Весна
2
Лето
1
Осень
0
Зима
9
Любовь
3
Благопожелания
3
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
1
Разное
22
Иное
0
大原や
小塩の山も
今日こそは
神代のことを
おもひいづらめ
おほはらや
をしほのやまも
けふこそは
かみよのことを
おもひいづらめ
Храм Охара
И гора Осихо
Сегодня
Времена богов,
Верно, вспоминают[439] —
439. Танка приводится в Кокинсю, 871, Исэ-моногатари, 76, Нарихирасю, Кокинрокутё, 2 (раздел «Горы»), а также в Окагами.
大原や
をしほの山も
けふこそは
神世のことも
思ひいづらめ
おほはらや
をしほのやまも
けふこそは
かみよのことも
おもひいづらめ
Сосна в Осио,
что в Охара, — у ней
в сегодняшний день
встают, верно, картины
века богов!
Внешний смысл стихотворения, конечно, очень понятен: здесь растущая у древнего святилища сосна, — наверно, очень старая - могла естественно навеять мысль, что она должна помнить еще то время, когда боги жили на земле, — эпоху золотого века. Но не в этом смысле дело: кавалер хочет сказать, что сегодня, получив от нее знак особого внимания, он вспоминает то золотое время, когда они были счастливы, когда ничто, в том числе ее новое высокое положение, тогда отсутствовавшее, не мешало их любви. Дама этого эпизода, вероятно, героиня первых повествований - Эпизодов 4, 6 и 7.
Танка также помещена в Ямато-моногатари, 161 и в Кокинсю, 871.
吾里尓
大雪落有
大原乃
古尓之郷尓
落巻者後
わがさとに
おほゆきふれり
おほはらの
ふりにしさとに
ふらまくはのち
В моем селе
Глубокий выпал снег,
А в Охара,
В селе заброшенном и старом,
Такого снега нет, он выпадет потом…
* “В моем селе” — имеется в виду селение Асука, где находился дворец Киёмихара, резиденция Тэмму.
* Песня носит шуточный характер. В те времена, судя по песням М., большой снег всегда служил предметом особого любования. В старину император имел несколько жен. Главную жену звали “огисаки”, среди остальных жен — “кисаки” — различались “хи”, “фудзин”, “бунин”, “хин” (даны в нисходящем порядке). Дочь Каматари была на положении “фудзин”. Ее называли также Охара-но тодзи “хозяйка Охара” по названию местности, где была ее резиденция (см. п. 4479).
藤原夫人歌<一首>
明日香清御原<宮>御宇天皇之夫人也
字曰大原大刀自
即新田部皇子之母也


Песня супруги [императора] из дома Фудзивара
Жена императора [Тэмму], правившего в дворце Киёмихара в Асука.
Также её называли главной хозяйкой Охара.
Мать принца Ниитабэ.

Охара — название местности, где она жила.
大原
<古>郷
妹置
吾稲金津
夢所見乞
おほはらの
ふりにしさとに
いもをおきて
われいねかねつ
いめにみえこそ
В селенье старом,
В Охара,
Свою любимую оставил,
И трудно сном забыться нынче мне,
О, если б ты явилась в сновиденье!

大原の里の甑を召すなり。

Наибольшим спросом пользуются бочонки из деревни Охара.

大原や
をしほの山の
こまつ原
はや木高かれ
千代の影みむ
おほはらや
をしほのやまの
こまつはら
はやきたかかれ
ちよのかげみむ


世の中を
そむきにとては
来しかども
なほ憂きことは
大原の里
よのなかを
そむきにとては
こしかども
なほうきことは
おほはらのさと
Здесь затворился я,
Ища спасения
От горестей мирских,
Но оказалось
Много бед в селении Охара!

世をそむく
方はいづくに
ありぬべし
大原山は住
みよかりき
よをそむく
かたはいづくに
ありぬべし
おほはらやまはす
みよかりき
Я знаю,
Много есть на свете мест,
Куда бы удалиться мы могли от мира.
Скажи, как поживала ты
В горах Охара?

思ふこと
大原山の
すみがまは
いとど歎きの
数をこそ積め
おもふこと
おほはらやまの
すみがまは
いとどなげきの
かずをこそつめ
Много печальных дум
Оставила я в Охара,
Не менее, чем жгут там дров в котлах,
И все же с сожаленьем
Я покидала свой приют.

雪朝、大原にてよみ侍りける

寂然法師
雪朝、大原にてよみ侍りける

寂然法師
Дзякурэн-хоси

大原に住みはじめけるころ俊綱の朝臣のもとへいひ遣はしける

良暹法師

Рёдзэн-хоси

寂然入道、大原にすみけるにつかはしける



大原は
ひらのたかねの
ちかければ
ゆきふるほどを
おもひこそやれ
おほはらは
ひらのたかねの
ちかければ
ゆきふるほどを
おもひこそやれ


入道寂然、大原に住み侍りけるに、高野よりつかはしける



あはれさは
かうやときみも
おもひやれ
秋くれがたの
おほ原のさと
あはれさは
かうやときみも
おもひやれ
あきくれがたの
おほはらのさと


水のおとは
まくらにおつる
ここちして
ねざめがちなる
大原のさと
みづのおとは
まくらにおつる
ここちして
ねざめがちなる
おほはらのさと


あだにふく
草のいほりの
あはれより
そでに露おく
大原のさと
あだにふく
くさのいほりの
あはれより
そでにつゆおく
おほはらのさと


なにとなく
つゆぞこぼるる
あきの田に
ひたひきならす
大原のさと
なにとなく
つゆぞこぼるる
あきのたに
ひたひきならす
おほはらのさと


すみがまの
たなびくけぶり
一すぢに
心ぼそきは
大原のさと
すみがまの
たなびくけぶり
ひとすぢに
こころぼそきは
おほはらのさと


ひとりすむ
おぼろのしみづ
ともとては
月をぞすます
おほはらのさと
ひとりすむ
おぼろのしみづ
ともとては
つきをぞすます
おほはらのさと


やまかぜに
みねのささぐり
はらはらと
庭におちしく
大原の里
やまかぜに
みねのささぐり
はらはらと
にはにおちしく
おほはらのさと


ますらをが
つまきにあけび
さしそへて
暮るればかへる
大原のさと
ますらをが
つまきにあけび
さしそへて
くるればかへる
おほはらのさと


むぐらはふ
かどはこのはに
うづもれて
人もさしこぬ
大原の里
むぐらはふ
かどはこのはに
うづもれて
ひともさしこぬ
おほはらのさと


もろともに
秋もやまぢも
ふかければ
しかぞかなしき
大原の里
もろともに
あきもやまぢも
ふかければ
しかぞかなしき
おほはらのさと


おほはらは
せれふを雪の
道にあけて
よもには人も
かよはざりけり
おほはらは
せれふをゆきの
みちにあけて
よもにはひとも
かよはざりけり


三條院の御時大甞會の御禊などすぎての頃雪のふり侍りけるに大原にすみける少將井のあまの許につかはしける

伊勢大輔

Исэ-но Тайфу

高野に侍りける時寂然法師大原に住み侍りけるに遣しける

西行法師

Когда находился в Такано, отправил Дзякурэн-хоси, который жил в Охара

Сайгё-хоси

大原は
比良のたかねの
近ければ
雪ふる程を
思ひこそやれ
おほはらは
ひらのたかねの
ちかければ
ゆきふるほどを
おもひこそやれ
Как будто близка
Вершина горы Хира,
Что в Охара,
Представь:
Так много выпало снега...
Примерный перевод
* исправлено
大原や
小鹽の小松
葉を志げみ
いとゞ千年の
影とならなむ
おほはらや
をしほのこまつ
はをしげみ
いとどちとせの
かげとならなむ
В Охара
На горе Осио у сосен
Густы иголки,
И потому чрез много лет
Тень там будет!
Примерный перевод

木がらしも
心して吹け
しめのうちは
ちらぬ梢ぞ
大原の山
こがらしも
こころしてふけ
しめのうちは
ちらぬこずゑぞ
おほはらのやま


降る雪に
人こそ訪はね
すみ竈の
けぶりは絶えぬ
大原の里
ふるゆきに
ひとこそとはね
すみがまの
けぶりはたえぬ
おほはらのさと
В идущем снеге
Люди не ходят,
Но от очагов
Дым не прекращается
В селе Охара.
Примерный перевод

大原や
おぼろの清水
汲みて知れ
すます心も
年へぬる身を
おほはらや
おぼろのしみづ
くみてしれ
すますこころも
としへぬるみを


大原や
小鹽のさくら
咲きぬらし
神代の松に
かゝる白くも
おほはらや
をしほのさくら
さきぬらし
かみよのまつに
かかるしらくも


大原の
ふりにし里に
妹を置て
我いねかねつ
夢に見えつゝ
おほはらの
ふりにしさとに
いもをおきて
われいねかねつ
ゆめにみえつつ


大原や
神代の松の
深みどり
千世もと祈る
すゑのはるけさ
おほはらや
かみよのまつの
ふかみどり
ちよもといのる
すゑのはるけさ


炭がまに
通ふゆきゝの
跡ばかり
雪にぞみゆる
大原のやま
すみがまに
かよふゆききの
あとばかり
ゆきにぞみゆる
おほはらのやま


なげきのみ
大原山の
炭竈に
思ひ絶えせぬ
身をいかにせむ
なげきのみ
おほはらやまの
すみがまに
おもひたえせぬ
みをいかにせむ


大原にまかりて草庵の所などしめおきて後寂圓上人に申しつかはしける

常磐井入道前太政大臣



建禮門院大原におはしましける頃尋ね參りたるに夢の心地のみして侍りければ思ひつゞけ侍りける

右京大夫



近衛院隱れ給ひてのみ土左内侍さまかへて大原にて經供養しけるに火舍に煙立ちたるを書きたる扇を捧げ物にして侍りけるに書き付けて遣しける

法印隆憲



大原にをはりの尼上と申す智者のもとにまかりて、兩三日物語申して歸りけるに、寂然庭に立ちいでて、名殘多かる由申しければ、やすらはれて



大原や
まだすみがまも
ならはずと
いひけむ人を
今あらせばや
おほはらや
まだすみがまも
ならはずと
いひけむひとを
いまあらせばや


大原や
雪ふりつみて
道もなし
けふはなやきそ
嶺のすみがま
おほはらや
ゆきふりつみて
みちもなし
けふはなやきそ
みねのすみがま
В Охара
Снег идёт и идёт,
И не пройти!
Не жгите сегодня
Уголь на вершине!
Примерный перевод

おほはらや
をしほのやまの
こまつはら
はやこたかゝれ
ちよのかけみん
おほはらや
をしほのやまの
こまつはら
はやこたかかれ
ちよのかけみん


をしほ山
松風さむし
大原や
さえ野の沼や
さえまさるらん
をしほやま
まつかぜさむし
おほはらや
さえののぬまや
さえまさるらん


大原の
このいち柴の
いつしかと
わかおもふいもに
今夜あひぬる
おほはらの
このいちしばの
いつしかと
わかおもふいもに
こよひあひぬる


をしほ山
松風さむし
大原や
さえ野の沼や
さえまさるらん
をしほやま
まつかぜさむし
おほはらや
さえののぬまや
さえまさるらん


大原の
このいち柴の
いつしかと
わかおもふいもに
今夜あひぬる
おほはらの
このいちしばの
いつしかと
わかおもふいもに
こよひあひぬる


大原や
をしほの山の
ほとゝきす
我に神代の
事かたらなん
おほはらや
をしほのやまの
ほとときす
われにかみよの
ことかたらなん


たつねきて
かけをこそみれ
大原の
おほろの清水
すまは住やと
たつねきて
かけをこそみれ
おほはらの
おほろのしみづ
すまはすむやと


雉子なく
大原山の
桜花
かりにはあらて
しはしみし哉
きぎすなく
おほはらやまの
さくらばな
かりにはあらて
しはしみしかな


塩竈の
けふりは雲に
立そひて
そらにしらるゝ
大原のさと
しほがまの
けふりはくもに
たそひて
そらにしらるる
おほはらのさと


よそにても
さひしとはしれ
大原や
煙をたえぬ
すみかまの里
よそにても
さひしとはしれ
おほはらや
けぶりをたえぬ
すみかまのさと


大原へ
ゆくとはなしに
恋すれは
やせとをりぬる
物にそ有ける
おほはらへ
ゆくとはなしに
こひすれは
やせとをりぬる
ものにそあける


此返事に、大原の里といふ事を下句にをきて、又十首を読てつかはすとて

寂然法師



ひとりすむ
おほろの清水
友とては
月をそやとす
大原の里
ひとりすむ
おほろのしみづ
ともとては
つきをそやとす
おほはらのさと


大原野の桜を見て人にいひつかはしける

藤原実方朝臣



寂然、大原に住侍けるに、高野より山ふかみといふことをかみにをきて、十首歌よみてつかはしける中に

西行法師



藤原貞憲朝臣出家の後、高野にこもり侍ける時、大原の坊にまかれりけるに、哀なる事を障子にかきて侍けるをみて、そのかたはしに書つけ侍ける

法橋顕昭



世中に事ありてつくしのかたになかされて侍けるか、後にめしかへされ侍て、建礼門院大原におはしましけるに参りて物申けるにつけても、さま〳〵思ひ出る事おほくていみしうかなしく覚え侍けれは

前権少僧都全真



あはれ我
五つの宮の
宮人と
その数ならぬ
身をなして
思ひし事は
かけまくも
かしこけれども
頼もしき
蔭に再び
遅れたる
双葉の草を
吹く風の
荒き方には
あてじとて
せばき袂を
ふせぎつつ
塵も据ゑじと
磨きては
玉の光を
誰れか見むと
思ふ心に
おほけなく
上つ枝をば
さし越えて
花咲く春の
宮人と
なりし時はは
いかばかり
茂き蔭とか
頼まれし
末の世までと
思ひつつ
九重ねの
その中に
いつき据ゑしも
言出しも
誰れならなくに
小山田を
人に任せて
我はただ
袂そほつに
身をなして
二春三春
過ぐしつつ
その秋冬の
朝霧の
絶え間にだにも
と思ひしを
峰の白雲
横様に
立ち変りぬと
見てしかば
身を限りとは
思ひにき
命あらばと
頼みしは
人に遅るる
名なりけり
思ふもしるし
山川の
みな下なりし
もろ人も
動かぬ岸に
護り上げて
沈む水屑の
果て果ては
かき流されし
神無月
薄き氷に
閉ぢられて
止まれる方も
泣きわぶる
涙沈みて
数ふれば
冬も三月に
なりにけり
長き夜な夜な
敷妙の
臥さず休まず
明け暮らし
思へどもなほ
悲しきは
八十氏人も
あたら世の
ためしなりとぞ
騒ぐなる
まして春日の
杉村に
いまだ枯れたる
枝はあらじ
大原野辺の
つぼすみれ
罪をかしある
物ならば
照る日も見よと
言ふことを
年の終りに
清めずは
わが身ぞつひに
朽ちぬべき
谷の埋もれ木
春来とも
さてや止みなむ
年の内に
春吹く風も
心あらば
袖の氷を
解けと吹かなむ
あはれわれ
いつつのみやの
みやひとと
そのかすならぬ
みをなして
おもひしことは
かけまくも
かしこけれとも
たのもしき
かけにふたたひ
おくれたる
ふたはのくさを
ふくかせの
あらきかたには
あてしとて
せはきたもとを
ふせきつつ
ちりもすゑしと
みかきては
たまのひかりを
たれかみむと
おもふこころに
おほけなく
かみつえたをは
さしこえて
はなさくはるの
みやひとと
なりしときはは
いかはかり
しけきかけとか
たのまれし
すゑのよまてと
おもひつつ
ここのかさねの
そのなかに
いつきすゑしも
ことてしも
たれならなくに
をやまたを
ひとにまかせて
われはたた
たもとそほつに
みをなして
ふたはるみはる
すくしつつ
そのあきふゆの
あさきりの
たえまにたにもと
おもひしを
みねのしらくも
よこさまに
たちかはりぬと
みてしかは
みをかきりとは
おもひにき
いのちあらはと
たのみしは
ひとにおくるる
ななりけり
おもふもしるし
やまかはの
みなしもなりし
もろひとも
うこかぬきしに
まもりあけて
しつむみくつの
はてはては
かきなかされし
かみなつき
うすきこほりに
とちられて
とまれるかたも
なきわふる
なみたしつみて
かそふれは
ふゆもみつきに
なりにけり
なかきよなよな
しきたへの
ふさすやすます
あけくらし
おもへともなほ
かなしきは
やそうちひとも
あたらよの
ためしなりとそ
さわくなる
ましてかすかの
すきむらに
いまたかれたる
えたはあらし
おほはらのへの
つほすみれ
つみをかしある
ものならは
てるひもみよと
いふことを
としのをはりに
きよめすは
わかみそつひに
くちぬへき
たにのうもれき
はるくとも
さてややみなむ
としのうちに
はるふくかせも
こころあらは
そてのこほりを
とけとふかなむ


空さゆる
雪けの雲も
炭かまの
煙にまかふ
おほはらの山
そらさゆる
ゆきけのくもも
すみかまの
けぶりにまかふ
おほはらのやま


大原や
まだすみがまも
ならはねば
我宿のみぞ
烟たえける
おほはらや
まだすみがまも
ならはねば
わがやどのみぞ
けぶりたえける


後徳大寺左大臣、西行法師なと伴ひて大原にまかれりけるに、来迎院にて、寄老人述懐といふことをよみ侍ける

縁忍上人



大原におさめたてまつるよし聞えけれは