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堀河院御時、鳥羽殿に行幸の日、池上花といへる心をよみ侍りける

権中納言俊忠
堀河院御時、鳥羽殿に行幸の日、池上花といへる心をよみ侍りける

権中納言俊忠
Тоситада

鳥羽の作道は、鳥羽殿建てられて後の号にはあらず。昔よりの名なり。

Дорога Тоба получила свое название не после того, как был построен дворец Тоба.

鳥羽殿にて人々歌つかうまつりけるに卯のはなの心をよめる

春宮大夫公實

Когда люди во дворце Тоба сочиняли стихи, одно из них об унохана

Управитель Весенней пагоды Киндзанэ

鳥羽殿の歌合に郭公をよめる

修理大夫顯季

О кукушке на поэтическом состязании во дворце Тоба

Акисуэ

鳥羽殿にて、旅宿時雨といふことを

後白河院御歌
鳥羽殿にて、旅宿時雨といふことを

後白河院御歌
Госиракава-но ин

鳥羽殿にて花の散りがたなるを御覧じて、後三条内大臣(藤原公教)に給はせける

鳥羽院御歌
鳥羽殿にて花の散りがたなるを御覧じて、後三条内大臣(藤原公教)に給はせける

鳥羽院御歌
Тоба-но ин

これも今は昔、白河法皇、鳥羽殿におはしましける時、北面の者どもに、受領の国へ下るまねさせて、御覧あるべしとて、玄審頭久孝といふ者をなして、衣冠に衣出して、その外の五位どもをば前駆せさせ、衛府どもをば、胡録負ひにして御覧あるべしとして、おのおの錦、唐綾を着て、劣らじとしけるに、左衛門尉字源行遠、心殊に出で立ちて、「人にかねて見えなば、めなれぬべし」とて、御前近かりける人の家に入り居て、従者を呼びて、「やうれ、御前の辺にて見て来」と、見て参らせてけり。



鳥羽殿におはしましけるころ、常見花といへる心ををのこともつかうまつりけるついてに、よませ給うける

白河院御製
鳥羽殿におはしましけるころ、常見花といへる心ををのこともつかうまつりけるついてに、よませ給うける

白河院御製


みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、池上花といへるこころをよませ給うける

院御製
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、池上花といへるこころをよませ給うける

院御製


白河院鳥羽殿におはしましける時、をのことも歌合し侍りけるに、卯花をよめる

藤原季通朝臣
白河院鳥羽殿におはしましける時、をのことも歌合し侍りけるに、卯花をよめる

藤原季通朝臣
Фудзивара Суэмити

みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

院御製
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

院御製


みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

後三条内大臣
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

後三条内大臣


みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

皇太后宮大夫俊成
みこにおはしましける時、鳥羽殿にわたらせ給ひけるころ、八条院内親王と申しける時、かの御かたにて竹遐年友といへるこころを講せられけるに、よませ給うける

皇太后宮大夫俊成
Сюндзэй

白河院鳥羽殿におはしましける時、松契遐年といへる心をよめる

源俊頼朝臣
白河院鳥羽殿におはしましける時、松契遐年といへる心をよめる

源俊頼朝臣
Во времена, когда император Сиракава находился во дворце Тоба, сложил о древних соснах

Минамото Тосиёри

白河院、鳥羽殿にて前栽あはせせさせ給ひけるによめる

周防内侍

Суо-но найси

鳥羽殿にて旅宿月といへる事をよめる

春宮大夫公實

Сложил во дворце Тоба о луне во время сна в пути

Киндзанэ

寛治八年八月十五夜鳥羽殿にて池上翫月といへることをよませ給ひける

院御製

Сложено в восьмом месяце восьмого года кандзи на пятнадцатую ночь, во дворце Тоба о луне над прудом

Государь-инок [Сиракава]
??
鳥羽殿の前栽合に女郎花のこゝろをよめる

春宮大夫公實

Киндзанэ

鳥羽殿の前栽合に菊をよめる

修理大夫顯季

Акисуэ

嘉承二年三月鳥羽殿の行幸に池上花といへる事をよませ給ひける

堀河院御製

Государь Хорикава

鳥羽殿の歌合にこひの心をよめる

藤原仲實朝臣

На поэтическом состязании во дворце Тоба о любви

Фудзивара Накадзанэ

同じ御時鳥羽殿に行幸の日池上花といへる心をよませ給ひけるに

中納言實隆



白河院鳥羽殿におはしましけるに田家秋興といへる心ををのこども仕うまつりけるに

權中納言宗通



建仁二年鳥羽殿にて池上松風といふ事をはじめて講ぜられけるに

後京極攝政前太政大臣



寳治二年鳥羽殿にて、池上松といへる心を

冷泉太政大臣

Находясь во дворце Тоба во втором году ходзи, о соснах над прудом

寛治八年鳥羽殿にて翫池上月といへる心を

權中納言俊忠

Тоситада