Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
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権中納言匡房
さきのちゅうなごんまさふさ
Гон-тюнагон Масафуса
(Оэ-но Масафуса, 1041—1111) — представитель старинного рода, из которого вышло немало поэтов и ученых. Государственный деятель, талантливый поэт, писавший по-японски и по-китайски.
神だちにて郭公を聞きて

前中納言匡房(大江匡房)
神だちにて郭公を聞きて

前中納言匡房(大江匡房)
Сложил, слушая кукушку, во время ночлега в пристройке к храму

Масафуса
* Имеется в виду храм Камо в Киото. В пристройке обычно останавливались на ночлег прибывшие на Праздник мальвы паломники. Называлась она кандати — букв. «храмовая постройка».
前中納言匡房
前中納言匡房
Масафуса

堀河院御時百首歌の中に、萩をよみ侍りける

前中納言匡房
堀河院御時百首歌の中に、萩をよみ侍りける

前中納言匡房
Масафуса

前中納言匡房
前中納言匡房
Масафуса

前中納言匡房
前中納言匡房
Масафуса

京極関白前太政大臣高陽院歌合に

前中納言匡房
京極関白前太政大臣高陽院歌合に

前中納言匡房
Масафуса

承暦二年内裏の歌合に、祝の心をよみ侍りける

前中納言匡房(大江匡房)
承暦二年内裏の歌合に、祝の心をよみ侍りける

前中納言匡房(大江匡房)
Масафуса

寛治二年大嘗会屏風に、鷹尾山をよめる

前中納言匡房(大江匡房)
寛治二年大嘗会屏風に、鷹尾山をよめる

前中納言匡房(大江匡房)
Масафуса

七月ばかり、美作へ下るとて、都の人につかはしける

前中納言匡房(大江匡房)
七月ばかり、美作へ下るとて、都の人につかはしける

前中納言匡房(大江匡房)
Отбыв в 7-ю луну в провинцию Мимасака, послал другу в столицу

Масафуса

題しらず

前中納言匡房(大江匡房)
題しらず

前中納言匡房(大江匡房)
Тема неизвестна

Масафуса

あひ知りて侍りける人のもとにまかりたりけるに、その人ほかに住みて、いたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ

前中納言匡房(大江匡房)
あひ知りて侍りける人のもとにまかりたりけるに、その人ほかに住みて、いたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ

前中納言匡房(大江匡房)
Масафуса

頼綱朝臣、津の国の羽束といふ所に侍りける時、つかはしける

前中納言匡房(大江匡房)
頼綱朝臣、津の国の羽束といふ所に侍りける時、つかはしける

前中納言匡房(大江匡房)
Масафуса

堀河院御時百首歌奉りけるに

前中納言匡房(大江匡房)
堀河院御時百首歌奉りけるに

前中納言匡房(大江匡房)
Масафуса

題しらず

前中納言匡房(大江匡房)
題しらず

前中納言匡房(大江匡房)
Без названия

Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時残雪をよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時残雪をよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌のうち、霞のうたとてよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌のうち、霞のうたとてよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、梅花のうたとてよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、梅花のうたとてよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるさめのこころをよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるさめのこころをよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よふこ鳥をよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よふこ鳥をよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時百首のうち、やまふきをよめる

前中納言匡房
堀河院御時百首のうち、やまふきをよめる

前中納言匡房
Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるのくれをよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はるのくれをよめる

前中納言匡房


堀河院御時、百首歌たてまつりけるとき、更衣の心をよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりけるとき、更衣の心をよめる

前中納言匡房
Масафуса

おなし御時、百首歌たてまつりける時、照射のこころをよみ侍りける

前中納言匡房
おなし御時、百首歌たてまつりける時、照射のこころをよみ侍りける

前中納言匡房
Масафуса

内のおほいまうち君の家にて人々酒たうべて歌よみ侍りけるに遙に山の櫻を望むといふ心をよめる

大江匡房朝臣

Оэ Масафуса

五月の頃ほひ女におくれ侍りける年冬雪のふりける日よみ侍りける

大江匡房朝臣

Оэ Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、さくらをよめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、さくらをよめる

前中納言匡房


承磨二年内裏歌合に紅葉をよめる

前中納言匡房
承磨二年内裏歌合に紅葉をよめる

前中納言匡房
Сложено на поэтическом турнире во втором году дзёряку об осенней листве

Бывший тюнагон Масафуса

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よめる

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よめる

前中納言匡房


堀河院の御時、百首歌たてまつりける時、よめる

前中納言匡房
堀河院の御時、百首歌たてまつりける時、よめる

前中納言匡房


堀河院御時、百首歌たてまつりける時、わかれの心をよみ侍りける

前中納言匡房
堀河院御時、百首歌たてまつりける時、わかれの心をよみ侍りける

前中納言匡房


右衛門督基忠かくれ侍りてのち、彼家につかはしける

前中納言匡房
右衛門督基忠かくれ侍りてのち、彼家につかはしける

前中納言匡房


白河院御時、承保元年大嘗会の主基方稲舂歌、神田郷をよめる

前中納言匡房
白河院御時、承保元年大嘗会の主基方稲舂歌、神田郷をよめる

前中納言匡房
Бывший тюнагон Масафуса

寛治元年堀川院御時、大響会悠紀方神あそひのうた、諸神郷をよめる

前中納言匡房
寛治元年堀川院御時、大響会悠紀方神あそひのうた、諸神郷をよめる

前中納言匡房
Бывший тюнагон Масафуса

匡房の朝臣うまれて侍りけるにうぶぎぬ縫はせてつかはすとてよめる

赤染衛門

Акадзомэ-эмон

堀河院の御時百首の歌奉りけるに春たつ心をよめる

大藏卿匡房
堀河院ほりかはのいん御時おんとき百首のうたたてまつりけるにはるたつこころをよめる

大藏卿匡房
Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава, о наступившей весне

Масафуса

大藏卿匡房

Масафуса

堀川院の御時百首の歌奉りけるによめる

大藏卿匡房

Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава

Масафуса

駒迎をよめる

大藏卿匡房

О встречных конях

Масафуса

寛治元年太皇太后宮の歌合によめる

大藏卿匡房

Масафуса

堀河院の御時百首の歌奉りけるによめる

大藏卿匡房

Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава

Масафуса

題志らず

大藏卿匡房

Тема неизвестна

Масафуса

京極前太政大臣の家に歌合志侍りけるによめる

匡房

Масафуса

堀川院の御時百首の歌奉りけるによめる

大藏卿匡房

Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава

Масафуса

花を惜む心をよめる

大藏卿匡房

Масафуса

京極前太政大臣の家の歌合に詠る

大藏卿匡房

На поэтическом состязании в доме бывшего великого министра Кёгоку

Масафуса

大藏卿匡房

Масафуса

周防の内侍あまになりぬときゝていひ遣しける

大藏卿匡房

Масафуса

藤原實宗常陸介に侍りける時大藏省のつかひども嚴しくせめければ匡房にいひて侍りければ遠江にきりかへて侍りければいひ遣しける

太皇太后宮肥後

Хиго

堀河院の御時百首の歌奉りける中に

大藏卿匡房

Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава

Масафуса

百首の歌の中に子日の心をよめる

大藏卿匡房

Среди ста песен есть такая: о дне крысы

Масафуса

遙見山花をといへることをよめる

大藏卿匡房

О увиденных вдалеке цветах на горах

Масафуса

月前花を見るといふ心をよめる

大藏卿匡房

О любовании цветами сакуры при луне

Масафуса

卯花連垣といへる事をよめる

大藏卿匡房

О цветах унохана, растущих в продолжении ограды

Масафуса

匡房卿美作守にて下りける道にて郭公なきけるをきゝてよめる

中原高眞

Царедворец Масафуса, будучи губернатором провинции Мимасака, отправился из столицы, по пути услышав кукушку, сложил



深山霰をよめる

大藏卿匡房

О граде глубоко в горах

Масафуса

百首の歌のうちに雪の心をよめる

大藏卿匡房

Среди ста песен, о снеге

Масафуса

大藏卿匡房

Масафуса

顯仲卿女子におくれてなげき侍りけるころ程經てとひに遣はすとてよめる

大藏卿匡房

Масафуса

匡房卿妹

Масафуса

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

承保元年大甞會主基の歌丹波國かつらの山

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

旅の歌とてよみ侍りける

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

堀河院に百首の歌奉りける時忍戀

前中納言匡房

Среди преподнесённых ста песен во времена государя Хорикава, о первой любви

Бывший тюнагон Масафуса

曉の歌とてよみ侍りける

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

承暦二年内裏の後番の歌合に五月雨をよみ侍りける

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

春の歌の中に

前中納言匡房

Среди песен весны

Бывший тюнагон Масафуса

かたらひ侍りける男に忘られにける女にかはりて

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

十月許に女に遣しける

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

天仁元年鳥羽院の御時大甞曾の悠紀方の神樂の歌、音高山を詠める

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

承暦二年内裏の後番の歌合に、子日

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

堀河院の御時寛治元年大甞會の悠基方の風俗の歌、千々松原

前中納言匡房

Бывший тюнагон Масафуса

題志らず

前中納言匡房



前中納言匡房



霜草欲枯虫思苦と云へる心を

前中納言匡房



前中納言匡房二度帥になりたるよろこび申しつかはすとて

康資王母



承保元年大甞會の巳の日の退出の音聲の樂急、ふなせのはし

前中納言匡房



柳をよめる

前中納言匡房



前中納言匡房



堀川院の御時、大甞會の近江國の歌

前中納言匡房



中納言匡房のいへの歌合に、戀の心を

讀人志らず



すけしげがむすめを云ひ渡りけるに下野守よしつなに逢ひぬと聞きて云ひ遣しける

前中納言匡房



堀川院に百首の歌奉りけるとき、葵を

前中納言匡房



夏の歌とて

前中納言匡房



題志らず

前中納言匡房



前中納言匡房



前中納言匡房



承暦二年内裏後番歌合に、霞をよみ侍ける

前中納言匡房



前中納言匡房



承暦二年内裏後番歌合に、霞をよみ侍ける

前中納言匡房



前中納言匡房



承暦四年内裏後番歌合に

前中納言匡房



久絶たる男の、をとつれたる女にかはりて

前中納言匡房



あかたへまかりける人につかはしける

前中納言匡房



海路心を

前中納言匡房



永長元年三月、同花契千年といふことを、序奉て

前中納言匡房



天仁元年大嘗会悠紀の御屏風に、三神山

前中納言匡房



七夕の心を

前中納言匡房



人にわかれてつかはしける

前中納言匡房



女につかはしける

前中納言匡房



承暦二年四月内裏歌合歌

前中納言匡房



承保二年二月、大井河の行幸につかうまつりてよみ侍ける

前中納言匡房



承保元年大嘗会主基方御屏風歌、石坂山

前中納言匡房



承暦二年内裏後番歌合に、霞をよみ侍ける

前中納言匡房



前中納言匡房



承暦四年内裏後番歌合に

前中納言匡房



久絶たる男の、をとつれたる女にかはりて

前中納言匡房



あかたへまかりける人につかはしける

前中納言匡房



海路心を

前中納言匡房



永長元年三月、同花契千年といふことを、序奉て

前中納言匡房



天仁元年大嘗会悠紀の御屏風に、三神山

前中納言匡房



七夕の心を

前中納言匡房



人にわかれてつかはしける

前中納言匡房



女につかはしける

前中納言匡房



承暦二年四月内裏歌合歌

前中納言匡房



承保二年二月、大井河の行幸につかうまつりてよみ侍ける

前中納言匡房



承保元年大嘗会主基方御屏風歌、石坂山

前中納言匡房



前中納言匡房



郭公早過といへる事を

前中納言匡房



堀河院百首歌に、泉

前中納言匡房



きちかうをよめる

前中納言匡房



前中納言匡房家歌合に、納涼

よみ人しらす



題しらす

前中納言匡房



天仁元年大嘗会悠紀方、近江国石根山

前中納言匡房



春歌の中に

前中納言匡房



堀河院御時百首歌に

前中納言匡房



寛治元年大嘗会悠紀方屏風に、高野村

前中納言匡房



永暦二年内裏歌合に

前中納言匡房



百首歌の中に、柳を

前中納言匡房



故郷花といふことを

前中納言匡房



鳥羽院位におまし〳〵ける御前にて、林葉漸紅といふ事をよみ侍ける

前中納言匡房



堀河院に百首歌奉りける時、薄を読侍ける

前中納言匡房



冬歌の中に、時雨

前中納言匡房



承保元年大嘗会主基方、さかゐの村を

前中納言匡房



思ふ人のあつまへまかりけるを逢坂の関まて送るとて

前中納言匡房



女につかはしける

前中納言匡房



やむことなき女のもとにつかはしける

前中納言匡房



堀河院御事の後よめる

前中納言匡房



右大江匡房本朝神仙傳、以侯爵前田家所藏古寫本傳寫一本再校之了。
右大江匡房の本朝神仙傳、侯爵前田家所藏の古寫本をもつて一本を傳寫しこれを再校し了おはんぬ。