ある所に通ひ侍りけるを、朝光大将見かはして、夜一夜物語りして帰りて、またの日

右大将済時(藤原済時)
ある所に通ひ侍りけるを、朝光大将見かはして、夜一夜物語りして帰りて、またの日

右大将済時(藤原済時)
В ту пору посещал одну женщину и однажды застал у нее Асатэру Тайсё. Всю ночь они беседовали, а наутро, вернувшись домой, сложил и послал ему

Наритоки

返し

左大将朝光(藤原朝光)
返し

左大将朝光(藤原朝光)
Ответ

Асатэру

左大将朝光五節舞姫奉りけるかしづきを見てつかはしける

前大納言公任(藤原公任)
左大将朝光五節舞姫奉りけるかしづきを見てつかはしける

前大納言公任(藤原公任)
Сложена для придворной дамы, которую встретил на празднике с исполнением танцев юсэти, устроенном Фудзиварой Асатэру, старшим военачальником Левой личной гвардии государя

Кинто

女のもとに、物をだにいはむとてまかれりけるに、むなしくかへりて、朝に

左大将朝光(藤原朝光)
女のもとに、物をだにいはむとてまかれりけるに、むなしくかへりて、朝に

左大将朝光(藤原朝光)
Асатэру

左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに

馬内侍
左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに

馬内侍
Ума-но найси

御返し

左大将朝光(藤原朝光)
御返し

左大将朝光(藤原朝光)
Ответ

Асатэру

これはまた、閑院の大将朝光とぞ申しし。



その御心のなほ終りまでも忘れ給はざりけるにや、御病づきて失せ給ひける時、西にかき向け奉りて、「念仏申させ給へ」と、人々のすすめ奉りければ、「済時、朝光などもや極楽にはあらずむらむ」と仰せられけるこそあはれなれ。



朝光の朝臣隣に侍りけるに櫻のいたうちりければいひ遣はしける

伊勢

Исэ

ふつきのなぬかの夜、大納言朝光ものいひ侍りけるを、又の日心あるさまに人のいひ侍りけれは、つかはしける

小大君
ふつきのなぬかの夜、大納言朝光ものいひ侍りけるを、又の日心あるさまに人のいひ侍りけれは、つかはしける

小大君


左大将朝光ちかことふみをかきて、かはりおこせよとせめ侍りけれは、つかはしける

馬内侍
左大将朝光ちかことふみをかきて、かはりおこせよとせめ侍りけれは、つかはしける

馬内侍
Ума-но найси

円融院のうへ、うくひすとほとときすといつれかまさると申せとおほせられけれは

大納言朝光
円融院のうへ、うくひすとほとときすといつれかまさると申せとおほせられけれは

大納言朝光
Дайнагон Асатэру

三位国章、ちひさきうりを扇におきて、藤原かねのりにもたせて、大納言朝光か兵衛佐に侍りける時、つかはしたりけれは

三位国章
三位国章、ちひさきうりを扇におきて、藤原かねのりにもたせて、大納言朝光か兵衛佐に侍りける時、つかはしたりけれは

三位国章
Кунинори

返し

大納言朝光
返し

大納言朝光
Ответ

Асатэру

大納言朝光下らふに侍りける時、女のもとにしのひてまかりて

春宮女蔵人左近
大納言朝光下らふに侍りける時、女のもとにしのひてまかりて

春宮女蔵人左近


まかりかよふ所の雨のふりけれは

大納言朝光
まかりかよふ所の雨のふりけれは

大納言朝光


大納言朝光かむすめの女御、まかりかくれにけることをきき侍りて、つくしよりとひにおこせて侍りけるころ、子馬助ちかしけかなくなりて侍りけれは

藤原共政朝臣妻
大納言朝光かむすめの女御、まかりかくれにけることをきき侍りて、つくしよりとひにおこせて侍りけるころ、子馬助ちかしけかなくなりて侍りけれは

藤原共政朝臣妻


返し

大納言朝光
返し

大納言朝光