Ига
Провинция Ига
伊賀國
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日本霊異記 > 卷中 > 卷中 十五 奉寫法華經因供養顯母作女牛之因緣 (Слово о том, как переписывание “Сутры лотоса” и заупокойная служба помогли узнать о том, какова была причина перерождения матери коровой)
高橋連東人者、伊賀國山田郡噉代里人也。
Такахаси-но Мурадзи Адзумабито жил в селе Хамасиро, что в уезде Ямада провинции Ига.
笈の小文 > 伊賀より伊勢あたり (Из Ига прямо в Исэ)
伊賀の國、阿波の庄といふ所に、俊乗上人の旧跡有。
伊賀の國、阿波 の庄といふ所に、俊乗上人 の旧跡有 。
В провинции Ига, в местечке Ава-но сё, есть древняя могила преподобного Сюндзё.
住吉の夢を頼みて尋ぬれど、逢坂山に逢ひ見ねば、いとゞ心の炭竈の、焦るゝ夜半の寂しきに、君もや来るを白糸の、夜も打ち解け給はねば、乱れくる夜の近江なる、伊香の海のいかなれば、罪の報いに我許り、みるめもなくて何時となく、恋をのみして塩竃の、澄までも底に見えずして、斯かる思ひを駿河なる、あさましかりし宿りして、心は空に憧れて、袖は涙に濡れながら、胸は燃えつゝ焦るれば、伺時とも知らぬ恋をして、過ぐる我が身もみの尾張、何と鳴海の浦々を、尋ね行けども甲斐ぞなき。
それをば、言葉少なにて、「左様のことはしづかに申し侍らむ。今日は、さして申すべきことありてなむ。伊賀の国に、年ごろあひ頼みて侍りつる者の、『はからざるほかに、かしこまりを蒙りて、国の内を追はるる』とて、歎き侍り。いとほしう侍るに、もし、深き犯しならずは、この法師に許し給はりなむや」と聞こゆ。
主の男を具して、かれを門に置きて、さし入りて、「もの申し侍らむ」と言ふに、ここら集まれる者ども、この人を見て、はらはらと降り、跪きて敬ふを見るに、伊賀の男、門のもとよりこれを見て、おろかに思えむやは。
主の男を具して、かれを門に置きて、さし入りて、「もの申し侍らむ」と言ふに、ここら集まれる者ども、この人を見て、はらはらと降り、跪 きて敬ふを見るに、伊賀の男、門のもとよりこれを見て、おろかに思えむやは。
守、其れを清廉に指取せて、「成すべき物の員は、既に五百七十余石也。其れを七十余石は家に返て算を置て、吉く計へて成すべき也。五百石に至ては、慥に下文を成せ。其の下文をば、伊賀の国の納所に成すべきに非ず。此く許の心にては、虚下文もぞ為る。然れば、大和の国の宇陀の郡の家に有る稲・米を下すべき也。其の下文を書かずば、亦有つる様に、猫を放ち入れて、輔公は出なむ。然て、壺屋の遣戸を外より封結に籠て出なむ」と云へば、清廉、「只、我が君、我が君、然ては清廉は暫くも生ては候ひなむや」と云て、手を摺て、宇陀の郡の家に有る稲・米・籾三種の物を、五百が方に下文を書て、守に取らせつ。
清廉、「其の事に候ふ。此の国一つの事にも候はず。山城・伊賀の事を沙汰仕り候ふ間に、何方にも沙汰仕り遣らずして、事多く罷成にたれば、否仕り遣らぬを、今年の秋、皆成し畢候ひなむとす。異折にこそ、此も彼も候はめ。殿の御任には何かでか愚には候はむ。此まで下申て候こそ、心の内には奇異く思給へ候へば、今は何にても仰せに随て、員のままに弁へ申てむと為る物をば、穴糸惜し、千万石也と云ふとも、未進は罷り負なむや。年来、随分の貯へ仕りたれば、此まで疑ひ思食して仰せ給ふこそ、口惜く候へ」と云て、心の内には、「此は何事云ふ貧窮にか有らむ。屁をやはひり懸けぬ。返らむままに、伊賀の国の東大寺の庄の内に入居なむには、極からむ守の主也とも、否や責め給はざらむ。何なる狛の者の、大和の国の官物をば弁へけるぞ。前にも天の分地の分に云ひ成して止ぬる物を。此の主の、したり顔に、此く『慥に取らむ』と宣ふ、嗚呼の事也かし。大和の守に成給ふにて、思えの程は見えぬ。可咲き事也かし」と思へども、現には極く畏まりて、手を摺つつ云ひ居たるを、守、「盗人なる心にて、否主此く口浄くな云ひそ。然りとも、返なば、使にも会はずして、其の沙汰よも為じ。然れば、今日、其の沙汰切てむと思ふ也。主、物成さずして。否返らじ」と云へば、清廉、「我が君、罷返て、月の内に弁へ切候ひなむ」と云ふを、守、更に信ぜずして云く、「主を見進て、既に年来に成ぬ。主も亦輔公を見て、久く成ぬらむ。然れば、互に情無き事をば否翔ぬ也。然れども、只今有る心にて、此の弁へ畢てよ」と。