Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
御子の宮と申しける時、大宰大弐実政、学士にて侍りける、甲斐守にてくだり侍りけるに、餞給はすとて

後三条院御歌
御子の宮と申しける時、大宰大弐実政、学士にて侍りける、甲斐守にてくだり侍りけるに、餞給はすとて

後三条院御歌
Сложил в бытность свою наследным принцем, провожая своего учителя китайской классики Фудзивару Санэмаса, назначенного губернатором провинции Каи

Госандзё-но ин

皇后宮みこの宮の女御と聞えける時里へまかり出でたまうにければそのつとめてさかぬ菊にさして御消息ありけるに

後三條院御製

Го-Сандзё-но ин

延久五年三月住吉にまゐらせ給ひてかへさによませたまひける

後三條院御製

Го-Сандзё-но ин

七月ばかりに若き女房月見に遊びありきける夜藏人公俊、新少納言が局に入りにけりと人々いひあひつゝわらひけるを九月つごもりがたにうへきこしめして御たゝうがみにかきつけさせ給ひける

後三條院御製

Го-Сандзё-но ин

命絶え入らむ折りを待つに、「院の御ご悩」とて騒ぐを、近ければ聞くに、前より、「御祓への使」とて、しげく行きちがふに、思ゆる、
命絶え入らむ折りを待つに、「院の御ごなう」とて騒ぐを、近ければ聞くに、前より、「御祓への使つかひ」とて、しげく行きちがふに、思ゆる、

院=後三条天皇
後三條院の御時、大甞會の備中國の歌

藤原經衡



後三条院かくれさせ給うて諒闇のころ、よみ侍りける

藤原顕綱朝臣
後三条院かくれさせ給うて諒闇のころ、よみ侍りける

藤原顕綱朝臣
Фудзивара Акицуна

御堂の中姫君、三条院の御時の后、皇太后宮と申したるが女房なり。大和の宣旨とも申しけり。世にいみじき色好みは本院の侍従・御荒の宣旨と申したる。侍従は、はるか昔の平中が世の人。この御形の宣旨は中ごろの人。されば、昔今の人を一手に具して申したるなり。

Придворная дама императрицы-супруги во время правления Сандзё: Ин, ныне — императрицы-матери. Ее также называли Ямато-но Сэндзи...
「御堂の中姫君」以下、底本二字下げ。注記の扱い。

御堂の中姫君=藤原妍子
平中=平貞文

(Перевод из "Мумё дзоси")
後三條院みこの宮と申しける時今上をさなくおはしけるにゆかりある事ありて見まゐらせければ鏡を見よとて給はせたりけるによみ侍りける

伊勢大輔

Исэ-но Тайфу

近くは後三条院の御時などをこそ、いみじきためしに申ぬるを、これは今少し情深く艶にやさしきかたさへ、すぐれさせ給へり。
近くは後三条院の御時などをこそ、いみじきためしに申ぬるを、これは今少しなさけ深くえんにやさしきかたさへ、すぐれさせ給へり。

後三条天皇
と申て侍けれは

後三条院御製



後三条院、住吉に御幸有ける日、よみ侍ける

太宰権帥伊房〈于時参木〉



後三条院御いみにこもりて、中納言資綱もとにつかはしける

権僧正静円



暮春のこゝろをよませ給ける

後三条院御歌



行路霧といふことをよませ給ける

後三条院御歌