Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
大中臣能宣朝臣
大中臣能宣朝臣
Ёсинобу

大中臣能宣朝臣
おおなかとみのよしのぶ
Онакатоми-но Ёсинобу-но Асон
(921—991) — представитель старинного рода синтоистских жрецов. Один из составителей «Госэнсю». Сохранилось его «Личное собрание».
大中臣能宣朝臣
大中臣能宣朝臣
Ёсинобу

田舎へまかりける人に、旅衣もつかはすとて

大中臣能宣朝臣
田舎へまかりける人に、旅衣もつかはすとて

大中臣能宣朝臣
Сложил, посылая другу, уезжавшему в провинцию, дорожную одежду

Ёсинобу

また通ふ人ありける女のもとにつかはしける

大中臣能宣朝臣
また通ふ人ありける女のもとにつかはしける

大中臣能宣朝臣
Послал женщине, которую, как он узнал, посещал также и другой

Ёсинобу

年を経て言ひわたり侍りける女の、さすがにけぢかくはあらざりけるに、春の末つ方いひつかはしける

能宣朝臣
年を経て言ひわたり侍りける女の、さすがにけぢかくはあらざりけるに、春の末つ方いひつかはしける

能宣朝臣
Сложил для женщины, с которой был много лет знаком, но сблизиться так и не удалось, и послал ей в конце весны

Ёсинобу

春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける

能宣朝臣(大中臣能宣)
春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける

能宣朝臣(大中臣能宣)
Ёсинобу

能宣朝臣(大中臣能宣)
能宣朝臣(大中臣能宣)
Ёсинобу

能宣朝臣、大和国真土の山近く住みける女のもとに夜ふけてまかりて、逢はざりけるを恨み侍りければ

読人しらず
能宣朝臣、大和国真土の山近く住みける女のもとに夜ふけてまかりて、逢はざりけるを恨み侍りければ

読人しらず
Неизвестный автор

大中臣能宣朝臣、大原野にまうでて侍りけるに、山里のいとあやしきに、住むべくもあらぬさまなる人の侍りければ、いづくわたりより住むぞなど問ひ侍りければ

読人しらず
大中臣能宣朝臣、大原野にまうでて侍りけるに、山里のいとあやしきに、住むべくもあらぬさまなる人の侍りければ、いづくわたりより住むぞなど問ひ侍りければ

読人しらず
Однажды Онакатоми Ёсинобу отправился в паломничество в святыню Охара и там, в убогой горной хижине очень благородного человека, спросил, откуда он пришел. Ответом было:

Неизвестный автор

返し

能宣朝臣(大中臣能宣)
返し

能宣朝臣(大中臣能宣)
Ответ

Ёсинобу

能宣朝臣(大中臣能宣)
能宣朝臣(大中臣能宣)
Ёсинобу

題しらず

能宣朝臣(大中臣能宣)
題しらず

能宣朝臣(大中臣能宣)
Без названия

Ёсинобу

ある所の屏風の絵に、十一月、神まつる家の前に、馬にのりて人のゆく所を

能宣朝臣(大中臣能宣)
ある所の屏風の絵に、十一月、神まつる家の前に、馬にのりて人のゆく所を

能宣朝臣(大中臣能宣)
Ёсинобу

むすめにまかりおくれて又のとしの春、さくらの花さかりに、家の花を見ていささかにおもひをのふといふ題をよみ侍りける

大中臣能宣
むすめにまかりおくれて又のとしの春、さくらの花さかりに、家の花を見ていささかにおもひをのふといふ題をよみ侍りける

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

題しらす

大中臣能宣
題しらす

大中臣能宣
Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

屏風に

大中臣能宣
屏風に

大中臣能宣
На ширме

Онакатоми Ёсинобу

天暦御時の歌合に

大中臣能宣
天暦御時の歌合に

大中臣能宣
На поэтическом состязании во времена тэнряку

Онакатоми Ёсинобу

屏風に

大中臣能宣
屏風に

大中臣能宣
На ширме

Онакатоми Ёсинобу

題しらす

大中臣能宣
題しらす

大中臣能宣
Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

題しらす

大中臣能宣
題しらす

大中臣能宣
Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

はしめて平野祭に男使たてし時、うたふへきうたよませしに

大中臣能宣
はしめて平野祭に男使たてし時、うたふへきうたよませしに

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

安和元年大嘗会風俗:なからの山

大中臣能宣
安和元年大嘗会風俗:なからの山

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

安和元年大嘗会風俗:なからの山

大中臣能宣
安和元年大嘗会風俗:なからの山

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

女につかはしける

大中臣能宣
女につかはしける

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

正月叙位のころ、ある所に人人まかりあひて子の日の歌よまんといひ侍りけるに、六位に侍りける時

大中臣能宣
正月叙位のころ、ある所に人人まかりあひて子の日の歌よまんといひ侍りけるに、六位に侍りける時

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

たひ人のもみちのもとゆく方かける屏風に

大中臣能宣
たひ人のもみちのもとゆく方かける屏風に

大中臣能宣
Онакатоми Ёсинобу

題しらす

大中臣能宣
題しらす

大中臣能宣
Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

入道式部卿のみこの、子の日し侍りける所に

大中臣よしのふ
入道式部卿のみこの、子の日し侍りける所に

大中臣よしのふ
В месте, где отмечал день Крысы принц-глава ведомства церемоний, вступивший на Путь

Онакатоми Ёсинобу

屏風のゑに、仏名のあしたに、梅の木のもとに導師とあるしと、かはらけとりてわかれをしみたる所

よしのふ
屏風のゑに、仏名のあしたに、梅の木のもとに導師とあるしと、かはらけとりてわかれをしみたる所

よしのふ
Ёсинобу

題志らず

大中臣能宣朝臣

Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

屏風に

よしのふ
屏風に

よしのふ
На ширме

Ёсинобу

をみなへしおほくさける家にまかりて

よしのふ
をみなへしおほくさける家にまかりて

よしのふ
Отправившись в дом, где обильно цвели оминаэси

Ёсинобу

水に月のやとりて侍りけるを

よしのふ
水に月のやとりて侍りけるを

よしのふ
Ёсинобу

大井河に人人まかりて歌よみ侍りけるに

よしのふ
大井河に人人まかりて歌よみ侍りけるに

よしのふ
Ёсинобу

題しらす

よしのふ
題しらす

よしのふ
Тема неизвестна

Ёсинобу

恒徳公家の屏風に

よしのふ
恒徳公家の屏風に

よしのふ
Ёсинобу

題しらす

よしのふ
題しらす

よしのふ
Тема неизвестна

Ёсинобу

屏風に

よしのふ
屏風に

よしのふ
На ширме

Ёсинобу

屏風のゑに、仏名の所

よしのふ
屏風のゑに、仏名の所

よしのふ
Ёсинобу

藤氏のうふやにまかりて

よしのふ
藤氏のうふやにまかりて

よしのふ
Ёсинобу

うふやの七夜にまかりて

よしのふ
うふやの七夜にまかりて

よしのふ
Ёсинобу

ある人のうふやにまかりて

よしのふ
ある人のうふやにまかりて

よしのふ
Ёсинобу

みよしのすけたた、かうふりし侍りける時

よしのふ
みよしのすけたた、かうふりし侍りける時

よしのふ
Ёсинобу

おなし人の七十賀し侍りけるに、竹のつゑをつくりて

よしのふ
おなし人の七十賀し侍りけるに、竹のつゑをつくりて

よしのふ
Ёсинобу

おなし人の七十賀し侍りけるに、竹のつゑをつくりて

よしのふ
おなし人の七十賀し侍りけるに、竹のつゑをつくりて

よしのふ
Ёсинобу

天暦御時、清慎公御ふえたてまつるとて、よませ侍りけれは

よしのふ
天暦御時、清慎公御ふえたてまつるとて、よませ侍りけれは

よしのふ
Ёсинобу

物へまかりける人に、むまのはなむけし侍りてあふきつかはしける

よしのふ
物へまかりける人に、むまのはなむけし侍りてあふきつかはしける

よしのふ
Ёсинобу

伊勢よりのほり侍りけるに、しのひて物いひ侍りける女のあつまへくたりけるか、相坂にまかりあひて侍りけるに、つかはしける

よしのふ
伊勢よりのほり侍りけるに、しのひて物いひ侍りける女のあつまへくたりけるか、相坂にまかりあひて侍りけるに、つかはしける

よしのふ
Ёсинобу

物へまかりけるみちにて、かりのなくをききて

よしのふ
物へまかりけるみちにて、かりのなくをききて

よしのふ
Ёсинобу

秋、たひにまかりけるに、いなみのにやとりて

よしのふ
秋、たひにまかりけるに、いなみのにやとりて

よしのふ
Ёсинобу

物へまかりける人にぬさつかはしける、衣はこに、うきしまのかたおし侍りて

よしのふ
物へまかりける人にぬさつかはしける、衣はこに、うきしまのかたおし侍りて

よしのふ
Ёсинобу

あひかたらひ侍りける人、みちのくにへまかりけれは

よしのふ
あひかたらひ侍りける人、みちのくにへまかりけれは

よしのふ
Ёсинобу

はつせへまて侍りけるみちに、さほ山のわたりにやとりて侍りけるに、千鳥のなくをききて

よしのふ
はつせへまて侍りけるみちに、さほ山のわたりにやとりて侍りけるに、千鳥のなくをききて

よしのふ
Ёсинобу

物へまかりける人のもとに、ぬさをむすひふくろにいれてつかはすとて

よしのふ
物へまかりける人のもとに、ぬさをむすひふくろにいれてつかはすとて

よしのふ
Ёсинобу

月を見侍りて

よしのふ
月を見侍りて

よしのふ
Глядя на луну

Ёсинобу

返し

よしのふ
返し

よしのふ
Ответ

Ёсинобу

なかうた:返し

よしのふ
なかうた:返し

よしのふ
Ответ

Ёсинобу

安和元年大嘗会風俗:みかみの山

よしのふ
安和元年大嘗会風俗:みかみの山

よしのふ
Ёсинобу

安和元年大嘗会風俗:おほくら山

よしのふ
安和元年大嘗会風俗:おほくら山

よしのふ
Ёсинобу

安和元年大嘗会風俗:かかみ山

よしのふ
安和元年大嘗会風俗:かかみ山

よしのふ
Ёсинобу

天禄元年大嘗会風俗:千世能山

よしのふ
天禄元年大嘗会風俗:千世能山

よしのふ
Ёсинобу

天禄元年大嘗会風俗:みかみの山

よしのふ
天禄元年大嘗会風俗:みかみの山

よしのふ
Ёсинобу

天禄元年大嘗会風俗:いはくら山

よしのふ
天禄元年大嘗会風俗:いはくら山

よしのふ
Ёсинобу

はしめて女の許にまかりて、あしたにつかはしける

よしのふ
はしめて女の許にまかりて、あしたにつかはしける

よしのふ
Ёсинобу

女につかはしける

よしのふ
女につかはしける

よしのふ
Ёсинобу

けさうし侍りける女の、五月夏至日なりけれは、うたかひなく思ひたゆみてものいひ侍りけるに、したしきさまになりにけれは、いみしくうらみわひて、のちにさらにあはしといひ侍りけれは

よしのふ
けさうし侍りける女の、五月夏至日なりけれは、うたかひなく思ひたゆみてものいひ侍りけるに、したしきさまになりにけれは、いみしくうらみわひて、のちにさらにあはしといひ侍りけれは

よしのふ
Ёсинобу

かやり火を見侍りて

よしのふ
かやり火を見侍りて

よしのふ
Ёсинобу

女の許につかはしける

よしのふ
女の許につかはしける

よしのふ
Ёсинобу

小一条のおほいまうちきみの家の障子に

よしのふ
小一条のおほいまうちきみの家の障子に

よしのふ
Ёсинобу

題しらす

よしのふ
題しらす

よしのふ
Тема неизвестна

Ёсинобу

時雨を

よしのふ
時雨を

よしのふ
Об осеннем дожде

Ёсинобу

をみにあたりたる人のもとにまかりたりけれは、女とも、さかつきにひかけをそへていたしたりけれは

よしのふ
をみにあたりたる人のもとにまかりたりけれは、女とも、さかつきにひかけをそへていたしたりけれは

よしのふ
Ёсинобу

服に侍りけるころ、あひしりて侍りける女の、あまになりぬとききて、つかはしける

よしのふ
服に侍りけるころ、あひしりて侍りける女の、あまになりぬとききて、つかはしける

よしのふ
Ёсинобу

寛和二年花山院の歌合によみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

天暦三年太政大臣の七十賀し侍りける屏風によめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

鶯をよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

О соловье

Онакатоми Ёсинобу

題志らず

大中臣能宣朝臣

Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

ある所の歌合に梅をよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

屏風に二月山田うつ所にかへる雁などある所をよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

花を惜むこゝろをよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

月輪といふ所にまかりて元輔、惠慶などゝ共に庭の藤の花をもてあそびてよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

三月つごもりの日惜春心を人々よみ侍りけるによめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

ある所に歌合し侍りけるに卯花をよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

四月ばかりに有馬の湯より歸り侍りて郭公をなむきゝつると人のいひおこせて侍りければ

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

屏風の繪に夏の末に小倉の山のかたかきたるところをよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

山里に鹿を聞きてよめる

大中臣能宣朝臣

Услышав оленя в горном селении

Онакатоми Ёсинобу

秋前栽のなかにおりゐて酒たうべて世の中のつねなき事などいひてよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

かつらにまかりて水邊秋花をよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

屏風の繪に菊の花さきたる家に鷹すゑたる人宿かる所をよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

屏風の繪に十一月に女のもとに人の音したるところをよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

筑紫へ下りける道にて須磨の浦にてよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

春より物いひける女の秋になりて露ばかり物いはむといひて侍りければ八月ばかりにつかはしける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

題志らず

大中臣能宣朝臣

Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

人の語らふ女を忍びて物いひ侍りけるに物にまかりて歸りける道に此女を男田舎へゐて下り侍りけり。逢坂の關にゆきあひてせむ方なく思ひ侘びて人をかへしていひつかはしける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

ある所に庚申しけるに御簾のうちの琴のあかぬ心をよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

人のあふぎに山里の人もすさまぬわたりかきたるをみてよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

天徳四年内裏の歌合によめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

題志らず

大中臣能宣朝臣

Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

寛和二年内裏の歌合によめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

初霜をよめる

大中臣能宣朝臣

О первом инее

Онакатоми Ёсинобу

一條左大臣の家に障子にすみよしのかたかきたる所によめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

月あかく侍りけるに人々まうで來てあそび侍りけるに月入りにければ興つきて各歸りなむと志ければよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

下臈にこえられて堀川の關白の許に侍りける人のもとへおとゞにも見せよとおぼしくて遣はしける

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

題志らず

大中臣能宣朝臣

Тема неизвестна

Онакатоми Ёсинобу

平兼盛するがのかみになりて下り侍りける時餞し侍るとてよめる

大中臣能宣朝臣

Онакатоми Ёсинобу

能宣身まかりて後四十九日の内にかうぶり給はりて侍りけるに大江匡衡が許より其由いひおこせて侍りける返事にいひつかはしける

祭主輔親

Сукэтика

朱雀院の御屏風に子日に松ひく所に、鶯の鳴くをよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

На ширме во дворце Судзаку у места, где изображено выкапывание сосны в день крысы, сложил о пении камышовки

Онакатоми Ёсинобу

謙徳公の家の屏風に春日野に若菜つめる所をよみける

大中臣能宣朝臣



題志らず

大中臣能宣朝臣



天暦の御時大ぎさいの宮にてこれかれ子の日して歌よみ侍りけるに

大中臣能宣朝臣



東三條入道攝政の家の賀の屏風に

大中臣能宣朝臣



大中臣能宣朝臣



女の許に云ひ遣しける

大中臣能宣朝臣



下には、能宣、元輔やうの、古今の歌よみどもの、家々の集書きたり。

Книги лежали в ларцах сверху. Внизу же находились личные собрания поэтов прошлого и нынешних – таких, как Ёсинобу и Мотосукэ.

大中臣能宣 或 讀人不知



五月五日、藤原宣雅朝臣常陸介にて下りける時、左大将済時の馬の餞し侍けるに、かはらけとりて

大中臣能宣朝臣



大中臣能宣朝臣身まかりて四十九日の内に、輔親かうふり給りて侍ける、願文つくらせけるおくに書つけ侍ける

大江匡衡朝臣



五月五日、藤原宣雅朝臣常陸介にて下りける時、左大将済時の馬の餞し侍けるに、かはらけとりて

大中臣能宣朝臣



大中臣能宣朝臣身まかりて四十九日の内に、輔親かうふり給りて侍ける、願文つくらせけるおくに書つけ侍ける

大江匡衡朝臣



題しらす

大中臣能宣朝臣



清慎公七十賀屏風歌

大中臣能宣朝臣



人のえひをこひにをこせたるに、ありけるまゝに十九やるとて

大中臣能宣朝臣



朱雀院の御屏風に子日に松ひく所に、鶯の鳴くをよみ侍りける

大中臣能宣朝臣

На ширме во дворце Судзаку у места, где изображено выкапывание сосны в день крысы, сложил о пении камышовки

Онакатоми Ёсинобу

みちの国に侍ける比、能宣朝臣につかはしける

重之



恋歌の中に

能宣朝臣