Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
後朱雀院かくれ給ひて、源三位がもとにつかはしける

弁乳母(順時女明子)
後朱雀院かくれ給ひて、源三位がもとにつかはしける

弁乳母(順時女明子)
Когда скончался государь-инок Госудзаку, сложила и послала его кормилице Гэн-но Самми

Бэн-но мэното
* Автор песни — кормилица супруги (кого) императора.
麗景殿女御参りて後、雨降り侍りける日、梅壺女御に

後朱雀院御歌
麗景殿女御参りて後、雨降り侍りける日、梅壺女御に

後朱雀院御歌
После того как побывала у него госпожа из Дворца красот природы, назавтра пошел дождь, и тогда послал госпоже из Грушевого павильона

Госудзаку-но ин

またつかはしける

後朱雀院御歌
またつかはしける

後朱雀院御歌
Госудзаку-но ин

これも今は昔、後朱雀院、例ならぬ御事、大事におはしましける時、後生の事、恐れ思し召しけり。



後朱雀院御時、長久二年五月一品内親王の歌合に、花たちはなをよめる

枇杷殿皇太后宮五節
後朱雀院御時、長久二年五月一品内親王の歌合に、花たちはなをよめる

枇杷殿皇太后宮五節


上東門院、高陽院におはしましけるに、行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて

後朱雀院御歌
上東門院、高陽院におはしましけるに、行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて

後朱雀院御歌
Госудзаку-но ин

東宮と申しける時故内侍のかみのもとにはじめてつかはしける

後朱雀院御製

Го-Судзаку-ин

後朱雀院の御時月のあかゝりける夜うへにのぼらせ給ひていかなる事かまうさせ給ひけむ

陽明門院



後朱雀院の御時祐子内親王藤壺にかはらず住み侍りけるに月くまなき夜女房昔思ひいでゝながめ侍りける程梅壷の女御まうのぼり侍りけるおとなひをよそにきゝ侍りて

菅原孝標女

дочь Сугавара Такасуэ

陽明門院皇后宮と申しける時久しく内に參らせ給はざりければ五月五日うちよりたてまつらせ給ひける

後朱雀院御製

Император Го-Судзаку

後朱雀院の御時うへのをのこども大井川に罷りて紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに中將に侍りける時

右近大將通房



後朱雀院の御時御前にて霧藏紅葉といへる事をよめる

前中納言資仲

Сукэнака

後朱雀院隱れさせ給ひて後白河殿にかき籠らせ給ひて月日の行くもしらせ給はざりけるに今日は七月七日と人の申しける事を聞かせ給ひて

上東門院



後一条院・後朱雀院、まだ宮たちにて幼なくおはしましけるとき、祭見せ奉らせ給ひけるに、御座敷の前過ぎさせ給ふほど、殿の御膝にふたところながら据ゑ奉らせ給ひて、「この宮たち見奉らせ給へ」と申させ給へば、御輿の帷子より赤色の御扇のつまをこそさし出ださせ給ひたりけれ。


後一条院=後一条天皇
後朱雀院=後朱雀天皇
御門、東宮ぞえおはしまさざりける。

Разве что государь и наследный принц не смогли прибыть.
御門=後一条天皇
東宮=敦良親王・後朱雀天皇
後朱雀院いまたみこの宮と申ける時、聞鹿声といへる心を人々よみ侍けるに

権大納言長家



後朱雀院むまれ給て御百日の夜、よませ給ける

一条院御歌



法成寺入道前摂政にはしめて御文たまはせたりける御返事に、君そみつくきなかれてはみん、とよみて奏し侍けれは、又つかはされける

後朱雀院御歌



雪のいとふりつもりて侍けるを山のかたにつくらせ給けるに、うへのをのことも歌つかうまつり侍けれはよませ給ける

後朱雀院御歌



後朱雀院御時、大嘗会御屏風歌

贈参議義忠



後朱雀院の御事を思召歎きて白川殿におはしましける比、四月許に御前の花はちりはてゝ青葉なる梢を御覧して

上東門院



後朱雀院の御時、中宮かくれさせ給うける御いみの比時雨のしける日、彼宮にさしをかせ侍ける

出羽弁



後朱雀院の御事の後、源三位、白河殿にさふらふと聞てつかはしける

弁乳母