建仁元年三月歌合に、山家秋月といふことをよみ侍りし
建仁元年三月歌合に、山家秋月といふことをよみ侍りし
建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を
土御門内大臣
建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を
土御門内大臣(源通親)
建仁元年八月歌合に、久戀
入道前太政大臣
На поэтическом состязании в первом году кэннин, о давней любви
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建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふことを
権中納言公経
建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふことを
権中納言公経
建仁元年三月歌合に、雨後郭公といへる心を
二条院讃岐
建仁元年三月歌合に、雨後郭公といへる心を
二条院讃岐
建仁三年正月松有春色といへる心ををのこどもつかうまつりにけるに
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に月前松風といへる事を
皇太后宮大夫俊成
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、田家見月
前中納言定家
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、深山曉月
皇太后宮大夫俊成女
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、月前擣衣
前中納言定家
建仁二年鳥羽殿にて池上松風といふ事をはじめて講ぜられけるに
後京極攝政前太政大臣
建仁三年和歌所にて釋阿に九十の賀給はせける時の屏風の歌に
後京極攝政前太政大臣
建仁三年十一月和歌所にて釋阿の九十賀たまはせける時よみ侍りける
前中納言定家
建仁元年五十首の歌奉りけるに、寄雲戀
前中納言定家
建仁二年戀の十首の歌合に、夏戀
皇太后宮大夫俊成女
建仁二年戀の十五首の歌合に、古郷戀
後京極攝政前太政大臣
建仁元年太神宮へ奉られける百首の御歌の中に
後鳥羽院御歌
建仁元年三月、歌合に嵐吹寒草と云ふ事を
前中納言定家
建仁元年三月、歌合に、雪似白雲と云ふ事を
後鳥羽院御歌
建仁元年五十首の歌に、初春待花
後京極攝政前太政大臣
建仁三年、仙洞の十首の歌合に、河月似氷といふ事を
後京極攝政前太政大臣
建仁三年十一月和歌所にて九十の賀給はりける時仕うまつりける
皇太后宮大夫俊成
建仁三年、影供歌合に、雨後聞蝉と云ふ事を
皇太后宮大夫俊成女
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、河月似氷といへることを
嘉陽門院越前
建仁二年、鳥羽院殿にて、池上松風といふことをはしめて講せられけるに
源具親朝臣
建仁三年、和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、銀の杖の竹の葉にかき付へき歌めされけるに
大蔵卿有家
建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふ事を
前中納言定家
建仁三年和歌所三首歌合に、羇中暮といふ心△を
西園寺入道前太政大臣
建仁元年三月尽日撰歌合に、遇不逢恋
後京極摂政前太政大臣
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、河月似氷といへることを
嘉陽門院越前
建仁二年、鳥羽院殿にて、池上松風といふことをはしめて講せられけるに
源具親朝臣
建仁三年、和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、銀の杖の竹の葉にかき付へき歌めされけるに
大蔵卿有家
建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふ事を
前中納言定家
建仁三年和歌所三首歌合に、羇中暮といふ心△を
西園寺入道前太政大臣
建仁元年三月尽日撰歌合に、遇不逢恋
後京極摂政前太政大臣
建仁元年五十首歌たてまつりける時
後京極摂政前太政大臣
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、深山暁月といへる事を
大蔵卿有家
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、月多秋友
後京極摂政前太政大臣
建仁二年三月、和歌所にて六首歌めしける時、春歌
従二位家隆
建仁三年、和歌所にて、尺阿に九十賀給はせける時の屏風に
皇太后宮大夫俊成女
建仁元年五十首歌奉ける時、寄風恋
皇太后宮大夫俊成女
建仁三年、和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時よませ給ける
後鳥羽院御製
建仁三年、和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
前中納言定家
建仁元年、後鳥羽院に五十首歌奉ける時、故郷花を
宮内卿
建仁元年二月、後鳥羽院に五十首歌奉ける時
参議雅経
建仁元年影供歌合に、山家暮春といへることをよませ給ける
後鳥羽院御製
建仁元年八月十五夜撰歌合に、湖上月明と云心を
参議雅経
建仁元年撰歌合に、河月似氷といへる事を
皇太后宮大夫俊成
建仁元年三月尽歌合に、湖上暁霧といふ事をよませ給うける
後鳥羽院御製
建仁元年十二月、鳥羽院に五十首歌奉りける時、寄草恋
後京極摂政前太政大臣
建仁元年八月十五夜撰歌合に、海辺秋月
嘉陽門院越前
建仁元年二月、後鳥羽院に五十首歌奉ける時
参議雅経
建仁元年八月十五夜歌合に、野月露冷といへる事を
後京極摂政前太政大臣
建仁元年八月十五夜歌合に、古寺残月といへる事を
皇太后宮大夫俊成
建仁三年京極殿にて、松有春色と云事を講せられ侍けるに
六条入道前太政大臣
建仁二年九月十三夜、水無瀬殿恋十五首歌合に、暮恋と云ことを
前中納言定家