寒き
浦風に
ゆめをさそひて
鳴く千どりかな
かぢまくら
うきねもさむき
うらかぜに
ゆめをさそひて
なくちどりかな
冬の夜は
つがはぬをしも
友と見よ
同じ入江に
やどる月影
ふゆのよは
つがはぬをしも
ともとみよ
おなじいりえに
やどるつきかげ
逢ふ事の
滯りたる
水の上に
つがはぬ鴛の
うき音をぞ鳴く
あふことの
とどこほりたる
みづのうへに
つがはぬおしの
うきねをぞなく
置く霜を
拂ひかねてや
青羽なる
鴨の羽がひも
色變るらむ
おくしもを
はらひかねてや
あをばなる
かものはがひも
いろかはるらむ
下くゞる
道と見し間に
鳰どりの
うき巣をかけて
氷る池水
したくぐる
みちとみしまに
にほどりの
うき巣をかけて
こほるいけみづ
薄氷
なほ閉ぢやらで
池水の
鴨のうき寐を
志たふなみかな
うすこほり
なほとぢやらで
いけみづの
かものうきねを
したふなみかな
おのづから
氷に洩れて
行く浪も
末は音せぬ
山がはのみづ
おのづから
こほりにもれて
ゆくなみも
すゑはおとせぬ
やまがはのみづ
絶え〴〵に
なほ水上は
流れきて
氷にとまる
山がはのみづ
たえだえに
なほみなかみは
ながれきて
こほりにとまる
やまがはのみづ
落ちたぎつ
碎くる波は
岩越えて
行く瀬に氷る
山川のみづ
おちたぎつ
くだくるなみは
いはこえて
ゆくせにこほる
やまかはのみづ
澤田川
袖つく程の
なみもなし
こほりにわたる
眞木の繼橋
さはたかは
そでつくほどの
なみもなし
こほりにわたる
まきのつぎはし
あじろ木に
せかるゝ水や
氷るらむ
音こそ弱れ
宇治の川波
あじろきに
せかるるみづや
こほるらむ
おとこそよはれ
うぢのかはなみ
網代木に
寄りくる色は
一つにて
止らぬ氷魚や
宇治の川波
あじろぎに
よりくるいろは
ひとつにて
とまらぬひをや
うぢのかはなみ
志ぐれつる
宵の村雲
冴えかへり
更け行く風に
霰降るなり
しぐれつる
よひのむらくも
さえかへり
ふけゆくかぜに
あられふるなり
嵐吹く
楢のひろ葉の
冬枯に
たまらぬ玉は
あられなりけり
あらしふく
ならのひろはの
ふゆかれに
たまらぬたまは
あられなりけり
暫しこそ
音も聞ゆれ
楢の葉の
ともにたまらず
散る霰かな
しばしこそ
おともきこゆれ
ならのはの
ともにたまらず
ちるあられかな
弘長元年百首の歌奉りける時、同じ心を
常磐井入道前太政大臣
枯れ果てゝ
霜の下なる
荻の葉も
碎くばかりに
降る霰かな
かれはてて
しものしたなる
をぎのはも
くだくばかりに
ふるあられかな
音たてゝ
降れどもいとゞ
溜らぬや
小笹が上の
霰なるらむ
おとたてて
ふれどもいとど
たまらぬや
をささがうへの
あられなるらむ
今日も早
交野のみのに
立つ鳥の
行方も見えず
狩暮しつゝ
けふもはや
かたののみのに
たつとりの
ゆくへもみえず
かりくらしつつ
はし鷹の
と返る山の
木の下に
やどり取るまで
狩暮しつゝ
はしたかの
とかへるやまの
このしたに
やどりとるまで
かりくらしつつ
御狩する
交野の雪の
夕ぐれに
天の川かぜ
さむく吹くらし
みかりする
かたののゆきの
ゆふぐれに
あまのかはかぜ
さむくふくらし
御狩する
交野の小野に
日は暮れぬ
草の枕を
誰にからまし
みかりする
かたののをのに
ひはくれぬ
くさのまくらを
たれにからまし
狩人の
暮るれば歸る
鈴の音に
合せぬとりや
草がくるらむ
かりひとの
くるればかへる
すずのねに
あはせぬとりや
くさがくるらむ
御狩塲の
つかれの鳥の
おち草は
中々雪の
つもるにぞ知る
みかりばの
つかれのとりの
おちくさは
なかなかゆきの
つもるにぞしる
この里は
志ぐれて寒き
冬の夜の
明くる高嶺に
降れる白雪
このさとは
しぐれてさむき
ふゆのよの
あくるたかねに
ふれるしらゆき
峯にまづ
よその眺めは
ふりぬれど
庭こそ雪の
始なりけれ
みねにまづ
よそのながめは
ふりぬれど
にはこそゆきの
はじめなりけれ
ほの%\と
明け行く山の
高嶺より
横雲かけて
降れる白雪
ほの%\と
あけゆくやまの
たかねより
よこぐもかけて
ふれるしらゆき
さえあかす
嵐の程も
今朝見えて
雪に別るゝ
峯のよこぐも
さえあかす
あらしのほども
けさみえて
ゆきにわかるる
みねのよこぐも
月はなほ
雲間に殘る
影ながら
雪に明け行く
をちの山の端
つきはなほ
くもまにのこる
かげながら
ゆきにあけゆく
をちのやまのは
足引の
山の白きは
我が宿に
昨日のくれに
降りしゆきかも
あしびきの
やまのしらきは
わがやどに
きのふのくれに
ふりしゆきかも
今朝はまづ
ともなふ方に
誘はれて
人をも待たず
庭の白雪
けさはまづ
ともなふかたに
さそはれて
ひとをもまたず
にはのしらゆき
有乳山
峯の木枯
さきだてゝ
雲の行くてに
落つる志らゆき
あらちやま
みねのこがらし
さきだてて
くものゆくてに
おつるしらゆき
矢田の野に
打出でゝ見れば
山風の
有乳の嶺は
雪降りに鳬
やたののに
うちいでてみれば
やまかぜの
あらちのみねは
ゆきふりにけり
今朝は猶
まだ霜がれと
見ゆるまで
初雪うすき
淺茅生の庭
けさはなほ
まだしもがれと
みゆるまで
はつゆきうすき
あさぢうのには
久かたの
空も紛ひぬ
雲かゝる
高間の山に
ゆきの降れゝば
ひさかたの
そらもまがひぬ
くもかかる
たかまのやまに
ゆきのふれれば
さらでだに
かへさ苦しき
山人の
つま木の上に
積る雪かな
さらでだに
かへさくるしき
やまひとの
つまきのうへに
つもるゆきかな
吉野山
奧よりつもる
志ら雪の
古郷ちかく
なりまさるかな
よしのやま
おくよりつもる
しらゆきの
ふるさとちかく
なりまさるかな
三吉野の
山の通路
絶えしより
雪降るさとは
訪ふ人もなし
みよしのの
やまのかよひぢ
たえしより
ゆきふるさとは
とふひともなし
奥山の
まさ木のかづら
埋れて
雪にはいとゞ
來る人もなし
おくやまの
まさこのかづら
うづもれて
ゆきにはいとど
くるひともなし
誰か又
同じ山路を
たどるらむ
越ゆればうづむ
跡の志ら雪
たれかまた
おなじやまぢを
たどるらむ
こゆればうづむ
あとのしらゆき
八條太政大臣の家に歌合しはべりけるに、雪を詠める
仲實朝臣
いつの間に
降り積りぬる
雪なれば
歸る山路に
道迷ふらむ
いつのまに
ふりつもりぬる
ゆきなれば
かへるやまぢに
みちまよふらむ
降り積る
上葉の雪の
夕ごりに
氷りてかゝる
まつの下つゆ
ふりつもる
うはばのゆきの
ゆふごりに
こほりてかかる
まつのしたつゆ
後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
光明峰寺入道前攝政左大臣
佐野の岡
越え行く人の
衣手に
寒き朝げの
ゆきはふりつゝ
さののをか
こえゆくひとの
ころもでに
さむきあさげの
ゆきはふりつつ
草枯に
殘ると見えし
籬さへ
猶あともなく
うづむゆきかな
くさかれに
のこるとみえし
まがきさへ
なほあともなく
うづむゆきかな
立ち歸る
君ぞ殘さむ
跡絶えし
野べの深雪の
古きためしは
たちかへる
きみぞのこさむ
あとたえし
のべのみゆきの
ふるきためしは
氷るぞと
見しよりくまぬ
いなみ野の
野中の水を
埋む白雪
こほるぞと
みしよりくまぬ
いなみのの
のなかのみづを
うずむしらゆき
訪はでふる
日數のみこそ
積りけれ
今日も跡なき
庭の白雪
とはでふる
ひかずのみこそ
つもりけれ
けふもあとなき
にはのしらゆき
山深き
すみかならずば
庭の雪に
訪はれぬ迄も
跡や待たれむ
やまふかき
すみかならずば
にはのゆきに
とはれぬまでも
あとやまたれむ
山人の
道のたよりも
自から
思ひ絶えねと
ゆきは降りつゝ
やまひとの
みちのたよりも
おのづから
おもひたえねと
ゆきはふりつつ
跡惜む
我が習はしに
云ひなさむ
さのみ訪はれぬ
庭の白雪
あとをしむ
わがならはしに
いひなさむ
さのみとはれぬ
にはのしらゆき
踏分けて
出でつるもとの
跡をさへ
又降り埋む
庭の雪かな
ふきわけて
いでつるもとの
あとをさへ
またふりうずむ
にはのゆきかな
跡つけし
その昔こそ
悲しけれ
長閑につもる
雪を見るにも
あとつけし
そのむかしこそ
かなしけれ
のどかにつもる
ゆきをみるにも
庭にこそ
積り添へけれ
松が枝の
梢のゆきを
拂ふあらしに
にはにこそ
つもりそへけれ
まつがえの
こずゑのゆきを
はらふあらしに
沖つ風
吹き越す磯の
岩根松
浪こそかゝれ
ゆきはたまらず
おきつかぜ
ふきこすいその
いはねまつ
なみこそかかれ
ゆきはたまらず
埋もれぬ
烟をやどの
志るべにて
雪に潮くむ
さとの海士人
うづもれぬ
けぶりをやどの
しるべにて
ゆきにしほくむ
さとのあまひと
渡つ海の
浪もひとつに
冴ゆる日の
雪ぞかざしの
淡路島山
わたつみの
なみもひとつに
さゆるひの
ゆきぞかざしの
あはじしまやま
身の上に
かゝらむことぞ
遠からぬ
黒髮山に
降れる志ら雪
みのうへに
かからむことぞ
とほからぬ
くろかみやまに
ふれるしらゆき
雲のぼる
富士の山風
そら冴えて
烟も見えず
雪ぞ降りつゝ
くものぼる
ふじのやまかぜ
そらさえて
けぶりもみえず
ゆきぞふりつつ
冴ゆる日に
猶たき増る
炭竈の
烟はゆきも
うづまざりけり
さゆるひに
なほたきまさる
すみがまの
けぶりはゆきも
うづまざりけり
炭竈の
あたりの松も
埋もれて
殘るけぶりは
雪よりぞ立つ
すみがまの
あたりのまつも
うづもれて
のこるけぶりは
ゆきよりぞたつ
Возле очагов,
Где выжигают уголь,
И сосны все укрыты.
Но больше дымом,
Чем снегом!
炭竈の
烟の末も
うち靡き
ゆき吹きおろす
小野のやまかぜ
すみがまの
けぶりのすゑも
うちなびき
ゆきふきおろす
をののやまかぜ
なげきのみ
大原山の
炭竈に
思ひ絶えせぬ
身をいかにせむ
なげきのみ
おほはらやまの
すみがまに
おもひたえせぬ
みをいかにせむ
いつ迄か
烟も立てむ
降る雪に
つま木絶えぬる
小野の炭竈
いつまでか
けぶりもたてむ
ふるゆきに
つまきたえぬる
をののすみがま
誰が身にも
積れる年の
暮なれば
さこそは雪も
深くなるらめ
たがみにも
つもれるとしの
くれなれば
さこそはゆきも
ふかくなるらめ
吉野川
流れて過ぐる
年波に
たちゐの影も
くれにけるかな
よしのかは
ながれてすぐる
としなみに
たちゐのかげも
くれにけるかな
何となき
世の人事に
紛れきて
暮れ果てゝこそ
年は惜けれ
なにとなき
よのひとことに
まがれきて
くれはててこそ
としはをしけれ
はからざる
八十ぢのそとの
年の暮
積るとだにも
今は覺えず
はからざる
やそぢのそとの
としのくれ
つもるとだにも
いまはおぼえず
哀れ又
末の松山
六十ぢにも
ちかづく年の
こえむとすらむ
あはれまた
すゑのまつやま
むそぢにも
ちかづくとしの
こえむとすらむ
今は身に
こむと云ふなる
老ゆらくの
春より近き
年の暮哉
いまはみに
こむといふなる
おゆらくの
はるよりちかき
としのくれかな
過ぎ來つる
五十ぢの夢の
ほどなさを
更に驚く
年の暮かな
すぎきつる
いそぢのゆめの
ほどなさを
さらにおどろく
としのくれかな
身に積る
數こそ替れ
立ち歸り
今年もおなじ
春は來にけり
みにつもる
かずこそかはれ
たちかへり
ことしもおなじ
はるはきにけり
春知らで
おぼつかなきに
鶯の
今日珍しき
こゑを聞かばや
はるしらで
おぼつかなきに
うぐひすの
けふめづらしき
こゑをきかばや
氷解く
風の音にや
古巣なる
谷のうぐひす
はるを知るらむ
こほりとく
かぜのおとにや
ふるすなる
たにのうぐひす
はるをしるらむ
出で初むる
朝日隱れの
たにかげに
ねぐらながらの
鶯の聲
いでそむる
あさひかくれの
たにかげに
ねぐらながらの
うぐひすのこゑ
入りしより
春知らぬ身も
あるものを
深山な出でそ
谷の鶯
いりしより
はるしらぬみも
あるものを
みやまないでそ
たにのうぐひす
打ち出づる
波の花かと
見ゆるまで
氷の上に
あわ雪ぞ降る
うちいづる
なみのはなかと
みゆるまで
こほりのうへに
あわゆきぞふる
こと浦の
春よりも猶
かすめるや
やく鹽がまの
烟なるらむ
ことうらの
はるよりもなほ
かすめるや
やくしほがまの
けぶりなるらむ
鹽がまの
浦よりほかも
霞めるを
同じ烟の
立つかとぞ見る
しほがまの
うらよりほかも
かすめるを
おなじけぶりの
たつかとぞみる
若菜摘む
我が跡ばかり
消初めて
よそには見えぬ
雪間なり鳬
わかなつむ
わがあとばかり
きえそめて
よそにはみえぬ
ゆきまなりけり
知る知らず
同じ野原に
打ち群れて
一つ雪間の
若菜摘むなり
しるしらず
おなじのはらに
うちむれて
ひとつゆきまの
わかなつむなり
踏分けし
昨日の野邊の
雪間より
今日萠出づる
若菜をぞ摘む
ふきわけし
きのふののべの
ゆきまより
けふもえいづる
わかなをぞつむ
今日も猶
若菜摘まばや
春日野の
昨日の雪は
最ど消ゆらむ
けふもなほ
わかなつまばや
かすがのの
きのふのゆきは
いとどきゆらむ
花にだに
そはでよそなる
梅が香を
袖に移して
春風ぞ吹く
はなにだに
そはでよそなる
うめがかを
そでにうつして
はるかぜぞふく
朧なる
名には立てども
春の月
やどる袖まで
霞まずもがな
おぼろなる
なにはたてども
はるのつき
やどるそでまで
かすまずもがな
今更に
曇りな果てそ
春の月
晴れぬは老の
なみだなりとも
いまさらに
くもりなはてそ
はるのつき
はれぬはおいの
なみだなりとも
後醍醐院みこの宮と申しける時三首の歌講ぜられけるに、同じ心を
前大納言爲世
かすむとも
此春よりや
よはの月
老の心も
晴れて見るべき
かすむとも
このはるよりや
よはのつき
おいのこころも
はれてみるべき
老いぬれば
我から霞む
春の夜を
月やあらぬと
何喞つらむ
をいぬれば
われからかすむ
はるのよを
つきやあらぬと
なにかこつらむ
老いぬるも
元の身ぞとは
喞てども
涙ぞ晴れぬ
春の夜の月
をいぬるも
もとのみぞとは
かこてども
なみだぞはれぬ
はるのよのつき
老が身の
涙のとがに
なし果てゝ
霞むも分かぬ
春の夜の月
おいがみの
なみだのとがに
なしはてて
かすむもわかぬ
はるのよのつき
小倉の山庄思の外なる事出で來て住まずなりにける頃、古郷春月を
權中納言公雄
住み憂さに
暫し小倉の
宿かへて
見るにも霞む
春の夜の月
すみうさに
しばしをぐらの
やどかへて
みるにもかすむ
はるのよのつき
山の端も
ともに匂ひて
春の月
かすみの庭に
影ぞいざよふ
やまのはも
ともににほひて
はるのつき
かすみのにはに
かげぞいざよふ
鳴きて行く
聲ぞ聞ゆる
春の雁
わかれはおのが
心なれども
なきてゆく
こゑぞきこゆる
はるのかり
わかれはおのが
こころなれども
我が方に
寄るともなかぬ
契をも
歸れば志たふ
春の雁がね
わがかたに
よるともなかぬ
ちぎりをも
かへればしたふ
はるのかりがね
古さとの
花の盛も
過ぎぬべし
歸らばいそげ
春のかりがね
ふるさとの
はなのさかりも
すぎぬべし
かへらばいそげ
はるのかりがね
己が住む
越路の花は
まだ咲かじ
急がで歸れ
春のかりがね
おのがすむ
こしぢのはなは
まださかじ
いそがでかへれ
はるのかりがね
猶深く
尋ねも入らば
山櫻
咲かぬにまづや
いへぢわすれむ
なほふかく
たづねもいらば
やまさくら
さかぬにまづや
いへぢわすれむ
あらましの
心の中に
咲き初めて
人に知られぬ
やま櫻かな
あらましの
こころのなかに
さきそめて
ひとにしられぬ
やまさくらかな
咲きやらで
待たれしほどの
日數より
盛すくなき
山櫻かな
さきやらで
またれしほどの
ひかずより
さかりすくなき
やまさくらかな
山櫻
思ふあまりに
世にふれば
花こそ人の
いのちなりけれ
やまさくら
おもふあまりに
よにふれば
はなこそひとの
いのちなりけれ
三吉野も
同じ浮世の
山なれば
あだなる色に
花ぞ咲きける
みよしのも
おなじうきよの
やまなれば
あだなるいろに
はなぞさきける
山櫻
咲きそふまゝに
佐保姫の
霞のそでに
あまる志らくも
やまさくら
さきそふままに
さほひめの
かすみのそでに
あまるしらくも
出でそむる
月は梢に
見えながら
尚暮れ果てぬ
花の影かな
いでそむる
つきはこずゑに
みえながら
なほくれはてぬ
はなのかげかな
初瀬山
花のあたりは
さやかにて
よそより暮るゝ
入相の鐘
はつせやま
はなのあたりは
さやかにて
よそよりくるる
いりあひのかね
咲きあまる
尾上の花や
伊駒山
隔つる雲を
またへだつらむ
さきあまる
おのえのはなや
いこまやま
へだつるくもを
またへだつらむ
交野なる
なぎさの櫻
幾春か
絶えてと云ひし
跡に咲くらむ
かたのなる
なぎさのさくら
いくはるか
たえてといひし
あとにさくらむ
宿かさぬ
天の河原や
憂からまし
交野に花の
蔭なかりせば
やどかさぬ
あめのかはらや
うからまし
かたのにはなの
かげなかりせば
さしこもる
葎のやどの
花にさへ
なほ思ある
春かぜぞ吹く
さしこもる
むぐらのやどの
はなにさへ
なほおもひある
はるかぜぞふく
逢坂の
關はとざしも
なかりけり
往來の人を
花にまかせて
あふさかの
せきはとざしも
なかりけり
ゆききのひとを
はなにまかせて
山里は
花故にだに
訪はれねば
散りても誰か
戀しかるべき
やまざとは
はなゆゑにだに
とはれねば
ちりてもたれか
こひしかるべき
咲きぬとて
人に語らば
山櫻
身のかくれがも
今や訪はれむ
さきぬとて
ひとにかたらば
やまさくら
みのかくれがも
いまやとはれむ
長閑にぞ
中々見つる
山ざくら
暮れて歸らむ
家路ならねば
のどかにぞ
なかなかみつる
やまざくら
くれてかへらむ
いへぢならねば
五十首の歌奉りけるに、花下送日と云ふ事を
後鳥羽院宮内卿
花にふる
日數も知らず
今日とてや
古郷人の
我を待つらむ
はなにふる
ひかずもしらず
けふとてや
ふるさとひとの
われをまつらむ
年々の
花になれても
ふり果てぬ
さのみや後の
春を待つべき
としどしの
はなになれても
ふりはてぬ
さのみやのちの
はるをまつべき
あだし世に
去年は今年を
知らざりし
命難面く
花を見る哉
あだしよに
こぞはことしを
しらざりし
いのちつらなく
はなをみるかな
思出の
なき身と云はゞ
春毎に
なれし八十ぢの
花や恨みむ
おもいでの
なきみといはば
はるごとに
なれしやそぢの
はなやうらみむ
七十ぢの
春にもあひぬ
あだに散る
花や難面く
身を思ふ覽
ななそぢの
はるにもあひぬ
あだにちる
はなやつらなく
みをおもふらん
山蔭の
軒端の花を
尋ねても
あるじまで訪ふ
人やなからむ
やまかげの
のきはのはなを
たづねても
あるじまでとふ
ひとやなからむ
恨むなよ
我が住む山の
櫻花
みやこの春に
かへるこゝろを
うらむなよ
わがすむやまの
さくらばな
みやこのはるに
かへるこころを
春毎に
恨みも果てぬ
心とや
をしむによらで
花の散るらむ
はるごとに
うらみもはてぬ
こころとや
をしむによらで
はなのちるらむ
見ればこそ
散るも惜けれ
春毎に
花なき里の
隱れがもがな
みればこそ
ちるもをしけれ
はるごとに
はななきさとの
かくれがもがな
木のもとに
散敷くだにも
憂き物を
誘ひなはてそ
庭の春風
このもとに
ちりしくだにも
うきものを
さそひなはてそ
にはのはるかぜ
散るまゝに
庭には跡も
なかりけり
梢や花の
雪間なるらむ
ちるままに
にはにはあとも
なかりけり
こずゑやはなの
ゆきまなるらむ
散る花の
名殘を庭に
吹きとめて
木のもと匂へ
春の山かぜ
ちるはなの
なごりをにはに
ふきとめて
このもとにほへ
はるのやまかぜ
散る花の
雪と積らば
尋ねこし
志をりをさへや
又辿らまし
ちるはなの
ゆきとつもらば
たづねこし
しをりをさへや
またたどらまし
散る花の
いろなりけりな
春の日の
光に降れる
みねの白雪
ちるはなの
いろなりけりな
はるのひの
ひかりにふれる
みねのしらゆき
尋ね來て
雲は紛はぬ
木のもとに
いかで櫻の
雪と散るらむ
たづねきて
くもはまがはぬ
このもとに
いかでさくらの
ゆきとちるらむ
紛ひつる
雲や嵐に
晴れぬらむ
散らで尾上の
花ぞすくなき
まがひつる
くもやあらしに
はれぬらむ
ちらでおのえの
はなぞすくなき
峯に立つ
雲も別れて
吉野川
あらしにまさる
花のしらなみ
みねにたつ
くももわかれて
よしのかは
あらしにまさる
はなのしらなみ
渡るべき
物とも見えず
山川に
風のかけたる
花のうきはし
わたるべき
ものともみえず
やまかはに
かぜのかけたる
はなのうきはし
山櫻
ながるゝ水を
せきとめて
瀬々の埋木
はな咲きにけり
やまさくら
ながるるみづを
せきとめて
せぜのうもれき
はなさきにけり
山颪の
櫻吹きまく
志賀のうらに
浮きて立ちそふ
花の小波
やまおろしの
さくらふきまく
しがのうらに
うきてたちそふ
はなのさざなみ
比良の山
高嶺の嵐
吹くなべに
花を寄せ來る
志賀のうら波
ひらのやま
たかねのあらし
ふくなべに
はなをよせくる
しがのうらなみ
春深く
なりゆく草の
淺みどり
野原の雨は
降りにけらしも
はるふかく
なりゆくくさの
あさみどり
のはらのあめは
ふりにけらしも
影うつす
野澤の水の
底見れば
あがるも沈む
夕ひばりかな
かげうつす
のさはのみづの
そこみれば
あがるもしずむ
ゆふひばりかな
庵むすぶ
山の裾野の
夕雲雀
あがるも落つる
聲かとぞ聞く
いほむすぶ
やまのすそのの
ゆふひばり
あがるもおつる
こゑかとぞきく
雉子鳴く
岩田の菫
咲きしより
小野の芝草
分けぬ日はなし
きぎすなく
いはたのすみれ
さきしより
をののしばくさ
わけぬひはなし
貴船川
末せき入るゝ
苗代に
神のみ志めを
引きやそへまし
きぶねがは
すゑせきいるる
なはしろに
かみのみしめを
ひきやそへまし
袖觸れし
むかし覺えて
たちばなの
小島にかをる
山吹の花
そでふれし
むかしおぼえて
たちばなの
こじまにかをる
やまぶきのはな
吉野川
いはとがしはも
色かへて
花散りかゝる
きしの山吹
よしのかは
いはとがしはも
いろかへて
はなちりかかる
きしのやまぶき
山城の
井手の中道
踏み分けて
訪はではえこそ
山吹のはな
やましろの
ゐでのなかみち
ふみわけて
とはではえこそ
やまぶきのはな
光なき
谷にも春の
岩つゝじ
いはで入日の
いろに咲くらむ
ひかりなき
たににもはるの
いはつつじ
いはでいりひの
いろにさくらむ
五位の職事になりて侍りける頃、松上藤と云ふ事を
民部卿資宣
春日山
松にかけつゝ
いのりこし
藤の末葉は
今ぞはな咲く
かすがやま
まつにかけつつ
いのりこし
ふぢのすゑはは
いまぞはなさく
花散りし
山は青葉に
咲く藤の
色にも殘る
はるや見ゆらむ
はなちりし
やまはあをばに
さくふぢの
いろにものこる
はるやみゆらむ
心なき
花こそ根にも
歸るとも
鳥さへなどか
雲に入りけむ
こころなき
はなこそねにも
かへるとも
とりさへなどか
くもにいりけむ
己が音の
殘るばかりや
鶯の
なれにし花の
かたみなるらむ
おのがねの
のこるばかりや
うぐひすの
なれにしはなの
かたみなるらむ
とゞまらぬ
恨も知らず
春毎に
慕ひなれたる
今日の暮かな
とどまらぬ
うらみもしらず
はるごとに
しのひなれたる
けふのくれかな
明日知らぬ
命の程に
別れては
いつ逢見むと
春の行くらむ
あすしらぬ
いのちのほどに
わかれては
いつあひみむと
はるのゆくらむ
數ならぬ
身にはよそなる
春なれど
今日の別は
猶や慕はむ
かずならぬ
みにはよそなる
はるなれど
けふのわかれは
なほやしたはむ
大井川
春をとゞめぬ
志がらみに
花も昨日の
瀬々の志ら波
おほゐかは
はるをとどめぬ
しがらみに
はなもきのふの
せぜのしらなみ
遅櫻
春暮れて咲く
花なれば
のこる物から
かたみともなし
おそさくら
はるくれてさく
はななれば
のこるものから
かたみともなし
夏山の
青葉にまじり
咲く花や
春に後るゝ
木ずゑなるらむ
なつやまの
あをばにまじり
さくはなや
はるにおくるる
こずゑなるらむ
もろ葛
いかにみあれの
年を經て
都をだにも
かけ離れけむ
もろかづら
いかにみあれの
としをへて
みやこをだにも
かけはなれけむ
いつなれて
うき身と知れば
時鳥
我に初音の
難面かるらむ
いつなれて
うきみとしれば
ほととぎす
われにはつねの
つれなかるらむ
いかばかり
待たるゝ物と
時鳥
知りて難面き
初音なるらむ
いかばかり
またるるものと
ほととぎす
しりてつれなき
はつねなるらむ
待ち侘ぶる
山郭公
人づてに
聞くばかりこそ
初音なりけれ
まちわぶる
やまほととぎす
ひとづてに
きくばかりこそ
はつねなりけれ
時鳥
いつとさだめぬ
初音こそ
やがて待つ日の
頼なりけれ
ほととぎす
いつとさだめぬ
はつねこそ
やがてまつひの
たのみなりけれ
今年又
鳴かずと聞かば
時鳥
身につれなさも
恨みざらまし
ことしまた
なかずときかば
ほととぎす
みにつれなさも
うらみざらまし
去年聞きし
頃ぞ過ぎぬる
時鳥
今年は猶や
つれなかるらむ
こぞききし
ころぞすぎぬる
ほととぎす
ことしはなほや
つれなかるらむ
さゝがにの
雲のはたての
郭公
くべき宵とや
空に待つらむ
ささがにの
くものはたての
ほととぎす
くべきよひとや
そらにまつらむ
つれなさを
志ばし忘れて
時鳥
待たでや見まし
有明のそら
つれなさを
しばしわすれて
ほととぎす
またでやみまし
ありあけのそら
待ちかねて
我ぞ恨むる
郭公
なが鳴くこゑは
人を分かじを
まちかねて
われぞうらむる
ほととぎす
ながなくこゑは
ひとをわかじを
よしさらば
唯つれなかれ
時鳥
待つをうき身の
慰めにせむ
よしさらば
ただつれなかれ
ほととぎす
まつをうきみの
なぐさめにせむ
郭公
聞かぬかぎりは
まどろまで
待てばや夏の
よはの短き
ほととぎす
きかぬかぎりは
まどろまで
まてばやなつの
よはのみぢかき
思ふ事
なき身なりせば
時鳥
聞きての後は
まどろみなまし
おもふこと
なきみなりせば
ほととぎす
ききてののちは
まどろみなまし
いく聲も
あだにぞ聞かぬ
子規
待つ里人の
かぎりなければ
いくこゑも
あだにぞきかぬ
ほととぎす
まつさとひとの
かぎりなければ
山ふかく
尋ねて聞けば
時鳥
過ぎつる方の
そらに鳴くなり
やまふかく
たづねてきけば
ほととぎす
すぎつるかたの
そらになくなり
時鳥
まだ里なれぬ
程なれや
聞きぬとかたる
人のすくなき
ほととぎす
まださとなれぬ
ほどなれや
ききぬとかたる
ひとのすくなき
鳴き明す
心地こそすれ
時鳥
一こゑなれど
みじか夜のそら
なきあかす
ここちこそすれ
ほととぎす
ひとこゑなれど
みじかよのそら
宵の間は
志ばし待たれて
郭公
更くれば月の
影に鳴くなり
よひのまは
しばしまたれて
ほととぎす
ふくればつきの
かげになくなり
待たれつる
雲居の上の
時鳥
今年かひある
はつ音をぞ聞く
またれつる
くもゐのうへの
ほととぎす
ことしかひある
はつねをぞきく
待つひとの
ためならずとも
時鳥
おのが五月に
聲な惜みそ
まつひとの
ためならずとも
ほととぎす
おのがさつきに
こゑなをしみそ
朽ちねたゞ
岩垣沼の
菖蒲草
うきみごもりは
引く人もなし
くちねただ
いはかきぬまの
あやめくさ
うきみごもりは
ひくひともなし
引く人の
なきにつけても
菖蒲草
うきに沈める
ねこそなかるれ
ひくひとの
なきにつけても
あやめくさ
うきにしずめる
ねこそなかるれ
雲かゝる
ゆつきが嶽の
五月雨に
あなしの川は
水増るらし
くもかかる
ゆつきがたけの
さみだれに
あなしのかはは
みづまさるらし
難波より
見えし雲間の
伊駒山
今はいづくぞ
五月雨のころ
なにはより
みえしくもまの
いこまやま
いまはいづくぞ
さみだれのころ
徒らに
日數ふるなり
飛鳥川
かはらぬ淵や
さみだれのころ
いたづらに
ひかずふるなり
あすかがは
かはらぬふちや
さみだれのころ
鈴鹿川
あらぬ流も
落ちそひて
八十瀬にあまる
五月雨の頃
すずかがは
あらぬながれも
おちそひて
やそせにあまる
さみだれのころ
吉野川
みづの心も
今さらに
はやさ知らるゝ
五月雨のころ
よしのかは
みづのこころも
いまさらに
はやさしらるる
さみだれのころ
水まさる
淀の若ごも
末ばかり
もえしに似たる
五月雨の頃
みづまさる
よどのわかごも
すゑばかり
もえしににたる
さみだれのころ
五月雨に
猶水深き
みなと田は
急ぐ早苗も
取りぞかねぬる
さみだれに
なほみづふかき
みなとたは
いそぐさなへも
とりぞかねぬる
五月雨に
田面の早苗
水越えて
おり立ち難く
見ゆる頃かな
さみだれに
たおものさなへ
みづこえて
おりたちかたく
みゆるころかな
早苗とる
田子の浦人
この頃や
もしほもくまぬ
袖濡すらむ
さなへとる
たごのうらひと
このころや
もしほもくまぬ
そでぬらすらむ
山水の
あるに任せて
いくばくも
つくらぬ小田の
早苗取なり
やまみづの
あるにまかせて
いくばくも
つくらぬをだの
さなへとるなり
水莖の
岡邊の小田の
村さめに
露かきわけて
早苗とるなり
みづぐきの
をかべのをだの
むらさめに
つゆかきわけて
さなへとるなり
日數のみ
ふるのわさ田の
梅雨に
ほさぬ袖にも
取る早苗哉
ひかずのみ
ふるのわさだの
さみだれに
ほさぬそでにも
とるさなへかな
古郷の
花たち花に
むかし誰
そでの香ながら
移し植ゑけむ
ふるさとの
はなたちはなに
むかしたれ
そでのかながら
うつしうゑけむ
後はみな
忍ぶならひの
橘に
いまそへ置かむ
袖の香もがな
のちはみな
しのぶならひの
たちばなに
いまそへおかむ
そでのかもがな
文保三年後宇多院に百首の歌奉りける時、夏の歌
忠房親王
たち花の
影ふむ道は
あれにけり
昔のあとを
誰に問はまし
たちはなの
かげふむみちは
あれにけり
むかしのあとを
たれにとはまし
立ちなれし
はなたち花の
移り香も
今は殘らぬ
墨ぞめの袖
たちなれし
はなたちはなの
うつりかも
いまはのこらぬ
すみぞめのそで
やがてはや
かくろへぬるか
夏野行く
牡鹿の角の
短夜の月
やがてはや
かくろへぬるか
なつのゆく
をしかのつのの
みぢかよのつき
夏草は
深くぞ茂る
清水くむ
野中のそこと
見えぬばかりに
なつくさは
ふかくぞしげる
しみづくむ
のなかのそこと
みえぬばかりに
秋近き
小野の志の原
置く露の
あまりてよそに
飛ぶ螢かな
あきちかき
をののしのはら
おくつゆの
あまりてよそに
とぶほたるかな
山の端の
ほのめく宵の
月影に
光もうすく
飛ぶほたるかな
やまのはの
ほのめくよひの
つきかげに
ひかりもうすく
とぶほたるかな
さとの名の
月のかつらに
飛ぶ螢
暮るゝ方にや
光そふらむ
さとのなの
つきのかつらに
とぶほたる
くるるかたにや
ひかりそふらむ
世々經ぬる
跡をば殘せ
我が身こそ
集めぬ窓の
螢なりとも
よよへぬる
あとをばのこせ
わがみこそ
あつめぬまどの
ほたるなりとも
やがて又
つゞきの里に
かきくれて
遠くも過ぎぬ
夕立の空
やがてまた
つづきのさとに
かきくれて
とほくもすぎぬ
ゆふだちのそら
内も外も
見えぬ扇の
程なきに
凉しき風を
いかでこめけむ
うちもほかも
みえぬあふぎの
ほどなきに
すずしきかぜを
いかでこめけむ
楸おふる
影にや秋も
通ふらし
きよき河原の
なつの夕かぜ
ひさぎおふる
かげにやあきも
かよふらし
きよきかはらの
なつのゆふかぜ
夕すゞみ
峰立ちのぼる
久方の
月は夏とも
見えぬそらかな
ゆふすずみ
みねたちのぼる
ひさかたの
つきはなつとも
みえぬそらかな
志づかなる
心はいさや
結ぶての
岩間の水ぞ
身さへ凉しき
しづかなる
こころはいさや
むすぶての
いはまのみづぞ
みさへすずしき
松風の
吹く音ながら
山水の
岩根をつたふ
なみぞすゞしき
まつかぜの
ふくおとながら
やまみづの
いはねをつたふ
なみぞすずしき
岩枕
した行く水の
凉しきを
袖ひづばかり
せきやかけまし
いはまくら
したゆくみづの
すずしきを
そでひづばかり
せきやかけまし
御祓川
はや瀬凉しく
行く水や
やがて夏なき
音を立つらむ
みそぎかは
はやせすずしく
ゆくみづや
やがてなつなき
おとをたつらむ
なごむてふ
神の驗も
みたらしの
川の瀬清き
夏ばらへかも
なごむてふ
かみのしるしも
みたらしの
かはのせきよき
なつばらへかも
かぞふれば
涙の露も
止まらず
これや三十ぢの
秋のはつ風
かぞふれば
なみだのつゆも
とどまらず
これやみそぢの
あきのはつかぜ
一葉こそ
落つともおちめ
涙さへ
さそひなそへそ
秋の初風
ひとはこそ
おつともおちめ
なみださへ
さそひなそへそ
あきのはつかぜ
吹きにけり
我が手枕の
塵ならで
立つ名も志るき
秋の初風
ふきにけり
わがたまくらの
ちりならで
たつなもしるき
あきのはつかぜ
露だにも
まだ置きあへぬ
朝あけに
風こそ秋を
つげのを枕
つゆだにも
まだおきあへぬ
あさあけに
かぜこそあきを
つげのをまくら
式部卿邦省親王の家の五首の歌合に、初秋風
頓阿法師
行く水の
淵瀬ならねど
飛鳥風
昨日にかはる
秋は來にけり
ゆくみづの
ふちせならねど
あすかかぜ
きのふにかはる
あきはきにけり
更に尚
凉しくなりぬ
星あひの
影見る水に
夜や更けぬらむ
さらになほ
すずしくなりぬ
ほしあひの
かげみるみづに
よやふけぬらむ
七月七日住吉より都の方へまかり侍りけるに、天の河と云ふ所にて日の暮れにしかば舟をとゞめて河原におりゐ侍りて
津守國基
七夕は
思ひ知らなむ
天の河
いそぐわたりに
舟をかしつる
たなばたは
おもひしらなむ
あまのかは
いそぐわたりに
ふねをかしつる
一夜をも
契になして
織女の
うときもなかと
恨みやはする
ひとよをも
ちぎりになして
たなはたの
うときもなかと
うらみやはする
織女の
ちぎり待つ間の
涙より
露はゆふべの
物とやは置く
たなはたの
ちぎりまつまの
なみだより
つゆはゆふべの
ものとやはおく
をさまれる
民の草葉を
見せがほに
靡く田面の
秋の初かぜ
をさまれる
たみのくさばを
みせがほに
なびくたおもの
あきのはつかぜ
風の音も
今朝こそ變れ
荻の葉に
秋を知せて
露や置くらむ
かぜのおとも
けさこそかはれ
をぎのはに
あきをしらせて
つゆやおくらむ
ゆふべのみ
身にしむものと
思ひしを
寐覺も悲し
荻の上風
ゆふべのみ
みにしむものと
おもひしを
ねざめもかなし
をぎのうはかぜ
露をこそ
はらひも果てめ
うたゝねの
夢をも誘ふ
荻の上風
つゆをこそ
はらひもはてめ
うたたねの
ゆめをもさそふ
をぎのうはかぜ
わけつゝや
衣は摺らむ
朝露に
濡れて色そふ
あき萩のはな
わけつつや
ころもは摺らむ
あさつゆに
ぬれていろそふ
あきはぎのはな
夕ぐれは
草葉の外の
おきどころ
ありとや袖に
かゝる白露
ゆふぐれは
くさばのほかの
おきどころ
ありとやそでに
かかるしらつゆ
昔今
思ふにものゝ
悲しきは
老いて世にふる
秋のゆふぐれ
むかしいま
おもふにものの
かなしきは
をいてよにふる
あきのゆふぐれ
袖のうへの
露をばつゆと
拂ひても
涙かずそふ
秋の夕ぐれ
そでのうへの
つゆをばつゆと
はらひても
なみだかずそふ
あきのゆふぐれ
その事と
思はで袖の
つゆけきや
秋の夕の
ならひなるらむ
そのことと
おもはでそでの
つゆけきや
あきのゆふべの
ならひなるらむ
秋の田の
かりほの眞萩
咲きしより
尚庵近く
鹿ぞ鳴くなる
あきのたの
かりほのまはぎ
さきしより
なほいほちかく
しかぞなくなる
夜もすがら
もる庵近き
鹿の音は
稻葉の風や
誘ひ來ぬらむ
よもすがら
もるいほちかき
しかのねは
いなばのかぜや
さそひきぬらむ
秋を經て
忘れぬ雁の
玉章を
誰待ち見よと
かけて來ぬらむ
あきをへて
わすれぬかりの
たまづさを
たれまちみよと
かけてこぬらむ
天の戸の
霧晴れそめて
ほの〴〵と
明行く空を
渡る雁がね
あめのとの
きりはれそめて
ほのぼのと
あけゆくそらを
わたるかりがね
秋風の
吹くにまぢかく
聞ゆるは
聲に後れて
雁や來ぬらむ
あきかぜの
ふくにまぢかく
きこゆるは
こゑにおくれて
かりやこぬらむ
湊田の
稻葉に風の
立ちしより
雁鳴きわたる
秋のうらなみ
みなとたの
いなばにかぜの
たちしより
かりなきわたる
あきのうらなみ
雲をなす
わさ田の穗なみ
吹き立ちて
村雨ながら
渡る秋風
くもをなす
わさだのほなみ
ふきたちて
むらさめながら
わたるあきかぜ
夕されば
野田の稻葉の
穗並より
尾花をかけて
秋風ぞ吹く
ゆふされば
のたのいなばの
ほなみより
をはなをかけて
あきかぜぞふく
秋にのみ
音はひゞきて
住吉の
岸田の穗なみ
あき風ぞ吹く
あきにのみ
おとはひびきて
すみよしの
きしたのほなみ
あきかぜぞふく
秋の夜の
長き思は
老が身の
寐覺よりこそ
まづ知られけれ
あきのよの
ながきおもひは
おいがみの
ねざめよりこそ
まづしられけれ
志ばし尚
いざよふ雲を
先だてゝ
跡より出づる
山の端の月
しばしなほ
いざよふくもを
さきだてて
あとよりいづる
やまのはのつき
葛城や
よるとも見えず
晴れにけり
雲のよそなる
秋の月影
かづらきや
よるともみえず
はれにけり
くものよそなる
あきのつきかげ
應安六年九月十三夜内裏にて三首の歌講ぜられけるに、月前雲
權大納言爲遠
待ち出づる
月のあたりの
浮雲に
よきよと拂ふ
秋風ぞ吹く
まちいづる
つきのあたりの
うきくもに
よきよとはらふ
あきかぜぞふく
月もなほ
木の葉隱れの
小倉山
秋待つほどゝ
なに思ひけむ
つきもなほ
このはかくれの
をぐらやま
あきまつほどゝ
なにおもひけむ
文保三年百首の歌奉りけるに
後西園寺入道前太政大臣
苔の袖
ほしえぬ雲に
宿りきて
月さへ影の
やつれぬるかな
こけのそで
ほしえぬくもに
やどりきて
つきさへかげの
やつれぬるかな
月かげも
露のやどりや
尋ぬらむ
草に果てなむ
武藏野の原
つきかげも
つゆのやどりや
たづぬらむ
くさにはてなむ
むさしののはら
河上に
里あれ殘る
みなせ山
見しものとては
月ぞすむらむ
かはうへに
さとあれのこる
みなせやま
みしものとては
つきぞすむらむ
大井川
瀬々にいく世か
みなれざを
くだす筏の
床の月かげ
おほゐかは
せぜにいくよか
みなれざを
くだすいかだの
とこのつきかげ
夜舟漕ぐ
かいの雫や
志げからし
濡るゝ袂に
やどる月かげ
よふねこぐ
かいのしずくや
しげからし
ぬるるたもとに
やどるつきかげ
芦の屋は
住むあまやなき
月影に
漕ぎ出でゝ見る
灘の友舟
あしのやは
すむあまやなき
つきかげに
こぎいでてみる
なだのともふね
忘れずよ
旅をかさねて
鹽木積む
阿漕が浦に
なれし月かげ
わすれずよ
たびをかさねて
しほきつむ
あこぎがうらに
なれしつきかげ
いつまでか
世に在明と
思ふにも
かたぶく月を
哀とぞ見る
いつまでか
よにありあけと
おもふにも
かたぶくつきを
あはれとぞみる
鳥の音は
ふもとの里に
音づれて
峯より西に
のこる月かげ
とりのおとは
ふもとのさとに
おとづれて
みねよりにしに
のこるつきかげ
入方の
山の端近き
月影を
身にたぐへても
あはれとぞ見る
いりかたの
やまのはちかき
つきかげを
みにたぐへても
あはれとぞみる
光明峯寺入道攝政の家の三十首の歌に
後深草院辨内侍
なく涙
我とつゆけき
虫の音の
秋の草葉を
なにかこつらむ
なくなみだ
われとつゆけき
むしのねの
あきのくさばを
なにかこつらむ
松虫の
鳴くとも誰か
來て訪はむ
深き蓬の
もとのすみかを
まつむしの
なくともたれか
きてとはむ
ふかきよもぎの
もとのすみかを
矢田の野の
淺茅色づく
程をだに
待たで枯行く
虫の聲かな
やたののの
あさぢいろづく
ほどをだに
またでかれゆく
むしのこゑかな
うら枯るゝ
後はなか〳〵
おく露も
淺茅が庭の
松むしの聲
うらかるる
のちはなかなか
おくつゆも
あさぢがにはの
まつむしのこゑ
淺茅原
すゑ葉枯れゆく
初霜の
したにも殘る
虫のこゑかな
あさぢはら
すゑはかれゆく
はつしもの
したにものこる
むしのこゑかな
伏見山
門田の霧は
夜をこめて
まくらに近き
鴫のはねがき
ふしみやま
かどたのきりは
よをこめて
まくらにちかき
しぎのはねがき
初瀬山
尾上の霧の
へだてにも
あけ行く鐘は
なほ聞えつゝ
はつせやま
おのえのきりの
へだてにも
あけゆくかねは
なほきこえつつ
夜を殘す
寐覺の友と
なりにけり
老のまくらに
衣打つこゑ
よをのこす
ねざめのともと
なりにけり
おいのまくらに
ころもうつこゑ
誰れか尚
閨へも入らで
もとゆひの
霜の夜寒に
衣打つらむ
たれかなほ
ねやへもいらで
もとゆひの
しものよさむに
ころもうつらむ
月影に
置きそふ霜の
夜や寒き
更くるにつけて
打つ衣かな
つきかげに
おきそふしもの
よやさむき
ふくるにつけて
うつころもかな
露の間と
何か思はむ
濡れてほす
山路の菊の
千世の行く末
つゆのまと
なにかおもはむ
ぬれてほす
やまぢのきくの
ちよのゆくすゑ
物思ふ
誰が涙にか
染めつらむ
色こそ變れ
ころも手のもり
ものおもふ
たがなみだにか
そめつらむ
いろこそかはれ
ころもてのもり
晴曇り
志ぐるゝ山の
もみぢ葉に
急ぐ千しほの
袖ぞ見えける
はれくもり
しぐるるやまの
もみぢはに
いそぐちしほの
そでぞみえける
時雨せぬ
かたこそあらめ
柞原
そめても薄き
色に見ゆらむ
しぐれせぬ
かたこそあらめ
ははそはら
そめてもうすき
いろにみゆらむ
大峯修行し侍りける時、笙の岩屋にて蔦の紅葉を見て詠み侍りける
前權僧正良宋
心とや
色に出づらむ
雨露も
洩らぬ岩屋の
つたのもみぢば
こころとや
いろにいづらむ
あめつゆも
もらぬいはやの
つたのもみぢば
明日までの
時雨も知らず
秋の色を
染め盡しぬる
峯のもみぢ葉
あすまでの
しぐれもしらず
あきのいろを
そめつくしぬる
みねのもみぢは
長月の
ありあけの月の
程ばかり
時雨は冬を
急がずもがな
ながつきの
ありあけのつきの
ほどばかり
しぐれはふゆを
いそがずもがな
今日といへば
何ぞは露の
形見だに
おきも留めず
歸る秋哉
けふといへば
なにぞはつゆの
かたみだに
おきもとどめず
かへるあきかな
うきにこそ
涙は落つれ
神無月
その事となく
降る時雨かな
うきにこそ
なみだはおつれ
かみなづき
そのこととなく
ふるしぐれかな
秋の空
如何に詠めし
名殘とて
今朝も時雨の
袖ぬらすらむ
あきのそら
いかにながめし
なごりとて
けさもしぐれの
そでぬらすらむ
降初むる
音より冬は
知らるゝを
幾度つぐる
時雨なるらむ
ふきそむる
おとよりふゆは
しらるるを
いくたびつぐる
しぐれなるらむ
冬をこそ
時雨もつぐれ
定なき
世はいつよりは
始なりけむ
ふゆをこそ
しぐれもつぐれ
さだめなき
よはいつよりは
はじめなりけむ
過ぐるかと
思へば猶も
廻りきて
同じ寐覺に
降る時雨かな
すぐるかと
おもへばなほも
めぐりきて
おなじねざめに
ふるしぐれかな
今朝は又
空も曇らで
神無月
木の葉ばかりぞ
先志ぐれける
けさはまた
そらもくもらで
かみなづき
このはばかりぞ
さきしぐれける
荒れ果つる
軒は木葉に
埋もれて
中々洩らぬ
時雨をぞ聞く
あれはつる
のきはこのはに
うづもれて
なかなかもらぬ
しぐれをぞきく
降らぬ夜も
降る夜もまがふ
時雨哉
木の葉の後の
峯の松風
ふらぬよも
ふるよもまがふ
しぐれかな
このはののちの
みねのまつかぜ
呉竹の
みどりは時も
變らねば
時雨降りにし
眞垣ともなし
くれたけの
みどりはときも
かはらねば
しぐれふりにし
まがきともなし
里までは
吹きもおくらぬ
山風に
しぐれてとまる
峯の浮雲
さとまでは
ふきもおくらぬ
やまかぜに
しぐれてとまる
みねのうきくも
山川の
水しまさらば
水上に
つもる木葉は
おとしはつらむ
やまかはの
みづしまさらば
みなかみに
つもるこのはは
おとしはつらむ
みなの河
流れて瀬々に
積るこそ
峰より落つる
木葉なりけれ
みなのかは
ながれてせぜに
つもるこそ
みねよりおつる
このはなりけれ
紅葉せし
蔦もまさ木も
散果てゝ
匐ふ木數多に
山風ぞ吹く
もみぢせし
つたもまさきも
ちりはてて
はふきあまたに
やまかぜぞふく
秋に見し
色も匂も
それながら
霜にのこれる
庭の志らぎく
あきにみし
いろもにほひも
それながら
しもにのこれる
にはのしらぎく
置く霜に
殘れる庭の
白菊を
秋なきときの
かたみとぞ見る
おくしもに
のこれるにはの
しらきくを
あきなきときの
かたみとぞみる
朝日さす
まやの軒端の
霜解けて
しぐれぬ空に
落つる玉水
あさひさす
まやののきはの
しもとけて
しぐれぬそらに
おつるたまみづ
風さむき
入江の芦の
夕霜に
枯れてもさやぐ
音ぞのこれる
かぜさむき
いりえのあしの
ゆふしもに
かれてもさやぐ
おとぞのこれる
難波潟
入江の芦の
枯れしより
浦吹く風の
おとぞすくなき
なにはかた
いりえのあしの
かれしより
うらふくかぜの
おとぞすくなき
月待つと
立ちやすらへば
白妙の
衣の袖に
置けるはつしも
つきまつと
たちやすらへば
しろたへの
ころものそでに
おけるはつしも
志ぐるとは
見ゆる物から
木葉のみ
降れば晴行く
冬の夜の月
しぐるとは
みゆるものから
このはのみ
ふればはれゆく
ふゆのよのつき
龍田山
紅葉やまれに
なりぬらむ
河なみ白き
冬の夜のつき
たつたやま
もみぢやまれに
なりぬらむ
かはなみしらき
ふゆのよのつき
玉の井の
氷のうへに
見ぬ人や
月をば秋の
ものと云ひけむ
たまのゐの
こほりのうへに
みぬひとや
つきをばあきの
ものといひけむ
夜もすがら
山おろし吹きて
衣手の
田上川に
こほる月かげ
よもすがら
やまおろしふきて
ころもでの
たなかみがはに
こほるつきかげ
さゆる日は
氷閉ぢそふ
山川の
志た行く水も
殘りやはする
さゆるひは
こほりとぢそふ
やまかはの
したゆくみづも
のこりやはする
夏だにも
頃を忘れし
松蔭の
岩井のみづは
さぞこほるらむ
なつだにも
ころをわすれし
まつかげの
いはゐのみづは
さぞこほるらむ
聞くだにも
あやふき淵の
薄氷
望むに似たる
世を渡るかな
きくだにも
あやふきふちの
うすこほり
のぞむににたる
よをわたるかな
うきねする
浦わの波の
枕より
跡より通ふ
ともちどりかな
うきねする
うらわのなみの
まくらより
あとよりかよふ
ともちどりかな
さす汐に
汀やかはる
小夜千鳥
鳴きつる聲の
近くきこゆる
さすしほに
みぎはやかはる
さよちとり
なきつるこゑの
ちかくきこゆる
遠ざかる
あしはや小舟
跡とめて
又嶋づたふ
とも千鳥かな
とほざかる
あしはやをぶね
あととめて
またしまづたふ
ともちとりかな
熱田の龜井の寺に住み侍りける時あまた詠み侍りける歌の中に、濱千鳥を
嚴阿上人
鳴海潟
夕浪千鳥
たちかへり
友よびつきの
はまに鳴くなり
なるみがた
ゆふなみちとり
たちかへり
ともよびつきの
はまになくなり
古の
跡ある和歌の
浦千鳥
立ちかへりても
名をやのこさむ
いにしへの
あとあるわかの
うらちとり
たちかへりても
なをやのこさむ
和歌の浦に
通ひけりとも
濱千鳥
心の跡を
いつか知られむ
わかのうらに
かよひけりとも
はまちとり
こころのあとを
いつかしられむ
知べせよ
和歌の浦わの
友千鳥
いつ人數の
名をもかけまし
しるべせよ
わかのうらわの
ともちとり
いつひとかずの
なをもかけまし
冴ゆる夜は
誘ふ水だに
絶えぬとや
氷柱の床に
鴛の鳴く覽
さゆるよは
さそふみづだに
たえぬとや
つららのとこに
おしのなくらん
霜にだに
上毛はさゆる
葦鴨の
玉藻の床に
つらゝゐにけり
しもにだに
うはげはさゆる
あしかもの
たまものとこに
つらゝゐにけり
大井川
ゐせきの浪に
立つ鴫の
歸りて跡に
またくだりつゝ
おほゐかは
ゐせきのなみに
たつしぎの
かへりてあとに
またくだりつつ
あし鴨の
群れゐる方の
池水や
こほりも果てぬ
汀なるらむ
あしかもの
むれゐるかたの
いけみづや
こほりもはてぬ
みぎはなるらむ
池水の
こほる汀の
あし鴨は
更けてや聲の
とほざかるらむ
いけみづの
こほるみぎはの
あしかもは
ふけてやこゑの
とほざかるらむ
氷魚ならぬ
浪もかへりて
網代木に
今夜は氷る
宇治の河風
ひをならぬ
なみもかへりて
あじろぎに
いまよはこほる
うぢのかはかぜ
さゝ竹の
大宮人の
袖の上に
かざしの玉と
降るあられかな
ささたけの
おほみやひとの
そでのうへに
かざしのたまと
ふるあられかな
嵐こす
外山の峯の
ときは木に
雪げしぐれて
かゝるむら雲
あらしこす
とやまのみねの
ときはきに
ゆきげしぐれて
かかるむらくも
初瀬山
みねの檜原も
うづもれて
雪のしたなる
入相のかね
はつせやま
みねのひばらも
うづもれて
ゆきのしたなる
いりあひのかね
降りうづむ
峰の横雲
夜をこめて
雪より白む
ありあけの空
ふりうづむ
みねのよこぐも
よをこめて
ゆきよりしらむ
ありあけのそら
富士の嶺は
冬こそ高く
成ぬらめ
分かぬ深雪に
時を重ねて
ふじのねは
ふゆこそたかく
なりぬらめ
わかぬみゆきに
ときをかさねて
雲よりも
上に見えたる
富士の嶺の
雪は何とて
降始めけむ
くもよりも
うへにみえたる
ふじのねの
ゆきはなにとて
ふりはじめけむ
埋もるゝ
風や下より
拂ふらむ
積れば落つる
松のしらゆき
うづもるる
かぜやしたより
はらふらむ
つもればおつる
まつのしらゆき
山おろしに
松の上葉は
顯れて
木かげよりまづ
積るしら雪
やまおろしに
まつのうはばは
あらはれて
きかげよりまづ
つもるしらゆき
木にも非ず
草にもあらで
咲く花や
竹のさ枝に
降れる白雪
きにもあらず
くさにもあらで
さくはなや
たけのさえだに
ふれるしらゆき
此の儘に
降らばと見つる
白雪の
思ふ程こそ
積らざりけれ
このままに
ふらばとみつる
しらゆきの
おもふほどこそ
つもらざりけれ
跡絶えて
訪はれぬ庭は
雪もさぞ
降りてかひなき
宿と知る覽
あとたえて
とはれぬにはは
ゆきもさぞ
ふりてかひなき
やどとしるらん
古に
今もならひて
白雪の
ふるきあとをば
われぞつけつる
いにしへに
いまもならひて
しらゆきの
ふるきあとをば
われぞつけつる
いにしへに
今立ち歸る
道ぞとも
とはれて知りぬ
庭の白雪
いにしへに
いまたちかへる
みちぞとも
とはれてしりぬ
にはのしらゆき
東屋の
まやの今やと
待つ人も
餘りに降れば
とはぬ雪かな
あづまやの
まやのいまやと
まつひとも
あまりにふれば
とはぬゆきかな
世々を經る
庭のをしへの
跡ばかり
殘して積れ
宿のしら雪
よよをへる
にはのをしへの
あとばかり
のこしてつもれ
やどのしらゆき
如何にして
跡をもつけむ
教へ置く
事は數多の
庭のしら雪
いかにして
あとをもつけむ
おしへおく
ことはあまたの
にはのしらゆき
あつめこし
志るしもあれや
我が山の
杉生の窓に
殘る白雪
あつめこし
しるしもあれや
わがやまの
すぎふのまどに
のこるしらゆき
時しあれば
今はたあひに
逢坂の
關の白雪
三代にふりつゝ
ときしあれば
いまはたあひに
あふさかの
せきのしらゆき
みよにふりつつ
庭の面は
我が通路に
踏分けて
訪はれぬ雪の
跡も見えつゝ
にはのおもは
わがかよひぢに
ふきわけて
とはれぬゆきの
あともみえつつ
堀川院位におはしましける時、南殿の北面に雪の山造らせ給ふよしを聞きて、内なる人に申し遣しける
周防内侍
行きて見ぬ
心のほどを
思ひやれ
都のうちの
こしのしら山
ゆきてみぬ
こころのほどを
おもひやれ
みやこのうちの
こしのしらやま
きても見よ
關守すゑぬ
道なれば
大うち山に
積るしらゆき
きてもみよ
せきもりすゑぬ
みちなれば
おほうちやまに
つもるしらゆき
山深み
雪に閉ぢたる
柴の戸の
唯そのまゝに
經る日數かな
やまふかみ
ゆきにとぢたる
しばのとの
ただそのままに
へるひかずかな
箸鷹の
木居の下草
枯れしより
隱れかねてや
雉子鳴くらむ
はしたかの
きゐのしたくさ
かれしより
かくれかねてや
きぎすなくらむ
暮れぬるか
疲れにかゝる
箸鷹の
草取る跡も
見えぬ計りに
くれぬるか
つかれにかかる
はしたかの
くさとるあとも
みえぬばかりに
あら鷹を
頓てとりかふ
狩人や
暮れぬに歸る
山路なるらむ
あらたかを
やがてとりかふ
かりひとや
くれぬにかへる
やまぢなるらむ
風さむみ
曉ふかく
寐覺して
又おきむかふ
ねやのうづみ火
かぜさむみ
あかつきふかく
ねざめして
またおきむかふ
ねやのうづみひ
すみ竈も
年の寒きに
あらはれぬ
烟や松の
つま木なるらむ
すみがまも
としのさむきに
あらはれぬ
けぶりやまつの
つまきなるらむ
降りうづむ
雪のうへにも
炭竈の
烟は猶ぞ
立ちて見えける
ふりうづむ
ゆきのうへにも
すみがまの
けぶりはなほぞ
たちてみえける
И над снегом,
Укрывшим всё вокруг,
Дым
От очагов с углём
Поднимающийся виден!
身こそかく
ふりぬる物を
年くれて
積るを雪と
何思ひけむ
みこそかく
ふりぬるものを
としくれて
つもるをゆきと
なにおもひけむ
いたづらに
過ぐる月日の
早瀬川
早くも寄する
老の波かな
いたづらに
すぐるつきひの
はやせかは
はやくもよする
おいのなみかな
うき身まで
待つとはいはぬ
春ながら
心に急ぐ
年の暮かな
うきみまで
まつとはいはぬ
はるながら
こころにいそぐ
としのくれかな
皆人の
急ぐ心に
さそはれて
過ぐるもはやく
暮るゝ年かな
みなひとの
いそぐこころに
さそはれて
すぐるもはやく
くるるとしかな
つく〴〵と
明し暮して
年月を
遂にはいかゞ
算へなすべき
つくづくと
あかしくらして
としつきを
つひにはいかが
かぞへなすべき
過ぎきつる
月日の程は
おどろかで
今さら歎く
年の暮かな
すぎきつる
つきひのほどは
おどろかで
いまさらなげく
としのくれかな
行き歸る
物と知る〳〵
怪しくも
別と云へば
惜まるゝかな
ゆきかへる
ものとしるしる
あやしくも
わかれといへば
をしまるるかな
行く人に
そふる心の
怪しくも
知るべなごとを
まどはるゝ哉
ゆくひとに
そふるこころの
あやしくも
しるべなごとを
まどはるるかな
大江のちふるが美濃へいきけるにきぬ遣すとて
中納言兼輔
もろともに
惜む別の
唐衣
かたみばかりぞ
まづそぼちける
もろともに
をしむわかれの
からころも
かたみばかりぞ
まづそぼちける
行く人は
思ひやすつる
とまる身は
それぞ別の
しづ心なき
ゆくひとは
おもひやすつる
とまるみは
それぞわかれの
しづこころなき
遠き國へまかりける時あとの事などを申し置きける人の許に詠みて遣しける
藤原高範
尋ね見よ
和歌の浦路の
友千鳥
立ち離れ行く
跡はいかにと
たづねみよ
わかのうらぢの
ともちとり
たちはなれゆく
あとはいかにと
志たひえぬ
名殘にそへて
思ふかな
歸らむ程の
心づくしを
したひえぬ
なごりにそへて
おもふかな
かへらむほどの
こころづくしを
さらぬ世の
ならひをつらき
限にて
命の内は
別れずもがな
さらぬよの
ならひをつらき
かぎりにて
いのちのうちは
わかれずもがな
琴習ひ侍りける人のみちの國に下りけるに裝束遣すとて
女御徽子女王
今よりは
たゞ行く末の
松風を
よその事とや
思ひなしてむ
いまよりは
ただゆくすゑの
まつかぜを
よそのこととや
おもひなしてむ
實方朝臣みちの國へ下り侍りける時給はせける
花山院御製
何事も
語らひてこそ
過しつれ
いかにせよとて
人の行く覽
なにことも
かたらひてこそ
すごしつれ
いかにせよとて
ひとのゆくらん
信濃へ下りける人に大納言師氏の餞し侍りけるに詠める
貫之
君が行く
ところと聞けば
月見つゝ
姨捨山ぞ
戀しかるべき
きみがゆく
ところときけば
つきみつつ
おばすてやまぞ
こひしかるべき
志のべとや
空行く月に
契らまし
誰が慕ふべき
別ならねど
しのべとや
そらゆくつきに
ちぎらまし
たがしたふべき
わかれならねど
法印實性あづまに下りて歸りのぼりけるに申し贈り侍りける
藤原行朝
行く人の
心とめずば
足柄の
せきもる神も
かひやなからむ
ゆくひとの
こころとめずば
あしがらの
せきもるかみも
かひやなからむ
堀河院の御時百首の歌たてまつりけるに
藤原仲實朝臣
とまるべき
道にもあらぬ
別路は
したふ心や
關となるらむ
とまるべき
みちにもあらぬ
わかれぢは
したふこころや
せきとなるらむ
玉きはる
心も知らず
別れぬる
人を待つべき
身こそ老ぬれ
たまきはる
こころもしらず
わかれぬる
ひとをまつべき
みこそおいぬれ
命あら
ばめぐり逢ふべ
き別ぞと
慰めながら
濡るゝ袖かな
いのちあら
ばめぐりあふべ
きわかぞと
なぐさめながら
ぬるるそでかな
命ありて
別るゝ道は
おのづから
又逢ふ末を
頼むばかりぞ
いのちありて
わかるるみちは
おのづから
またあふすゑを
たのむばかりぞ
知る知らず
行くも歸るも
逢坂の
關の清水に
影は見ゆらむ
しるしらず
ゆくもかへるも
あふさかの
せきのしみづに
かげはみゆらむ
あづまの方へ下り侍りけるに、賀茂のあたりゐせきと云ふ所に住み侍りける女の許へ詠みて遣しける
爲道朝臣
忘れずば
ゐせきの水に
影を見よ
思ふ心は
それにこそすめ
わすれずば
ゐせきのみづに
かげをみよ
おもふこころは
それにこそすめ
あさ霧に
淀のわたりを
行く舟の
知らぬ別も
袖は濡れけり
あさきりに
よどのわたりを
ゆくふねの
しらぬわかれも
そではぬれけり
古も
今もあらばや
我がごとく
思ひつきせぬ
わかれする人
いにしへも
いまもあらばや
わがごとく
おもひつきせぬ
わかれするひと
頼むべき
我身なりせば
幾度か
歸りこむ日を
君に問はまし
たのむべき
わがみなりせば
いくたびか
かへりこむひを
きみにとはまし
帥になりて下りけるに別れ惜むとて津守國基が、六とせにぞ君はきまさむと云へりける返事に
大納言經信
とゞまるも
過ぎ行く身をも
住吉の
松の齡と
祈らざらめや
とどまるも
すぎゆくみをも
すみよしの
まつのよはひと
いのらざらめや
志ひて猶
思ひ立つかな
旅衣
行きてはかへる
道とばかりに
しひてなほ
おもひたつかな
たびごろも
ゆきてはかへる
みちとばかりに
故郷を
立ちし日數は
積れども
なほ末とほき
旅ごろもかな
ふるさとを
たちしひかずは
つもれども
なほすゑとほき
たびごろもかな
やすらひに
我が古郷を
出でしより
頓て日數の
積る旅かな
やすらひに
わがふるさとを
いでしより
やがてひかずの
つもるたびかな
都出でゝ
今日越え初むる
逢坂の
關や旅寐の
始めなるらむ
みやこいでて
けふこえそむる
あふさかの
せきやたびねの
はじめなるらむ
嘉元の百首の歌奉りけるに、關
後照念院關白太政大臣
越えて行く
杉の下道
明けやらで
鳥のねくらき
逢坂のせき
こえてゆく
すぎのしたみち
あけやらで
とりのねくらき
あふさかのせき
鳥の音に
關をば越えて
逢坂の
山路よりこそ
明初めにけれ
とりのねに
せきをばこえて
あふさかの
やまぢよりこそ
あけそめにけれ
駒なべて
打出の濱を
見わたせば
朝日にさわぐ
志賀の浦波
こまなべて
うちいでのはまを
みわたせば
あさひにさわぐ
しがのうらなみ
朝まだき
我がうち越ゆる
立田山
深くも見ゆる
松の色かな
あさまだき
わがうちこゆる
たつたやま
ふかくもみゆる
まつのいろかな
人もこえ
駒もとまらぬ
逢坂の
關は清水の
もる名なりけり
ひともこえ
こまもとまらぬ
あふさかの
せきはしみづの
もるななりけり
夕烟
訪ふべき里の
知るべだに
まだはるかなる
武藏野の原
ゆふけぶり
とふべきさとの
しるべだに
まだはるかなる
むさしののはら
雲もなほ
志たに立ちける
棧の
遙かに高き
木曾のやまみち
くももなほ
したにたちける
かけばしの
はるかにたかき
きそのやまみち
里までは
まだ遙かなる
宇津の山
夕ゐる雲に
宿や訪はまし
さとまでは
まだはるかなる
うつのやま
ゆふゐるくもに
やどやとはまし
明けば又
獨や行かむ
夜もすがら
月に伴なふ
宇津の山ごえ
あけばまた
ひとりやゆかむ
よもすがら
つきにともなふ
うつのやまごえ
自から
逢ふ人あらば
言傳てよ
宇津の山邊を
越え別るとも
おのづから
あふひとあらば
ことつてよ
うつのやまべを
こえわかるとも
足引の
山わけ衣
さのみやは
雲よりくもに
日かずかさねむ
あしびきの
やまわけころも
さのみやは
くもよりくもに
ひかずかさねむ
露拂ふ
袂もいとゞ
干し侘びぬ
山わけごろも
日數かさねて
つゆはらふ
たもともいとど
ひしわびぬ
やまわけごろも
ひかずかさねて
行く末を
急ぐにつけて
旅衣
ふる里とほく
なほへだてつゝ
ゆくすゑを
いそぐにつけて
たびごろも
ふるさととほく
なほへだてつつ
行きつるゝ
友となるより
旅衣
立ち寄る宿に
人もつきつゝ
ゆきつるる
ともとなるより
たびごろも
たちよるやどに
ひともつきつつ
行き暮るゝ
露わけごろも
干しやらで
さながら結ぶ
草枕哉
ゆきくるる
つゆわけごろも
ひしやらで
さながらむすぶ
くさまくらかな
都思ふ
涙の上に
たびごろも
野山のつゆを
かさねてぞ敷く
みやこおもふ
なみだのうへに
たびごろも
のやまのつゆを
かさねてぞしく
都思ふ
草のまくらの
夢をだに
たのむかたなく
山風ぞ吹く
みやこおもふ
くさのまくらの
ゆめをだに
たのむかたなく
やまかぜぞふく
峰より出で侍りて又あづまの方へ修行し侍りけるにさやの中山にて詠み侍りける
僧正行意
これよりも
深き嵐に
聞きなれて
今宵は寐ぬる
さやの中山
これよりも
ふかきあらしに
ききなれて
こよひはいぬる
さやのなかやま
露拂ふ
草の枕に
聞き侘びぬ
今宵かり寐の
鳥籠のやまかぜ
つゆはらふ
くさのまくらに
ききわびぬ
こよひかりねの
とこのやまかぜ
嵐吹く
野原の草の
露ながら
結ぶかり寐の
ゆめぞはかなき
あらしふく
のはらのくさの
つゆながら
むすぶかりねの
ゆめぞはかなき
草枕
たびは如何なる
契にて
なれぬ人をも
ともと待つらむ
くさまくら
たびはいかなる
ちぎりにて
なれぬひとをも
ともとまつらむ
行き暮れて
今日も宿訪ふ
たび衣
着つゝ假寐の
數や重ねむ
ゆきくれて
けふもやどとふ
たびころも
きつつかりねの
かずやかさねむ
暮は又
いづくに宿を
かりの鳴く
峯に別るゝ
袖のあきかぜ
くれはまた
いづくにやどを
かりのなく
みねにわかるる
そでのあきかぜ
暮れぬとて
山路わかるゝ
衣手に
伴ひ捨つる
峯のあきかぜ
くれぬとて
やまぢわかるる
ころもでに
ともなひすつる
みねのあきかぜ
行く末の
宿をやかねて
定めけむ
暮れて急がぬ
今日の旅人
ゆくすゑの
やどをやかねて
さだめけむ
くれていそがぬ
けふのたびひと
我が爲は
結びも置かぬ
いほ崎の
隅田河原に
宿や借らまし
わがためは
むすびもおかぬ
いほさきの
すみだかはらに
やどやからまし
たづの音の
聞ゆる田居に
庵志て
我れ旅なりと
妹に告げこせ
たづのねの
きこゆるたゐに
いほりして
われたびなりと
いもにつげこせ
はかなしや
何處を遂の
住みかにて
之をば旅と
思ひなすらむ
はかなしや
いづこをつひの
すみかにて
これをばたびと
おもひなすらむ
思ひねと
知りてもせめて
慰むは
都にかよふ
夢路なりけり
おもひねと
しりてもせめて
なぐさむは
みやこにかよふ
ゆめぢなりけり
かり寐する
岡の萱根の
かや莚
かた敷き明す
旅のつゆけさ
かりねする
をかのかやねの
かやむしろ
かたしきあかす
たびのつゆけさ
急げたゞ
曉おきの
旅ごろも
立ちて山路は
つゆふかくとも
いそげただ
あかつきおきの
たびごろも
たちてやまぢは
つゆふかくとも
初瀬に詣でゝ曉に歸るに川霧の立ちけるを見てよめる
源兼澄
川霧も
旅の空とや
思ふらむ
まだ夜深くも
立ちにけるかな
かはきりも
たびのそらとや
おもふらむ
まだよふかくも
たちにけるかな
見るらむと
思ひおこせて
古郷の
今宵の月を
誰れ詠むらむ
みるらむと
おもひおこせて
ふるさとの
こよひのつきを
たれながむらむ
都をば
花を見捨てゝ
出でしかど
月にぞ越ゆる
白川のせき
みやこをば
はなをみすてて
いでしかど
つきにぞこゆる
しらかはのせき
和歌所にて六首の歌奉りけるに
後京極攝政前太政大臣
夢にだに
逢ふ夜稀なる
都人
寢られぬ月に
とほざかりぬる
ゆめにだに
あふよまれなる
みやこひと
ねられぬつきに
とほざかりぬる
假寐訪ふ
月を一夜の
ちぎりにて
手枕うとき
猪名のさゝ原
かりねとふ
つきをひとよの
ちぎりにて
たまくらうとき
いなのささはら
さゝ枕
猪名野のよはに
假寐して
古郷とほき
月を見るかな
ささまくら
いなののよはに
かりねして
ふるさととほき
つきをみるかな
山の端に
かたぶく方を
都とて
心におくる
ありあけのつき
やまのはに
かたぶくかたを
みやことて
こころにおくる
ありあけのつき
草枕
假寐の露に
我れを置きて
伴なふ月も
あけがたのそら
くさまくら
かりねのつゆに
われをおきて
ともなふつきも
あけがたのそら
明けぬるか
今は立ちなむ
旅衣
袖に消え行く
野邊の月かげ
あけぬるか
いまはたちなむ
たびごろも
そでにきえゆく
のべのつきかげ
月を見て
泊はせじと
漕行けば
知らぬ浪路に
夜ぞ明けにける
つきをみて
とまりはせじと
こぎゆけば
しらぬなみぢに
よぞあけにける
有明の
影を志るべに
誘はれて
夜ふかくいづる
須磨の浦舟
ありあけの
かげをしるべに
さそはれて
よふかくいづる
すまのうらふね
浦波の
たよりに風や
なりぬらむ
由良のみなとを
渡る舟人
うらなみの
たよりにかぜや
なりぬらむ
ゆらのみなとを
わたるふなびと
限なく
思ひしよりも
わたの原
漕ぎ出でゝ遠き
末のうら浪
かぎりなく
おもひしよりも
わたのはら
こぎいでてとほき
すゑのうらなみ
浦風の
湊によわる
明方も
しほにまかせて
ふなでをぞする
うらかぜの
みなとによわる
あけかたも
しほにまかせて
ふなでをぞする
淡路潟
瀬戸の追風
吹き添ひて
やがてなるとに
かゝる舟人
あはぢかた
せとのおひかぜ
ふきそひて
やがてなるとに
かかるふなびと
舵枕
幾夜なれてか
浪の音に
おどろくほどの
夢をだに見む
かぢまくら
いくよなれてか
なみのねに
おどろくほどの
ゆめをだにみむ
風寒き
磯屋の枕
夢覺めて
よそなるなみに
濡るゝそでかな
かぜさむき
いそやのまくら
ゆめさめて
よそなるなみに
ぬるるそでかな
夢ながら
結び捨てつる
草枕
いく夜になりぬ
野邊の假ぶし
ゆめながら
むすびすてつる
くさまくら
いくよになりぬ
のべのかりぶし
東路は
古郷ながら
武藏野の
とほきに末を
なほやまよはむ
あづまぢは
ふるさとながら
むさしのの
とほきにすゑを
なほやまよはむ
草枕
あまた旅寢を
かぞへても
まだ武藏野は
末ぞのこれる
くさまくら
あまたたびねを
かぞへても
まだむさしのは
すゑぞのこれる
武藏野も
流石果ある
日數にや
富士の嶺ならぬ
山も見ゆ覽
むさしのも
さすがはてある
ひかずにや
ふじのねならぬ
やまもみゆらん
富士の嶺を
ふりさけ見れば
白雪の
尾花に續く
武藏野の原
ふじのみねを
ふりさけみれば
しらゆきの
をはなにつづく
むさしののはら
あらち山
越ゆべき道も
行き暮れぬ
矢田野の草に
枕結ばむ
あらちやま
こゆべきみちも
ゆきくれぬ
やたののくさに
まくらむすばむ
孰くにか
今宵はさ寢む
印南野の
淺茅が上も
雪降りにけり
いづくにか
こよひはさねむ
いなみのの
あさぢがうへも
ゆきふりにけり
古郷の
人知るらめや
かくばかり
旅寢露けき
小野のしの原
ふるさとの
ひとしるらめや
かくばかり
たびねつゆけき
をののしのはら
後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、よませ侍りける百首の歌に
藤原隆信朝臣
柞原
した葉折り敷く
山城の
岩田の小野に
侘びつゝぞぬる
ははそはら
したはをりしく
やましろの
いはたのをのに
わびつつぞぬる
如何にして
いかに打出でむ
言はゞ又
なべての事に
なりぬべき哉
いかにして
いかにうちいでむ
ことはばまた
なべてのことに
なりぬべきかな
行く末は
猶如何ならむ
思ひ入る
今だにやがて
まよふ心は
ゆくすゑは
なほいかならむ
おもひいる
いまだにやがて
まよふこころは
踏み初むる
程は苦しき
戀路ぞと
迷ふを強ひて
思ひ入る哉
ふみそむる
ほどはくるしき
こひぢぞと
まよふをしひて
おもひいるかな
涙川
如何に堰くべき
流れとも
習はぬ物を
そでのしがらみ
なみだかは
いかにせくべき
ながれとも
ならはぬものを
そでのしがらみ
陸奥の
袖のわたりの
なみだ川
心のうちに
ながれてぞすむ
みちのくの
そでのわたりの
なみだかは
こころのうちに
ながれてぞすむ
思ひつゝ
程經るまゝに
涙河
いとゞ深くも
なりまさるかな
おもひつつ
ほどへるままに
なみだかは
いとどふかくも
なりまさるかな
物思ふ
みなかみよりや
涙川
そでに流るゝ
ものとなりけむ
ものおもふ
みなかみよりや
なみだかは
そでにながるる
ものとなりけむ
堰き侘びぬ
洩しやせまし
涙川
ひとめづゝみも
心なりけり
せきわびぬ
もりしやせまし
なみだかは
ひとめづつみも
こころなりけり
涙川
袖のなかなる
みをなれば
瀬々を早しと
知る人もなし
なみだかは
そでのなかなる
みをなれば
せぜをはやしと
しるひともなし
したむせぶ
岩垣淵の
草がくれ
淺しとだにも
知る人ぞなき
したむせぶ
いはかきふちの
くさがくれ
あさしとだにも
しるひとぞなき
思ふとも
誰かは知らむ
初尾花
まだ穗に出でぬ
したの心を
おもふとも
たれかはしらむ
はつをはな
まだほにいでぬ
したのこころを
知られじな
氷をかづく
鳰鳥の
底に碎くる
こゝろありとは
しられじな
こほりをかづく
にほとりの
そこにくだくる
こころありとは
うきにはふ
芦間のみくり
下にのみ
絶えず苦しき
物をこそ思へ
うきにはふ
あしまのみくり
したにのみ
たえずくるしき
ものをこそおもへ
袖も知れ
枕も洩らせ
戀しさを
堰きとゞむべき
涙ならねば
そでもしれ
まくらももらせ
こひしさを
せきとどむべき
なみだならねば
よしさらば
夜は涙に
任せなむ
枕ならでは
誰か知るべき
よしさらば
よるはなみだに
まかせなむ
まくらならでは
たれかしるべき
洩さじと
おもふは誰れが
涙にて
つゝむ袂の
ひま求むらむ
もらさじと
おもふはたれが
なみだにて
つつむたもとの
ひまもとむらむ
涙川
はては浮名や
流さまし
せくかひもなき
袖のしがらみ
なみだかは
はてはうきなや
ながさまし
せくかひもなき
そでのしがらみ
如何にせむ
程なき袖の
しがらみに
包みなれても
餘る涙を
いかにせむ
ほどなきそでの
しがらみに
つつみなれても
あまるなみだを
袖までも
まだ洩さねば
夜な〳〵の
月だに知らぬ
涙なりけり
そでまでも
まだもらさねば
よなよなの
つきだにしらぬ
なみだなりけり
寶治の百首の歌に、寄月戀
前大納言資季
Прежний старший советник Сукэсуэ
天の川
光とゞめず
行く月の
早くもひとに
こひやわたらむ
あまのかは
ひかりとどめず
ゆくつきの
はやくもひとに
こひやわたらむ
月影に
身をやかへまし
哀れてふ
人の心に
入りて見るべく
つきかげに
みをやかへまし
あはれてふ
ひとのこころに
いりてみるべく
更けてこそ
思絶ゆとも
三日月の
宵の間ばかり
見る影もがな
ふけてこそ
おもひたゆとも
みかづきの
よひのまばかり
みるかげもがな
山の端に
廿日の月の
はつ/\に
見し計りにや
斯は戀しき
やまのはに
はつかのつきの
はつ/\に
みしばかりにや
かくはこひしき
通路の
無きにつけてぞ
志のぶ山
つらき心の
奧は見えける
かよひぢの
なきにつけてぞ
しのぶやま
つらきこころの
おくはみえける
心こそ
絶えぬ思ひに
亂るとも
色にな出でそ
忍ぶもぢずり
こころこそ
たえぬおもひに
みだるとも
いろにないでそ
しのぶもぢずり
名取川
音にな立てそ
陸奧の
しのぶが原は
つゆあまるとも
なとりがは
おとになたてそ
みちのくの
しのぶがはらは
つゆあまるとも
うら若み
荻の下葉に
置く露を
さもほのめかす
風の音かな
うらわかみ
をぎのしたばに
おくつゆを
さもほのめかす
かぜのおとかな
我が戀は
まだ古巣なる
鶯の
鳴きても人に
知らせかねつゝ
わがこひは
まだふるすなる
うぐひすの
なきてもひとに
しらせかねつつ
螢より
燃ゆといひても
頼まれず
光に見ゆる
思ひならねば
ほたるより
もゆといひても
たのまれず
ひかりにみゆる
おもひならねば
人知れぬ
泪の色は
かひもなし
見せばやとだに
思ひ寄らねば
ひとしれぬ
なみだのいろは
かひもなし
みせばやとだに
おもひよらねば
人知れぬ
思ひするがの
國にこそ
身を木枯の
杜はありけれ
ひとしれぬ
おもひするがの
くににこそ
みをこがらしの
もりはありけれ
片絲の
あだの玉の緒
より懸て
あはでの杜に
露消えねとや
かたいとの
あだのたまのを
よりかけて
あはでのもりに
つゆきえねとや
戀ひ死なむ
命をだにも
惜まぬに
誰がため包む
心なるらむ
こひしなむ
いのちをだにも
をしまぬに
たがためつつむ
こころなるらむ
人目をも
包まぬ計り
戀しきは
おぼろげならぬ
心とを知れ
ひとめをも
つつまぬばかり
こひしきは
おぼろげならぬ
こころとをしれ
絶えず立つ
烟よりこそ
富士の嶺の
ならぬ思も
身に知られけれ
たえずたつ
けぶりよりこそ
ふじのねの
ならぬおもひも
みにしられけれ
思ふとも
知らじなよそに
海士の燒く
藻鹽の烟
下に焦れて
おもふとも
しらじなよそに
あまのやく
もしほのけぶり
したにこかれて
夕烟
さしも苦しき
下もえの
立つ名とならば
猶やこがれむ
ゆふけぶり
さしもくるしき
したもえの
たつなとならば
なほやこがれむ
我が方に
靡くとも見ば
夕烟
せめて浮名は
よそに立つとも
わがかたに
なびくともみば
ゆふけぶり
せめてうきなは
よそにたつとも
共にさて
うき名や立たむ
あづまなる
霞の浦の
烟ならねど
ともにさて
うきなやたたむ
あづまなる
かすみのうらの
けぶりならねど
なほざりに
抑ふる方も
ありけりと
洩らば涙を
人や喞たむ
なほざりに
おさふるかたも
ありけりと
もらばなみだを
ひとやかこたむ
筑波山
しづくと絶えぬ
谷水の
如何なる隙に
洩し初めまし
つくばやま
しづくとたえぬ
たにみづの
いかなるひまに
もりしそめまし
よそに散る
玉とな見えそ
堰く袖の
たぎつ心は
湧き返る共
よそにちる
たまとなみえそ
せくそでの
たぎつこころは
わきかへるとも
洩れぬべき
袖の涙に
知らせばや
問へど白玉
いはぬ習ひを
もれぬべき
そでのなみだに
しらせばや
とへどしらたま
いはぬならひを
永徳元年五月五日内裏にて三首の歌講ぜられし時、思不言戀を
左大臣
戀しさの
例もいかゞ
岩躑躅
染めてなみだは
色に見ゆとも
こひしさの
ためしもいかが
いはつつじ
そめてなみだは
いろにみゆとも
女に思ふやと問ひたりけれどいらへもせざりければ
左近大將朝光
思ふとも
いはずなりぬる
時よりも
増る方にて
頼まるゝ哉
おもふとも
いはずなりぬる
ときよりも
まさるかたにて
たのまるるかな
言はねども
心の程を
見えぬれば
何れをまさる
方と頼まむ
ことはねども
こころのほどを
みえぬれば
いづれをまさる
かたとたのまむ
よしさらば
言ひだに放て
とにかくに
芦間の池の
障る契を
よしさらば
いひだにはなて
とにかくに
あしまのいけの
さはるちぎりを
消えねたゞ
蜑のすくも火
下燃の
烟やそれと
人もこそ問へ
きえねただ
あまのすくもひ
したもえの
けぶりやそれと
ひともこそとへ
消え果てむ
むなし烟の
末までも
靡く方とは
人に知られじ
きえはてむ
むなしけぶりの
すゑまでも
なびくかたとは
ひとにしられじ
人知れずまた懲りずまに燒く鹽の烟は下に猶むせびつゝ
里はいづくぞと問へばそことも無く海士のやうになむあると云ふ人に遣はしける
從三位爲信
渡つ海の
そことも知らぬ
蜑なれば
藻鹽の烟
立たば尋ねむ
わたつみの
そこともしらぬ
あまなれば
もしほのけぶり
たたばたづねむ
みるめなき
潮の亂るゝ
蜑なれば
袖の浦にぞ
尋ねても見む
みるめなき
しほのみだるる
あまなれば
そでのうらにぞ
たづねてもみむ
蜑のかる
磯の玉藻の
下亂れ
知らせ初むべき
波の間もがな
あまのかる
いそのたまもの
したみだれ
しらせそむべき
なみのまもがな
昨日より今日は色添ふ染川に立つ名も知らず戀や渡らむ
きのふよりけふはいろそふそかはにたつなもしらずこひやわたらむ
如何にして
空に立ちける
浮名ぞと
宿りし袖の
月にとはゞや
いかにして
そらにたちける
うきなぞと
やどりしそでの
つきにとはばや
靡くとも
みぬめの浦の
夕烟
かくてうき名を
猶や立つらむ
なびくとも
みぬめのうらの
ゆふけぶり
かくてうきなを
なほやたつらむ
如何なれば
小野の秋津に
ゐる雲の
靡きもあへず
浮名立つらむ
いかなれば
をののあきつに
ゐるくもの
なびきもあへず
うきなたつらむ
つひに早
おさふる袖も
朽ち果てぬ
何に涙を
今はつゝまむ
つひにはや
おさふるそでも
くちはてぬ
なにになみだを
いまはつつまむ
朽ち果てむ
後をば何に
歎きけむ
今より袖に
餘るなみだを
くちはてむ
のちをばなにに
なげきけむ
いまよりそでに
あまるなみだを
身にあまる
思ひや猶も
知られまし
涙は袖に
包み來ぬれど
みにあまる
おもひやなほも
しられまし
なみだはそでに
つつみこぬれど
なほざりに
思ひし程や
包みけむ
恨にあまる
袖のなみだを
なほざりに
おもひしほどや
つつみけむ
うらみにあまる
そでのなみだを
身に餘る
思の烟
遂にはや
よそにうき名の
立ちにけるかな
みにあまる
おもひのけぶり
つひにはや
よそにうきなの
たちにけるかな
如何にせむ
芦のしのびの
夕烟
無き名計りは
早立ちにけり
いかにせむ
あしのしのびの
ゆふけぶり
なきなばかりは
はやたちにけり
いかゞせむうだの燒野にふす鳥のよそに隱れぬ戀の疲を
逢ふことに堪へぬ心を較ぶればせめては惜しき名をや洩さむ
戀死なば
逢ふにかへたる
命かと
無き名をさへや
跡に殘さむ
こひしなば
あふにかへたる
いのちかと
なきなをさへや
あとにのこさむ
内裏にて人々題を探りて歌仕うまつりけるに、寄玉戀
右衞門督親雅
逢ふ夜はの數になさばや袖の上に落ちて淀なき瀧の白玉
あふよはのかずになさばやそでのうへにおちてよどなきたきのしらたま
衣手よさのみな漏れそ藤代の御坂を越ゆるこひの道かは
ころもでよさのみなもれそふぢよのみさかをこゆるこひのみちかは
大井川
おろす筏の
如何なれば
流れてつひに
戀しかるらむ
おほゐかは
おろすいかだの
いかなれば
ながれてつひに
こひしかるらむ
戀ひ死ねと
駿河の海の
濱つゞら
來る世も波の
袖濡すらむ
こひしねと
するがのうみの
はまつづら
くるよもなみの
そでぬらすらむ
逢ふ事は
猶かた岡の
眞葛原
恨みも果てず
濡るゝそでかな
あふことは
なほかたをかの
まくずばら
うらみもはてず
ぬるるそでかな
最上川
いなとこたへて
いな舟の
しばし計りは
心をも見む
もがみがは
いなとこたへて
いなふねの
しばしばかりは
こころをもみむ
最上川
登りもやらぬ
いな舟の
逢ふ瀬過ぐべき
程ぞ久しき
もがみがは
のぼりもやらぬ
いなふねの
あふせすぐべき
ほどぞひさしき
瀬を早み
絶えず流るゝ
水よりも
盡きせぬ物は
涙なりけり
せをはやみ
たえずながるる
みづよりも
つきせぬものは
なみだなりけり
深き江に
流れもやらぬ
亂芦の
うき節ながら
さてや朽なむ
ふかきえに
ながれもやらぬ
みだれあしの
うきふしながら
さてやくちなむ
芦根はふ
堀江の橋の
絶えず猶
下に亂れて
戀ひわたるかな
あしねはふ
ほりえのはしの
たえずなほ
したにみだれて
こひわたるかな
浦風の
むかふ潮瀬に
行く舟の
たゆむ時なく
身は焦れつゝ
うらかぜの
むかふしほせに
ゆくふねの
たゆむときなく
みはこかれつつ
如何なれば
我身の方に
置く網の
こと浦にのみ
心引くらむ
いかなれば
わがみのかたに
おくあみの
ことうらにのみ
こころひくらむ
梓弓
いそまの浦に
引く網の
目にかけながら
逢はぬ君かな
あづさゆみ
いそまのうらに
ひくあみの
めにかけながら
あはぬきみかな
徒然の
はる日に迷ふ
かげろふの
影見しよりぞ
人は戀しき
つれづれの
はるひにまよふ
かげろふの
かげみしよりぞ
ひとはこひしき
秋風に
音はすれども
花薄
ほのかにだにも
見えぬきみかな
あきかぜに
おとはすれども
はなすすき
ほのかにだにも
みえぬきみかな
面影も
まだ見ぬ中に
吹く風の
たよりばかりを
何頼むらむ
おもかげも
まだみぬなかに
ふくかぜの
たよりばかりを
なにたのむらむ
紅の
濃染の衣
染めかけて
いまたかるより
いろづかむかも
くれなゐの
こそめのころも
そめかけて
いまたかるより
いろづかむかも
人々題を探りて歌仕うまつりけるついでに恨戀の心を詠ませ給うける
後嵯峨院御製
小夜衣
かへすかひなき
思ひ寐の
夢にも人を
恨みつるかな
さよころも
かへすかひなき
おもひねの
ゆめにもひとを
うらみつるかな
うたゝ寐に
はかなく人を
夢に見て
現にさへも
落つる涙か
うたたねに
はかなくひとを
ゆめにみて
うつつにさへも
おつるなみだか
待ち侘びて
暫しまどろむ
轉寐の
夢にも見せよ
人の面かげ
まちわびて
しばしまどろむ
うたたねの
ゆめにもみせよ
ひとのおもかげ
侘びぬれば
見てもかひ無き
思寐に
今將同じ
夢ぞ待たるゝ
わびぬれば
みてもかひなき
おもひねに
いまはたおなじ
ゆめぞまたるる
頼まれぬ
夢も誠の
有る世ぞと
逢ひ見て何時か
人に語らむ
たのまれぬ
ゆめもまことの
あるよぞと
あひみていつか
ひとにかたらむ
戀しさに
おもひ亂れて
寐ぬる夜の
深き夢路を
現ともがな
こひしさに
おもひみだれて
いぬるよの
ふかきゆめぢを
うつつともがな
いとゞ猶
歎かむ爲か
逢ふと見て
人無きとこの
夢の名殘は
いとどなほ
なげかむためか
あふとみて
ひとなきとこの
ゆめのなごりは
延文二年百首の歌奉りけるに、寄猪戀
等持院贈左大臣
獨寐は
如何にふす猪の
床なれば
夢路も易く
通はざるらむ
ひとりねは
いかにふすゐの
とこなれば
ゆめぢもよすく
かよはざるらむ
宵々に
行きかへるさへ
はかなきは
うちぬる程の
夢の通路
よひよひに
ゆきかへるさへ
はかなきは
うちぬるほどの
ゆめのかよひぢ
我戀は
只思ひ寐の
夢なれや
見るとはすれど
逢ふ事のなき
われこひは
ただおもひねの
ゆめなれや
みるとはすれど
あふことのなき
はかなしや
我が思ひ寐の
心より
通ふ直路の
夢のちぎりは
はかなしや
わがおもひねの
こころより
かよふただぢの
ゆめのちぎりは
小車の
しぢの端書
如何で尚
ぬる夜の數を
添へて待つべき
をぐるまの
しぢのはしがき
いかでなほ
ぬるよのかずを
そへてまつべき
夜を重ね
うき節見えて
笹の葉に
置く初霜と
爭で消えなむ
よをかさね
うきふしみえて
ささのはに
おくはつしもと
いかできえなむ
幾度も
書きこそやらめ
水莖の
岡のかや原
なびくばかりに
いくたびも
かきこそやらめ
みづぐきの
をかのかやはら
なびくばかりに
心だに
通はゞなどか
鳰鳥の
芦間を分くる
みちもなからむ
こころだに
かよはばなどか
にほとりの
あしまをわくる
みちもなからむ
水鳥を
よそに見しかど
戀すれば
我も涙に
うき音をぞ鳴く
みづとりを
よそにみしかど
こひすれば
われもなみだに
うきねをぞなく
つれなくて
來ぬ夜數かく
涙川
淀む逢ふ瀬は
いかゞ頼まむ
つれなくて
こぬよかずかく
なみだかは
よどむあふせは
いかがたのまむ
強ひてよも
いふにもよらじ
み菰苅る
信濃のま弓
引かぬ心は
しひてよも
いふにもよらじ
みこもかる
しなののまゆみ
ひかぬこころは
くもるとも
よしや涙の
眞A鏡
我が面かげは
見てもかひなし
くもるとも
よしやなみだの
ますかがみ
わがおもかげは
みてもかひなし
黒戸に立ちながら人に物云ひ明して又の日遣しける
大貳三位
知るらめや
まやの仄々
明くる迄
あまそゝぎして
立濡れしとは
しるらめや
まやのほのぼの
あくるまで
あまそそぎして
たぬれしとは
延文二年百首の歌奉りける時、寄雲戀
等持院贈左大臣
知られじな
ひとの心の
浮雲は
我が袖晴れぬ
時雨なりとも
しられじな
ひとのこころの
うきくもは
わがそではれぬ
しぐれなりとも
殿上の人々一品宮に參りて物云ひける人に、雨の降りければ急ぎ歸りてつとめて遣しける
前大納言公任
飽かで來し
空の雫は
秋の夜の
月さへ曇る
物にぞ有りける
あかでこし
そらのしずくは
あきのよの
つきさへくもる
ものにぞありける
身に知らぬ
逢坂山の
さね葛
關をば越えて
來るひともなし
みにしらぬ
あふさかやまの
さねかずら
せきをばこえて
くるひともなし
かひなしや
關の此方に
年を經て
遂に越ゆべき
道を知らねば
かひなしや
せきのこなたに
としをへて
つひにこゆべき
みちをしらねば
現とも
ゆめとも見えぬ
程ばかり
通はゞゆるせ
下ひもの關
うつつとも
ゆめともみえぬ
ほどばかり
かよはばゆるせ
したひものせき
うきなかの
關は宵々
守り添へて
人目よく間の
夢も通はず
うきなかの
せきはよひよひ
もりそへて
ひとめよくまの
ゆめもかよはず
等持院贈左大臣の家にて人々三首の歌詠み侍りけるに
寂眞法師
關守の
打ちぬる宵の
通路は
許さぬなかと
言はぬばかりぞ
せきもりの
うちぬるよひの
かよひぢは
もとさぬなかと
いはぬばかりぞ
遠からぬ
伏見の里の
關守は
木幡のみねに
きみぞ据ゑける
とほからぬ
ふしみのさとの
せきもりは
こはたのみねに
きみぞすゑける
越えかぬる
習もつらし
逢坂の
山しもなどか
關路なるらむ
こえかぬる
ならひもつらし
あふさかの
やましもなどか
せきぢなるらむ
なきになす
身をばよそにや
思ふらむ
心より又
物の悲しき
なきになす
みをばよそにや
おもふらむ
こころよりまた
もののかなしき
生きてこそ
思ふも憂けれ
死ぬ計
つらきや人の
情なるらむ
いきてこそ
おもふもうけれ
しぬばかり
つらきやひとの
なさけなるらむ
同じ世の
つらき限を
見ぬほどの
命ぞ戀の
たのみなりける
おなじよの
つらきかぎりを
みぬほどの
いのちぞこひの
たのみなりける
逢ふまでの
契もよしや
今は唯
憂きにまけぬる
命ともがな
あふまでの
ちぎりもよしや
いまはただ
うきにまけぬる
いのちともがな
後の世の
契の程も
知らぬ身に
戀ひ死ぬばかり
何慕ふらむ
のちのよの
ちぎりのほども
しらぬみに
こひしぬばかり
なにしたふらむ
後の世と
我だに身をば
思はねば
頼み置くべき
人も無き哉
のちのよと
われだにみをば
おもはねば
たのみおくべき
ひともなきかな
限とも
言はでは如何
戀死なむ
誰が惜むべき
うき身ならねど
かぎりとも
いはではいかが
こひしなむ
たがをしむべき
うきみならねど
はかなくぞ
後の世知らで
生ける身の
つらき計を
思侘ぬる
はかなくぞ
のちのよしらで
いけるみの
つらきばかりを
おもひわびぬる
生ける身の
爲と思ひし
逢ふ事も
今は命に
換へつべきかな
いけるみの
ためとおもひし
あふことも
いまはいのちに
かへつべきかな
生ける身の
爲こそ憂けれ
それをだに
喞つ方とて
戀や死なまし
いけるみの
ためこそうけれ
それをだに
かこつかたとて
こひやしなまし
戀ひ死なぬ
ほどとて身にぞ
急がるゝ
人は命も
かけぬ契に
こひしなぬ
ほどとてみにぞ
いそがるる
ひとはいのちも
かけぬちぎりに
思ひかね
又やしたはむ
後までは
恨み果つべき
心ならねば
おもひかね
またやしたはむ
のちまでは
うらみはつべき
こころならねば
さのみよも
後の世までは
つらからじ
命ぞ人の
別なるべき
さのみよも
のちのよまでは
つらからじ
いのちぞひとの
わかれなるべき
戀ひ死なぬ
身の爲つらき
命とも
さて長らふる
契にぞ知る
こひしなぬ
みのためつらき
いのちとも
さてながらふる
ちぎりにぞしる
さりともと
頼む心の
身になくば
うきにつけてや
思弱らむ
さりともと
たのむこころの
みになくば
うきにつけてや
おもひよはらむ
忘れじと
思ふにそへて
悲しきは
心にかなふ
こゝろなりけり
わすれじと
おもふにそへて
かなしきは
こころにかなふ
こころなりけり
心をば
ならはし物と
言ふなれど
片時の間も
忘れやはする
こころをば
ならはしものと
いふなれど
かたときのまも
わすれやはする
いかゞせむ
逢ふにかへむと
思ふ身の
そをだに待たぬ
命なりせば
いかがせむ
あふにかへむと
おもふみの
そをだにまたぬ
いのちなりせば
命にも
換へなで人の
つれなきは
ながらへて猶
物思へとや
いのちにも
かへなでひとの
つれなきは
ながらへてなほ
ものおもへとや
かひなしや
憂きつれなさに
存へて
有りと聞かれむ
命計は
かひなしや
うきつれなさに
ながらへて
ありときかれむ
いのちばかりは
よそにだに
見ぬ目の浦の
忘貝
かひなく拾ふ
袖は濡れつゝ
よそにだに
みぬめのうらの
わすかひ
かひなくひろふ
そではぬれつつ
ちりは猶
こぬ夜も拂ふ
床の上に
つもるまゝなる
中の年月
ちりはなほ
こぬよもはらふ
とこのうへに
つもるままなる
なかのとしつき
逢ふ事も
知らぬ世に猶
長らへて
我が爲憂きは
命なりけり
あふことも
しらぬよになほ
ながらへて
わがためうきは
いのちなりけり
年月の
つらさに堪へて
存ふる
我がつれなさぞ
喞つ方なき
としつきの
つらさにたへて
ながらふる
わがつれなさぞ
かこつかたなき
恨みても
戀ひても經ぬる
月日哉
忍ぶばかりを
慰めにして
うらみても
こひてもへぬる
つきひかな
しのぶばかりを
なぐさめにして
つれなしな
逢ふ頼なき
年月を
かくてもすぐす
命ながさは
つれなしな
あふたのみなき
としつきを
かくてもすぐす
いのちながさは
戀侘びぬ
いかに待ち見む
三輪の山
杉立つ門は
訪ふ人もなし
こひわびぬ
いかにまちみむ
みはのやま
すぎたつかどは
とふひともなし
つれなさを
祈るとだにも
木綿襷
かけてや人に
先知せまし
つれなさを
いのるとだにも
ゆふだすき
かけてやひとに
さきしらせまし
祈りこし
幾年波の
御手洗に
かけぬ御祓は
言ふかひもなし
いのりこし
いくとしなみの
みてあらに
かけぬみそぎは
いふかひもなし
千早ぶる
神の志るしと
頼むかな
思ひもかけぬ
今日の葵を
ちはやぶる
かみのしるしと
たのむかな
おもひもかけぬ
けふのあふひを
頼むとや
祈れば神も
思ふらむ
憂きつれなさに
負けぬ心を
たのむとや
いのればかみも
おもふらむ
うきつれなさに
まけぬこころを
一かたに
頼みぞせまし
僞に
習はぬさきの
ちぎりなりせば
ひとかたに
たのみぞせまし
いつはりに
ならはぬさきの
ちぎりなりせば
僞と
思ひなせども
言の葉や
志ばしも殘る
いのちなるらむ
いつはりと
おもひなせども
ことのはや
しばしものこる
いのちなるらむ
僞と
思ふちぎりを
せめて身の
慰むかたに
たのむはかなさ
いつはりと
おもふちぎりを
せめてみの
なぐさむかたに
たのむはかなさ
さらば又
頼みてや見む
僞と
喞つによらぬ
なかのちぎりを
さらばまた
たのみてやみむ
いつはりと
かこつによらぬ
なかのちぎりを
さりともと
猶こそ頼め
僞に
思ひ爲すべき
ちぎりならねば
さりともと
なほこそたのめ
いつはりに
おもひためすべき
ちぎりならねば
そのまゝに
いかで頼まむ
僞も
まことに似たる
人の言の葉
そのままに
いかでたのまむ
いつはりも
まことににたる
ひとのことのは
人語らひける男の許より忘るなとのみ云ひおこせ侍りければ
和泉式部
いさやまた
變るも知らず
今こそは
人の心を
見ても習はめ
いさやまた
かはるもしらず
いまこそは
ひとのこころを
みてもならはめ
僞の
ある世に習ふ
なかならば
我がかね言も
いかゞ殘さむ
いつはりの
あるよにならふ
なかならば
わがかねことも
いかがのこさむ
かねてより
人の心も
知らぬ世に
契ればとても
如何頼まむ
かねてより
ひとのこころも
しらぬよに
ちぎればとても
いかがたのまむ
打ち解けぬ
人の心の
下ひもに
強ひて契を
なにむすぶらむ
うちとけぬ
ひとのこころの
したひもに
しひてちぎりを
なにむすぶらむ
僞の
ことの葉しげき
玉章に
引きかへしても
恨みつるかな
いつはりの
ことのはしげき
たまづさに
ひきかへしても
うらみつるかな
契りしを
誠とまでは
思はねど
又頼むべき
ことの葉ぞなき
ちぎりしを
まこととまでは
おもはねど
またたのむべき
ことのはぞなき
行くすゑを
待ち見むまでの
命こそ
契に添へて
疑はれけれ
ゆくすゑを
まちみむまでの
いのちこそ
ちぎりにそへて
うたがはれけれ
何時までの
命と知りて
變らじと
行く末までを
契置くらむ
いつまでの
いのちとしりて
かはらじと
ゆくすゑまでを
ちぎりおくらむ
忘れじと
言ひしばかりの
契こそ
行く末遠き
頼みなりけれ
わすれじと
いひしばかりの
ちぎりこそ
ゆくすゑとほき
たのみなりけれ
郁芳門院の根合に、戀の心を人に代りて読み侍りける
六條右大臣
思ひかね
さてもや暫し
慰むと
唯なほざりに
頼めやはせぬ
おもひかね
さてもやしばし
なぐさむと
ただなほざりに
たのめやはせぬ
僞に
又やなりぬと
思ふより
待つにつけても
濡るゝ袖かな
いつはりに
またやなりぬと
おもふより
まつにつけても
ぬるるそでかな
應安六年三月十八日三首の歌講ぜられしついでに契待戀と云ふことを詠ませ給うける
僞の
有る世を知らぬ
身になして
障るや喞つ
言の葉にせむ
いつはりの
あるよをしらぬ
みになして
さはるやかこつ
ことのはにせむ
誠ぞと
思ひ定めぬ
夕暮の
なほざりならず
など待たるらむ
まことぞと
おもひさだめぬ
ゆふぐれの
なほざりならず
などまたるらむ
さりともと
心ひとつに
頼めども
言ひし儘なる
夕暮も無し
さりともと
こころひとつに
たのめども
いひしままなる
ゆふぐれもなし
頼めしも
忘れむと思ふ
今日の日を
くるとな告げそ
入相の鐘
たのめしも
わすれむとおもふ
けふのひを
くるとなつげそ
いりあひのかね
契しも
頼むとまでは
なきなかに
何と待たるゝ
夕なるらむ
ちぎりしも
たのむとまでは
なきなかに
なにとまたるる
ゆふべなるらむ
僞の
有る世も知らず
待てとのみ
言ひし夜毎の
頼まるゝ哉
いつはりの
あるよもしらず
まてとのみ
いひしよごとの
たのまるるかな
僞は
待つとばかりの
ちぎりにて
心に頼む
ゆふぐれぞ無き
いつはりは
まつとばかりの
ちぎりにて
こころにたのむ
ゆふぐれぞなき
憂きは身に
なれぬる後も
僞を
たのむや負くる
心なるらむ
うきはみに
なれぬるのちも
いつはりを
たのむや負くる
こころなるらむ
僞に
ならふうき身は
中々に
契らぬくれや
たのみたるらむ
いつはりに
ならふうきみは
なかなかに
ちぎらぬくれや
たのみたるらむ
僞を
頼むだにこそ
はかなきを
契らぬ暮の
などまたるらむ
いつはりを
たのむだにこそ
はかなきを
ちぎらぬくれの
などまたるらむ
僞と
思ひながらも
契りしや
夕ぐれごとの
たのみなるらむ
いつはりと
おもひながらも
ちぎりしや
ゆふぐれごとの
たのみなるらむ
さりともと
思ふ心や
よわるらむ
今は待たれぬ
夕ぐれの空
さりともと
おもふこころや
よわるらむ
いまはまたれぬ
ゆふぐれのそら
さのみよも
來ぬ僞は
かさねじと
心に待たぬ
夕ぐれぞなき
さのみよも
こぬいつはりは
かさねじと
こころにまたぬ
ゆふぐれぞなき
鳥の音の
曉よりも
つらかりき
おとせぬ人の
夕ぐれのそら
とりのおとの
あかつきよりも
つらかりき
おとせぬひとの
ゆふぐれのそら
如何にせむ
障らば明日の
頼だに
知らぬ契の
宵のむらさめ
いかにせむ
さはらばあすの
たのみだに
しらぬちぎりの
よひのむらさめ
延文の百首の歌召されけるついでに、寄蛛戀を
後光嚴院御製
小蟹の
蛛のふるまひ
兼てより
志るしも見えば
猶や頼まむ
ささがにの
くものふるまひ
かねてより
しるしもみえば
なほやたのまむ
かねて憂き
心盡しと
なりにけり
頼をかくる
さゝがにの絲
かねてうき
こころつくしと
なりにけり
たのみをかくる
ささがにのいと
徒らに
待つは苦しき
僞を
かねてより知る
ゆふぐれもがな
いたづらに
まつはくるしき
いつはりを
かねてよりしる
ゆふぐれもがな
更けぬとも
暫し恨みじ
なほざりに
頼めし人の
契ならねば
ふけぬとも
しばしうらみじ
なほざりに
たのめしひとの
ちぎりならねば
權大納言爲遠の家にて人々三首の歌詠み侍りけるに、待戀を
祝部成光
更くるまで
猶待たれしは
僞に
ならばぬさきの
心なりけり
ふくるまで
なほまたれしは
いつはりに
ならばぬさきの
こころなりけり
僞の
數添ふなかは
契りても
たのみならはぬ
夕ぐれのそら
いつはりの
かずそふなかは
ちぎりても
たのみならはぬ
ゆふぐれのそら
獨寐の
よはをも如何で
明さまし
訪はれぬ暮は
思ひ絶ゆ共
ひとりねの
よはをもいかで
あかさまし
とはれぬくれは
おもひたゆとも
歸るさの
よその恨を待
ち明す身
の類ひとは
いかゞ思はむ
かへるさの
よそのうらをま
ちあかすみ
のたぐひひとは
いかがおもはむ
待つ人の
來ぬ夜の數に
較ぶれば
枕のちりも
積らざりけり
まつひとの
こぬよのかずに
くらぶれば
まくらのちりも
つもらざりけり
現にて
こぬ憂さよりも
逢ふと見る
夢は幾夜も
待つべかり鳬
うつつにて
こぬうさよりも
あふとみる
ゆめはいくよも
まつべかりけり
僞の
つらさにかへて
詠むれば
月ぞ來ぬ夜の
數は知るらむ
いつはりの
つらさにかへて
ながむれば
つきぞこぬよの
かずはしるらむ
ともすれば
雲間隱れに
待たれつゝ
空頼めする
よはの月哉
ともすれば
くもまかくれに
またれつつ
そらたのめする
よはのつきかな
男の人の國に罷りて、歸り來むと云ひける程も過ぎにければ詠みて遣しける
監命婦
人を待つ
門は暗くぞ
なりにける
頼めし月の
うちに見えねば
ひとをまつ
かどはくらくぞ
なりにける
たのめしつきの
うちにみえねば
見よかしな
廿日餘りの
月だにも
今迄人に
待たれやはする
みよかしな
はつかあまりの
つきだにも
いままでひとに
またれやはする
逢はざりし
つらさを喞つ
言の葉に
今だに濡るゝ
新枕かな
あはざりし
つらさをかこつ
ことのはに
いまだにぬるる
にひまくらかな
なみだのみ
片敷く袖の
新枕
いくとせ濡れて
今宵干すらむ
なみだのみ
かたしくそでの
にひまくら
いくとせぬれて
こよひほすらむ
逢ふ夜だに
猶干しやらぬ
我袖や
恨みなれにし
涙なるらむ
あふよだに
なほひしやらぬ
わがそでや
うらみなれにし
なみだなるらむ
自づから
逢ふ夜はかはる
心かな
涙や戀の
ひまを知るらむ
おのづから
あふよはかはる
こころかな
なみだやこひの
ひまをしるらむ
戀路には
迷ふとばかり
思ひしに
越えける物を
逢坂のせき
こひぢには
まよふとばかり
おもひしに
こえけるものを
あふさかのせき
戀ひ死なば
かひなからまし
存へて
逢ふを限りも
命なり鳬
こひしなば
かひなからまし
ながらへて
あふをかぎりも
いのちなりけり
逢ふ夜こそ
思ひ知りぬれ
我ながら
慕ひ來にける
心長さを
あふよこそ
おもひしりぬれ
われながら
しのひきにける
こころながさを
其儘に
やがて命も
たえぬべし
げに身にかふる
逢瀬なりせば
そのままに
やがていのちも
たえぬべし
げにみにかふる
あせなりせば
ならはねば
身にこそ夢と
辿るとも
是は現と
言ふ人もがな
ならはねば
みにこそゆめと
たどるとも
これはうつつと
いふひともがな
今宵かく
かはし初めつる
手枕に
今は涙の
かゝらずもがな
こよひかく
かはしそめつる
たまくらに
いまはなみだの
かからずもがな
夢路より
惑初めぬと
侘びつるに
導べ有りとは
今ぞ知りぬる
ゆめぢより
まよひそめぬと
わびつるに
しるべありとは
いまぞしりぬる
思ひ出づる
雲間の月の
面影は
又何時までの
わすれ形見ぞ
おもひいづる
くもまのつきの
おもかげは
またいつまでの
わすれかたみぞ
轉てなど
憂き身知らるゝ
別路を
急がぬ先に
慕はざりけむ
うたてなど
うきみしらるる
わかれぢを
いそがぬさきに
したはざりけむ
永徳元年六月十二日三十首の歌講ぜられし時、惜別戀
左大臣
夜を籠めて
急ぐ別の
憂きなかに
頼めぬ末を
何ちぎるらむ
よをこめて
いそぐわかれの
うきなかに
たのめぬすゑを
なにちぎるらむ
我が心
慰めとてや
別路に
かはらじとのみ
ちぎり置くらむ
わがこころ
なぐさめとてや
わかれぢに
かはらじとのみ
ちぎりおくらむ
鳥の音は
鳴くとも未
夜深きに
など憂き人の
急ぐなるらむ
とりのねは
なくともいまだ
よふかきに
などうきひとの
いそぐなるらむ
せめてたゞ
聞きも盡さば
別路の
八聲の鳥を
さのみ恨みじ
せめてただ
ききもつくさば
わかれぢの
八こゑのとりを
さのみうらみじ
よしさらば
又とも言はじ
別路の
つらさに堪へむ
命ならねば
よしさらば
またともいはじ
わかれぢの
つらさにたへむ
いのちならねば
永和四年八月十五夜三首の歌講ぜられしついでに、月前別戀
太上天皇
つらき名の
たぐひまでやは
喞つべき
別れし袖の
有明の月
つらきなの
たぐひまでやは
かこつべき
わかれしそでの
ありあけのつき
憂きまゝに
さのみかこたじ
衣々の
形見はのちも
有明の月
うきままに
さのみかこたじ
きぬぎぬの
かたみはのちも
ありあけのつき
形見ぞと
言はぬばかりの
別れ路に
殘るもつらき
有明の月
かたみぞと
いはぬばかりの
わかれぢに
のこるもつらき
ありあけのつき
忘るなよ
又逢ふまでの
契とも
知らぬ形見の
ありあけの月
わするなよ
またあふまでの
ちぎりとも
しらぬかたみの
ありあけのつき
今よりや
つらき形見と
なりもせむ
我が衣々の
袖のつき影
いまよりや
つらきかたみと
なりもせむ
わがきぬぎぬの
そでのつきかげ
曉の
別れは何時も
から衣
濡れてぞかへる
そでのうらなみ
あかつきの
わかれはいつも
からころも
ぬれてぞかへる
そでのうらなみ
死ぬばかり
人は別れを
思はでや
又逢ふ事を
契り置くらむ
しぬばかり
ひとはわかれを
おもはでや
またあふことを
ちぎりおくらむ
我のみや
干さで忍ばむ
衣々の
袖に殘さぬ
ひとのなみだを
われのみや
ひさでしのばむ
きぬぎぬの
そでにのこさぬ
ひとのなみだを
道芝の
露と消えなば
衣々の
別れやながき
わかれならまし
みちしばの
つゆときえなば
きぬぎぬの
わかれやながき
わかれならまし
明くるだに
惜まぬ物を
暮ればとは
心の外の
空だのめかな
あくるだに
をしまぬものを
くればとは
こころのほかの
そらだのめかな
かく定めなうあくがれ給ひけれどいと心ありてをかしくおはする宮と聞きて大夫の御息所の御腹の女八宮にあはせ給ひて、あしたに
兵部卿元良親王
程もなく
歸るあしたの
から衣
心まどひに
いかゞきつらむ
ほどもなく
かへるあしたの
からころも
こころまどひに
いかがきつらむ
暮るゝ間を
待つべき身とも
頼まれず
歸りし道の
心惑ひに
くるるまを
まつべきみとも
たのまれず
かへりしみちの
こころまどひに
年頃つれなかりける女にからうじてあひそめける其の夜程なく明けぬれば詠める
讀人志らず
つらかりし
君が心は
忘られて
明けぬる空の
恨めしきかな
つらかりし
きみがこころは
わすられて
あけぬるそらの
うらめしきかな
ひとり寐も
習はぬ身には
非ねども
妹が歸れる
床の寂しさ
ひとりねも
ならはぬみには
あらねども
いもがかへれる
とこのさびしさ
爲忠朝臣の家に百首の歌詠ませ侍りける時、後朝隱戀
皇太后宮大夫俊成
飽かなくに
起きつるだにも
有る物を
行方も知らぬ
道芝の露
あかなくに
おきつるだにも
あるものを
ゆくへもしらぬ
みちしばのつゆ
くや〳〵と
待つ夕暮と
いまはとて
歸るあしたと
いづれ増れり
くやくやと
まつゆふくれと
いまはとて
かへるあしたと
いづれまされり
と云ふ歌を數多の人の許に遣はして返事を見けるに
本院侍從
夕暮は
頼む心に
なぐさめつ
歸るあしたは
けぬべきものを
ゆふぐれは
たのむこころに
なぐさめつ
かへるあしたは
けぬべきものを
逢ふまでを
限と思ひし
涙こそ
歸る今朝さへ
先だちにけれ
あふまでを
かぎりとおもひし
なみだこそ
かへるけささへ
さきだちにけれ
歸るさの
今朝の別を
すぐしてぞ
命ありとも
身を頼むべき
かへるさの
けさのわかれを
すぐしてぞ
いのちありとも
みをたのむべき
志ばし猶
待たれぬ夢ぞ
覺めやらぬ
現とも無き
今朝の別に
しばしなほ
またれぬゆめぞ
さめやらぬ
うつつともなき
けさのわかれに
別れつる
身には心の
有らばこそ
夢現とも
ひとにかたらめ
わかれつる
みにはこころの
あらばこそ
ゆめうつつとも
ひとにかたらめ
曇るさへ
嬉しと見えし
大空の
暮るゝもつらく
何時なりに劍
くもるさへ
うれしとみえし
おほそらの
くるるもつらく
いつなりにけむ
言の葉も
かき絶えぬれば
つらかりし
空頼めさへ
戀しかり鳬
ことのはも
かきたえぬれば
つらかりし
そらたのめさへ
こひしかりけり
元亨三年三月盡、後醍醐院に三首の歌講ぜられける時、契戀
爲冬朝臣
僞と
思はゞ猶も
如何ならむ
頼むにだにも
かはるちぎりを
いつはりと
おもはばなほも
いかならむ
たのむにだにも
かはるちぎりを
契りしも
頼まぬ物を
今更に
變るこゝろの
如何で見ゆらむ
ちぎりしも
たのまぬものを
いまさらに
かはるこころの
いかでみゆらむ
逢ふまでを
限る命と
思ひしは
行くすゑしらぬ
心なりけり
あふまでを
かぎるいのちと
おもひしは
ゆくすゑしらぬ
こころなりけり
來る人も
あらじ今はの
山かづら
曉かけて
なにと待つらむ
くるひとも
あらじいまはの
やまかづら
あかつきかけて
なにとまつらむ
頼まじな
ことうら風に
行く舟の
片帆ばかりに
かゝる契は
たのまじな
ことうらかぜに
ゆくふねの
かたほばかりに
かかるちぎりは
寄る方と
頼むもよその
中なれや
こと浦舟の
すゑの潮かぜ
よるかたと
たのむもよその
なかなれや
ことうらふねの
すゑのしほかぜ
こと浦に
心をかけし
かた帆より
跡まで知らぬ
中のはや舟
ことうらに
こころをかけし
かたほより
あとまでしらぬ
なかのはやふね
煩ひて久しうこざりける男の許よりさうぶの實を遣して身のなり行くさまを見せばやと云へりける返りごとにむすめに代りて
永からぬ
うきねと見れば
菖蒲草
我ぞ物思ふ
身とはなりぬる
ながからぬ
うきねとみれば
あやめくさ
われぞものおもふ
みとはなりぬる
今年生ひの
竹の一夜も
隔つれば
覺束なくも
なり増るかな
ことしおひの
たけのひとよも
へだつれば
おぼつかなくも
なりまさるかな
をのこども題を探りて卅首の歌仕うまつりける時變戀と言へる事を詠ませ給ひける
太上天皇
頼めこし
淺茅が末に
秋暮れて
今はのつゆを
袖にかけつゝ
たのめこし
あさぢがすゑに
あきくれて
いまはのつゆを
そでにかけつつ
嵐吹く
外山の紅葉
冬來れば
今はことの葉
絶え果てぬらむ
あらしふく
とやまのもみぢ
ふゆくれば
いまはことのは
たえはてぬらむ
遠近の
嶺のあらしに
言とはむ
いづれの方か
色はかはると
をちこちの
みねのあらしに
こととはむ
いづれのかたか
いろはかはると
今こむと
契りしなみも
早越えぬ
うき僞の
すゑのまつやま
いまこむと
ちぎりしなみも
はやこえぬ
うきいつはりの
すゑのまつやま
越えぬなり
末の松山
すゑ遂に
かねて思ひし
人のあだなみ
こえぬなり
すゑのまつやま
すゑつひに
かねておもひし
ひとのあだなみ
逢ふ事は
遠山鳥の
おのづから
影見し中も
へだて果てつゝ
あふことは
とほやまどりの
おのづから
かげみしなかも
へだてはてつつ
果は又
ゆくへも知らぬ
村鳥の
立つ名ばかりを
何歎きけむ
はてはまた
ゆくへもしらぬ
むらとりの
たつなばかりを
なになげきけむ
御狩野の
つかれになづむ
箸鷹の
こゐにも更に
歸りぬる哉
みかりのの
つかれになづむ
はしたかの
こゐにもさらに
かへりぬるかな
つらかりし
鳥の音計り
形見にて
我が逢坂は
隔て果てゝき
つらかりし
とりのねばかり
かたみにて
わがあふさかは
へだてはててき
中々に
越えてぞ迷ふ
逢坂の
關のあなたや
こひ路なるらむ
なかなかに
こえてぞまよふ
あふさかの
せきのあなたや
こひぢなるらむ
立ち歸り
越ゆべき物と
思ひきや
絶えにし中の
あふ坂の關
たちかへり
こゆべきものと
おもひきや
たえにしなかの
あふさかのせき
通ふとも
人は知らでや
宵々に
心のせきの
さはり果つらむ
かよふとも
ひとはしらでや
よひよひに
こころのせきの
さはりはつらむ
關守の
打ちぬる程と
待ちし夜も
今は隔つる
中のかよひ路
せきもりの
うちぬるほどと
まちしよも
いまはへだつる
なかのかよひぢ
今は早
十市の池の
みくり繩
來る夜も知らぬ
人に戀ひつゝ
いまははや
といちのいけの
みくりなは
くるよもしらぬ
ひとにこひつつ
小山田の
引板のかけ繩
絶えしより
驚かすべき
便だになし
をやまだの
ひいたのかけなは
たえしより
おどろかすべき
たよりだになし
今は早
よそにみつのゝ
こも枕
假寐の後は
ゆめだにもなし
いまははや
よそにみつのの
こもまくら
かりねののちは
ゆめだにもなし
面影を
忘れもやらぬ
こゝろこそ
人の殘さぬ
形見なりけれ
おもかげを
わすれもやらぬ
こころこそ
ひとののこさぬ
かたみなりけれ
舊りにける
長柄の橋の
跡よりも
猶絶えぬべき
戀の道かな
ふりにける
ながらのはしの
あとよりも
なほたえぬべき
こひのみちかな
片糸の
をだえの橋や
我が中に
かけしばかりの
契なるらむ
かたいとの
をだえのはしや
わがなかに
かけしばかりの
ちぎりなるらむ
さもこそは
淺き契の
すゑならめ
やがて瀬絶えし
中河の水
さもこそは
あさきちぎりの
すゑならめ
やがてせたえし
なかかはのみづ
如何にせむ
憂き中河の
淺き瀬に
結ぶとすれば
絶ゆる契を
いかにせむ
うきなかかはの
あさきせに
むすぶとすれば
たゆるちぎりを
中川の
淺き契の
すゑかけて
猶も逢ふ瀬を
たのむはかなさ
なかかはの
あさきちぎりの
すゑかけて
なほもあふせを
たのむはかなさ
思ひ出づ
や荒磯なみの
うつせ貝
われても逢ひし
昔語りは
おもひいづ
やありそなみの
うつせかひ
われてもあひし
むかしかたりは
權中納言爲重の家にて三首の歌詠ませ侍りしに、絶不逢戀を
津守國量
我が中は
身を宇治橋と
舊りしより
いざよふ波を
懸けて戀ひつゝ
わがなかは
みをうぢはしと
ふりしより
いざよふなみを
かけてこひつつ
よそにのみ
鳴海の海の
沖つ浪
立ち歸りても
したふ頃かな
よそにのみ
なうみのうみの
おきつなみ
たちかへりても
したふころかな
人目もる
山下くゞる
水莖の
かき絶えぬるか
音づれもせぬ
ひとめもる
やましたくゞる
みづぐきの
かきたえぬるか
おとづれもせぬ
み草のみ
茂る板井の
忘れ水
汲まねば人の
かげをだに見ず
みくさのみ
しげるいたゐの
わすれみづ
くまねばひとの
かげをだにみず
思ひ出でよ
野中の水の
草隱れ
もとすむ程の
影は見ずとも
おもひいでよ
のなかのみづの
くさかくれ
もとすむほどの
かげはみずとも
結び置く
もとの契の
面影も
見えぬ野中の
みづからぞ憂き
むすびおく
もとのちぎりの
おもかげも
みえぬのなかの
みづからぞうき
かき遣りし
山井の清水
更に又
絶えての後の
影を戀ひつゝ
かきやりし
やまゐのしみづ
さらにまた
たえてののちの
かげをこひつつ
敷妙の
枕にかゝる
涙かな
如何なるゆめの
名ごりなるらむ
しきたへの
まくらにかかる
なみだかな
いかなるゆめの
なごりなるらむ
同じく奉りける百首の歌に、寄衣戀
入道二品親王尊道
須磨の蜑の
潮垂衣
朽ちぬ間や
間遠ながらも
重ねきつらむ
すまのあまの
しほたれころも
くちぬまや
まとほながらも
かさねきつらむ
枯れ果つる
人の契は
淺茅生に
なほ松虫の音
こそなかるれ
かれはつる
ひとのちぎりは
あさぢうに
なほまつむしの
ねこそなかるれ
白菊の
移ろひ果つる
契ゆゑ
濡れて干す間も
無きたもと哉
しらきくの
うつろひはつる
ちぎりゆゑ
ぬれてほすまも
なきたもとかな
さても猶
えやはいぶきの
下草の
跡なき霜に
思ひ消えなむ
さてもなほ
えやはいぶきの
したくさの
あとなきしもに
おもひきえなむ
吹く風に
嶺越えて行く
うき雲の
如何に跡なき
契なるらむ
ふくかぜに
みねこえてゆく
うきくもの
いかにあとなき
ちぎりなるらむ
言の葉の
かゝる方なく
なりぬれば
僞さへぞ
今はこひしき
ことのはの
かかるかたなく
なりぬれば
いつはりさへぞ
いまはこひしき
遠ざかる
人の心に
任せなば
見し面かげも
身をやはなれむ
とほざかる
ひとのこころに
まかせなば
みしおもかげも
みをやはなれむ
永徳元年六月十二日内裏にて三十首の歌講ぜられけるに、違約戀と云ふ事を
太宰權帥仲光
遂にさて
障り果てぬる
人目こそ
つらきかごとの
契なりけれ
つひにさて
さはりはてぬる
ひとめこそ
つらきかごとの
ちぎりなりけれ
昔とも
おもひなされぬ
面影に
おなじ世つらき
身の契かな
むかしとも
おもひなされぬ
おもかげに
おなじよつらき
みのちぎりかな
面影の
殘るかたみも
かひぞ無き
見し夜の夢の
契ならねば
おもかげの
のこるかたみも
かひぞなき
みしよのゆめの
ちぎりならねば
自ら
思出でゝも
訪はれぬは
同じ世になき
身とや知るらむ
おのづから
おもひいでても
とはれぬは
おなじよになき
みとやしるらむ
今はたゞ
思ひ絶えねと
月日さへ
隔つる中を
何したふらむ
いまはただ
おもひたえねと
つきひさへ
へだつるなかを
なにしたふらむ
志ばしこそ
人目思ひし
宵々の
忍ぶ方より
絶えや果つべき
しばしこそ
ひとめおもひし
よひよひの
しのぶかたより
たえやはつべき
同じ世に
何慕ふらむ
有明の
面かげばかり
さらぬわかれを
おなじよに
なにしたふらむ
ありあけの
おもかげばかり
さらぬわかれを
廻り逢ふ
月こそひとの
形見とも
涙曇らで
見る夜はぞ無き
めぐりあふ
つきこそひとの
かたみとも
なみだくもらで
みるよはぞなき
よしさらば
涙いとはで
袖の月
曇るをだにも
形見とや見む
よしさらば
なみだいとはで
そでのつき
くもるをだにも
かたみとやみむ
今はまた
ありしその夜の
面影も
つらき形見に
月ぞ殘れる
いまはまた
ありしそのよの
おもかげも
つらきかたみに
つきぞのこれる
忘れては
見し夜の影ぞ
忍ばるゝ
憂き習はしの
有明のつき
わすれては
みしよのかげぞ
しのばるる
うきならはしの
ありあけのつき
そのまゝに
頓て別れの
形見とも
知らでぞ見つる
有明の月
そのままに
やがてわかれの
かたみとも
しらでぞみつる
ありあけのつき
忘らるゝ
身をこそ月に
喞ちつれ
人をうらみぬ
心よわさに
わすらるる
みをこそつきに
かこちつれ
ひとをうらみぬ
こころよわさに
あだ人の
形見顏なる
影も憂し
見し世に變る
山の端のつき
あだひとの
かたみかほなる
かげもうし
みしよにかはる
やまのはのつき
待つとせし
ならひばかりの
夕暮に
面影のこる
山の端の月
まつとせし
ならひばかりの
ゆふくれに
おもかげのこる
やまのはのつき
面影は
殘るともなき
眞澄鏡
曇るなみだも
よしやいとはじ
おもかげは
のこるともなき
ますかがみ
くもるなみだも
よしやいとはじ
つらしとも
たれをかこたむ
眞澄鏡
曇るも人の
泪ならねば
つらしとも
たれをかこたむ
ますかがみ
くもるもひとの
なみだならねば
人はいさ
鏡に見ゆる
影をだに
うつる方には
頼みやはする
ひとはいさ
かがみにみゆる
かげをだに
うつるかたには
たのみやはする
何時よりか
鏡に見ゆる
影をさへ
向ふ泪に
へだて果てけむ
いつよりか
かがみにみゆる
かげをさへ
むかふなみだに
へだてはてけむ
月日のみ
うつるにつけて
眞澄鏡
見し面影は
遠ざかりつゝ
つきひのみ
うつるにつけて
ますかがみ
みしおもかげは
とほざかりつつ
眞澄かゞみ
何面影の
殘るらむ
つらき心は
うつりはてにき
ますかがみ
なにおもかげの
のこるらむ
つらきこころは
うつりはてにき
忘れなむ
時忍べとぞ
空蝉の
むなしきからを
袖にとゞむる
わすれなむ
ときしのべとぞ
うつせみの
むなしきからを
そでにとどむる
忘られて
生けるべしとも
知らざりし
命ぞ人の
つらさなりける
わすられて
いけるべしとも
しらざりし
いのちぞひとの
つらさなりける
雪の降れるあしたに男の來りてかく習ひて絶えなむはいかゞ思ふべきと云ひければ詠める
馬内侍
忘れなば
越路の雪の
跡絶えて
消ゆる例に
なりぬばかりぞ
わすれなば
こしぢのゆきの
あとたえて
きゆるためしに
なりぬばかりぞ
男のかれ〴〵になりにける女に變りて詠める
讀人志らず
今はたゞ
人を忘るゝ
心こそ
君にならひて
知らまほしけれ
いまはただ
ひとをわするる
こころこそ
きみにならひて
しらまほしけれ
心より
かはる契の
すゑなれば
驚かしても
かひやなからむ
こころより
かはるちぎりの
すゑなれば
おどろかしても
かひやなからむ
ともすれば
有りし習に
立ち歸り
猶元の身と
頼むはかなさ
ともすれば
ありしならひに
たちかへり
なほもとのみと
たのむはかなさ
はかなくや
人は許さぬ
面影を
忘らるゝ身に
添へて殘さむ
はかなくや
ひとはもとさぬ
おもかげを
わすらるるみに
そへてのこさむ
かき絶えて
殘るうき身ぞ
玉章の
ふりぬるよりも
置所無き
かきたえて
のこるうきみぞ
たまづさの
ふりぬるよりも
おきどころなき
形見とて
人は殘さぬ
身にし有れば
今はあだなる
頼だに無し
かたみとて
ひとはのこさぬ
みにしあれば
いまはあだなる
たのみだになし
百首の歌召されしついでに同じ心を詠ませたまうける
太上天皇
心にも
今は殘らぬ
契とや
いとひしほどの
おもかげもなき
こころにも
いまはのこらぬ
ちぎりとや
いとひしほどの
おもかげもなき
物云ひわたる男の久しう音せで、忘れずと云ひたりければ詠める
讀人志らず
忘れずと
云ふにつけてぞ
中々に
訪はぬ日數の
積るとは知る
わすれずと
いふにつけてぞ
なかなかに
とはぬひかずの
つもるとはしる
忘草
生ふと聞くより
住吉の
きしはよそなる
中のかよひ路
わすれくさ
おふときくより
すみよしの
きしはよそなる
なかのかよひぢ
摘みに行く
道だに知らず
忘草
きしなるたねや
人に任せむ
つみにゆく
みちだにしらず
わすれくさ
きしなるたねや
ひとにまかせむ
延文二年百首の歌奉りしに、寄蛛戀
入道二品親王覺譽
忘てし
人は軒端の
草の葉に
かけても待たず
蛛のふるまひ
わすれてし
ひとはのきはの
くさのはに
かけてもまたず
くものふるまひ
色かはる
心の秋の
葛かづら
恨みをかけて
つゆぞこぼるゝ
いろかはる
こころのあきの
くずかづら
うらみをかけて
つゆぞこぼるる
ともすれば
靡くさ山の
葛かづら
恨みよとのみ
秋風ぞ吹く
ともすれば
なびくさやまの
くずかづら
うらみよとのみ
あきかぜぞふく
契り置きし
露をかごとの
葛かづら
來るも遅しと
猶や恨みむ
ちぎりおきし
つゆをかごとの
くずかづら
くるもおそしと
なほやうらみむ
斯ばかり
絶えける物を
葛かづら
來る夜をかけて
何恨みけむ
かくばかり
たえけるものを
くずかづら
くるよをかけて
なにうらみけむ
身の憂きに
思ひ返せば
眞葛原
たゞうらみよと
秋風ぞ吹く
みのうきに
おもひかへせば
まくずばら
ただうらみよと
あきかぜぞふく
知られじな
かた山蔭の
眞葛原
うらむる風は
身に寒くとも
しられじな
かたやまかげの
まくずばら
うらむるかぜは
みにさむくとも
秋風の
たよりならでは
眞葛原
恨むとだにも
如何で知せむ
あきかぜの
たよりならでは
まくずばら
うらむとだにも
いかでしらせむ
眞葛原
露の情も
とゞまらず
恨みしなかは
あきかぜぞ吹く
まくずばら
つゆのなさけも
とどまらず
うらみしなかは
あきかぜぞふく
身を秋の
末野の原の
霜枯に
猶吹きやまぬ
くずのうらかぜ
みをあきの
すゑののはらの
しもかれに
なほふきやまぬ
くずのうらかぜ
言の葉の
枯れにし後は
眞葛原
恨むる程の
なぐさめもなし
ことのはの
かれにしのちは
まくずばら
うらむるほどの
なぐさめもなし
海士の住む
里の烟の
志るべだに
我にはよその
浦風ぞ吹く
あまのすむ
さとのけぶりの
しるべだに
われにはよその
うらかぜぞふく
蜑の住む
里の烟は
絶えにしを
つらき導べの
なに殘るらむ
あまのすむ
さとのけぶりは
たえにしを
つらきしるべの
なにのこるらむ
須磨のあまの
鹽燒衣
恨み侘び
猶も間どほに
濡るゝ袖かな
すまのあまの
しほやくころも
うらみわび
なほもまどほに
ぬるるそでかな
恨のみ
深き難波の
水脉つくし
志るしや孰ら
寄る船もなし
うらみのみ
ふかきなにはの
みをつくし
しるしやいづら
よるふねもなし
荒磯に
寄り來る浪の
さのみやは
心砕けて
身をもうらみむ
ありいそに
よりくるなみの
さのみやは
こころくだけて
みをもうらみむ
我身をぞ
喞つ方とは
恨みつる
人のつらさの
云ふに叶はで
わがみをぞ
かこつかたとは
うらみつる
ひとのつらさの
いふにかなはで
積り行く
恨もかひぞ
無かりける
月日に添へて
つらき契は
つもりゆく
うらみもかひぞ
なかりける
つきひにそへて
つらきちぎりは
身の程の
憂きはよそ迄
知らる共
恨み止らば
かひや無からむ
みのほどの
うきはよそまで
しらるとも
うらみとまらば
かひやなからむ
誰も皆
憂きをば厭ふ
ことわりを
知らずはこそは
人も恨みめ
たれもみな
うきをばいとふ
ことわりを
しらずはこそは
ひともうらみめ
果は又
身を憂き物と
喞つこそ
せめて恨の
あまりなりけれ
はてはまた
みをうきものと
かこつこそ
せめてうらみの
あまりなりけれ
ことわりも
思ひ知らばと
頼むかな
恨を後の
あらましにして
ことわりも
おもひしらばと
たのむかな
うらみをのちの
あらましにして
身の憂さを
思ひしらずば
いかに猶
心の儘に
恨み果てまし
みのうさを
おもひしらずば
いかになほ
こころのままに
うらみはてまし
つらしとも
心の儘に
言ひてまし
恨み果つべき
中と思はゞ
つらしとも
こころのままに
いひてまし
うらみはつべき
なかとおもはば
つくるなる
橋と知る〳〵
恨むれば
思ひながらを
云ふにぞ有ける
つくるなる
はしとしるしる
うらむれば
おもひながらを
いふにぞあける
一筋に
思ひ知らぬに
爲しやする
云はぬ恨も
同じつらさを
ひとすじに
おもひしらぬに
ためしやする
いはぬうらみも
おなじつらさを
今はよも
言ふにもよらじ
等閑の
つらさをなどか
恨ざりけむ
いまはよも
いふにもよらじ
なおざりの
つらさをなどか
うらみざりけむ
身の憂さを
歎くも猶や
立ち歸り
人をうらむる
心なるらむ
みのうさを
なげくもなほや
たちかへり
ひとをうらむる
こころなるらむ
つらしとて
人を恨みむ
理の
なきにうき身の
程ぞ知らるゝ
つらしとて
ひとをうらみむ
ことはりの
なきにうきみの
ほどぞしらるる
八雲立つ
出雲八重垣
かきつけて
昔語りを
見るぞかしこき
やくもたつ
いづもやへかき
かきつけて
むかしかたりを
みるぞかしこき
露も我が
知らぬ言葉の
玉なれど
拾ふや代々の
數に殘らむ
つゆもわが
しらぬことはの
たまなれど
ひろふやよよの
かずにのこらむ
光さす
雲の上のみ
戀しくて
かけ離るべき
こゝちだにせず
ひかりさす
くものうへのみ
こひしくて
かけはなるべき
ここちだにせず
天台座主になりて西山より出で侍りける時
入道親王道覺
心をば西の山邊にとゞめ置かむ廻逢ふべき月日有りやと
長らへて
うき世の果は
三輪の山
杉の過ぎにし
方ぞ戀しき
ながらへて
うきよのはては
みはのやま
すぎのすぎにし
かたぞこひしき
いかにせむ
我が立つ杣の
杉の門
過ぎこし老の
驗無き身を
いかにせむ
わがたつそまの
すぎのかど
すぎこしおいの
しるしなきみを
かざし折る跡とも見えぬ梢かな檜はら重なる三輪の茂山
八十ぢまで
長柄の山に
存へて
人こそ知らね
代を祈るとは
やそぢまで
ながらのやまに
ながらへて
ひとこそしらね
よをいのるとは
故郷に間近ければやあし垣の吉野の山と名にし負ふらむ
浦路より
打ち越え來れば
たかし山
峯まで同じ
松風ぞ吹く
うらぢより
うちこえくれば
たかしやま
みねまでおなじ
まつかぜぞふく
伏見山
裾野をかけて
見わたせば
遙かに下る
宇治のしば舟
ふしみやま
すそのをかけて
みわたせば
はるかにくだる
うぢのしばふね
朝霧に
磯の波分け
行く舟は
沖に出でぬも
とほざかりつゝ
あさぎりに
いそのなみわけ
ゆくふねは
おきにいでぬも
とほざかりつつ
永仁六年十月、龜山院住吉の社御幸の時、遠島眺望と云ふことを仕うまつりける
津守國冬
朝夕に見ればこそ有れ住吉の浦よりをちの淡路しまやま
あしたゆふにみればこそあれすみよしのうらよりをちのあはぢしまやま
渡の原八重の潮路を見渡せば浮きたる雲につゞく白なみ
わたのはら
やへのしほぢを
みわたせば
うきたるくもに
つづくしらなみ
夕汐の
引く方遠く
見渡せば
雲にかけたる
あまのうけなは
ゆふしほの
ひくかたとほく
みわたせば
くもにかけたる
あまのうけなは
若の浦
の松に絶せぬ
風の音に
聲打添ふる
たづぞ鳴くなる
わかのうら
のまつにたせぬ
かぜのねに
こゑうちそふる
たづぞなくなる
沖つ浪
寄するひゞきを
のこしても
浦に鳴尾の
松風ぞ吹く
おきつなみ
よするひびきを
のこしても
うらになるをの
まつかぜぞふく
潮風の荒磯かけて沖つなみ猶寄せかへるおとのひまなき
しほかぜのありそかけておきつなみなほよせかへるおとのひまなき
潮風に荒磯波のいくかへり碎けてもまたいはにかくらむ
しほかぜにありそなみのいくかへりくだけてもまたいはにかくらむ
潮滿てばそれとも見えず澪標松こそ浦のしるしなりけれ
渡り來て
身は安くとも
浮橋の
あやふき道を
いかゞ忘れむ
わたりきて
みはやすくとも
うきはしの
あやふきみちを
いかがわすれむ
苔ふかき
谷の懸橋
年ふりて
有るかひもなき
世を渡るかな
こけふかき
たにのかけはし
としふりて
あるかひもなき
よをわたるかな
長らへば
十綱の橋に
引く綱の
くるしき世をも
猶や渡らむ
ながらへば
とつなのはしに
ひくつなの
くるしきよをも
なほやわたらむ
歎かじよ
久米の岩橋
とても世を
渡り果つべき
我身ならねば
なげかじよ
くめのいははし
とてもよを
わたりはつべき
わがみならねば
淺き瀬は
たゞも行くべき
澤田河
まきの繼橋
何わたすらむ
あさきせは
ただもゆくべき
さはたかは
まきのつぎはし
なにわたすらむ
逢坂の
木綿附鳥や
急ぐらむ
まだ關もりも
明けぬ戸ざしを
あふさかの
ゆふづけとりや
いそぐらむ
まだせきもりも
あけぬとざしを
一かたに
鳴きぬと聞けば
里毎に
やがて數添ふ
鳥の聲かな
ひとかたに
なきぬときけば
さとごとに
やがてかずそふ
とりのこゑかな
寐覺にも
流石驚く
あかつきを
思ひしらずと
鳥や鳴くらむ
ねざめにも
さすがおどろく
あかつきを
おもひしらずと
とりやなくらむ
今も猶
つかへて急ぐ
あかつきを
知らでや鳥の
驚かすらむ
いまもなほ
つかへていそぐ
あかつきを
しらでやとりの
おどろかすらむ
鳥の音に急ぎなれても年は經ぬいまは長閑けき曉もがな
とりのねにいそぎなれてもとしはへぬいまはのどかけきあかつきもがな
山里は
明け行く鳥の
聲もなし
枕のみねに
くもぞわかるゝ
やまざとは
あけゆくとりの
こゑもなし
まくらのみねに
くもぞわかるる
長き夜の
老の寢覺は
中々に
かねより後ぞ
しばしまどろむ
ながきよの
おいのねざめは
なかなかに
かねよりのちぞ
しばしまどろむ
聞きなるゝ
野寺のかねの
こゑのみぞ
曉毎の
友となりける
ききなるる
のてらのかねの
こゑのみぞ
あかつきごとの
ともとなりける
老が身の
寐覺の後や
あかつきの
木綿附鳥も
八聲鳴くらむ
おいがみの
ねざめののちや
あかつきの
ゆふづけとりも
八こゑなくらむ
數々に思ひ續くるむかしこそ長き寐覺になほのこりけれ
かず々におもひつづくるむかしこそながきねざめになほのこりけれ
夜を深く
のこす寐覺の
枕とて
まだ消えやらぬ
まどの燈火
よをふかく
のこすねざめの
まくらとて
まだきえやらぬ
まどのともしび
背くとて雲には乘らぬ物なれど世の憂き事ぞよそになるてふ
入道二品親王詠ませ侍りし五十首の歌に
前中納言定宗
人はみな
越えぬる跡の
位山
後れてだにも
のぼりかねつゝ
ひとはみな
こえぬるあとの
くらゐやま
おくれてだにも
のぼりかねつつ
位山
あるにまかする
道なれど
今一さかぞ
さすがくるしき
くらゐやま
あるにまかする
みちなれど
いまひとさかぞ
さすがくるしき
登るべき
程はのぼりぬ
位山
これよりうへの
道ぞゆかしき
のぼるべき
ほどはのぼりぬ
くらゐやま
これよりうへの
みちぞゆかしき
杣山の
谷の埋れ木
年經れど
跡あるかたに
引くひとも無し
そまやまの
たにのうもれき
としへれど
あとあるかたに
ひくひともなし
朽ち殘る
名だに聞えよ
埋木の
花咲く迄は
知らぬ身なれば
くちのこる
なだにきこえよ
うもれきの
はなさくまでは
しらぬみなれば
憂かりける
汀の眞菰
何時迄か
越え行く波の
下にしをれむ
うかりける
みぎはのまこも
いつまでか
こえゆくなみの
したにしをれむ
世の中は
苦しき物か
うきぬなは
うきをも下に
思ひ亂れて
よのなかは
くるしきものか
うきぬなは
うきをもしたに
おもひみだれて
浮草の
浮たる世には
誘ふ水
有りともいかゞ
身をば任せむ
うきくさの
うきたるよには
さそふみづ
ありともいかが
みをばまかせむ
袖濡らす
人もや有ると
藻鹽草
形見のうらに
書きぞ集むる
そでぬらす
ひともやあると
もしほくさ
かたみのうらに
かきぞあつむる
藻鹽草
流石かき置く
跡なれや
八十ぢを越ゆる
和歌の浦波
もしほくさ
さすがかきおく
あとなれや
やそぢをこゆる
わかのうらなみ
人並の
數にとのみや
和歌の浦の
入江の藻屑
書き集めまし
ひとなみの
かずにとのみや
わかのうらの
いりえのもくづ
かきあつめまし
磨くなる玉と聞くにも和歌の浦の藻屑は最ど寄る方も無し
みがくなるたまときくにもわかのうらのもくづはいとどよるかたもなし
及ぶべき便もあらば松が枝に名をだにかけよ和歌の浦波
およぶべきたよりもあらばまつがえだになをだにかけよわかのうらなみ
後鳥羽院の御時和歌所にさふらふべき由仰せられければ
鴨長明
しづみにき
今更和歌の
浦浪に
寄らばや寄せむ
あまの捨舟
しづみにき
いまさらわかの
うらなみに
よらばやよせむ
あまのすてふね
偖も何時
誰かは引かむ
若の浦に
まだ寄りやらぬ
世々の捨舟
さてもいつ
たれかはひかむ
わかのうらに
まだよりやらぬ
よよのすてふね
和歌の浦
や羽根打ちかは
し濱千鳥
波に書置く
跡や殘らむ
わかのうら
やはねうちかは
しはまちと
りなみにかおく
あとやのこらむ
さても猶
哀はかけよ
老の波
末吹きよわる
和歌のうらかぜ
さてもなほ
あはれはかけよ
おいのなみ
すゑふきよわる
わかのうらかぜ
今はとて
世にも人にも
捨てらるゝ
身に七十ぢの
老ぞ悲しき
いまはとて
よにもひとにも
すてらるる
みにななそぢの
おいぞかなしき
問ふ人の
有らばぞ言は
む山里
は思しよりも
住み憂からぬを
とふひとの
あらばぞことは
むやまざと
はおもしよりも
すみうからぬを
猶深く山より山を尋ねてぞ捨てしこゝろの奧も知られむ
なほふかく
やまよりやまを
たづねてぞ
すてしこころの
おくもしられむ
世を背く
山は吉野と
聞きながら
心の奧に
何時しるべせむ
よをそむく
やまはよしのと
ききながら
こころのおくに
いつしるべせむ
遁れ來て
住むは如何なる
宿とだに
人に知られぬ
山の奧哉
のがれきて
すむはいかなる
やどとだに
ひとにしられぬ
やまのおくかな
弘長元年百首の歌奉りける時、山家
常磐井入道前太政大臣
顯はれて
我が住む山の
奧に又
人に訪はれぬ
いほり結ばむ
あらはれて
わがすむやまの
おくにまた
ひとにとはれぬ
いほりむすばむ
松風を
友と聞きても
寂しさは
猶忍ばれぬ
やまのおくかな
まつかぜを
ともとききても
さびしさは
なほしのばれぬ
やまのおくかな
山里は
住み果てよとや
世のうさを
來る人毎に
先語るらむ
やまざとは
すみはてよとや
よのうさを
くるひとごとに
さきかたるらむ
山深き
苔の下道
踏み分けて
げには訪ひ來る
人ぞまれなる
やまふかき
こけのしたみち
ふみわけて
げにはとひくる
ひとぞまれなる
それ迄は厭はぬ物を山深み訪ひくる人のなど無かるらむ
長閑にと
求めし山の
奧も又
あくがれぬべく
まつ風ぞ吹く
のどかにと
もとめしやまの
おくもまた
あくがれぬべく
まつかぜぞふく
心住む松のあらしもなれにけり遁るゝ山の奧ならねども
寂しさは
なれて忘るゝ
山ざとを
訪ひ來る人や
驚かすらむ
さびしさは
なれてわするる
やまざとを
とひくるひとや
おどろかすらむ
自づから
又身を隱す
人にだに
住むと知られぬ
山の奧かな
おのづから
またみをかくす
ひとにだに
すむとしられぬ
やまのおくかな
靜かなる
心の内の
隱れがは
遁れてけりと
知るひともなし
しづかなる
こころのうちの
かくれがは
のがれてけりと
しるひともなし
寂しさに
なれての後や
山里の
松のあらしも
友と聞かまし
さびしさに
なれてののちや
やまざとの
まつのあらしも
ともときかまし
かねて我が
思しよりも
山里は
なれぬる後ぞ
寂しかりける
かねてわが
おもひしよりも
やまざとは
なれぬるのちぞ
さびしかりける
いづくをも厭ふ心の身に添はゞ此山陰も住みや捨てまし
あらましの
其儘ならば
山里に
住むなる人の
數や添はまし
あらましの
それままならば
やまざとに
すむなるひとの
かずやそはまし
寂しとて
又住みかふる
山里も
猶聞き侘ぶる
軒のまつかぜ
さびしとて
またすみかふる
やまざとも
なほききわぶる
のきのまつかぜ
寂しさは
思ひし儘の
山里に
いとふ人目の
など待たるらむ
さびしさは
おもひしままの
やまざとに
いとふひとめの
などまたるらむ
よそに我が思やるより山里は寂しからでや人の住むらむ
よそにわがおもやるよりやまざとはさびしからでやひとのすむらむ
訪はれぬを
憂しと思ひし
山里は
まだ住みなれぬ
心なりけり
とはれぬを
うしとおもひし
やまざとは
まだすみなれぬ
こころなりけり
住むからに
うき世とならば
猶深く
入りても山の
かひやなからむ
すむからに
うきよとならば
なほふかく
いりてもやまの
かひやなからむ
遁れ入るかひや無からむ山里も心に背くうき世ならずば
浮世より
住み憂くとても
身を捨てゝ
後は出づべき
山の奧かは
うきよより
すみうくとても
みをすてて
のちはいづべき
やまのおくかは
共に住む
心も習へ
山水を
たよりとむすぶ
志ばのいほりに
ともにすむ
こころもならへ
やまみづを
たよりとむすぶ
しばのいほりに
筧の水の曉になれば音の増るを聞きて詠める
前大僧正行尊
寢ぬ程に夜や明け方になりぬらむ懸樋の水は音増るなり
あらましに
思ひしよりも
山里の
かけひの水は
心すみけり
あらましに
おもひしよりも
やまざとの
かけひのみづは
こころすみけり
此里は竹の懸樋の末うけて軒端のやまにつま木をぞ取る
前大僧正慈勝人々に詠ませ侍りける千首の歌に、田家
法印慶運
牡鹿ふす
門田の霜の
冴ゆる夜ぞ
もる頃よりも
寢ねがてにする
をしかふす
かどたのしもの
さゆるよぞ
もるころよりも
いねがてにする
露霜の
洩らぬ岩屋に
洩る物は
こけの袂の
志づくなりけり
つゆしもの
もらぬいはやに
もるものは
こけのたもとの
しづくなりけり
世の中を
憂しとは誰も
言ひながら
誠に捨つる
人や少なき
よのなかを
うしとはたれも
いひながら
まことにすつる
ひとやすくなき
古へは
猶さりともと
此頃の
憂きを待ちけむ
程ぞはかなき
いにしへは
なほさりともと
このころの
うきをまちけむ
ほどぞはかなき
思ひ出づる心に浮ぶ古へを遠きものぞとへだてこしかな
おもひいづるこころにうかぶいにしへをとほきものぞとへだてこしかな
思出の
無き古へを
忍ぶるは
身の憂き事や
なほまさるらむ
おもいでの
なきいにしへを
しのぶるは
みのうきことや
なほまさるらむ
老いて猶
憂かりける身を
古は
行く末とのみ
頼まれしかな
をいてなほ
うかりけるみを
いにしえは
ゆくすゑとのみ
たのまれしかな
世の憂さは
今はた同じ
古への
老せぬばかり
志のばるゝ哉
よのうさは
いまはたおなじ
いにしへの
おいせぬばかり
しのばるるかな
こし方に
歸る道無き
老の坂
何を志るべに
越えて來つらむ
こしかたに
かへるみちなき
おいのさか
なにをしるべに
こえてきつらむ
何時までと
思ふ心に
老が身の
憂き程よりは
世をぞ歎かぬ
いつまでと
おもふこころに
おいがみの
うきほどよりは
よをぞなげかぬ
歸りこぬ
身の昔をば
忍べども
迷はむ後の
世をばなげかず
かへりこぬ
みのむかしをば
しのべども
まよはむのちの
よをばなげかず
斯計り
老ぬる身には
命だに
有らばと頼む
あらましも無し
かくばかり
おいぬるみには
いのちだに
あらばとたのむ
あらましもなし
はかなくも
さて幾程の
思出に
かへて厭はぬ
浮世なるらむ
はかなくも
さていくほどの
おもいでに
かへていとはぬ
うきよなるらむ
長らふる
心よわさを
命にて
そむかぬ世こそ
老となりけれ
ながらふる
こころよわさを
いのちにて
そむかぬよこそ
おいとなりけれ
後の世を
歎かぬ程ぞ
知られける
身の憂きにのみ
袖は濡れつゝ
のちのよを
なげかぬほどぞ
しられける
みのうきにのみ
そではぬれつつ
世の中の
うきに換へてし
墨染の
袖になみだの
何殘るらむ
よのなかの
うきにかへてし
すみぞめの
そでになみだの
なにのこるらむ
見わたせば
烟絶えたる
山里に
如何に干さまし
墨染のそで
みわたせば
けぶりたえたる
やまざとに
いかにひさまし
すみぞめのそで
墨染の
袖にうき世を
遁れても
心のいろは
かはるともなし
すみぞめの
そでにうきよを
のがれても
こころのいろは
かはるともなし
年も經ぬ
今一志ほと
思ひしも
こゝろに朽つる
墨染のそで
としもへぬ
いまひとしほと
おもひしも
こころにくつる
すみぞめのそで
厭ひても
後を如何にと
思ふこそ
猶世に止まる
心なりけれ
いとひても
のちをいかにと
おもふこそ
なほよにとまる
こころなりけれ
我が心
曇りあらじと
思ふ身を
友とは知らで
月や澄むらむ
わがこころ
くもりあらじと
おもふみを
ともとはしらで
つきやすむらむ
自づから
人の心の
くまもあらば
さやかに照せ
秋の夜の月
おのづから
ひとのこころの
くまもあらば
さやかにてらせ
あきのよのつき
御持僧に侍りて二間に侍りける事を思ひ出でゝ詠み侍りける
前大僧正道基
祈りこし
昔の夜居の
跡なくば
よそにぞ見まし
雲の上の月
いのりこし
むかしのよゐの
あとなくば
よそにぞみまし
くものうへのつき
憂き身をも
流石雲居の
月ばかり
同じ友とは
思ひ出づらむ
うきみをも
さすがくもゐの
つきばかり
おなじともとは
おもひいづらむ
永和二年八月十五夜三首の歌講ぜられし時
攝政太政大臣
今は身の
山とし高き
秋の月
出でゝ幾たび
世につかふらむ
いまはみの
やまとしたかき
あきのつき
いでていくたび
よにつかふらむ
さらでだに
思ひも捨てぬ
世の中に
住むを友なる
月の影哉
さらでだに
おもひもすてぬ
よのなかに
すむをともなる
つきのかげかな
老が身の
涙に浮ぶ
月のみや
我がむかしをも
思ひ出づらむ
おいがみの
なみだにうかぶ
つきのみや
わがむかしをも
おもひいづらむ
よしさらば
積らば積れ
月をだに
見て老らくの
思出にせむ
よしさらば
つもらばつもれ
つきをだに
みておいらくの
おもいでにせむ
影清き
蓬が洞の
秋の月
志もをてらさば
捨てずもあらなむ
かげきよき
よもぎがほらの
あきのつき
しもをてらさば
すてずもあらなむ
我ばかり
なほ古郷に
のこり居て
蓬が庭の
つきを見るかな
わればかり
なほふるさとに
のこりゐて
よもぎがにはの
つきをみるかな
秋の月
こたへば如何に
語らまし
心に浮ぶ
代々のあはれを
あきのつき
こたへばいかに
かたらまし
こころにうかぶ
よよのあはれを
世を捨てゝ
後は詠めぬ
物ならば
月に心や
志ばしとゞめむ
よをすてて
のちはながめぬ
ものならば
つきにこころや
しばしとどめむ
住み侘びぬ
わが身伴なへ
秋の月
いづくの方の
野山なりとも
すみわびぬ
わがみともなへ
あきのつき
いづくのかたの
のやまなりとも
山深き
月に今より
なれ初めて
背かむ後の
こゝろをぞ知る
やまふかき
つきにいまより
なれそめて
そむかむのちの
こころをぞしる
入道二品親王詠ませ侍りける五十首の歌に
前中納言定家
斯計り
厭ふべき世に
存へて
憂きをも知らぬ
身とぞ成ぬる
かくばかり
いとふべきよに
ながらへて
うきをもしらぬ
みとぞなりぬる
徒らに
すぐすになれる
月日かな
さすが心の
隙はなけれど
いたづらに
すぐすになれる
つきひかな
さすがこころの
ひまはなけれど
厭ふべき
世の有らましも
なかり鳬
憂き時にだに
捨られぬ身は
いとふべき
よのあらましも
なかりけり
うきときにだに
すてられぬみは
身の爲に
歎かぬのみぞ
世の中は
よそに爲しても
猶憂かり鳬
みのために
なげかぬのみぞ
よのなかは
よそにためしても
なほうかりけり
捨遣らで
心からなる
身の憂さを
唯世の咎に
いかゞ恨みむ
すてやらで
こころからなる
みのうさを
ただよのとがに
いかがうらみむ
さりともと
行く末頼む
あらましに
難面く過ぎし
身の昔哉
さりともと
ゆくすゑたのむ
あらましに
つらなくすぎし
みのむかしかな
頼むべき
身にはあらねど
行末の
あらましにこそ
暫し慰め
たのむべき
みにはあらねど
ゆくすゑの
あらましにこそ
しばしなぐさめ
存へて
あるさへ厭ふ
老らくの
身のあらましは
末も頼まじ
ながらへて
あるさへいとふ
おいらくの
みのあらましは
すゑもたのまじ
あらましの
叶ふ世ならば
捨てかぬる
身の行末を
猶や頼まむ
あらましの
かなふよならば
すてかぬる
みのゆくすゑを
なほやたのまむ
一すぢに
思ひも絶えて
遁るべき
世を等閑に
過しつるかな
ひとすぢに
おもひもたえて
のがるべき
よをなおざりに
すごしつるかな
さりともと
慰め來つる
行末も
頼無きまで
身こそ舊りぬれ
さりともと
なぐさめきつる
ゆくすゑも
たのみなきまで
みこそふりぬれ
今迄も
遁れは果てぬ
老が身に
世を憂き物と
思はずもがな
いままでも
のがれははてぬ
おいがみに
よをうきものと
おもはずもがな
とに斯に
又や歎かむ
遁れても
身のよそならぬ
浮世なりせば
とにかくに
またやなげかむ
のがれても
みのよそならぬ
うきよなりせば
如何なれば
我があらましの
末をだに
思定めぬ
心なるらむ
いかなれば
わがあらましの
すゑをだに
おもひさだめぬ
こころなるらむ
自から
憂きをわするゝ
あらましの
身の慰めは
心なりけり
おのづから
うきをわするる
あらましの
みのなぐさめは
こころなりけり
あらましの
なからましかば
何をかは
數ならぬ身の
慰めにせむ
あらましの
なからましかば
なにをかは
かずならぬみの
なぐさめにせむ
背くぞと
よそには見れど
古の
あらまし程は
捨ぬ身ぞ憂き
そむくぞと
よそにはみれど
いにしへの
あらましほどは
すてぬみぞうき
厭ふべき
あらましならで
世の中の
實に憂き時の
慰めぞ無き
いとふべき
あらましならで
よのなかの
實にうきときの
なぐさめぞなき
思ひ侘び
世の憂き時は
あらましに
幾度捨てし
心なるらむ
おもひわび
よのうきときは
あらましに
いくたびすてし
こころなるらむ
忘れては
世を捨て顏に
思ふ哉
遁れずとても
數ならぬ身を
わすれては
よをすてかほに
おもふかな
のがれずとても
かずならぬみを
憂き物と
思知りても
過ぐる世を
如何に住む身と
人の見る覧
うきものと
おもひしりても
すぐるよを
いかにすむみと
ひとのみるらむ
遂にさて
捨つる身ならば
徒に
過ぎにし方や
悔しからまし
つひにさて
すつるみならば
いたづらに
すぎにしかたや
くやしからまし
思ふより
外なる物は
世の憂さに
堪へて難面き
命なりけり
おもふより
ほかなるものは
よのうさに
たへてつれなき
いのちなりけり
つらしとて
厭ひも果てば
中々に
世の憂き事を
誰か歎かむ
つらしとて
いとひもはてば
なかなかに
よのうきことを
たれかなげかむ
よしさらば
捨られぬ身を
あだし世の
憂きに任せて
果をこそ見め
よしさらば
すてられぬみを
あだしよの
うきにまかせて
はてをこそみめ
何事を
待つとは無くて
移行く
月日の儘に
世をやすぐさむ
なにことを
まつとはなくて
うつりゆく
つきひのままに
よをやすぐさむ
中々に
つらきにつけて
忘れなば
誰も浮世や
歎かざらまし
なかなかに
つらきにつけて
わすれなば
たれもうきよや
なげかざらまし
我れが身に
來にける物を
憂き事は
人の上とも
思ひける哉
われがみに
きにけるものを
うきことは
ひとのうへとも
おもひけるかな
定めなき
心弱さを
顧みて
そむかぬ世こそ
いとゞ惜しけれ
さだめなき
こころよはさを
かへりみて
そむかぬよこそ
いとどをしけれ
さもこそは
竹の園生の
末ならめ
身に憂き節の
など茂る覧
さもこそは
たけのそのふの
すゑならめ
みにうきふしの
などしげるらむ
數ならぬ
身を思ふには
代々經ぬる
道をも爭で
猶傳へけむ
かずならぬ
みをおもふには
よよへぬる
みちをもいかで
なほつたへけむ
永徳二年護國の宣命に攝政の事載せられ侍りしに、忠仁公始めて此の宣をかうぶりしが、同じ年六十三にて侍りしを思ひ出でゝ
攝政太政大臣
古への
跡に及ばぬ
身なれども
老の數こそ
かはらざりけれ
いにしへの
あとにおよばぬ
みなれども
おいのかずこそ
かはらざりけれ
敷嶋の
道は代々經し
跡ながら
猶身に越ゆる
和歌のうら波
しきしまの
みちはよよへし
あとながら
なほみにこゆる
わかのうらなみ
今はとて
澤邊に歸る
芦たづの
なほ立ち出づる
和歌の浦波
いまはとて
さはべにかへる
あしたづの
なほたちいづる
わかのうらなみ
我が方に
和歌の浦風
吹きしより
藻屑も波の
便りをぞ待つ
わがかたに
わかのうらかぜ
ふきしより
もくづもなみの
たよりをぞまつ
十年餘り
世を助くべき
名は舊りて
民をし救ふ
一事もなし
ととせあまり
よをたすくべき
なはふりて
たみをしすくふ
ひとこともなし
道大法師病に煩ひ侍りけるに泰山府君まつるべき由申して太刀など贈り遣しけるに詠みて添へて侍りける
左兵衛督直義
世の爲に
我れも祈れば
限ある
命なりとも
ながらへやせむ
よのために
われもいのれば
かぎりある
いのちなりとも
ながらへやせむ
世を遁れける折ゆかり有りける人の許へ云ひ贈りける
西行法師
世の中を
背き果てぬと
言置かむ
思知るべき
人は無くとも
よのなかを
そむきはてぬと
ことおかむ
おもひしるべき
ひとはなくとも
元の身の
憂きは捨てゝも
變らじと
思ひし儘の
世を歎きつゝ
もとのみの
うきはすてても
かはらじと
おもひしままの
よをなげきつつ
此の頃の
憂きに較べて
思出の
無きむかしをも
又忍ぶかな
このころの
うきにくらべて
おもいでの
なきむかしをも
またしのぶかな
更に今
聞きてだにこそ
忍ばるれ
見しより先の
昔がたりは
さらにいま
ききてだにこそ
しのばるれ
みしよりさきの
むかしがたりは
せめて今
言ひて慰む
友もがな
心にあまる
むかしがたりを
せめていま
いひてなぐさむ
とももがな
こころにあまる
むかしがたりを
かへりこぬ
習ばかりを
昔にて
見しはきのふの
代々の面影
かへりこぬ
ならひばかりを
むかしにて
みしはきのふの
よよのおもかげ
うきながら
今はとなれば
惜しき身を
心の儘に
厭ひつる哉
うきながら
いまはとなれば
をしきみを
こころのままに
いとひつるかな
はかなくも
世のうき事を
喞つ哉
遁れぬ程の
身をば歎かで
はかなくも
よのうきことを
かこつかな
のがれぬほどの
みをばなげかで
遁るべき
我があらましも
頼まれず
憂世と云て
年の經ぬれば
のがるべき
わがあらましも
たのまれず
うきよといひて
としのへぬれば
愚なる
身は空蝉の
世の中に
捨てぬ物から
侘びつゝぞ經る
おろかなる
みはうつせみの
よのなかに
すてぬものから
わびつつぞへる
我ならで
物思ふ人を
世の中に
又有りけりと
見るぞ悲しき
われならで
ものおもふひとを
よのなかに
またありけりと
みるぞかなしき
現とも
夢とも分かで
こしかたの
昔語りに
なるぞはかなき
うつつとも
ゆめともわかで
こしかたの
むかしかたりに
なるぞはかなき
見し人は
面影ちかき
おなじ世に
昔がたりの
夢ぞはかなき
みしひとは
おもかげちかき
おなじよに
むかしがたりの
ゆめぞはかなき
驚かぬ
現こそ猶
はかなけれ
何かぬる夜の
ゆめにまさらむ
おどろかぬ
うつつこそなほ
はかなけれ
なにかぬるよの
ゆめにまさらむ
夜な〳〵に
通ふ夢路や
現にも
面影ちかき
むかしなるらむ
よなよなに
かよふゆめぢや
うつつにも
おもかげちかき
むかしなるらむ
思寐の
其儘ならば
行く末の
我があらましは
夢に見てまし
おもひねの
それままならば
ゆくすゑの
わがあらましは
ゆめにみてまし
寐ぬに見し
昔の夢の
はかなさを
今だに覺めず
猶忍ぶらむ
いぬにみし
むかしのゆめの
はかなさを
いまだにさめず
なほしのぶらむ
現とて
見るに現の
有らばこそ
夢をもゆめと
思ひあはせめ
うつつとて
みるにうつつの
あらばこそ
ゆめをもゆめと
おもひあはせめ
夢ならば
又も見るべき
面影の
頓て紛るゝ
世を如何にせむ
ゆめならば
またもみるべき
おもかげの
やがてまがるる
よをいかにせむ
立歸り
悲しくも有る哉
別れては
知るも知らぬも
烟也けり
たちかへり
かなしくもあるかな
わかれては
しるもしらぬも
けぶりなりけり
鳥部山
多くの人の
烟立ち
消え行くすゑは
ひとつ志らくも
とりべやま
おほくのひとの
けぶりたち
きえゆくすゑは
ひとつしらくも
重く煩ひて雲林院に罷れりける時友とする人の許に詠みて遣しける
良遍法師
此世をば
雲の林に
かど出して
けぶりとならむ
夕をぞ待つ
このよをば
くものはやしに
かどいでして
けぶりとならむ
ゆふべをぞまつ
山櫻
見ぬ世の春と
植ゑ置きて
袖のみぬらす
花のしたつゆ
やまさくら
みぬよのはると
うゑおきて
そでのみぬらす
はなのしたつゆ
母の思ひに侍りける春の暮に後京極攝政の許より、春霞かすみし空のなごりさへけふをかぎりの別れなりけりと申し侍りし返事に
前中納言定家
別れにし
身の夕暮に
雲絶えて
なべての春は
恨みはてゝき
わかれにし
みのゆふくれに
くもたえて
なべてのはるは
うらみはててき
前坊失せ給ひぬと吾妻にて傳へ聞きて三月つごもりかしらおろし侍りける時に思ひ續けゝる
前中納言有忠
大方の
春の別れの
外に又
我が世も盡くる
今日ぞかなしき
おほかたの
はるのわかれの
ほかにまた
わがよもつくる
けふぞかなしき
何時を夢
何時を現の
程ぞとも
見定めがたき
あだし世の中
いつをゆめ
いつをうつつの
ほどぞとも
みさだめがたき
あだしよのなか
世の中を
捨てぬ身なりと
思ひせば
常無き事も
悲しからまし
よのなかを
すてぬみなりと
おもひせば
つねなきことも
かなしからまし
少將内侍身まかりて弁内侍さまかへ侍りける由聞きて申し遣しける
藤原光俊朝臣
亡き人も
あるが姿の
變るをも
見て如何ばかり
涙落つらむ
なきひとも
あるがすがたの
かはるをも
みていかばかり
なみだおつらむ
無きが無く
有るが有るにも
非ぬ世を
見るこそ老の
涙なりけれ
なきがなく
あるがあるにも
あらぬよを
みるこそおいの
なみだなりけれ
我が身世に
なからむ後は
哀とも
誰か岩間の
水莖の跡
わがみよに
なからむのちは
あはれとも
たれかいはまの
みづぐきのあと
今は世に
我れより外は
哀れとも
誰れ水莖の
跡をしのばむ
いまはよに
われよりほかは
あはれとも
たれみづぐきの
あとをしのばむ
頼めたる女の身罷りければはらからの許に詠みて遣しける
藤原仲文
流れてと
契りし事は
行く末の
涙の河を
云ふにぞありける
ながれてと
ちぎりしことは
ゆくすゑの
なみだのかはを
いふにぞありける
たらちねの
形見ばかりの
藤衣
脱ぐにつけても
濡るゝ袖哉
たらちねの
かたみばかりの
ふぢころも
ぬぐにつけても
ぬるるそでかな
祖父國助が卅三廻の佛事沙汰するとて父國冬が事思ひ出でゝ
津守國夏
垂乳根ぞ
更に悲しき
親の親を
我訪ふべしと
思ひやはせし
たらちねぞ
さらにかなしき
おやのおやを
われとふべしと
おもひやはせし
垂乳根の
有りて諌めし
言の葉は
亡き跡にこそ
思知らるれ
たらちねの
ありていさめし
ことのはは
なきあとにこそ
おもひしらるれ
世の中を何に譬へむと云へる歌を句のかみに置きて數多歌詠み侍りける中に
源順
世の中を
何に譬へむ
夕露も
待たで消えぬる
朝がほのはな
よのなかを
なににたとへむ
ゆふつゆも
またできえぬる
あさがほのはな
如何にして
思ひ捨てまし
朝顏の
昨日の花の
あり難き世を
いかにして
おもひすてまし
あさがほの
きのふのはなの
ありかたきよを
草の葉に
消え行く露を
見る毎に
有りし有明の
影ぞ悲しき
くさのはに
きえゆくつゆを
みるごとに
ありしありあけの
かげぞかなしき
淺茅原
末葉にすがる
露の身は
もとの雫を
よそにやは見る
あさぢはら
すゑはにすがる
つゆのみは
もとのしずくを
よそにやはみる
後れ居て
猶風寒し
何時までか
霜のくち葉に
立ち隱れけむ
おくれゐて
なほかぜさむし
いつまでか
しものくちはに
たちかくれけむ
藤原伊家がむすめ子生みて程なく失せぬと聞きて遣はしける
周防内侍
霜がれの
荻の上葉の
袖の露
うしろめたくや
思ひ置きけむ
しもがれの
をぎのうはばの
そでのつゆ
うしろめたくや
おもひおきけむ
前大納言爲定の十三回に一品經すゝめ侍りしついでに、懷舊を
雄舜法師
算ふれば
我も八十ぢの
同じ身に
殘りて今日の
跡を訪ふ哉
かぞふれば
われもやそぢの
おなじみに
のこりてけふの
あとをとふかな
民部卿爲藤の一めぐりの追善に、同じ心を
惟宗光吉朝臣
別れにし
月日や何の
隔てにて
昨日は人の
むかしなるらむ
わかれにし
つきひやなにの
へだてにて
きのふはひとの
むかしなるらむ
後深草院の御事覺し召し出でゝ七月十六日、月のあかゝりけるに詠ませ給うける
伏見院御製
算ふれば
十とせあまりの
秋なれど
面影近き
月ぞかなしき
かぞふれば
ととせあまりの
あきなれど
おもかげちかき
つきぞかなしき
忘らるゝ
ひまなき物は
面影も
さらぬ別れの
名殘なりけり
わすらるる
ひまなきものは
おもかげも
さらぬわかれの
なごりなりけり
遂に行く
道も今はの
時なれや
ひつじの歩み
身にぞ近づく
つひにゆく
みちもいまはの
ときなれや
ひつじのあゆみ
みにぞちかづく
はかなしや
如何なる野べの
蓬生に
遂には誰れも
枕定めむ
はかなしや
いかなるのべの
よもぎうに
つひにはたれも
まくらさだめむ
命こそ
猶頼まれね
あだし野の
露は風待つ
ほども有る世に
いのちこそ
なほたのまれね
あだしのの
つゆはかぜまつ
ほどもあるよに
後近衛關白身罷りて淨妙寺に送り置き侍りける時常には日野の山庄に通ひ侍りける事を思ひ出でゝ
高階宗成朝臣
木幡山
君が往來は
なれにしを
かちより送る
旅ぞかなしき
こはたやま
きみがゆききは
なれにしを
かちよりおくる
たびぞかなしき
行方無き
玉の小櫛も
形見にて
猶そのかみを
忘れ侘びぬる
ゆくへなき
たまのをぐしも
かたみにて
なほそのかみを
わすれわびぬる
春の花
秋の紅葉の
情だに
うき世にとまる
いろぞまれなる
はるのはな
あきのもみぢの
なさけだに
うきよにとまる
いろぞまれなる
朝日さす
高嶺の雲は
匂へども
麓の人は
知らずぞ有りける
あさひさす
たかねのくもは
にほへども
ふもとのひとは
しらずぞありける
いづくにも
春は來ぬれど
朝日さす
高嶺よりこそ
雪は消ゆらめ
いづくにも
はるはこぬれど
あさひさす
たかねよりこそ
ゆきはきゆらめ
方便品、唯有一乘法無二亦無三と云ふ心を
入道贈一品親王尊圓
春は唯
花をぞ思ふ
二つ無く
三つ無き物は
こゝろなりけり
はるはただ
はなをぞおもふ
ふたつなく
みつなきものは
こころなりけり
我れは唯
佛に何時か
あふひ草
心のつまに
かけぬ間ぞ無き
われはただ
ほとけにいつか
あふひぐさ
こころのつまに
かけぬまぞなき
法の花
今も古枝に
咲きぬとは
もと見し人や
思ひ出づらむ
のりのはな
いまもふるえに
さきぬとは
もとみしひとや
おもひいづらむ
隈もなき
月の光に
さそはれて
鷲の深山を
さして來にけり
くまもなき
つきのひかりに
さそはれて
わしのみやまを
さしてきにけり
山の端に
出で入る月も
廻りては
心の内に
住むとこそ聞け
やまのはに
いでいるつきも
めぐりては
こころのうちに
すむとこそきけ
苔の庭を
玉の砌に
敷きかへて
ひかりを分つ
峯のつきかげ
こけのにはを
たまのみぎりに
しきかへて
ひかりをわかつ
みねのつきかげ
今ぞ知る
誠の道に
雲晴れて
西をたのめば
ありあけのつき
いまぞしる
まことのみちに
くもはれて
にしをたのめば
ありあけのつき
我れ斯くて
山の端近く
成る儘に
過ぎし月日の
數ぞ悲しき
われかくて
やまのはちかく
なるままに
すぎしつきひの
かずぞかなしき
浮かれたる
我身よ如何で
故郷に
旅と思はで
住み定むべき
うかれたる
わがみよいかで
ふるさとに
たびとおもはで
すみさだむべき
身を分けし
教しなくば
垂乳根の
浮き世の闇を
猶や歎かむ
みをわけし
おしへしなくば
たらちねの
うきよのやみを
なほやなげかむ
とも斯も
心こそなせ
同じくば
我とさとりを
爭で知らまし
ともかくも
こころこそなせ
おなじくば
われとさとりを
いかでしらまし
皆人の
こゝろの月の
晴れやらで
迷ふ後瀬の
山の端のくも
みなひとの
こころのつきの
はれやらで
まよふのちせの
やまのはのくも
變らじな
空しき空の
夕月夜
又ありあけに
うつり行くとも
かはらじな
むなしきそらの
ゆふつくよ
またありあけに
うつりゆくとも
雲よりも
高き所に
出でゝ見よ
志ばしも月に
隔てやは有る
くもよりも
たかきところに
いでてみよ
しばしもつきに
へだてやはある
願はくは
心の月を
あらはして
鷲のみ山に
あとをてらさむ
ねがはくは
こころのつきを
あらはして
わしのみやまに
あとをてらさむ
隔てこし
世々の浮雲
今日消えて
昔まだ見ぬ
月を見るかな
へだてこし
よよのうきくも
けふきえて
むかしまだみぬ
つきをみるかな
入る月の
名殘を添へて
志たふかな
峰より西の
雲のをち方
いるつきの
なごりをそへて
したふかな
みねよりにしの
くものをちかた
うへもなく
頼む日吉の
影なれば
高き峯とや
まづ照すらむ
うへもなく
たのむひよしの
かげなれば
たかきみねとや
まづてらすらむ
百日入堂の爲に比叡山の無動寺に登りて詠み侍りける
入道二品親王尊道
閼伽むすぶ
跡をば殘せ
ながらなる
山の下水
苔ふかくとも
あかむすぶ
あとをばのこせ
ながらなる
やまのしたみづ
こけふかくとも
誰れに又
問はゞ答へむ
我が山の
法の流れの
深きこゝろを
たれにまた
とはばこたへむ
わがやまの
のりのながれの
ふかきこころを
濁ある
水にも月は
宿るぞと
思へばやがて
澄むこゝろかな
にごりある
みづにもつきは
やどるぞと
おもへばやがて
すむこころかな
濁る世の
人の心を
そのまゝに
捨てぬ誓ひを
頼むばかりぞ
にごるよの
ひとのこころを
そのままに
すてぬちかひを
たのむばかりぞ
人なみに
法の流れを
傳へても
水のこゝろや
なほ濁るらむ
ひとなみに
のりのながれを
つたへても
みづのこころや
なほにごるらむ
觀經釋文、釋迦此方發遺彌陀即彼國來迎
前大納言爲家
船よばふ
聲にむかふる
渡し守
浮世の岸に
誰れかとまらむ
ふねよばふ
こゑにむかふる
わたしもり
うきよのきしに
たれかとまらむ
囑累品、今以付囑汝等の心を戀に寄せて詠み侍りける
前大納言基良
忍べとて
書きおく浦の
藻鹽草
長らへてだに
形見ともなれ
しのべとて
かきおくうらの
もしほくさ
ながらへてだに
かたみともなれ
年經れど
松のみどりは
變らぬに
霜をいたゞく
かけの下草
としへれど
まつのみどりは
かはらぬに
しもをいただく
かけのしたくさ
先の世の
報と聞けど
身の憂さに
思ひこるべき
心地こそせね
さきのよの
むくひときけど
みのうさに
おもひこるべき
ここちこそせね
みな人の
うき世の夢も
さむばかり
遥に響け
あかつきの鐘
みなひとの
うきよのゆめも
さむばかり
はるかにひひけ
あかつきのかね
前大納言爲定の十三年の佛事に一品經すゝめ侍りしに、五百弟子品の心を
權中納言爲重
夢よ待つ
よはの衣の
うらなれば
現に知らぬ
玉も見てまし
ゆめよまつ
よはのころもの
うらなれば
うつつにしらぬ
たまもみてまし
心をぞ
猶磨くべき
墨染の
ころものうらの
たまは見ずとも
こころをぞ
なほみがくべき
すみぞめの
ころものうらの
たまはみずとも
今はとて
説きける法の
悲しきは
今日別れぬる
心地こそすれ
いまはとて
ときけるのりの
かなしきは
けふわかれぬる
ここちこそすれ
法の道
入るべき門は
變れども
遂には同じ
さとりとぞ聞く
のりのみち
いるべきかどは
かはれども
つひにはおなじ
さとりとぞきく
厭ふとも
惜むともなり
假初の
浮世に宿る
我が身と思へば
いとふとも
をしむともなり
かりそめの
うきよにやどる
わがみとおもへば
世の爲に
立てし内外の
宮柱
たかき神路の
やまはうごかじ
よのために
たてしうちとの
みやはしら
たかきかみぢの
やまはうごかじ
身を祈る
人よりも猶
男山
すなほなるをぞ
まもるとは聞く
みをいのる
ひとよりもなほ
をとこやま
すなほなるをぞ
まもるとはきく
八幡山
神やきりけむ
鳩の杖
老いてさかゆく
道のためとて
やはたやま
かみやきりけむ
はとのつえ
をいてさかゆく
みちのためとて
春日山
さか行く神の
惠もて
千世ともさゝじ
みねの松が枝
かすがやま
さかゆくかみの
めぐみもて
ちよともささじ
みねのまつがえ
仕へこし
跡をぞ頼む
三笠山
流石に神の
捨てじとおもへば
つかへこし
あとをぞたのむ
みかさやま
さすがにかみの
すてじとおもへば
ひとすぢに
世を長かれと
祈るかな
頼む三笠の
杜の志め繩
ひとすぢに
よをながかれと
いのるかな
たのむみかさの
もりのしめなは
跡垂れて
誓ひを仰ぐ
神も皆
身のことわりに
頼みかねつゝ
あとたれて
ちかひをあおぐ
かみもみな
みのことわりに
たのみかねつつ
文永二年二月二所に詣でける時伊豆のみ山に奉りける三十首の歌の中に
中務卿宗尊親王
神も又
捨てぬ道とは
頼めども
哀れ知るべき
言の葉ぞ無き
かみもまた
すてぬみちとは
たのめども
あはれしるべき
ことのはぞなき
老の波
猶志ば〳〵も
ありと見ば
あはれを懸けよ
玉津島姫
おいのなみ
なほしばしばも
ありとみば
あはれをかけよ
たまつしまひめ
玉津島
たむくるからに
言の葉の
露に磨く
色や見ゆらむ
たまつしま
たむくるからに
ことのはの
つゆにみがく
いろやみゆらむ
五十鈴河
瀬々の岩波
かけまくも
畏き御代と
なほ祈るかな
いすずがは
せぜのいはなみ
かけまくも
かしこきみよと
なほいのるかな
頼むかな
我がみなもとの
石清水
ながれの末を
神に任せて
たのむかな
わがみなもとの
いはしみづ
ながれのすゑを
かみにまかせて
さのみなど
濁る心ぞ
石清水
さこそ流れの
かずならずとも
さのみなど
にごるこころぞ
いはしみづ
さこそながれの
かずならずとも
よしさらば
神に任せて
石清水
澄める心を
手むけにもせむ
よしさらば
かみにまかせて
いはしみづ
すめるこころを
てむけにもせむ
仕ふべき
身とて捨て得ぬ
理を
流石哀れと
かみや見るらむ
つかふべき
みとてすてえぬ
ことはりを
さすがあはれと
かみやみるらむ
更に今
花咲く梅の
みや柱
立てゝぞ千世の
さかりをも見む
さらにいま
はなさくうめの
みやはしら
たててぞちよの
さかりをもみむ
雲分けし
神代は知らず
今も猶
かげみたらしに
宿る月かな
くもわけし
かみよはしらず
いまもなほ
かげみたらしに
やどるつきかな
忘れずよ
みたらし河の
深き江に
なれて影見し
山あゐの袖
わすれずよ
みたらしかはの
ふかきえに
なれてかげみし
やまあゐのそで
辛崎や
小波ながら
寄る船を
神代にかへす
まつかぜぞ吹く
からさきや
さざなみながら
よるふねを
かみよにかへす
まつかぜぞふく
神垣の
松も榊も
常磐なる
ためしかさねて
世をいのるかな
かみかきの
まつもさかきも
ときはなる
ためしかさねて
よをいのるかな
神垣や
一夜の松の
みしめ繩
千とせをかけて
世を祈るかな
かみかきや
ひとよのまつの
みしめなは
ちとせをかけて
よをいのるかな
御禊する
豐宮河の
志き波の
數よりきみを
なほいのるかな
みそぎする
とよみやかはの
しきなみの
かずよりきみを
なほいのるかな
沖つ風
濱松が枝に
かけてけり
たむけがほなる
浪の白木綿
おきつかぜ
はままつがえに
かけてけり
たむけがほなる
なみのしらゆふ
あらはれし
元の潮路は
知らねども
いま住吉も
浦風ぞ吹く
あらはれし
もとのしほぢは
しらねども
いますみよしも
うらかぜぞふく
たちばなの
小戸の潮瀬に
あらはれて
昔舊りにし
神ぞ此神
たちばなの
をとのしほせに
あらはれて
むかしふりにし
かみぞこのかみ
住吉の
松の村だち
幾かへり
なみにむかしの
花咲きぬらむ
すみよしの
まつのむらだち
いくかへり
なみにむかしの
はなさきぬらむ
渡つ海の
眞砂の數に
あまれるは
久しき君が
千年なりけり
わたつみの
まさごのかずに
あまれるは
ひさしききみが
ちとせなりけり
神山の
麓をとむる
みたらしの
岩打つ浪や
よろづ代のかず
かみやまの
ふもとをとむる
みたらしの
いはうつなみや
よろづよのかず
芳野川
いはとがしはを
越す波の
常磐堅磐ぞ
我が君の御世
よしのかは
いはとがしはを
こすなみの
ときはかきはぞ
わがきみのみよ
中殿にて花契萬春と云ふ事を講ぜられける時詠ませ給うける
後醍醐院御製
時知らば
花も常磐の
色に咲け
我が九重は
よろづ代のはる
ときしらば
はなもときはの
いろにさけ
わがここのへは
よろづよのはる
永和元年三月廿三日松樹春久と云ふ事を講ぜられしついでに
太上天皇
十かへりの
花を今日より
松が枝に
契るも久し
萬代のはる
とかへりの
はなをけふより
まつがえに
ちぎるもひさし
よろづよのはる
君が代の
最ど久しく
なりぬれば
千歳の松も
若葉さしけり
きみがよの
いとどひさしく
なりぬれば
ちとせのまつも
わかばさしけり
更に又
百代はじめて
我が君の
天つ日嗣の
すゑもかぎらじ
さらにまた
ももよはじめて
わがきみの
あまつひつぎの
すゑもかぎらじ
男山
いまを百代の
始めにて
さらにやきみを
又まもらまし
をとこやま
いまをももよの
はじめにて
さらにやきみを
またまもらまし
天のした
ひとの心や
晴れぬらむ
出づる朝日の
曇なければ
あめのした
ひとのこころや
はれぬらむ
いづるあさひの
くもりなければ
應安二年二月六日三首の歌講ぜられし時、寄世祝
權大納言忠光
限無く
代をこそてらせ
雲に住む
月日や君が
御影なるらむ
かぎりなく
よをこそてらせ
くもにすむ
つきひやきみが
みかげなるらむ
應安四年九月十三夜、池月添光と云ふ事を講ぜられし時、序奉りて
前關白近衛
千年とも
言ひ出でがたし
限なく
月も澄むべき
宿の池みづ
ちとせとも
いひいでがたし
かぎりなく
つきもすむべき
やどのいけみづ
臥して思ひ
起きて祈りし
程よりも
猶榮え行く
君が御代哉
ふしておもひ
おきていのりし
ほどよりも
なほさかえゆく
きみがみよかな
永徳元年六月十二日三十首の歌講ぜられし時、寄道祝
左大臣
治まれる
御代の志るしも
更に今
見えて榮ゆる
敷島のみち
おさまれる
みよのしるしも
さらにいま
みえてさかゆる
しきしまのみち
寛元元年大甞會の主基方の女工所に侍りけるに雪の降る日、九重の大内山の如何ならむ限も知らず積る白雪と、常磐井入道前太政大臣の許より言ひ遣して侍りける返事に
後深草院少將内侍
九重の
うちのゝ雪に
跡つけて
遙かに千世の
道を見るかな
ここのへの
うちののゆきに
あとつけて
はるかにちよの
みちをみるかな
花園院位におはしましける時大なるたかんなを奉らせ給ふとて包紙に書きつけさせ給うける
百敷に
みどり添ふべき
呉竹の
變らぬかげは
代々久しかれ
ももしきに
みどりそふべき
くれたけの
かはらぬかげは
よよひさしかれ
百敷に
移し植ゑてぞ
色添はむ
藐姑射の山の
千世のくれ竹
ももしきに
うつしうゑてぞ
いろそはむ
はこやのやまの
ちよのくれたけ
嘉元の百首の歌奉りけるに、松
後西園寺入道前太政大臣
四代までに
舊りぬと思ふ
宿の松
千年の末は
まだ遙かなり
よよまでに
ふりぬとおもふ
やどのまつ
ちとせのすゑは
まだはるかなり
高砂の
尾上に立てる
松が枝の
色にや經べき
君が千とせは
たかさごの
おのえにたてる
まつがえの
いろにやふべき
きみがちとせは
亭子院の六十の賀に京極の御息所に奉りける御屏風の歌
伊勢
生ふるより
年定れる
松なれば
久しき物と
誰れか見ざらむ
おふるより
としさだまれる
まつなれば
ひさしきものと
たれかみざらむ
君住めば
寄する玉藻も
磨きいでつ
千世も傳へよ
和歌の浦風
きみすめば
よするたまもも
みがきいでつ
ちよもつたへよ
わかのうらかぜ
今日や又
代々のためしを
繰り返し
まさ木の葛
長く傳へむ
けふやまた
よよのためしを
くりかへし
まさきのかづら
ながくつたへむ
盡きもせじ
濱の眞砂の
數々に
今も積れる
やまとことの葉
つきもせじ
はまのまさごの
かずかずに
いまもつもれる
やまとことのは
永和元年大甞會の悠紀方の辰の日の退出の音聲、千々松原
儀同三司
君が代は
契るも久し
百とせを
十かへりふべき
千々の松原
きみがよは
ちぎるもひさし
ももとせを
とかへりふべき
ちちのまつはら