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一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひなげき給ひて、夢にほのかにみえ給ひければ

上東門院
一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひなげき給ひて、夢にほのかにみえ給ひければ

上東門院
После кончины сына государя-инока Итидзё, тоскуя об умершем, как-то увидела его во сне. тогда и сложила

Дзётомонъин

帥の宮、一条院の御時の御作文に参らせ給ひしなどには、御前などにさるべき人多くて、いとこそめでたく参らせ給ふめりしか。



一条院かくれさせ給うての又のとし、かの院の花をみてよめる

源道済
一条院かくれさせ給うての又のとし、かの院の花をみてよめる

源道済
Минамото Митинари

一条院の第二皇子なり。

Он второй сын-наследник монаха-императора Итидзё:.

次の帝、一条院と申しき。

Следующего государя называли монахом-императором Итидзё:.

昔、一条院の御悩の折、仰せられけるは、

Когда-то давно монах-император Итидзё: во время болезни изволил говорить:

例ならぬこと重くなりて、御髪おろし給ひける日、上東門院、中宮と申しける時、つかはしける

一条院御歌
例ならぬこと重くなりて、御髪おろし給ひける日、上東門院、中宮と申しける時、つかはしける

一条院御歌
Итидзё-но ин

一條院の御時ならの八重櫻を人の奉りけるを其折御前に侍りければその花を題にて歌よめとおほせごとありければ

伊勢大輔

Было сложено по повелению государя Итидзё, когда в дар ему доставили из Нара махровые вишни.

Исэ-но Тайфу
* Во времена государя Итидзё
長保二年十二月に皇后宮うせさせ給ひてさうそうの夜雪の降りて侍りければよませたまうける

一條院御製

Император Итидзё

圓融院法皇うせさせ給ひて又の年の御はてのわざなどの頃にやありけむ、うちに侍りける御めのとの藤三位の局にくるみいろの紙に老い法師の手のまねをしてかきてさしいれさせ給ひける

一條院御製

Император Итидзё

春立ちける日承香殿の女御のもとへつかはしける

一條院御製

Император Итидзё

一条院御時、皇后宮五節たてまつられける時、たつの日かしつき十二人わらはしもつかへまてあをすりをなむきせられたりけるに、兵衛といふかあかひものとけたりけるを、これむすははやといふをききて、中将実方朝臣よりてつくろふとて、あし曳のやま井の水はこほれるをいかなるひものとくるなるらむ、といふをききて、返しによみ侍りける

皇后宮清少納言
一条院御時、皇后宮五節たてまつられける時、たつの日かしつき十二人わらはしもつかへまてあをすりをなむきせられたりけるに、兵衛といふかあかひものとけたりけるを、これむすははやといふをききて、中将実方朝臣よりてつくろふとて、あし曳のやま井の水はこほれるをいかなるひものとくるなるらむ、といふをききて、返しによみ侍りける

皇后宮清少納言
Сэй Сёнагон

このたびの東宮には式部卿の宮をとこそは思し召すべけれど、一条院の、「はかばかしき御後見なければ、東宮に当代を奉るなり」と仰せられしかば、これも同じ事なりと思し定めて、寛仁元年八月五日こそは、九つにて、三の宮、東宮に立たせ給ひて、同じ月の二十三日にこそは、壺切といふ太刀は、内より持て参りしか。

В точно таком же случае с наследным принцем, владельцем Восточного павильона, все думали о принце-главе ведомства церемоний сикибукё: [Ацуясу], а монах-император Итидзё: сказал:
— Не вижу у него надежных сподвижников, крепких духом, и потому наследным принцем станет нынешний [Го-Итидзё:].

一條院の御時はじめて松尾の行幸侍りけるにうたふべき歌つかうまつりけるに

源兼澄

Минамото Канэдзуми

一条院御時、皇后宮に清少納言はしめて侍りける比、三月はかり、二、三日まかてて侍りけるに、かの宮よりつかはされて侍りける

皇后宮定子
一条院御時、皇后宮に清少納言はしめて侍りける比、三月はかり、二、三日まかてて侍りけるに、かの宮よりつかはされて侍りける

皇后宮定子


上東門院にまゐりて侍りけるに、一条院の御ことなとおほしいてたる御けしきなりけるあしたに、たてまつりける

赤染衛門
上東門院にまゐりて侍りけるに、一条院の御ことなとおほしいてたる御けしきなりけるあしたに、たてまつりける

赤染衛門
Акадзомэ-эмон

一条院かくれさせ給ひけるとしの秋、月をみてよみ侍りける

承香殿女御
一条院かくれさせ給ひけるとしの秋、月をみてよみ侍りける

承香殿女御


一条院の御時とか、賀東聖といひける人、この定にして、第子一人あひ具して参る由、語り伝へたる跡を思ひけるにや。
一条院の御時とか、賀東聖といひける人、このぢやうにして、第子一人あひ具して参るよし、語り伝へたる跡を思ひけるにや。

一条天皇
一條院の御時皇后宮かくれ給ひて後御帳のかたびらの紐にむすびつけられたるふみを見つけたれば内にも御覽ぜさせよとおぼしがほに歌三つかきつけられたりけるなかに



一条院かくれさせ給にける年の秋、御はかに参りて哀なりし事なと一品脩子内親王のもとにて申とて読侍ける

式部大輔資業



一条院失させ給て後、常におはしましける所に月のさし入たるを御覧して

上東門院



雨夜思花といふことを、うへのをのこともつかうまつりけるついてに

一条院御歌



人に給はせける

一条院御歌



一条院の御事のゝち、上東門院枇杷とのへいて給うける日よみ侍ける

紫式部



後朱雀院むまれ給て御百日の夜、よませ給ける

一条院御歌