謙徳公
けんとくこう
Кэнтокуко
Кэнтокуко (муж скромный и добродетельный) — посмертное имя Фудзивара-но Корэтада (923—972), знатного вельможи, государственного деятеля. В молодости он был первым главой Ведомства японской поэзии (Вакадокоро), созданного императором Мураками в 951 г. Здесь была составлена «Госэнсю», шла работа по комментированию «Манъёсю».
いかなる折にかありけむ、女に

謙徳公(藤原伊尹)
いかなる折にかありけむ、女に

謙徳公(藤原伊尹)
Кэнтокуко

つれなく侍りける女に、師走のつごもりにつかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
つれなく侍りける女に、師走のつごもりにつかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
Послана бессердечной возлюбленной

Кэнтоко

正月、雨降り風吹きける日、女につかはしける

謙徳公
正月、雨降り風吹きける日、女につかはしける

謙徳公
В новый год, когда шел дождь и подул сильный ветер, послал своей возлюбленной

Корэмаса

冷泉院みこの宮と申しける時、候ひける女房を見交して言ひわたり侍りける頃、手習ひしける所に参りて、物に書きつけ侍りける

謙徳公
冷泉院みこの宮と申しける時、候ひける女房を見交して言ひわたり侍りける頃、手習ひしける所に参りて、物に書きつけ侍りける

謙徳公
Это было во времена, когда император Рэйдзэй был еще наследным принцем. Добиваясь любви некоей придворной дамы, застав ее однажды за упражнениями в каллиграфии, сложил

Корэмаса

忍びたる女をかりそめなる所にゐてまかりて、帰りて朝につかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
忍びたる女をかりそめなる所にゐてまかりて、帰りて朝につかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
После встречи с возлюбленной в потаенном месте, вернувшись домой, наутро сложил и послал ей

Кэнтокуко

謙徳公(藤原伊尹)
謙徳公(藤原伊尹)
Кэнтокуко

恨むること侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
恨むること侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける

謙徳公(藤原伊尹)
Кэнтокуко

謙徳公(藤原伊尹)
謙徳公(藤原伊尹)
Кэнтокуко

久しくなりにける人のもとへ

謙徳公(藤原伊尹)
久しくなりにける人のもとへ

謙徳公(藤原伊尹)
Корэмаса

大鏡 > 上巻 六十五代 花山院 師貞 (ШЕСТЬДЕСЯТ ПЯТОЕ ПРАВЛЕНИЕ [ИМПЕРАТОР КАДЗАН])
太政大臣伊尹のおとどの第一御女なり。

Она была старшей дочерью Великого министра дайдзё:дайдзина Корэмаса Кэнтокуко:.

108. Великий министр... Корэмаса [Кэнтокуко:] (924-972), другое имя — Корэдата — старший сын Моросукэ, регент (970-972), канцлер (971-972). Именовался регентом Итидзё: по названию своей резиденции. Посмертное имя — Кэнтокуко:.
伊尹、兼通、兼家などが、いひもよほして、せさするならむ」と仰せられて、皆、殿上に候はせ給ふほどなりければ、三所ながら、かしこまらせ給へりしかば、その折に、いとどおほきに腹立たせ給ひて、「わたらせ給へ」と申させ給へば、思ふにこの事ならむ、と思し召して、わたらせ給はぬを、たびたび、「なほなほ」と御消息ありければ、わたらずは、いとどこそむつからめと、恐ろしくいとほしく思し召して、おはしましけるに、「いかでかかる事はせさせ給ふぞ。



一、太政大臣伊尹のおとどは、贈皇后懐子の御父、花山院の



女の許にきぬをぬぎ置きてとりに遣はすとて

伊尹朝臣

Корэтада

ものいひ侍りける女の、のちにつれなく侍りて、さらにあはす侍りけれは

一条摂政
ものいひ侍りける女の、のちにつれなく侍りて、さらにあはす侍りけれは

一条摂政
Сложил стихи, когда возлюбленная стала к нему равнодушна, и он более не мог её видеть

Корэтада

うせ給てのち、はら〴〵のきみたち*はみなころと*おはしませば、おとどおはしまさねども、ことにものしき事もなし。


*藤原伊尹・兼通・兼家ら
*「自と」=おのずから
宰相中將君謙徳公*をはじめたてまつりておどろきとぶらひきこえ給。


*藤原伊尹
この家を一條摂政殿とり給ひて、太政大臣になりて、大饗おこなはれける。


一条摂政=藤原伊尹
中納言敦忠まかりかくれてのち、ひえのにしさかもとに侍りける山さとに、人人まかりて花見侍りけるに

一条摂改
中納言敦忠まかりかくれてのち、ひえのにしさかもとに侍りける山さとに、人人まかりて花見侍りけるに

一条摂改


一條攝政身まかりて後、わざのことなどはてゝ人々ちり〴〵になり侍りければ

少將藤原義孝

Фудзивара Ёситака
一條攝政=Фудзивара Корэтада?
一條攝政かくれ侍りて後少將義孝子生ませて侍りける七夜に昔を思ひ出でゝよみ侍りける

法住寺太政大臣


一條攝政=Фудзивара Корэтада?
一條攝政の障子に網代に紅葉のひまなくよりたるかたかきたる所によめる

藤原惟成

Фудзивара Корэсигэ
一條攝政=Фудзивара Корэтада?
一條攝政身まかりにけるころよめる

少將義孝

Ёситака
一條攝政=Фудзивара Корэтада?
天暦御時、大はん所のまへにうくひすのすをこうはいの枝につけてたてられたりけるを見て

一条摂政
天暦御時、大はん所のまへにうくひすのすをこうはいの枝につけてたてられたりけるを見て

一条摂政
Корэтада

さてまた、今は故九条殿の御子どもの数、この冷泉院、円融院の御母、貞観殿の尚侍、一条摂政、堀河殿、大入道殿、忠君の兵衛督と六人は、武蔵守従五位上経邦の女の腹におはしまさふ。



この大臣は、一条摂政と申しき。



みな人知ろしめしたることなれど、朝成の中納言と一条摂政と同じ折の殿上人にて、品のほどこそ、一条殿とひとしからねど、身の才、人覚え、やむごとなき人なりければ、頭になるべき次第いたりたるに、またこの一条殿さらなり、道理の人にておはしけるを、この朝成の君申し給ひけるやう、「殿はならせ給はずとも、人わろく思ひ申すべきにあらず。



また、一条摂政殿の御男子、花山院の御時、帝の御舅にて、義懐の中納言と聞えし、少将たちの同じ腹よ。



まこと、一条摂政殿の御女の腹の女君たち、三、四、五の御方。



御母は、一条摂政に同じ。



今は昔、一条摂政とは東三条殿の兄におはします。



一条摂政中将に侍りける時、父の大臣の五十賀し侍りける屏風に

小野好古朝臣
一条摂政中将に侍りける時、父の大臣の五十賀し侍りける屏風に

小野好古朝臣
Оно Ёсифуру

天暦御時、一条摂政蔵人頭にて侍りけるに、おひをかけて御こあそはしける、まけたてまつりて御かすおほくなり侍りけれは、おひを返したまふとて

御製
天暦御時、一条摂政蔵人頭にて侍りけるに、おひをかけて御こあそはしける、まけたてまつりて御かすおほくなり侍りけれは、おひを返したまふとて

御製


大原野祭の日、さかきにさして女の許につかはすとて

一条摂政
大原野祭の日、さかきにさして女の許につかはすとて

一条摂政
Корэтада

侍従に侍りける時、むらかみの先帝の御めのとに、しのひて物ののたうひけるにつきなき事なりとて、さらにあはす侍りけれは

一条摂政
侍従に侍りける時、むらかみの先帝の御めのとに、しのひて物ののたうひけるにつきなき事なりとて、さらにあはす侍りけれは

一条摂政
Корэтада

一条摂政、内にてはひんなしさとにいてよといひ侍りけれは、人もなき所にてまち侍りけるに、まうてこさりけれは

小弐命婦
一条摂政、内にてはひんなしさとにいてよといひ侍りけれは、人もなき所にてまち侍りけるに、まうてこさりけれは

小弐命婦


一条摂政の北の方ほかに侍りけるころ、女御と申しける時

贈皇后宮
一条摂政の北の方ほかに侍りけるころ、女御と申しける時

贈皇后宮


春日使にまかりて、かへりてすなはち女のもとにつかはしける

一条摂政
春日使にまかりて、かへりてすなはち女のもとにつかはしける

一条摂政
Корэтада

つつむこと侍りける女の返事をせすのみ侍りけれは、一条摂政いはみかたといひつかはしたりけれは

よみ人しらす
つつむこと侍りける女の返事をせすのみ侍りけれは、一条摂政いはみかたといひつかはしたりけれは

よみ人しらす


一条摂政下らふに侍りける時、承香殿女御に侍りける女にしのひて物いひ侍りけるに、さらになとひそといひて侍りけれは、ちきりし事ありしかはなといひつかはしたりけれは

本院侍従
一条摂政下らふに侍りける時、承香殿女御に侍りける女にしのひて物いひ侍りけるに、さらになとひそといひて侍りけれは、ちきりし事ありしかはなといひつかはしたりけれは

本院侍従
Хонин Дзидзю