Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
1
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
可麻久良乃
美胡之能佐吉能
伊波久叡乃
伎美我久由倍伎
己許呂波母多自
かまくらの
みごしのさきの
いはくえの
きみがくゆべき
こころはもたじ
Там, в Камакура,
Где мыс Микоси,
Рушит скалы белая волна.
Ты же никогда жалеть не будешь
О любви своей, любимая моя!
* Песня-клятва, где сравнение приводится в порядке противопоставления: скалы разбиваются, а твое сердце, твое чувство никогда не будет разбито — вот смысл песни. Рассматривается как клятва юноши своей возлюбленной, сомневающейся в его чувствах.
* Мыс Микоси в Камакура славится тем, что волны там бьются с такой силой, что разбивают даже камни (ТЯ). О том, что у мыса Микоси в Камакура обычно стремительные волны и течение разбивает камни, говорится и в “Сагами-фудоки” (ТЯ).
鎌倉の海に、鰹といふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この頃もてなすものなり。

Полосатый тунец, что водится близ Камакура, не имеет в этих краях себе равных; в наше время он весьма ценится.

右一首鎌倉<郡>上丁丸子連多麻呂

Песня Маруко Омаро из уезда Камакура
* Маруко Омаро — призывник 1-го разряда из уезда Камакура, имел звание мурадзи. В М. — одна его песня (см. п. 4321).
それも、鎌倉の年寄りの申し侍りしは、「この魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。

Однако камакурские старожилы говорят так: «Ещё в дни нашей молодости эту рыбу знатным людям не подавали,

あすは鎌倉へ入るべしといふなり。

Говорят, что завтра мы должны прибыть в Камакура.

麻可奈思美
佐祢尓和波由久
可麻久良能
美奈能瀬河泊尓
思保美都奈武賀
まかなしみ
さねにわはゆく
かまくらの
みなのせがはに
しほみつなむか
Всей душой жалея и любя,
Я спешу идти сейчас к тебе,
Но в Камакура когда я подойду
К переправе на реке Минаносэ,
Не нахлынет ли прилив на берега?
* Толкуется как песня юноши, сложенная по дороге к возлюбленной.
多伎木許流
可麻久良夜麻能
許太流木乎
麻都等奈我伊波婆
古非都追夜安良牟
たきぎこる
かまくらやまの
こだるきを
まつとながいはば
こひつつやあらむ
Серп, что режет на дрова
Ветки на горах Камакура,
Старые деревья ждёт.
Если скажешь: “Буду ждать тебя”,—
Буду жить, любя одну тебя!
* Предполагается, что это песня юноши, отправляющегося в путь в качестве пограничного стража (сакамори) и жалеющего о разлуке с милой. Перевод концовки сделан по ТЯ. В тексте комментария приводится близкая по содержанию песня из “Кокинсю”. О пограничных стражах см. комм. к п. 4321.
つひに十餘の日数をへて、鎌倉に下り着きし間、或は山館野亭の夜のとまり、或は海邊水流の幽なる砌にいたるごとに、目にたつ所々、心とまるふしぶしを書きおきて、忘れず忍ぶ人もあらば、おのづから後のかたみにもなれとてなり。



鎌倉にて望むことかなひけるによりて、御堂を造りけるより、人多く參るなんどぞいふなる。



この宿をもたちて鎌倉につく日の夕つかた、雨俄かに降りて、みかさもとりあへぬほどなり。



そもそも鎌倉の初めを申せば、故右大將家ときこえ給ふ、水の尾のみかどの九つの世のはつえを猛き人に受けたり。



十月二十三日の曉、すでに鎌倉をたちて都へ赴くに、宿の障子に書きつく。



鎌倉右大臣



敷島や
大和の国は
天地の
開け始めし
昔より
岩戸をあけて
おもしろき
神楽の言葉
歌ひてし
さればかしこき
ためしとて
ひじりの御世の
道しるく
人の心を
たねとして
よろづのわざを
言の葉に
鬼神までも
あはれとて
八州のほかの
四つの海
波も静かに
をさまりて
空吹く風も
やはらかに
枝も鳴らさず
降る雨も
時定まれば
君々の
みことのままに
したがひて
和歌の浦路の
もしほ草
かき集めたる
あと多く
それが中にも
名をとめて
三代までつぎし
人の子の
親のとりわき
ゆづりてし
そのまことさへ
ありながら
思へばいやし
信濃なる
そのははき木の
そのはらに
種をまきたる
とがとてや
世にも仕へよ
生ける世の
身を助けよと
契りおく
須磨と明石の
つづきなる
細川山野
山川の
わづかに命
かけひとて
伝ひし水の
水上も
せきとめられて
今はただ
陸にあがれる
魚のごと
かぢを絶えたる
舟のごと
寄るかたもなく
わびはつる
子を思ふとて
夜の鶴
泣く泣く都
出でしかど
身は数ならず
鎌倉の
世のまつりごと
しげければ
聞こえあげてし
言の葉も
枝にこもりて
梅の花
四年の春に
なりにけり
行くへも知らぬ
中空の
風にまかする
故郷は
軒端も荒れて
ささがにの
いかさまにかは
なりぬらむ
世々の跡ある
玉づさも
さて朽ち果てば
葦原の
道もすたれて
いかならむ
これを思へば
私の
嘆きのみかは
世のためも
つらきためしと
なりぬべし
行く先かけて
さまざまに
書き残されし
筆の跡
かへすがへすも
いつはりと
思はましかば
ことわりを
ただすの森の
ゆふしでに
やよやいささか
かけて問へ
みだりがはしき
末の世に
麻はあとなく
なりぬとか
いさめおきしを
忘れずは
ゆがめることを
また誰か
ひき直すべき
とばかりに
身をかへりみず
頼むぞよ
その世を聞けば
さてもさは
残るよもぎと
かこちてし
人のなさけも
かかりけり
同じ播磨の
境とて
一つ流れを
汲みしかば
野中の清水
よどむとも
もとの心に
まかせつつ
とどこほりなき
水茎の
跡さへあらば
いとどしく
鶴が岡べの
朝日影
八千代の光
さしそへて
明らけき世の
なほも栄えむ
しきしまや
やまとのくには
あめつちの
あけはじめし
むかしより
いはとをあけて
おもしろき
かぐらのことは
うたひてし
さればかしこき
ためしとて
ひじりのみよの
みちしるく
ひとのこころを
たねとして
よろづのわざを
ことのはに
おにがみまでも
あはれとて
八州のほかの
よつのうみ
なみもしづかかに
をさまりて
そらふくかぜも
やはらかに
えだもならさず
ふるあめも
ときさだまれば
きみ々の
みことのままに
したがひて
わかのうらぢの
もしほくさ
かきあつめたる
あとおほく
それがなかにも
なをとめて
みよまでつぎし
ひとのねの
おやのとりわき
ゆづりてし
そのまことさへ
ありながら
おもへばいやし
しなのなる
そのははきこの
そのはらに
たねをまきたる
とがとてや
よにもつかへよ
いけるよの
みをたすけよと
ちぎりおく
すまとあかしの
つづきなる
ほそかはやまの
やまかはの
わづかにいのち
かけひとて
つたひしみづの
みなかみも
せきとめられて
いまはただ
陸にあがれる
いをのごと
かぢをたえたる
ふねのごと
よるかたもなく
わびはつる
ねをおもふとて
よのつる
なくなくみやこ
いでしかど
みはかずならず
かまくらの
よのまつりごと
しげければ
きこえあげてし
ことのはも
えだにこもりて
うめのはな
よとしのはるに
なりにけり
ゆくへもしらぬ
なかそらの
かぜにまかする
ふるさとは
のきはもあれて
ささがにの
いかさまにかは
なりぬらむ
よよのあとある
たまづさも
さてくちはてば
あしはらの
みちもすたれて
いかならむ
これをおもへば
私の
なげきのみかは
よのためも
つらきためしと
なりぬべし
ゆくさきかけて
さまざまに
かきのこされし
ふでのあと
かへすがへすも
いつはりと
おもはましかば
ことわりを
ただすのもりの
ゆふしでに
やよやいささか
かけてとへ
みだりがはしき
すゑのよに
あさはあとなく
なりぬとか
いさめおきしを
わすれずは
ゆがめることを
またたれか
ひき直すべき
とばかりに
みをかへりみず
たのむぞよ
そのよをきけば
さてもさは
のこるよもぎと
かこちてし
ひとのなさけも
かかりけり
おなじはりまの
さかひとて
ひとつながれを
くみしかば
のなかのしみづ
よどむとも
もとのこころに
まかせつつ
とどこほりなき
みづぐきの
あとさへあらば
いとどしく
つるがをかべの
あさひかげ
やちよのひかり
さしそへて
あきらけきよの
なほもさかえむ


御堂など朽ち荒れにけるにや、かりそめなる草の庵のうちに、雨露もたまらず、年月を送るほどに、一とせ望むことありて鎌倉へくだる筑紫人ありけり。



はじめの春の心を

鎌倉右大臣実朝



鎌倉右大臣実朝



冬の歌中に

鎌倉右大臣



題不知

鎌倉右大臣



題不知

鎌倉右大臣



題しらす

鎌倉右大臣



寄鹿恋といへるこゝろを

鎌倉右大臣



宮柱
ふとしきたてゝ
よろつ代に
今そさかへん
かまくらの里
みやはしら
ふとしきたてて
よろつよに
いまそさかへん
かまくらのさと


はじめの春の心を

鎌倉右大臣実朝



鎌倉右大臣実朝



鎌倉右大臣実朝



鹿歌とて

鎌倉右大臣



冬の歌中に

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



おなし心を

鎌倉右大臣



恋歌中に

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



箱根にまうつとて

鎌倉右大臣



祝の歌に

鎌倉右大臣



題不知

鎌倉右大臣



題不知

鎌倉右大臣



題しらす

鎌倉右大臣



旅の歌の中に

鎌倉右大臣



寄鹿恋といへるこゝろを

鎌倉右大臣



冬歌の中に

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



恋の歌中に

鎌倉右大臣



若菜の歌とてよめる

鎌倉右大臣



秋歌中に

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



七月一日のあしたよみ侍ける

鎌倉右大臣



月歌の中に

鎌倉右大臣



山雪と云ことを

鎌倉右大臣



題しらす

鎌倉右大臣



春歌の中に

鎌倉右大臣

Среди песен весны

Левый министр Камакура

きゝすを

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



おなし心を

鎌倉右大臣



題しらす

鎌倉右大臣



鎌倉右大臣



鎌倉右大臣梅の枝を折て、たれにかみせんとてつかはして侍ける返事に

信生法師



二条院讃岐伊勢国にしる所侍けるに、わつらひあるによりて鎌倉右大臣にうれへんとてあつまにくたり侍けるに、ほいのことくなりて帰りのほり侍けれは申つかはしける

善信法師