入道前関白太政大臣、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに、立春の心を
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに、立春の心を
皇太后宮大夫俊成
述懐百首歌よみ侍りけるに、若菜
皇太后宮大夫俊成
述懐百首歌よみ侍りけるに、若菜
皇太后宮大夫俊成
日吉社によみて奉りける子日の歌
日吉社によみて奉りける子日の歌
刑部卿頼輔、歌合し侍りけるに、よみてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
刑部卿頼輔、歌合し侍りけるに、よみてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、春歌
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、春歌
皇太后宮大夫俊成
摂政太政大臣家に五首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
摂政太政大臣家に五首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りける郭公の歌
皇太后宮大夫俊成
入道前関白、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りける郭公の歌
皇太后宮大夫俊成
後徳大寺左大臣家に十首歌よみ侍りけるに、よみてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
後徳大寺左大臣家に十首歌よみ侍りけるに、よみてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
述懐によせて百首歌よみ侍りける時
皇太后宮大夫俊成
述懐によせて百首歌よみ侍りける時
皇太后宮大夫俊成
題しらず
皇太后宮大夫俊成
題しらず
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成
百首歌奉りし時
皇太后宮大夫俊成
百首歌奉りし時
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌奉りける時
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌奉りける時
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌奉りける時
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌奉りける時
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣家に百首歌よみ侍りけるに、紅葉
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣家に百首歌よみ侍りけるに、紅葉
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、初冬の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、初冬の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
雪の朝、後徳大寺左大臣の許につかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
雪の朝、後徳大寺左大臣の許につかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内屏風に
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
文治六年女御入内屏風に
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
祝の心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
祝の心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
仁安元年大嘗会悠紀歌奉りけるに、稲舂歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
仁安元年大嘗会悠紀歌奉りけるに、稲舂歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
母の思ひに侍りける秋、法輪にこもりて、あらしのいたくふきければ
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
母の思ひに侍りける秋、法輪にこもりて、あらしのいたくふきければ
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Когда осенью в трауре по матери затворился в храме Хорюдзи, слушая вой свирепого ветра, сложил
Сюндзэй
権中納言道家母、かくれ侍りける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
権中納言道家母、かくれ侍りける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Осенью, после кончины матери помощника второго советника Митииэ (сына министра-канцлера Фудзивары) сложил и послал министру-канцлеру Ёсицунэ,
Сюндзэй
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
守覚法親王家五十首歌よませ侍りける、旅の歌
皇太后宮大夫俊成
守覚法親王家五十首歌よませ侍りける、旅の歌
皇太后宮大夫俊成
入道前関白家百首歌に、旅の心を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白家百首歌に、旅の心を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
隠名恋といへる心を
皇太后宮大夫俊成
隠名恋といへる心を
皇太后宮大夫俊成
雨降る日、女につかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
雨降る日、女につかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
百首歌奉りし時
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
百首歌奉りし時
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白右大臣に侍りける時、百首歌の中に忍恋
(藤原俊成)
入道前関白右大臣に侍りける時、百首歌の中に忍恋
(藤原俊成)
片思ひの心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
片思ひの心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
女につかはしける
皇太后宮大夫俊成
女につかはしける
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白太政大臣家に百首歌よませ侍りけるに、立春の心を
皇太后宮大夫俊成
入道前関白太政大臣家に百首歌よませ侍りけるに、立春の心を
皇太后宮大夫俊成
На тему «Приход весны»
Сюндзэй
世をのがれて後、百首歌よみ侍りけるに、花の歌とて
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
世をのがれて後、百首歌よみ侍りけるに、花の歌とて
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白太政大臣家歌合に
(藤原俊成)
入道前関白太政大臣家歌合に
(藤原俊成)
同じ家の百首の歌に
(藤原俊成)
同じ家の百首の歌に
(藤原俊成)
述懐百首の歌の中に、五月雨
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
述懐百首の歌の中に、五月雨
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Сложена в 1-м году Эйдзи, в ожидании отречения государя от трона, когда всю ночь смотрел на луну
Сюндзэй
秋の暮に病に沈みて世を逃れ侍りけるに、またの年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
秋の暮に病に沈みて世を逃れ侍りけるに、またの年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
八十に多くあまりて後、百首歌めししに、よみて奉りし
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
八十に多くあまりて後、百首歌めししに、よみて奉りし
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千五百番歌合に
(藤原俊成)
千五百番歌合に
(藤原俊成)
雪に寄せて述懐の心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
雪に寄せて述懐の心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
題しらず
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
太神宮に奉りける百首歌のなかに、若菜をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
太神宮に奉りける百首歌のなかに、若菜をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
山家松といふことを
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
山家松といふことを
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
述懐百首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
述懐百首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
述懐百首歌よみける時、紅葉を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
述懐百首歌よみける時、紅葉を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
暁の心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
暁の心をよめる
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
百首歌よみ侍りけるに、懐旧歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
百首歌よみ侍りけるに、懐旧歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
病限りにおぼえ侍りける時、定家朝臣、中将転任のこと申すとて、民部卿範光もとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
病限りにおぼえ侍りける時、定家朝臣、中将転任のこと申すとて、民部卿範光もとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Будучи тяжело болен сам, обращается с просьбой к главе Налогового ведомства Фудзиваре Норимицу поспособствовать повышению в должности сына своего Фудзивары Тэйка
Сюндзэй
千載集選び侍りける時、古き人々の歌を見て
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千載集選び侍りける時、古き人々の歌を見て
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Сложил при составлении «Сэндзайсю», просматривая песни поэтов прошлого
Сюндзэй
崇徳院に百首歌奉りける、無常歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
崇徳院に百首歌奉りける、無常歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白家百首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
入道前関白家百首歌よみ侍りけるに
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
文治六年女御入代の屏風に、臨時祭かけるところをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
文治六年女御入代の屏風に、臨時祭かけるところをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
待賢門院中納言、人々に勧めて二十八品歌よませ侍りけるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
待賢門院中納言、人々に勧めて二十八品歌よませ侍りけるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Сложена на тему: «Спасение»
Сюндзэй
美福門院に、極楽六時讃の絵に書かるべき歌奉るべきよし侍りけるに、よみ侍りける、時に大衆法を聞きて、弥歓喜瞻仰せむ
(藤原俊成)
美福門院に、極楽六時讃の絵に書かるべき歌奉るべきよし侍りけるに、よみ侍りける、時に大衆法を聞きて、弥歓喜瞻仰せむ
(藤原俊成)
Песня-псалом, исполняемая на закате солнца
Сюндзэй
暁至りて波の声、金の岸に寄するほど
(藤原俊成)
暁至りて波の声、金の岸に寄するほど
(藤原俊成)
«Словно звуки волн, бьющихся о Золотой берег на рассвете...»
Сюндзэй
述懐の百首歌よみ侍りけるとき、鹿のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
述懐の百首歌よみ侍りけるとき、鹿のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
Правитель двора государыни Тосинари
三月尽日、皇太后宮大夫俊成のもとによみてつかはしける
法印静賢
三月尽日、皇太后宮大夫俊成のもとによみてつかはしける
法印静賢
俊成卿家十首歌よみ侍りけるに、年の暮れの心を
俊恵法師
俊成卿家十首歌よみ侍りけるに、年の暮れの心を
俊恵法師
題しらす
皇太后宮大夫俊成
題しらす
皇太后宮大夫俊成
中院にありける紅梅のおろしえたつかはさんと申しける、またのとしの二月はかり、花さきたるおろしえたにむすひつけて、皇太后宮大夫俊成もとにつかはして侍りける
大納言定房
中院にありける紅梅のおろしえたつかはさんと申しける、またのとしの二月はかり、花さきたるおろしえたにむすひつけて、皇太后宮大夫俊成もとにつかはして侍りける
大納言定房
十首歌人人によませ侍りける時、花のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成(法名釈河)
十首歌人人によませ侍りける時、花のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成(法名釈河)
摂政右大臣の時の歌合に、郭公の歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
摂政右大臣の時の歌合に、郭公の歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりける時、よめる
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりける時、よめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、六月祓をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、六月祓をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、秋たつ心をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、秋たつ心をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、秋のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌たてまつりける時、秋のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成十首歌よみ侍りける時、よみてつかはしけるうち、月の歌
右のおほいまうちきみ
皇太后宮大夫俊成十首歌よみ侍りける時、よみてつかはしけるうち、月の歌
右のおほいまうちきみ
百首歌めしける時、月のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、月のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
保延のころほひ、身をうらむる百首歌よみ侍りけるに、むしのうたとてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
保延のころほひ、身をうらむる百首歌よみ侍りけるに、むしのうたとてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりけるとき、落葉のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりけるとき、落葉のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
千鳥をよめる
皇太后宮大夫俊成
千鳥をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、氷のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、氷のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
家に百首歌よませ侍りける時、たひの歌とてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
家に百首歌よませ侍りける時、たひの歌とてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける
皇太后宮大夫俊成
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける
皇太后宮大夫俊成
摂政右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに、祝歌五首かうちに、よみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
摂政右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに、祝歌五首かうちに、よみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
おなし家に百首歌よみ侍りける時、初恋の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
おなし家に百首歌よみ侍りける時、初恋の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
忍恋を
皇太后宮大夫俊成
忍恋を
皇太后宮大夫俊成
法住寺殿の殿上の歌合に、臨期違約恋といへる心をよめる
皇太后宮大夫俊成
法住寺殿の殿上の歌合に、臨期違約恋といへる心をよめる
皇太后宮大夫俊成
法住寺殿にて五月御供花のとき、をのことも歌よみ侍りけるに、契後隠恋といへる心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
法住寺殿にて五月御供花のとき、をのことも歌よみ侍りけるに、契後隠恋といへる心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
右大臣に侍りける時、百首歌人人によませ侍りける時、後朝恋の歌とてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
右大臣に侍りける時、百首歌人人によませ侍りける時、後朝恋の歌とてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
摂政、右大臣のとき、家の歌合に恋の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
摂政、右大臣のとき、家の歌合に恋の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、恋のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、恋のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、恋のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
百首歌めしける時、恋のうたとてよませ給うける
皇太后宮大夫俊成
山家月といへるこころをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
山家月といへるこころをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
二条院の御とき、四代まて侍臣なることをおもひてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
二条院の御とき、四代まて侍臣なることをおもひてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
遁世ののち、花のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
遁世ののち、花のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
花のさかりに法成寺にまゐりて、金堂のまへの花のちりけるをみてよめる
皇太后宮大夫俊成
花のさかりに法成寺にまゐりて、金堂のまへの花のちりけるをみてよめる
皇太后宮大夫俊成
述懐百首歌の中に、夢のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
述懐百首歌の中に、夢のうたとてよめる
皇太后宮大夫俊成
今上御時五節のほと、侍従定家あやまちあるさまにきこしめすことありて、殿上のそかれて侍りける、そのとしもくれにける又のとし、やよひのついたちころ、院に御けしきたまはるへきよし、左少弁定長かもとに申し侍りけるに、そへて侍りける
皇太后宮大夫俊成
今上御時五節のほと、侍従定家あやまちあるさまにきこしめすことありて、殿上のそかれて侍りける、そのとしもくれにける又のとし、やよひのついたちころ、院に御けしきたまはるへきよし、左少弁定長かもとに申し侍りけるに、そへて侍りける
皇太后宮大夫俊成
法師品、漸見湿土泥、決定知近水の心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
法師品、漸見湿土泥、決定知近水の心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
勧発品のこころをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
勧発品のこころをよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
おなしき社の後番の歌合のとき、月歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
おなしき社の後番の歌合のとき、月歌とてよめる
皇太后宮大夫俊成
寂蓮、人々すすめて百首歌よませ侍りけるに、いなび侍りて熊野に詣でける道にて、夢に、何事もおとろへゆけど、この道こそ世の末に変はらぬものはあれ、なほこの歌よむべきよし、別当湛快、三位俊成に申すと見侍て、おどろきながらこの歌をいそぎよみ出だしてつかはしける奥に書き付け侍りける
西行法師
寂蓮、人々すすめて百首歌よませ侍りけるに、いなび侍りて熊野に詣でける道にて、夢に、何事もおとろへゆけど、この道こそ世の末に変はらぬものはあれ、なほこの歌よむべきよし、別当湛快、三位俊成に申すと見侍て、おどろきながらこの歌をいそぎよみ出だしてつかはしける奥に書き付け侍りける
西行法師
述懐百首歌よみ侍りける中に、旅の歌
述懐百首歌よみ侍りける中に、旅の歌
皇太后宮大夫俊成
高倉院位におましましける時、家の梅をめされけるに奉るとて結びつけ侍りける
皇太后宮大夫俊成
住吉の社によみて奉りける百首の歌の中に
皇太后宮大夫俊成
崇徳院の御時うへのをのこども忍戀の歌つかうまつりけるに
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
崇徳院に百首歌奉りける時、恋歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
崇徳院に百首歌奉りける時、恋歌
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
後徳大寺左大臣十首の歌よみ侍りけるに遠村霞といへる心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
崇徳院近衛殿に渡らせ給ひて遠尋山花といふ題を講ぜられ侍りけるによみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
正治二年百首の歌奉りける、春の歌
皇太后宮大夫俊成
故郷山吹といへる心をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
久安百首の歌奉りける時三月盡の歌
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前關白百首の歌よませ侍りける時五月をよめる
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前關白の家の歌合に紅葉をよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
待賢門院中納言人々すゝめて法華經二十八品の歌よませ侍りけるに譬喩品、其中衆生悉是吾子の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前關白の家に百首の歌よみ侍りける初遇戀
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前關白の家の百首の歌
皇太后宮大夫俊成
世をのがれて後栖霞寺に詣でゝ歸り侍りけるに大内の花の梢さかりに見え侍りけるを忍びて窺ひ見侍りて頼政卿のもとに遣しける
皇太后宮大夫俊成
歎くこと侍りてこもりゐて侍りける雪の朝皇太后宮大夫俊成のもとに遣しける
左近中將公衡
西行法師自歌を歌合につがひ侍りて判の詞あつらへ侍りけるに書きそへて遣しける
皇太后宮大夫俊成
春日の社に百首の歌よみて奉りけるに、橋の歌
皇太后宮大夫俊成
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に月前松風といへる事を
皇太后宮大夫俊成
住吉の社によみて奉りける百首の歌の中に
皇太后宮大夫俊成
法華經方便品、其知惠門難解難入の心を
皇太后宮大夫俊成
住吉の社によみて奉りける百首の歌の中に
皇太后宮大夫俊成
日吉の社に百首の歌よみて奉りけるに皇太后宮大夫俊成われもよみて奉るべき由申しながらさも侍らざりければ遣しける
前大僧正慈鎭
賀茂重保社頭にて歌合し侍りけるに、述懷の心を
皇太后宮大夫俊成
住吉の社によみて奉りし百首の歌の中に
皇太后宮大夫俊成
前右近中將資盛の家の歌合に、五月雨
皇太后宮大夫俊成
年の暮によみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
Сложено на исходе года
Тосинари
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Тосинари-но мусумэ
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Тосинари-но мусумэ
夏のはじめのうたとてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成女
夏のはじめのうたとてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成女
五十首歌奉りし時、杜間月といふことを
皇太后宮大夫俊成女
五十首歌奉りし時、杜間月といふことを
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Тосинари-но мусумэ
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Тосинари-но мусумэ
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
題しらず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Тосинари-но мусумэ
(年の暮れによみ侍りける)
皇太后宮大夫俊成女
(年の暮れによみ侍りける)
皇太后宮大夫俊成女
母の身まかりにけるを嵯峨野辺におさめ侍りける夜、よみける
皇太后宮大夫俊成女
母の身まかりにけるを嵯峨野辺におさめ侍りける夜、よみける
皇太后宮大夫俊成女
和歌所の歌合に、羇中暮といふことを
皇太后宮大夫俊成女
和歌所の歌合に、羇中暮といふことを
皇太后宮大夫俊成女
五十首歌奉りしに、寄雲恋
皇太后宮大夫俊成女
五十首歌奉りしに、寄雲恋
皇太后宮大夫俊成女
水無瀬恋十五首歌合に、春恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
水無瀬恋十五首歌合に、春恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
和歌所歌合に、遇不逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
和歌所歌合に、遇不逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、深山曉月
皇太后宮大夫俊成女
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時、春の始の歌
皇太后宮大夫俊成
寳治元年十首の歌合に、山花
皇太后宮大夫俊成女
На поэтическом состязании в десяти песнях в первом году ходзи, о цветах сакуры в горах
Дочь Тосинари
寳治二年百首の歌奉りけるに、落花
皇太后宮大夫俊成女
題志らず
皇太后宮大夫俊成女
Тема неизвестна
Дочь Тосинари
四位の後崇徳院の還昇いまだ許されざりける頃百首の歌部類して奉りけるついでに
皇太后宮大夫俊成
五社に百首の歌よみて奉りける頃夢の告あらたなる由志るし侍るとて書きそへ侍りける
皇太后宮大夫俊成
永治元年讓位の後籠りゐ侍りけるに新甞會の日皇后宮の御かたに侍りける人につかはしける
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前關白の家の百首の歌に、後朝戀
皇太后宮大夫俊成
建仁二年戀の十首の歌合に、夏戀
皇太后宮大夫俊成女
高野山に侍りける頃皇太后宮大夫俊成千載集えらび侍るよし聞きて歌をおくり侍るとてかきそへ侍りける
西行法師
崇徳院に書きて奉りける御草子のつゝみ紙に
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成前中納言定家書きて侍りける草子をはからざるに傳へたりけるを夢の告ありて爲氏が許に送り遣すとて
道洪法師
近衛院の御時御物忌にこもりて侍りける夜遣水に月のうつれるをみて思ひ出づる事おほくてよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
諒闇の年の秋鳥羽殿に美福門院おはしましける比前栽に蘭のしをれてみえけるを折りて人につかはしける
皇太后宮大夫俊成
美福門院の御ことの後皇太后宮大夫俊成にあひて日數の過ぐるも夢のやうなることなど申して又の日つかはしける
美福門院かくれさせ給ひける頃素服の人あまた參りあひたりけるをみて皇太后宮大夫俊成がもとにつかはしける
清輔朝臣
賀茂社によみて奉りける百首の歌に、おなし心を
皇太后宮大夫俊成
久安六年崇徳院に百首の歌奉りける時、花の歌
皇太后宮大夫俊成
述懷の百首の歌よみ侍りけるに、荻
皇太后宮大夫俊成
寳治の百首の歌奉りけるに、秋田
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌奉りける時、聞擣衣
皇太后宮大夫俊成女
正治の百首の歌奉りける時、たくみ鳥
皇太后宮大夫俊成
待賢門院の中納言人々勸め侍りて法華經二十八品の歌詠ませ侍りけるに、授記品、於未來世感得成佛の心を詠み侍りける
皇太后宮大夫俊成
一品經を書寫山に贈るとて添へて侍りける歌の中に
皇太后宮大夫俊成
洞院攝政の家の百首の歌に、同じ心を
皇太后宮大夫俊成女
崇徳院位におましましける時、雪庭樹花といへる事を講ぜられけるに
皇太后宮大夫俊成
文治六年正月、女御入内の屏風に、小朝拜
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、若菜を
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
皇太后宮大夫俊成
春日の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
皇太后宮大夫俊成
大炊御門右大臣未だ納言に侍りける時三條の家の櫻盛りになりける頃人々歌詠み侍りけるに
皇太后宮大夫俊成
太神宮へ奉りける百首の歌に、山吹を
皇太后宮大夫俊成
彌生のつごもりに、花はみな四方の嵐に誘はれてひとりや春の今日は行くらむと法印靜賢申して侍りけるに
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて暮山遠雁と云ふ事を講ぜられけるに
皇太后宮大夫俊成
日吉の社へ奉りける百首の歌の中に、爐火を
皇太后宮大夫俊成
文治六年、女御入内の屏風に、十二月内侍所の御神樂の所
皇太后宮大夫俊成
賀茂の社に奉りける百首の歌の中に、霞を
皇太后宮大夫俊成
法勝寺にて人々花の十首の歌詠み侍りけるに
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成千載集えらび侍りける時申しつかはしける
前左兵衛督惟方
皇太后宮大夫俊成打聞せむとて忠盛朝臣の歌をこひけるに遣はすとてよめる
前參議經盛
基俊に古今集を借りて侍りけるをかへしつかはすとて
皇太后宮大夫俊成
前中納言定家母の思ひに侍りける頃比叡の山の中堂に籠り侍るに雪のいみじう降りけるつとめて覺束なさなど書きて、奥に
皇太后宮大夫俊成
極樂六時の讃を歌によみけるに、晨朝を
皇太后宮大夫俊成
勝負しるしつけてつかはしける歌合の奥に書き付け侍りける
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内の屏風の歌、春日の祭の社頭の儀
皇太后宮大夫俊成
日吉の社に奉りける百首の歌の中に、櫻を
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて皇太后宮大夫俊成に九十の賀給はせける時
後京極攝政前太政大臣
仁安元年大甞會の辰の日の退出の音聲、音高山
皇太后宮大夫俊成
二品法親王守覺の家の五十首の歌に
皇太后宮大夫俊成
建仁三年十一月和歌所にて九十の賀給はりける時仕うまつりける
皇太后宮大夫俊成
承安二年廣田の社の歌合を判じける奥に書きつけ侍りける
皇太后宮大夫俊成
美福門院に極樂六時讃の繪に書かるべき歌奉るべき由侍りけるに夜のさかひ靜にて漸く中夜に至るほど
皇太后宮大夫俊成
爲忠朝臣の家に百首の歌詠ませ侍りけるとき、瀧下山吹を
皇太后宮大夫俊成
法性寺入道前關白の家の百首の歌に
皇太后宮大夫俊成
健保の内裏の三首の歌合に、秋野月
皇太后宮大夫俊成女
爲忠朝臣の家の百首の歌に、有明月
皇太后宮大夫俊成
爲忠朝臣の家に百首の歌詠ませ侍りける時、後朝隱戀
皇太后宮大夫俊成
久安六年、崇徳院に百首歌奉りける時、若菜をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
久安六年、崇徳院に百首歌奉りける時、若菜をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
法華経譬喩品、号曰華光如来の心を
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白家百首歌よみ侍けるに、忍恋
皇太后宮大夫俊成
忍ひて物申ける女ことさまになりぬへし、と聞てつかはしける
皇太后宮大夫俊成
をもく煩侍ける秋の暮、かきりに覚えけれは、後徳大寺左大臣のもとに申つかはしける
皇太后宮大夫俊成
後徳大寺左大臣家十首に、閑中雪を
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて六首歌合侍けるに、旅泊聞鹿といふことを
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に
皇太后宮大夫俊成
女のもとにかきてつかはしける文に
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成、定家卿母の思ひにて侍ける比いひつかはしける
法橋顕昭
美福門院かくれ給てのち、高野の御山におさめ奉ける比、前大納言成通のもとよりせうそこして侍けるによめる
皇太后宮大夫俊成
法印覚寛すゝめ侍ける七十首の歌よみ侍ける中に
皇太后宮大夫俊成女
久安六年、崇徳院に百首歌奉りける時、若菜をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
法華経譬喩品、号曰華光如来の心を
皇太后宮大夫俊成
阿弥陀四十八願の歌よみ侍けるに、聞名見仏
皇太后宮大夫俊成女
後法性寺入道前関白家百首歌よみ侍けるに、忍恋
皇太后宮大夫俊成
忍ひて物申ける女ことさまになりぬへし、と聞てつかはしける
皇太后宮大夫俊成
をもく煩侍ける秋の暮、かきりに覚えけれは、後徳大寺左大臣のもとに申つかはしける
皇太后宮大夫俊成
後徳大寺左大臣家十首に、閑中雪を
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて六首歌合侍けるに、旅泊聞鹿といふことを
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白の右大臣に侍ける時の百首に
皇太后宮大夫俊成
女のもとにかきてつかはしける文に
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成、定家卿母の思ひにて侍ける比いひつかはしける
法橋顕昭
美福門院かくれ給てのち、高野の御山におさめ奉ける比、前大納言成通のもとよりせうそこして侍けるによめる
皇太后宮大夫俊成
法印覚寛すゝめ侍ける七十首の歌よみ侍ける中に
皇太后宮大夫俊成女
正治二年後鳥羽院に百首歌奉りける時
皇太后宮大夫俊成
久安百首歌奉りける時、霞、柳、桜
皇太后宮大夫俊成
正治二年百首歌奉りける時、み山つくみ
皇太后宮大夫俊成
久安百首歌たてまつりける時、離別
皇太后宮大夫俊成
建保五年内裏五首歌合に、冬河風
皇太后宮大夫俊成女
美福門院かくれさせ給て後御忌日に、御誦経の使にて参議親隆かもとにいひをくりける
皇太后宮大夫俊成
太神宮によみて奉りける百首歌の中に
皇太后宮大夫俊成
宝治二年百首歌奉りける時、六月祓
皇太后宮大夫俊成女
建仁三年、和歌所にて、尺阿に九十賀給はせける時の屏風に
皇太后宮大夫俊成女
後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、旅歌
皇太后宮大夫俊成
建仁元年五十首歌奉ける時、寄風恋
皇太后宮大夫俊成女
二条院かくれさせ給て後、月のくまなかりけるを見てよめる
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内月次の屏風に、田中に人家ある所
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内の屏風に、人の家有て花の中にうくひす木つたふ所
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内屏風に、沢のほとりに春駒ある所
皇太后宮大夫俊成
崇徳院に百首歌奉りける時、菫菜を
皇太后宮大夫俊成
崇徳院御時、六月朔更恋郭公と云心をよませ給ける時
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内の屏風に、河のほとりに六月祓したる所
皇太后宮大夫俊成
建仁元年撰歌合に、河月似氷といへる事を
皇太后宮大夫俊成
水無瀬殿詩歌合に、山路秋行といふことを
皇太后宮大夫俊成女
建長三年影供歌合に、行路紅葉といへることを
皇太后宮大夫俊成女
美福門院に、極楽六時讃の絵にかゝるへき歌奉るへきよし侍けるに、あしたに定よりいつる程、ほのかに天の楽をきく
皇太后宮大夫俊成
春日社に奉りける百首歌中に、別を
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白太政大臣家百首歌に、初逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成
後徳大寺左大臣家に、十首歌読侍けるに、寄源氏名恋といふことを
皇太后宮大夫俊成
正治百首歌奉りける中に、河原すゝめ
皇太后宮大夫俊成
諸社の奉幣使たてられけるに、三品に叙して後、はしめて賀茂にむかひて、下の御社より夜ふけて上の御社にまうて侍る程、むかし百度詣しける事なと思出らるゝに、河原の有さまもはやく見しにはかはりたる心のしけれは、思ひつゝけける
皇太后宮大夫俊成
賀茂社によみて奉りける百首の歌に、おなし心を
皇太后宮大夫俊成
賀茂社に奉りける百首歌の中に、梅をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
二条院御時、内裏にて禁庭柳垂といふことを
皇太后宮大夫俊成
久安六年、崇徳院に百首歌奉けるに
皇太后宮大夫俊成
春日社に奉りける百首歌中に、春雨をよめる
皇太后宮大夫俊成
賀茂社へよみて奉りける百首歌に、山吹を
皇太后宮大夫俊成
春日社へ奉りける百首歌中に、三月尽の心を
皇太后宮大夫俊成
伏見にて、近聞郭公といふ事をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
賀茂社へ奉りける百首歌の中に、鹿を
皇太后宮大夫俊成
皇太后宮大夫俊成家に十首歌よませ侍ける時
道因法師
建仁元年八月十五夜歌合に、古寺残月といへる事を
皇太后宮大夫俊成
賀茂社へ奉りける百首歌の中に、擣衣を
皇太后宮大夫俊成
賀茂社へ奉りける百首歌の中に、千鳥を
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よみ侍けるに、雪を
皇太后宮大夫俊成
文治六年女御入内屏風に、十一月五節のまいりの所
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白家に百首歌よませ侍ける中に、歳暮
皇太后宮大夫俊成
二条院御時、花有喜色といへる事をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
守覚法親王家五十首歌の中に、祝の心を読侍ける
皇太后宮大夫俊成
千載集奏覧の時、いれて侍ける手箱にあしてにまきたりける歌
皇太后宮大夫俊成
仁安元年大嘗会悠紀方、巳日楽急、木綿園
皇太后宮大夫俊成
二条院御時、聞増恋といふ事を人々によませさせ給ける時、つかうまつりける
皇太后宮大夫俊成
太神宮へよみて奉りける百首歌中に、旅恋
皇太后宮大夫俊成
四月一日比、雨ふりける夜忍ひて人に物いひ侍て後、とかくひむあしくて過けるに、五月雨の比申つかはしける
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白家に百首歌よませ侍けるに、遇不逢恋
皇太后宮大夫俊成
恨る事ありてしはしいはさりける女に、文つかはすとて
皇太后宮大夫俊成
うらむることありける女につかはしける
皇太后宮大夫俊成
保延の比述懐百首歌よみ侍けるに、残雪を
皇太后宮大夫俊成
賀茂社に奉りける百首歌に、春雨を
皇太后宮大夫俊成
前中納言師仲、下野国より帰京して後、配所にてよめりける歌ともを見せにつかはしたりけるを、かへすとてそへて侍ける
皇太后宮大夫俊成
春日社に奉りける百首歌の中に、野を
皇太后宮大夫俊成
物の名をかくし題によみ侍けるに、月、鈴虫、紅葉
皇太后宮大夫俊成
母の服に侍ける比山里にこもりゐて侍けるに、正月司召なと過て雪のふりたるあした、人のとふらひて侍ける返事のついてに
皇太后宮大夫俊成
九条内大臣かくれ侍にけるをとひ侍らて四月になりて、後法性寺入道前関白のもとへ申つかはしける
皇太后宮大夫俊成
讃岐国にてかくれさせ給とて、皇太后宮大夫俊成にみせよとて書をかせ給ける
崇徳院御製
権中納言俊忠遠忌に、辺部野の墓所の堂にまかりて夜更て帰侍けるに、露のしけかりけれは
皇太后宮大夫俊成
顕輔卿詞花集えらひ侍ける時、歌を尋ねて侍けれは、まつ権中納言俊忠歌をつかはすとてよみてそへける
皇太后宮大夫俊成
待賢門院中納言人々にすゝめて法華経廿八品歌よませ侍けるに、提婆品、採薪及菓■、随時恭敬与
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白、右大臣に侍ける時、家に百首歌よませ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
後法性寺入道前関白家百首歌に、神祇の心を
皇太后宮大夫俊成
俊成卿人々に四季歌よませ侍けるに、冬
権中納言長方
俊成卿十三年仏事に、前中納言定家一品経供養し侍ける時、人記品の心をよみてつかはしける
常盤井入道前太政大臣