Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
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Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
清原元輔
きよはらのもとすけ
Киёвара-но Мотосукэ
(908—990) — внук Киёвара-но Фукаябу. Поэт, филолог, музыкант. Комментатор «Манъёсю», один из составителей «Госэнсю». Сохранилось его «Личное собрание».

小野宮のおほきおほいまうちぎみ、月輪寺花見侍りける日よめる

清原元輔
小野宮のおほきおほいまうちぎみ、月輪寺花見侍りける日よめる

清原元輔
Сложил в обители Оногу, когда вместе с первым министром любовался цветами возле храма Гацуриндзи

Мотосукэ
* Храм Оногу находился на горе Атаго в районе Укё (Сага) г. Киото (другое название храма — Цукинова-дэра).
題しらず

清原元輔
題しらず

清原元輔
Тема неизвестна

Мотосукэ

貞信公(藤原忠平)家屏風に

清原元輔
貞信公(藤原忠平)家屏風に

清原元輔
Мотосукэ

女を物越しにほのかに見てつかはしける

清原元輔
女を物越しにほのかに見てつかはしける

清原元輔
Сложил и послал женщине, которую лишь мельком видел

Мотосукэ

清原元輔
清原元輔
Мотосукэ

清原元輔
清原元輔
Мотосукэ

今は昔、歌よみの元輔、内蔵助になりて、賀茂祭の使しけるに、一條大路わたりけるほどに、殿上人の、車おほく並べたてて、物見ける前わたるほどに、おいらかにてはたわたらで、人み給ふにと思ひて、馬をいたくあふりければ、馬くるひて落ちぬ。



元輔が昔住み侍りける家の傍らに、清少納言が住みける頃、雪いみじく降りて隔ての垣も倒れて侍りければ、申しつかはしける

赤染衛門
元輔が昔住み侍りける家の傍らに、清少納言が住みける頃、雪いみじく降りて隔ての垣も倒れて侍りければ、申しつかはしける

赤染衛門
Акадзомэ-эмон

天徳四年右大臣五十賀屏風に

清原元輔
天徳四年右大臣五十賀屏風に

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

天暦御時、麗景殿女御と中将更衣と歌合し侍りけるに

清原元輔
天暦御時、麗景殿女御と中将更衣と歌合し侍りけるに

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

清原元輔肥後守に侍りける時、かのくにのつつみのたきといふ所を見にまかりたりけるに、ことやうなる法師のよみ侍りける

よみ人しらす
清原元輔肥後守に侍りける時、かのくにのつつみのたきといふ所を見にまかりたりけるに、ことやうなる法師のよみ侍りける

よみ人しらす
Автор неизвестен

安和元年大嘗会風俗:松かさき

清原元輔
安和元年大嘗会風俗:松かさき

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

廉義公家の障子のゑに、なてしこおひたる家の心ほそけなるを

清原元輔
廉義公家の障子のゑに、なてしこおひたる家の心ほそけなるを

清原元輔
Киёвара Мотосукэ
廉義公=藤原頼忠 (фудзивара Ёритада)
元輔かむこになりて、あしたに

藤原実方朝臣
元輔かむこになりて、あしたに

藤原実方朝臣
Фудзивара Санэката

内裏御屏風に

清原元輔
内裏御屏風に

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

十月ついたちの日、殿上のをのこともさかのにまかりて侍るともによはれて

清原元輔
十月ついたちの日、殿上のをのこともさかのにまかりて侍るともによはれて

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

贈皇后宮の御うふやの七夜に、兵部卿致平のみこのきしのかたをつくりて、たれともなくてうたをつけて侍りける

清原元輔
贈皇后宮の御うふやの七夜に、兵部卿致平のみこのきしのかたをつくりて、たれともなくてうたをつけて侍りける

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

右大将実資下臈に侍りける時、子の日しけるに

清原元輔
右大将実資下臈に侍りける時、子の日しけるに

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

むすめにまかりおくれて又のとしの春、さくらの花さかりに、家の花を見ていささかにおもひをのふといふ題をよみ侍りける

清原元輔
むすめにまかりおくれて又のとしの春、さくらの花さかりに、家の花を見ていささかにおもひをのふといふ題をよみ侍りける

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

順か子なくなりて侍りけるころ、とひにつかはしける

清原元輔
順か子なくなりて侍りけるころ、とひにつかはしける

清原元輔
Киёвара Мотосукэ

九条右大臣五十賀屏風に、竹ある所に花の木ちかくあり

もとすけ
九条右大臣五十賀屏風に、竹ある所に花の木ちかくあり

もとすけ
Мотосукэ

清慎公五十賀の屏風に

もとすけ
清慎公五十賀の屏風に

もとすけ
Мотосукэ

賀の屏風に

もとすけ
賀の屏風に

もとすけ
Мотосукэ

恒徳公家の屏風に

もとすけ
恒徳公家の屏風に

もとすけ
Мотосукэ

清慎公五十の賀し侍りける時の屏風に

もとすけ
清慎公五十の賀し侍りける時の屏風に

もとすけ
Мотосукэ

清慎公五十の賀し侍りける時の屏風に

もとすけ
清慎公五十の賀し侍りける時の屏風に

もとすけ
Мотосукэ

たいしらす

もとすけ
たいしらす

もとすけ
Тема неизвестна

Мотосукэ

廉義公家障子に

もとすけ
廉義公家障子に

もとすけ
Мотосукэ
廉義公=藤原頼忠 (фудзивара Ёритада)
廉義公家障子

もとすけ
廉義公家障子

もとすけ
Мотосукэ
廉義公=藤原頼忠 (фудзивара Ёритада)
屏風に

もとすけ
屏風に

もとすけ
На ширме

Мотосукэ

七夕庚申にあたりて侍りける年

もとすけ
七夕庚申にあたりて侍りける年

もとすけ
Мотосукэ

円融院御時、八月十五夜かける所に

もとすけ
円融院御時、八月十五夜かける所に

もとすけ
Мотосукэ

三条のきさいの宮の裳き侍りける屏風に、九月九日の所

もとすけ
三条のきさいの宮の裳き侍りける屏風に、九月九日の所

もとすけ
Мотосукэ

女をかたらひ侍りけるか、年ころになり侍りにけれと、うとく侍りけれは、ゆきのふり侍りけるに

もとすけ
女をかたらひ侍りけるか、年ころになり侍りにけれと、うとく侍りけれは、ゆきのふり侍りけるに

もとすけ
Мотосукэ

はらか

もとすけ
はらか

もとすけ
Мотосукэ

除目のあしたに、命婦左近かもとにつかはしける

もとすけ
除目のあしたに、命婦左近かもとにつかはしける

もとすけ
Мотосукэ

はつせのみちにてみわの山を見侍りて

もとすけ
はつせのみちにてみわの山を見侍りて

もとすけ
Мотосукэ

神明寺の辺に無常所まうけて侍りけるか、いとおもしろく侍りけれは

もとすけ
神明寺の辺に無常所まうけて侍りけるか、いとおもしろく侍りけれは

もとすけ
Мотосукэ

大弐国章こくのおひをかり侍りけるを、つくしよりのほりて返しつかはしたりけれは

もとすけ
大弐国章こくのおひをかり侍りけるを、つくしよりのほりて返しつかはしたりけれは

もとすけ
Мотосукэ

かかいし侍へかりけるとし、えし侍らて、雪のふりけるを見て

もとすけ
かかいし侍へかりけるとし、えし侍らて、雪のふりけるを見て

もとすけ
Мотосукэ

みたけに、年おいてまうて侍りて

もとすけ
みたけに、年おいてまうて侍りて

もとすけ
Мотосукэ

源遠古朝臣こうませて侍りけるに

もとすけ
源遠古朝臣こうませて侍りけるに

もとすけ
Мотосукэ

安和元年大嘗会風俗:みかみの山

もとすけ
安和元年大嘗会風俗:みかみの山

もとすけ
Мотосукэ

しのひてけさうし侍りける女のもとにつかはしける

もとすけ
しのひてけさうし侍りける女のもとにつかはしける

もとすけ
Мотосукэ

ふるく物いひ侍りける人に

もとすけ
ふるく物いひ侍りける人に

もとすけ
Мотосукэ

除目のころ子の日にあたりて侍りけるに、按察更衣のつほねより松をはしにてたへものをいたして侍りけるに

もとすけ
除目のころ子の日にあたりて侍りけるに、按察更衣のつほねより松をはしにてたへものをいたして侍りけるに

もとすけ
Мотосукэ

清慎公家にて、池のほとりのさくらの花をよみ侍りける

もとすけ
清慎公家にて、池のほとりのさくらの花をよみ侍りける

もとすけ
Мотосукэ

四月朔日よみ侍りける

もとすけ
四月朔日よみ侍りける

もとすけ
Мотосукэ

高岳相如か家に、冬のよの月おもしろう侍りける夜、まかりて

もとすけ
高岳相如か家に、冬のよの月おもしろう侍りける夜、まかりて

もとすけ
Мотосукэ

ためあきらの朝臣きのかみに侍りける時に、ちひさきこをいたきいてて、これいのれ、いのれといひたるうたよめといひ侍りけれは

もとすけ
ためあきらの朝臣きのかみに侍りける時に、ちひさきこをいたきいてて、これいのれ、いのれといひたるうたよめといひ侍りけれは

もとすけ
Мотосукэ

ある人の産して侍りける七夜

もとすけ
ある人の産して侍りける七夜

もとすけ
Мотосукэ

大弐国章、むまこのいかに、わりこてうして、うたをゑにかかせける

もとすけ
大弐国章、むまこのいかに、わりこてうして、うたをゑにかかせける

もとすけ
Мотосукэ

人のかうふりし侍りけるに

もとすけ
人のかうふりし侍りけるに

もとすけ
Мотосукэ

こを、とみはたとつけて侍りけるに、はかまきすとて

もとすけ
こを、とみはたとつけて侍りけるに、はかまきすとて

もとすけ
Мотосукэ

つくしへまかりける時に、かまと山のもとにやとりて侍りけるに、みちつらに侍りける木にふるくかきつけて侍りける

もとすけ
つくしへまかりける時に、かまと山のもとにやとりて侍りけるに、みちつらに侍りける木にふるくかきつけて侍りける

もとすけ
Мотосукэ

中中ひとりあらはなと女のいひ侍りけれは

もとすけ
中中ひとりあらはなと女のいひ侍りけれは

もとすけ
Мотосукэ

ひたゝれこひに遣はしたるに裏なむなき、それは着じとやいかゞといひたれば

藤原元輔

Фудзивара Мотосукэ

肥後守にて清原元輔くたり侍りけるに、源満中せんし侍りけるに、かはらけとりて

もとすけ
肥後守にて清原元輔くたり侍りけるに、源満中せんし侍りけるに、かはらけとりて

もとすけ
Мотосукэ

ある人の子三人にかうぶりせさせたりけるに又の日つかはしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

心變り侍りける女に、人に代りて

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

紀時文が許につかはしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

清原元輔がおとゝもとさだ身まかりにけるをおそくきゝたる由元輔が許にいひ遣はすとて詠める

源順

Минамото Ситагау

加階申しけるに賜はらで鶯のなくをきゝて詠みはべりける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

小野宮太政大臣の家に子日し侍りけるに詠みはべりける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

村上の御時御前の紅梅を女藏人どもによませさせたまひけるにかはりてよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

花の庭にちりて侍りける所にてよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

或人云、賀陽院にて八月十五夜月おも志ろく侍りけるに宇治前太政大臣歌よめと侍りければ光源法師よみ侍りけるといへり。

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天暦の御時の御屏風に鷹狩する野にたび人のやどれるところをよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天暦の御時御屏風に八月十五夜前栽うゑたる所をよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天暦の御時御屏風に菊をもてあそぶ家ある所をよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

山里にまかりてよみ侍りける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天暦の御時御屏風の繪に十二月雪ふれる所をよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

少將敦敏子うませて侍りける七夜によめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

紀伊守爲光をさなき子をいだしてこれいはひて歌よめといひ侍りければよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

かへし

清原元輔

Ответ

Киёхара Мотосукэ

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

ぶくに侍りけるころ忍びたる人につかはしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

ある女に

清原元輔

Одной даме

Киёхара Мотосукэ

題志らず

清原元輔

Тема неизвестна

Киёхара Мотосукэ

あり所しらぬ女に

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

月のあかく侍りける夜小一條のおほいまうち君むかしをこふる心よみ侍りけるに詠める

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

大貳國章妻なく成りて秋風の夜寒なるよしたよりにつけていひおこせて侍りける返事につかはしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

早う住み侍りける女の許に罷りて端の方にゐて侍りけるにぬる所の見え侍りければ

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

備中守棟利身まかりにけるかはりを人々望み侍ると聞きて内なりける人の許に遣しける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

女のもとより曉かへりて立ち歸りいひつかはしける

清原元輔

Когда возвращался от дамы на рассвете, сложил и отправил

Киёхара Мотосукэ

かよひける女のこと人に物いふときゝていひ遣はしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

小野宮右大臣のもとにまかりて昔のことなど云ひてよめる

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

兼盛子におくれて歎くときゝていひ遣はしける

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天徳二年右大臣の五十賀の屏風

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

天祿元年大甞會悠紀方の御屏風の歌

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

是は深養父が元輔に教へける歌なり。

Эту песню Фукаябу читал своему сыну, когда учил его поэтическому искусству.
* Фукаябу — Киёхара-но Фукаябу — современник Ки-но Цураюки. Считается одним из "Тридцати шести бессмертных поэтов" древности и средних веков. В "Кокинвакасю" 18 его песен, в других официальных поэтических собраниях — еще 24. Его сын Мотосукэ умер в 990 г. В "Госэнвакасю" и других официальных собраниях более 100 его песен. Есть у него и частное собрание песен — "Мотосукэ-сю".
題しらず

淸原元輔

Тема неизвестна

Киёхара Мотосукэ

題志らず

清原元輔

Тема неизвестна

Киёхара Мотосукэ

清原元輔

Киёхара Мотосукэ

正月一日鶯の聲は聞くやと人の言ひ侍りければ

清原元輔



題志らず

清原元輔



小野宮太政大臣の家にて藤の花惜みけるに詠める

清原元輔



下には、能宣、元輔やうの、古今の歌よみどもの、家々の集書きたり。

Книги лежали в ларцах сверху. Внизу же находились личные собрания поэтов прошлого и нынешних – таких, как Ёсинобу и Мотосукэ.

兼盛するかになりてくたり侍けるに

清原元輔



兼盛するかになりてくたり侍けるに

清原元輔



ぬす人にあへりける又の日、人のもとよりきぬを送りて侍けれは

清原元輔



太宰大弐国章か子むませて侍けるいかに、つかはしける破子の絵にかゝせ侍ける歌

清原元輔



人の子うませて侍ける七夜によめる

清原元輔



題しらず

淸原元輔

Тема неизвестна

Киёхара Мотосукэ

題しらす

清原元輔



八月はかりにかつらといふ所にまかりて、水に月のうつりて侍けるをもろともにみし人に、後につかはしける

清原元輔



其の歌読共は、大中臣の能宣・源の兼盛*・清原の元輔・源の滋之*・紀の時文等也。


* 平兼盛の誤り
* 源重之
今昔、清原の元輔と云ふ歌読有けり。



其れが内蔵の助に成て、賀茂の祭の使しけるに、一条の大路渡る程に、□の若き殿上人の車、数並立て、物見ける前を渡る間に、元輔が乗たる庄馬、大躓して、元輔、頭を逆様にして落ぬ。



年老たる者の馬より落れば、物見る君達、「糸惜」と見る程に、元輔、糸疾く起ぬ。



馬副、手迷をして、冠を取て取するを、元輔、冠を為ずして、後へ手掻て、「いでや、穴騒がし。暫し待て。君達に聞ゆべき事有」と云て、殿上人の車の許に歩み寄る。



而る間、元輔、君達の車の許に歩び寄て云く、「君達は元輔が此の馬より落て、冠落したるをば嗚呼也とや思給ふ。其れは、然か思給ふべからず。其の故は、心ばせ有る人そら、物に躓て倒る事、常の事也。何に況や、馬は心ばせ有るべき物にも非ず。其れに、此の大路は極て石高し。亦、馬の口を張たれば、歩ばむと思ふ方にも歩ばせずして、此引き彼引き転かす。然れば、我れにも非で倒れむ馬を、悪と思ふべきに非ず。其れに、石に躓て倒れむ馬をば、何がは為べき。唐鞍は糸盤也。物拘べくも非ず。其れに、馬は痛く躓けば落ちぬ。其れ亦弊からず。亦、冠の落るは、物にて結ふる物に非ず。髪を以て吉く掻入たるに、捕らるる也。其れに鬢は失にたれば、露無し。然れば、落む冠を恨むべき様無し。亦、其の例無きに非ず。□□の大臣は、大嘗会の御禊の日、落し給ふ。亦、□□の中納言は、其の年の野の行幸に落し給ふ。□□の中将は、祭の返さの日、紫野にて落し給ふ。此の如くの例、計へ遣るべからず。然れば、案内も知給はぬ近来の若君達、此れを咲給ふべきに非ず。咲給はむ君達、返て嗚呼なるべし」。



亦、冠取て取すと寄たる馬副の云く、「馬より落させ給つる即ち、御冠を奉らで、無期に由無し事をば仰せられつるぞ」と問ければ、元輔、「白事なせそ。尊、此く道理を云ひ聞せたらばこそ、後々には此の君達は咲はざらめ。然らずば、口賢き君達は、永く咲はむ者ぞ」と云てぞ、渡にける。



此の元輔は、馴者の、物可咲く云て、人咲はするを役と為る翁にてなむ有ければ、此も面無く云ふ也けりとなむ語り伝へたるとや。



題しらす

元輔



月次の屏風のゑを歌によみ侍ける

元輔



題しらす

元輔