和歌所にて、関路鶯といふことを
太上天皇
和歌所にて、関路鶯といふことを
太上天皇
和歌所にて、春山月といふ心をよめる
越前
和歌所にて、春山月といふ心をよめる
越前
和歌所にて歌つかうまつりしに、春の歌とてよめる
寂蓮法師
和歌所にて歌つかうまつりしに、春の歌とてよめる
寂蓮法師
和歌所歌合に、羇旅花といふことを
藤原雅経
和歌所歌合に、羇旅花といふことを
藤原雅経
釈阿、和歌所にて九十賀し侍りし折、屏風に、山に桜咲きたる所を
太上天皇
釈阿、和歌所にて九十賀し侍りし折、屏風に、山に桜咲きたる所を
太上天皇
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和歌所歌合に、朝草花といふことを
左衛門督通光
和歌所歌合に、朝草花といふことを
左衛門督通光
和歌所歌合に、湖辺月といふことを
藤原家隆朝臣
和歌所歌合に、湖辺月といふことを
藤原家隆朝臣
八月十五夜和歌所歌合に、深山月といふことを
八月十五夜和歌所歌合に、深山月といふことを
八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふことを
宮内卿
八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふことを
宮内卿
和歌所の歌合に、海辺月を
藤原家隆朝臣
和歌所の歌合に、海辺月を
藤原家隆朝臣
元久元年八月十五夜、和歌所にて、田家見月といふことを
前太政大臣
元久元年八月十五夜、和歌所にて、田家見月といふことを
前太政大臣
和歌所歌合に、田家月といふことを
前大僧正慈円
和歌所歌合に、田家月といふことを
前大僧正慈円
和歌所にて、をのこども歌よみ侍りしに、夕鹿といふことを
藤原家隆朝臣
和歌所にて、をのこども歌よみ侍りしに、夕鹿といふことを
藤原家隆朝臣
和歌所歌合に、月のもとに衣うつといふことを
摂政太政大臣
和歌所歌合に、月のもとに衣うつといふことを
摂政太政大臣
和歌所にて六首歌つかうまつりし時、秋歌
前大僧正慈円
和歌所にて六首歌つかうまつりし時、秋歌
前大僧正慈円
和歌所にて六首の歌奉りしに、冬の歌
藤原家隆朝臣
和歌所にて六首の歌奉りしに、冬の歌
藤原家隆朝臣
八月十五夜、和歌所歌合に、月多秋友といふことをよみ侍りし
寂蓮法師
八月十五夜、和歌所歌合に、月多秋友といふことをよみ侍りし
寂蓮法師
和歌所の開闔になりて初めて参り日、奏し侍りし
源家長
和歌所の開闔になりて初めて参り日、奏し侍りし
源家長
和歌所の月十首歌合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうまつりしに
摂政太政大臣(藤原良経)
和歌所の月十首歌合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうまつりしに
摂政太政大臣(藤原良経)
和歌所の歌合に、羇中暮といふことを
皇太后宮大夫俊成女
和歌所の歌合に、羇中暮といふことを
皇太后宮大夫俊成女
(和歌所の歌合に、羇中暮といふことを)
藤原秀能
(和歌所の歌合に、羇中暮といふことを)
藤原秀能
和歌所にてをのこども、旅の歌つかうまつりしに
藤原定家朝臣
和歌所にてをのこども、旅の歌つかうまつりしに
藤原定家朝臣
和歌所歌合に、久忍恋といふことを
摂政太政大臣
和歌所歌合に、久忍恋といふことを
摂政太政大臣
和歌所歌合に、忍恋をよめる
摂政太政大臣
和歌所歌合に、忍恋をよめる
摂政太政大臣
和歌所歌合に、忍恋の心を
藤原雅経
和歌所歌合に、忍恋の心を
藤原雅経
和歌所歌合に、依忍増恋といふことを
春宮権大夫公継(藤原公継)
和歌所歌合に、依忍増恋といふことを
春宮権大夫公継(藤原公継)
八月十五夜和歌所にて、月前恋といふことを
摂政太政大臣
八月十五夜和歌所にて、月前恋といふことを
摂政太政大臣
和歌所にて歌合侍りしに、逢不会恋の心を
寂蓮法師
和歌所にて歌合侍りしに、逢不会恋の心を
寂蓮法師
和歌所の歌合に、深山恋といふことを
藤原家隆朝臣
和歌所の歌合に、深山恋といふことを
藤原家隆朝臣
(和歌所の歌合に、深山恋といふことを)
藤原秀能
(和歌所の歌合に、深山恋といふことを)
藤原秀能
和歌所歌合に、遇不逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
和歌所歌合に、遇不逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
八月十五夜、和歌所にてをのこども、歌つかうまつりしに
民部卿範光(藤原範光)
八月十五夜、和歌所にてをのこども、歌つかうまつりしに
民部卿範光(藤原範光)
Сложил, когда придворные собрались в Вакадокоро в ночь на 15 августа
Норимицу
和歌所歌合に、湖上月明といふことを
宜秋門院丹後
和歌所歌合に、湖上月明といふことを
宜秋門院丹後
和歌所歌合に、深山暁月といふ事を
鴨長明
和歌所歌合に、深山暁月といふ事を
鴨長明
和歌所歌合に、海辺月といふことを
前大僧正慈円
和歌所歌合に、海辺月といふことを
前大僧正慈円
和歌所歌合に、関路秋風といふことを
摂政太政大臣
和歌所歌合に、関路秋風といふことを
摂政太政大臣
和歌所にて、述懐の心を
(慈円)
和歌所にて、述懐の心を
(慈円)
和歌所の歌合に海邊秋月といへる心をよみ侍りける
小侍從
Сложено на поэтическом соревновании в Вакадокоро на тему осенней луны на побережье
Кодзидзю
和歌所にて皇太后宮大夫俊成に九十の賀給はせける時
後京極攝政前太政大臣
和歌所にて、釈阿に九十の賀たまはせける時の屏風に
後京極摂政前太政大臣良経
和歌所にて、釈阿に九十の賀たまはせける時の屏風に
後京極摂政前太政大臣良経
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、河月似氷といへることを
嘉陽門院越前
元久二年冬、月あかゝりける夜、和歌所のをのことも伴て大井河にまかりて、河辺寒月といふことを読侍ける
藤原清範
和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
後京極摂政前太政大臣
建永元年八月十五夜、鳥羽殿に御幸ありて、御舟にて御あそひなと有ける月の夜、和歌所のをのこともまいれりけるよしきこしめして、いたさせ給うける
後鳥羽院御製
建仁三年、和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、銀の杖の竹の葉にかき付へき歌めされけるに
大蔵卿有家
建保三年六月二日和歌所歌合に、松経年
衣笠前内大臣
和歌所にて六首歌合侍けるに、旅泊聞鹿といふことを
皇太后宮大夫俊成
建仁三年和歌所三首歌合に、羇中暮といふ心△を
西園寺入道前太政大臣
建保三年六月和歌所の五首歌合に、松経年
権大納言忠信
和歌所にて、釈阿に九十の賀たまはせける時の屏風に
後京極摂政前太政大臣良経
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、河月似氷といへることを
嘉陽門院越前
元久二年冬、月あかゝりける夜、和歌所のをのことも伴て大井河にまかりて、河辺寒月といふことを読侍ける
藤原清範
和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
後京極摂政前太政大臣
建永元年八月十五夜、鳥羽殿に御幸ありて、御舟にて御あそひなと有ける月の夜、和歌所のをのこともまいれりけるよしきこしめして、いたさせ給うける
後鳥羽院御製
建仁三年、和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、銀の杖の竹の葉にかき付へき歌めされけるに
大蔵卿有家
建保三年六月二日和歌所歌合に、松経年
衣笠前内大臣
和歌所にて六首歌合侍けるに、旅泊聞鹿といふことを
皇太后宮大夫俊成
建仁三年和歌所三首歌合に、羇中暮といふ心△を
西園寺入道前太政大臣
建保三年六月和歌所の五首歌合に、松経年
権大納言忠信
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、屏風に
大蔵卿有家
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
後鳥羽院宮内卿
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
前大僧正慈鎮
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
参議雅経
和歌所にて尺阿に九十賀給はせける時、屏風に
参議雅経
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
後鳥羽院御製
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける屏風に
大蔵卿有家
和歌所にて六首歌奉りけるに、秋歌
後京極摂政前太政大臣
建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、深山暁月といへる事を
大蔵卿有家
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時、屏風に
後鳥羽院宮内卿
建仁元年八月十五夜和歌所の撰歌合に、月多秋友
後京極摂政前太政大臣
和歌所にて釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
宜秋門院丹後
建仁二年三月、和歌所にて六首歌めしける時、春歌
従二位家隆
建仁三年、和歌所にて、尺阿に九十賀給はせける時の屏風に
皇太后宮大夫俊成女
和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
宜秋門院丹後
和歌所にて、六首歌めされけるついてに、恋の歌とてよませ給ける
後鳥羽院御製
和歌所の寄人に、始てめしくはへられて侍ける比、読侍ける
惟宗光吉朝臣
建仁三年、和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時よませ給ける
後鳥羽院御製
建仁三年、和歌所にて、釈阿に九十賀給はせける時の屏風に
前中納言定家
承元々年正月和歌所にて、春松契齢といふ事を講せられけるついてによませ給うける
後鳥羽院御製
和歌所にて、松契多春といふ事を読侍しに
権中納言雅世
此集仰いたされし時、和歌所の開闔になさるゝよしうけたまはりて、つかうまつり侍し
権大僧都尭孝
和歌所にて釋阿に九十の賀給はせける時の屏風に
後鳥羽院宮内卿