Весна
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後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに

藤原資宗朝臣
後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに

藤原資宗朝臣
Сукэмунэ

後冷泉院幼くおはしましける時、卯杖の松を人の子にたばせ給ひけるに、よみ侍りける

大弐三位(藤原宣孝女賢子)
後冷泉院幼くおはしましける時、卯杖の松を人の子にたばせ給ひけるに、よみ侍りける

大弐三位(藤原宣孝女賢子)
Дайни Самми

後冷泉院御時、上のをのこども旅の歌よみ侍りけるに

左近中将隆綱
後冷泉院御時、上のをのこども旅の歌よみ侍りけるに

左近中将隆綱
Такацуна

大弐三位里にいで侍りにけるを聞こし召して

後冷泉院御歌
大弐三位里にいで侍りにけるを聞こし召して

後冷泉院御歌
Сложил, услыхав, что Дайни Самми уехала к себе в деревню

Горэйдзэй-но ин

後冷泉院御時、皇后宮に一品経供養せられける時、寿量品の心をよめる

藤原国房
後冷泉院御時、皇后宮に一品経供養せられける時、寿量品の心をよめる

藤原国房
Фудзивара Кунифуса

後冷泉院御時、九月十三夜月宴侍りけるに、よみ侍りける

大宮右大臣
後冷泉院御時、九月十三夜月宴侍りけるに、よみ侍りける

大宮右大臣


後冷泉院の御時、皇后宮の歌合によみ侍りける

大納言隆国
後冷泉院の御時、皇后宮の歌合によみ侍りける

大納言隆国
Дайнагон Такакуни

後冷泉院の御子の宮と申しける時、尋野花といへる心を

堀河右大臣
後冷泉院の御子の宮と申しける時、尋野花といへる心を

堀河右大臣
Ёримунэ

後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに

大納言忠家(藤原忠家)
後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに

大納言忠家(藤原忠家)
Тадаиэ

冷泉院はじめてつくらせ給ひて水などせきいれたるを御覧じてよませ給ひける

後冷泉院御製

Император Го-Рэйдзэй

七月七日二條院の御方に奉らせたまひける

後冷泉院御製

Император Го-Рэйдзэй

賀陽院におはしましける時石たて瀧落しなど志て御覽じける頃九月十三夜になりければ

後冷泉院御製

Император Го-Рэйдзэй

天喜四年四月晦日后の宮の歌合によませ給ひける

後冷泉院御製

Император Го-Рэйдзэй

天喜四年皇后宮の歌合に祝の心をよませ給うける

後冷泉院御製

Сложил благопожелание на поэтическом состязании во дворце государыни в четвёртом году тэнки

Государь Го-Рэйдзэй
1056 г.
後令泉院の御時歌合に山吹をよめる

前太宰大貳長房

На поэтическом состязании во времена правления императора Го-Рэйдзэй, о горных розах

Бывший дайни Дадзайфу Нагафуса

後冷泉院の御時皇后宮の春秋の歌合に七夕の心をよめる

土佐内侍

Сложено во времена правления императора Го-Рэйдзэй на поэтическом состязании о весне и осени во дворце императрицы

Тоса-найси

後冷泉院の御時殿上の歌合に月の心をよめる

大納言經信

Во времена императора Го-Рэйдзэй на поэтическом состязании во дворце, о луне

Дайнагон Цунэнобу

後冷泉院の御時皇后宮の歌合に駒迎のこゝろをよめる

藤原隆經

Сложил о встречных конях на поэтическом состязании во дворце императрицы во времена императора Го-Рэйдзэй

Фудзивара Такацунэ

後冷泉院の御時后の宮の歌合によめる

伊勢大

Не поэтическом состязании во дворце императрицы во времена императора Го-Рэйдзэй

Исэ-но Тайфу

後冷泉院みこの宮と申しける時二條院はじめてまゐりたまひけるを見たてまつる事やありけむよみ侍りける

出羽辨

Дэва-но бэн

後冷泉院の御時上東門院に御ゆきあらむとしけるをとゞまりて後うちより硯の箱の蓋に櫻の枝を入れて奉らせ給ひたりける御かへしにおほせ事にてよみ侍りける

上東門院中將



後冷泉院の御時殿上の逍遙に同じ心をよみ侍りける

中納言資綱



後冷泉院の御時皇后宮の歌合に櫻をよめる

堀河右大臣

Во времена императора Го-Рэйдзэй сложил на поэтическом состязании во дворце императрицы о сакуре

Правый министр Хорикава
* Фудзивара Ёримунэ?
さて、しばしありて、宇治殿、悩ませ給ふに、「老いさせ給ふけにこそは」と、人々思ひたるに、「御門、例ならずおはします」と聞こゆ。


御門=後冷泉天皇
日ごろのほどに、「御門、いたく悩ませ給ひて、騒ぐ」と聞くほどに、「失せさせ給ひぬ」と人々言ふ。夢のやうにあはれに侍りしものかな。



その八日、「御門、おりさせ給ふ」と、人々言ひ騒ぐにも、世さへ変る心地して、西のふたがる方なれば、死なむことなど思ひて、仁和寺より迎へに車おこせ給ひつるに、渡らむとするほどに、「肥前殿より」とて、文あり。
その八日、「御門、おりさせ給ふ」と、人々言ひ騒ぐにも、世さへ変る心地して、西のふたがるかたなれば、死なむことなど思ひて、仁和寺にわじより迎へに車おこせ給ひつるに、渡らむとするほどに、「肥前殿より」とて、文あり。

肥前殿=藤原定成
月前落花といふ事をよませ給うける

後冷泉院御製



一品宮と申ける時、後冷泉院春宮におはしましけるに、参らせ給て藤つほにすませ給ける比、上東門院内にまいらせ給へりけるに、ひんあしくて御対面なかりけれは聞えさせ給うける

二条院



後冷泉院位につかせ給にける年の三月、南殿の桜のさかりなるをみて読侍ける

出羽弁