Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
道、顕証ならぬさきにと、夜深う出でしかば、たちおくれたる人々も待ち、いと恐ろしう深き霧をも少しはるけむとて法性寺の大門に立ち止まりたるに、田舎より物見に上る者ども、水の流るるやうにぞ見ゆるや。

Мы пустились в путь затемно, чтобы не привлекать внимания, а встречных, которые с опозданием тянулись на праздник, мы пропускали, остановившись в воротах храма Хосодзи[97], заодно пережидая, пока рассеется необыкновенно густой туман. Толпы деревенских жителей, пришедших в столицу полюбоваться зрелищем, казалось, текли сплошным потоком.
[97] Храм Хосодзи — буддийский храм, основанный в X в., находился на юге столицы, по дороге в Удзи.
これも今は昔、民部大輔篤昌といふ者ありけるを、法性寺殿の御時、蔵人所の所司に、義助とかやいふ者ありけり。



この清仲は、法性寺殿の御時、春日の乗尻に立ちけるに、神馬つかひ、おのおのさはりありて、事欠けたりけるに、清仲ばかり、かう勤めたりしものなれども、「事欠けにたり。



これも今は昔、下野武正といふ舎人は、法性寺殿に候ひけり。



その帰さ、法性寺殿、紫野にて御覧じけるに、武正、兼行、殿下御覧ずと知りて、殊に引き繕ひて渡りけり。



中納言、中将に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに

法性寺入道前関白太政大臣
中納言、中将に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに

法性寺入道前関白太政大臣
Тадамити
法性寺入道前関白太政大臣=藤原忠通
法性寺入道前関白太政大臣家の歌合に、野風

藤原基俊
法性寺入道前関白太政大臣家の歌合に、野風

藤原基俊
Мототоси

法性寺入道前関白太政大臣
法性寺入道前関白太政大臣
Тадамити

法性寺入道前関白太政大臣家に、月歌あまたよみ侍りけるに

大宰大弐重家
法性寺入道前関白太政大臣家に、月歌あまたよみ侍りけるに

大宰大弐重家
Сигэиэ

法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

前参議親隆
法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

前参議親隆
Тикатака

法性寺入道前関白太政大臣
法性寺入道前関白太政大臣
Тадамити

内大臣に侍りける時、家歌合に

法性寺入道前関白太政大臣
内大臣に侍りける時、家歌合に

法性寺入道前関白太政大臣
Тадамити

法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

権中納言師俊
法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

権中納言師俊
Моротоси

法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

藤原道経
法性寺入道前関白太政大臣家歌合に

藤原道経
Митицунэ

法性寺入道さきのおほきおほいまうちきみ内大臣に侍りける時、十首歌よませ侍りけるによめる

源俊頼朝臣
法性寺入道さきのおほきおほいまうちきみ内大臣に侍りける時、十首歌よませ侍りけるによめる

源俊頼朝臣
Минамото Тосиёри

近衛殿にわたらせたまひてかへらせ給ひける日、遠尋山花といへる心をよませ給うける

法性寺入道前太政大臣
近衛殿にわたらせたまひてかへらせ給ひける日、遠尋山花といへる心をよませ給うける

法性寺入道前太政大臣


水草隔船といへる心をよみ侍りける

法性寺入道前太政大臣
水草隔船といへる心をよみ侍りける

法性寺入道前太政大臣


法性寺入道さきのおほきおほいまうちきみの家にて、女郎花随風といへるこころをよみ侍りける

前中納言雅兼
法性寺入道さきのおほきおほいまうちきみの家にて、女郎花随風といへるこころをよみ侍りける

前中納言雅兼
Масаканэ

月歌三十首よませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣
月歌三十首よませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣


法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時、月毎秋友といへる心をよませ侍りけるとき、よめる

源俊頼朝臣
法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時、月毎秋友といへる心をよませ侍りけるとき、よめる

源俊頼朝臣
Минамото Тосиёри

法性寺入道前太政大臣家にて、月歌よませ侍りける時、よめる

太宰大弐重家
法性寺入道前太政大臣家にて、月歌よませ侍りける時、よめる

太宰大弐重家
Сигэиэ

法性寺入道前太政大臣家にて、湖底月といへるこころをよみはんへりける

源俊頼朝臣
法性寺入道前太政大臣家にて、湖底月といへるこころをよみはんへりける

源俊頼朝臣
Минамото Тосиёри

法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時の家の歌合に、野風といへる心をよめる

藤原時昌
法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時の家の歌合に、野風といへる心をよめる

藤原時昌
Фудзивара Токимаса

法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、残菊をよめる

藤原基俊
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、残菊をよめる

藤原基俊
Фудзивара Мототоси

法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時、家の歌合に、時雨をよめる

源定信
法性寺入道前太政大臣内大臣に侍りける時、家の歌合に、時雨をよめる

源定信
Минамото Саданобу
源定信=法名道舜
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、関路月といへるこころをよみ侍りける

中納言師俊
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、関路月といへるこころをよみ侍りける

中納言師俊
Тюнагон Моротоси

法性寺入道内大臣のときの歌合に、旅宿雁といへる心をよめる

源雅光
法性寺入道内大臣のときの歌合に、旅宿雁といへる心をよめる

源雅光
Минамото Масамицу

保延二年法金剛院に行幸ありて、菊契多秋といへるこころをよませ給うけるに、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣
保延二年法金剛院に行幸ありて、菊契多秋といへるこころをよませ給うけるに、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣


法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、恋のうたとてよめる

源雅光
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、恋のうたとてよめる

源雅光
Минамото Масамицу

法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、恋のうたとてよめる

藤原重基
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家の歌合に、恋のうたとてよめる

藤原重基
Фудзивара Сигэмото

大納言重通、少将に侍りける時、名たつこと侍りけるを、おなしくはまことになさはやといひつかはして侍りけれは、よみてつかはしける

法性寺入道前太政大臣家参川
大納言重通、少将に侍りける時、名たつこと侍りけるを、おなしくはまことになさはやといひつかはして侍りけれは、よみてつかはしける

法性寺入道前太政大臣家参川


法性寺入道内大臣に侍りける時の歌合に、たつねうしなふ恋といへるこころをよめる

藤原時昌
法性寺入道内大臣に侍りける時の歌合に、たつねうしなふ恋といへるこころをよめる

藤原時昌
Фудзивара Токимаса

題しらす

法性寺入道前太政大臣
題しらす

法性寺入道前太政大臣
Тема неизвестна

法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家にて寄花恋といへるこころをよめる

源雅光
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、家にて寄花恋といへるこころをよめる

源雅光
Минамото Масамицу

月のうたあまたよませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣
月のうたあまたよませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣


月のうたあまたよませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣
月のうたあまたよませ侍りける時、よみ侍りける

法性寺入道前太政大臣


律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、たひたひもれにけれは、法性寺入道前太政大臣にうらみ申しけるを、しめちのはらと侍りけれとも、又そのとしももれにけれはよみてつかはしける

藤原基優
律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、たひたひもれにけれは、法性寺入道前太政大臣にうらみ申しけるを、しめちのはらと侍りけれとも、又そのとしももれにけれはよみてつかはしける

藤原基優
Фудзивара-но Мототоси

昔も、かかりけること多く侍りけるなかに、極楽寺、法性寺ぞいみじく侍るや。



法性寺入道関白太政大臣
ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん
Хоссёдзи-но Нюдо Саки-но Кампаку Дайдзёдайдзин
(монах храма Хоссёдзи, бывший канцлер и великий министр Фудзивара-но Тадамити, 1097—1164) — известный поэт, писавший по-японски и по-китайски.
Сохранились сборники его стихов.

まづは、造らしめ給へる御堂などの有様、鎌足のおとどの多武峯、不比等のおとどの山階寺、基経のおとどの極楽寺、忠平のおとどの法性寺、九条殿の楞厳院、天のみかどの造り給へる東大寺も、仏ばかりこそは大きにおはすめれど、なほこの無量寿院には並び給はず。



さて、やむごとなくならせ給ひて、御堂建てさせにおはします御車に、貞信公はいと小さくて具し奉り給へりけるに、法性寺の前わたり給ふとて、「父こそ。



さて法性寺は建てさせ給ひしなり。



法性寺入道前關白の家にて十首の歌よみ侍りけるに鶯をよめる

權中納言師俊

Моротоси

法性寺入道前關白の家にて雨中花といへる心をよみ侍りける

基俊



時鳥の歌十首よみ侍りけるに

法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白百首の歌よませ侍りける時五月をよめる

皇太后宮大夫俊成



法性寺入道前關白中納言中將に侍りける時山家早秋といへる心をよませ侍りけるに

菅原在良朝臣

Сугавара Ариёси

法性寺入道前關白の家にて七夕の心をよみ侍りける

菅原在良朝臣

Сугавара Ариёси

夜更けて妻戸を叩き侍りけるに明け侍らざりければ旦に遣しける

法性寺入道前攝政太政大臣



法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家に歌合し侍りけるによめる

堀河院中宮上總



後法性寺入道前關白の家の百首の歌よみ侍りけるに

宜秋門院丹後

Гисюмонъин-но Танго

後法性寺入道前關白家の百首の歌

俊惠法師

Сюнъэ-хоси

後法性寺入道前關白の家の百首の歌

皇太后宮大夫俊成



法性寺入道前關白の家の歌合に

基俊



後法性寺入道前關白の家に百首の歌よみ侍りける初遇戀

皇太后宮大夫俊成



家百首の歌よみ侍りけるに不遇戀の心を

後法性寺入道前關白太政大臣



左京大夫顯輔の家の歌合に

法性寺入道前關白家三河

На поэтическом состязании в доме Акисукэ

Микава

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白の家の歌合に紅葉をよみ侍りける

皇太后宮大夫俊成

Сюндзэй

文治六年女御入内の屏風に

後法性寺入道前關白太政大臣



法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家の歌合に

權中納言師俊

Моротоси

法性寺入道前關白の家の歌合に

源兼昌

Минамото Канэмаса

百首の歌よませ侍りける時、祝の歌

後法性寺入道前關白太政大臣



永治二年崇徳院攝政の法性寺の家にわたらせ給うて松契千年といへる心をよませ給うけるに

大炊御門左大臣



後法性寺入道前關白の家の百首の歌よみ侍りけるに旅の心をよみて遣しける

後徳大寺左大臣



法性寺入道前攝政の家に法花經廿八品の歌よませ侍りけるに、序品

權大納言行成



家に百首の歌よませ侍りける時、五智の大圓鏡智の心を

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白舍利講の次でに人々に十如是の歌よませ侍りけるに如是躰の心を

後京極攝政前太政大臣



右大臣に侍りける時百首の歌よみ侍りける、述懷

後法性寺入道前關白太政大臣



世を遁れて後四月一日法眼袈裟を見侍りて

法性寺入道前攝政太政大臣



皇嘉門院かくれさせ給ひにける後の春高倉院の御喪はて過ぎ侍りにける後俊成卿の許に遣しける

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白右大臣に侍りける時、家に百首の歌よみ侍りけるによみて遣しける、櫻

後徳大寺左大臣



題志らず

法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白右大臣に侍りける時家に百首の歌よみ侍りけるに、郭公

刑部卿頼輔

Ёрисукэ

題志らず

後法性寺入道前關白太政大臣

Тема неизвестна

右大臣に侍りける時家に百首の歌よみ侍りけるに同じ心を

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時家に百首の歌よみ侍りけるによみて遣しける

後徳大寺左大臣



後法性寺入道前關白の家の百首の歌に同じ心を

隆信朝臣

Таканобу

後法性寺入道前關白の家の百首の歌に、忍戀

隆信朝臣

Таканобу

定家朝臣母、身まかりて後、秋ごろ墓所近き堂に泊まりてよみ侍りける


定家朝臣母、身まかりて後、秋ごろ墓所近き堂に泊まりてよみ侍りける


Осенью после смерти матери асона Тэйка, оставшись на ночлег в соседнем храме, сложил

Сюндзэй
* Тэйка — сын автора. Асон — придворный титул, который получали придворные по родовитости или за особые заслуги (второй по значимости после к'ё, коим наделялись принцы и высшие сановники). Соседний храм — имеется в виду храм Хосёдзи (г. Киото, район Тояма).
右大臣に侍りける時家に百首の歌讀み侍りけるに杜鵑を

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白右大臣に侍りける時家に百首の歌詠み侍りけるに、郭公

俊惠法師

Сюнъэ-хоси

雪中遠情といふ事を

法性寺入道前關白太政大臣



家に百首の歌よみ侍りける時、鶯を

後法性寺入道前關白太政大臣



家に百首の歌よみ侍りけるに、初戀

後法性寺入道前關白太政大臣



家に百首の歌よみ侍りける時、忍戀

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白の家の百首の歌に、後朝戀

皇太后宮大夫俊成

Тосинари

後法性寺入道前關白の家の歌合に、戀依月増と云ふ事を

正三位顯家



後法性寺入道前關白の家の百首の歌に

俊惠法師

Сюнъэ-хоси

家の百首の歌の中に、神祇

後法性寺入道前關白太政大臣



家に歌合し侍りけるに、花下明月

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白の家の歌合に、花下明月

俊惠法師



隆信朝臣まうでこむと申しける日を忘れてもや有らむとて、いひし日をたがふなよといふことをくつかうぶりにおきてよみてつかはしける

後法性寺入道前關白太政大臣



題志らず

法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白舍利講の次でに人々に十如是の歌詠ませ侍りけるに、如是力

前中納言定家



後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首の歌詠み侍りけるに、釋教の心を

刑部卿頼輔

Ёрисукэ

法性寺入道前關白の家の歌合に

基俊



法性寺入道前關白、内大臣の時の歌合に、曉月

藤原顯仲朝臣



圓融院の御時紫野にて子の日侍りけるに

法性寺入道前攝政太政大臣



法性寺入道前關白内大臣に侍りける時家の歌合に

藤原顯仲朝臣



題志らず

法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首の歌よみ侍りけるに

太宰大貳重家



元日宴を

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道關白、右大臣に侍りける時、よませ侍りける百首の歌の中に、草花を

正三位季經



返し

法性寺入道前關白太政大臣



法性寺入道前關白の家にて鶴契遐年といふ事をよみ侍りける

宮内卿永範



法性寺入道前關白太政大臣



鳥羽院、位おりさせ給うて後、白河に御幸ありて花御覽じける日よみ侍りける

法性寺入道前關白太政大臣



前大納言爲世人々いざなひて法性寺に花見に罷りて十首の歌よみ侍りける中に

民部卿爲明



堀河院の御時、鳥羽院に行幸の日、池上花といへる心をよみ侍りける

法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白右大臣の時の百首の歌に

源仲綱



法性寺入道前關白太政大臣月の歌あまた人々に詠ませけるに詠める

清輔朝臣



題志らず

後法性寺入道前關白太政大臣



神無月の比法性寺にて母身まかりにける時志ぐれの降りけるに詠める

安喜門院大貳



後法性寺入道關白の家の百首の歌に、遇不逢戀

皇嘉門院別當



題しらず

法性寺入道前關白太政大臣



法界體性智の心を

後法性寺入道前關白太政大臣



法性寺入道前關白の家に男女房物語してはべりける程に、たき物を包みて出されたりければ爭ひ取りて見るにあらぬ物にて侍りけるたまの日參りたりけるに、昨日のたき物の爭こそをかしくと女房申しける返事に詠める

清輔朝臣



法性寺入道前關白太政大臣



法性寺入道前關白の家の百首の歌に

皇太后宮大夫俊成



後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、よませ侍りける百首の歌に

藤原隆信朝臣



後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに読てつかはしける、春の始の歌

後徳大寺左大臣実定



法性寺入道前関白太政大臣忠通



後法性寺入道前関白太政大臣兼実



後法性寺入道前関白太政大臣兼実



田家時雨といへる心をよみ侍ける

法性寺入道前関白太政大臣


*イ田家雨
後法性寺入道前関白家百首歌に

宜秋門院丹後



後法性寺入道前関白家百首歌に、般若心経、色即是空々即是色

皇嘉門院別当



後法性寺入道前関白家百首歌よみ侍けるに、忍恋

皇太后宮大夫俊成



右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、忍恋

後法性寺入道前関白太政大臣



家に百首歌よみ侍ける時、恋歌

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白家百首歌に、遇不逢恋

後京極摂政前太政大臣



法性寺入道前関白家に、恨恋といふ心を

左京大夫顕輔



後法性寺入道前関白家百首に、月



年の暮に、基俊もとにつかはしける

法性寺入道前関白太政大臣



法性寺入道前関白家にて

源俊頼朝臣



後法性寺入道前関白家歌合に

皇太后宮大夫俊成



宝塔品

法性寺入道前関白太政大臣



おなし心を

法性寺入道前関白太政大臣



旅の心を

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に

皇太后宮大夫俊成



後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に

皇太后宮大夫俊成



法性寺入道前関白家歌合に

前参議親隆



家の歌合に、暁恋

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白、右大臣の時の百首歌に、時鳥

刑部卿頼輔



後法性寺入道前関白家百首歌に

後徳大寺左大臣



後法性寺入道前関白家百首歌に

俊恵法師



後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに読てつかはしける、春の始の歌

後徳大寺左大臣実定



法性寺入道前関白太政大臣忠通



後法性寺入道前関白太政大臣兼実



後法性寺入道前関白太政大臣兼実



田家時雨といへる心をよみ侍ける

法性寺入道前関白太政大臣


*イ田家雨
後法性寺入道前関白家百首歌に

宜秋門院丹後



後法性寺入道前関白家百首歌に、般若心経、色即是空々即是色

皇嘉門院別当



後法性寺入道前関白家百首歌よみ侍けるに、忍恋

皇太后宮大夫俊成



右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、忍恋

後法性寺入道前関白太政大臣



家に百首歌よみ侍ける時、恋歌

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白家百首歌に、遇不逢恋

後京極摂政前太政大臣



法性寺入道前関白家に、恨恋といふ心を

左京大夫顕輔



後法性寺入道前関白家百首に、月



年の暮に、基俊もとにつかはしける

法性寺入道前関白太政大臣



右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、立春歌

後法性寺入道前関白太政大臣



右大臣に侍ける時の百首に、花をよめる

後法性寺入道前関白太政大臣



法性寺入道前関白家にて

源俊頼朝臣



後法性寺入道前関白家歌合に

皇太后宮大夫俊成



宝塔品

法性寺入道前関白太政大臣



おなし心を

法性寺入道前関白太政大臣



旅の心を

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に

皇太后宮大夫俊成



右大臣の時の百首に、おなしこゝろを

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に

皇太后宮大夫俊成



法性寺入道前関白家歌合に

前参議親隆



家の歌合に、暁恋

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白、右大臣の時の百首歌に、時鳥

刑部卿頼輔



後法性寺入道前関白家百首歌に

後徳大寺左大臣



後法性寺入道前関白家百首歌に

俊恵法師



右大臣に侍ける時、家に歌合し侍けるに、落葉

後法性寺入道前関白太政大臣



法性寺入道、前関白太政大臣に侍ける時の歌合に、千鳥

源顕国朝臣



法性寺入道前関白家歌合に

待賢門院堀河



法性寺入道前摂政太政大臣



祖母身まかりて法性寺なる所にをくりをき侍ける夜、月をみて

隆信朝臣



題しらす

法性寺入道前関白太政大臣



前大納言為世、人々いさなひて法性寺に花見にまかりて十首歌よみ侍ける中に

参議為明



長月の比、こしの国にまかる人に餞すとて

法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、旅歌

皇太后宮大夫俊成



法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白家歌合に、恋を

皇嘉門院別当



久しく音せぬ男の許へいひつかはしける

法性寺入道前関白家三河



家に、郭公十首歌よみ侍ける中に

法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白太政大臣、右大臣に侍ける時の百首歌に、述懐の心を

源仲綱



崇徳院位におはしましける時、雨中早苗と云事を講せられけるによめる

法性寺入道前関白太政大臣



法性寺入道前*摂政太政大臣(*関白)



法性寺入道前関白家歌合に、野風を

源雅光



後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に、祝の心を

後徳大寺左大臣



後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に、五種行の書写の心を

正三位季経



家にて百首歌よみ侍けるに、旅を

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白家百首歌に、旅の心を

源仲綱



後法性寺入道前関白家百首歌に

正三位経家



後法性寺入道前関白家百首歌に、おなし心を

藤原資忠



法性寺入道前関白太政大臣家歌合に、尋失恋と云ことを

前中納言雅兼



後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に、初逢恋の心を

皇太后宮大夫俊成



後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に

従三位頼政



後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に、神祇

俊恵法師



文治六年女御入內の屏風に

後法性寺入道前關白太政大臣



後法性寺入道前關白の家の百首の歌に、鶯を

正三位季經



法性寺入道前関白家に月三十首歌よませ侍けるに

按察使公通



後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、雪を

皇太后宮大夫俊成



雪歌とて

後法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白家に百首歌よませ侍けるに、歳暮の心を

後徳大寺左大臣



後法性寺入道前関白家に百首歌よませ侍ける中に、歳暮

皇太后宮大夫俊成



内大臣に侍ける時、法性寺入道関白のれいにて人々に歌よませ侍けるに、鶴契齢といふ事を

関白前太政大臣



後法性寺入道前関白右大臣に侍ける時、よませ侍ける百首歌の中に、旅の心を

俊恵法師



後法性寺入道前関白家に百首歌よませ侍けるに、遇不逢恋

皇太后宮大夫俊成



恨恋の心を

法性寺入道前関白太政大臣



法性寺入道前関白家に、月三十首歌よみ侍けるに

清輔朝臣



ゆかりある人の、とし比うとくて過けるに、まかりあひて後いひつかはしける

法性寺入道前関白家参河



九条内大臣かくれ侍にけるをとひ侍らて四月になりて、後法性寺入道前関白のもとへ申つかはしける

皇太后宮大夫俊成



白川院かくれさせ給にける秋よみ侍ける

法性寺入道前関白太政大臣



仏此夜滅度如薪尽火滅の心を

法性寺入道前関白太政大臣



仏供養し侍ける時、導師に菊枝にさして送り侍ける

法性寺入道前関白太政大臣



後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よませ侍けるに

皇太后宮大夫俊成



後法性寺入道前関白家百首歌に、神祇の心を

皇太后宮大夫俊成