弘長元年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、春雪
前大納言爲家
弘長元年百首の歌奉りける時、花
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、同じ心を
前大納言爲氏
弘長元年百首の歌奉りける時、薄
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、不逢戀
常磐井入道前太政大臣
弘長三年内裏の百首の歌奉りける時、寄戸戀
前大納言資季
Прежний старший советник Сукэсуэ
弘長三年内裏の百首の歌奉りける時、寄水戀
近衞關白左大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、おなじ心を
從二位行家
弘長元年百首の歌奉りける時、山
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、花
前大納言爲家
Когда слагали сто песен в первом году котё, о цветах сакуры
Бывший дайнагон Тамэиэ
弘長元年百首の歌奉りし時、おなじこゝろを
前大納言爲氏
弘長元年百首の歌奉りし時、おなじ心を
前大納言爲氏
弘長元年百首の歌奉りける時、霞を
常磐井入道前太政大臣
Когда слагали сто песен в первом году котё, о туманной дымке
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、おなじ心を
前大納言爲氏
Когда слагали сто песен во дворце в третьем году котё, о том же
Бывший дайнагон Тамэудзи
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、庭上落花
權中納言經平
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、春月を
前大納言爲氏
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、杜蝉
前大納言爲氏
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、七夕を
權中納言經平
弘長元年百首の歌奉りける時、荻
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、紅葉を
常磐井入道前太政大臣
弘長元年十二月内裏の三首の歌に、河氷
後花山院入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、露
常磐井入道前太政大臣
弘長三年二月龜山殿に行幸ありて花契遐年と云ふ事を講ぜられけるに序を奉りて
山階入道左大臣
弘長三年九月十三夜内裏の十首の歌奉りし時、月前祝
前大納言爲氏
弘長元年百首の歌奉りける時、おなじ心を
衣笠内大臣
弘長元年百首の歌奉りし時、不逢戀
常磐井入道前太政大臣
弘長三年内裏に百首の歌奉りし時、寄池戀
前大納言爲氏
弘長三年九月十三夜十首の歌めされしついでに月前別戀といへる心を
太上天皇
弘長元年百首の歌奉りける時、曉別戀
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、逢不遇戀といへる心を
常磐井入道前太政大臣
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、寄草戀
近衛關白左大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、逢不會戀
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、關
常磐井入道前太政大臣
Когда слагали сто песен в первом году котё, о заставе
弘長三年内裏の百首の歌奉りし時、山家夢
近衛關白左大臣
弘長元年百首の歌奉りし時、おなじ心を
常磐井入道前太政大臣
弘長三年内裏にて名所松と云ふ事を人々つかうまつりけるに
前大納言良教
弘長の内裏の百首の歌奉りける時、沼螢
前大納言爲氏
Во времена сложения ста песен во дворце в эпоху котё
Бывший старший советник Тамэудзи
弘長元年後嵯峨院に百首の歌奉りける時
前大納言爲家
弘長三年内裏に百首の歌奉りける時、歸雁
前大納言良教
弘長元年百首の歌奉りける時、同じ心を
前大納言爲氏
弘長二年龜山院に十首の歌奉りける時、野時鳥
山階入道左大臣
弘長三年内裏の百首の歌奉りける時、夏曉月
前大納言爲氏
弘長三年九月盡日内裏にて三首の歌講ぜられける時、同じ心を
權中納言公雄
弘長の内裏の百首の歌奉りける時寄水戀
前大納言爲氏
弘長の内裏の百首の歌奉りける時、寄月戀
前大納言良教
弘長二年、嵯峨にて十首の歌講ぜられけるついでに、河落葉
後嵯峨院御歌
弘長元年百首の歌奉りける時、三月盡
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、同じ心を
常磐井入道前太政大臣
弘長二年十首歌講し侍しに、静見花といふことを
太上天皇
弘長元年百首歌たてまつりけるに、花を
前大納言為家
弘長二年亀山仙洞にて人々十五首の歌読侍しに、朝寒芦
太上天皇
弘長三年十二月、内裏にて三首歌講せられけるに、おなし心を
中納言為氏
弘長二年亀山仙洞にて、人々に十首歌よませ侍しに
前関白左大臣
弘長元年六月、亀山の仙洞にて如法写経し侍し時、十種供養の散花、従一位貞子調して奉りしむすひ花に
入道前太政大臣
弘長二年、勅撰の事おほせられて後、十首歌講し侍しに、海辺月を
弘長三年二月、亀山仙洞に行幸ありて、花契遐年といふことを講せられし時
今上御歌
弘長二年十首歌講し侍しに、静見花といふことを
太上天皇
弘長元年百首歌たてまつりけるに、花を
前大納言為家
弘長二年亀山仙洞にて人々十五首の歌読侍しに、朝寒芦
太上天皇
弘長三年十二月、内裏にて三首歌講せられけるに、おなし心を
中納言為氏
弘長二年亀山仙洞にて、人々に十首歌よませ侍しに
前関白左大臣
弘長元年六月、亀山の仙洞にて如法写経し侍し時、十種供養の散花、従一位貞子調して奉りしむすひ花に
入道前太政大臣
弘長二年、勅撰の事おほせられて後、十首歌講し侍しに、海辺月を
弘長三年二月、亀山仙洞に行幸ありて、花契遐年といふことを講せられし時
今上御歌
弘長元年後嵯峨院に百首歌奉りける時、おなし心を
常盤井入道前太政大臣
弘長百首歌たてまつりける時、おなし心を
前大納言為家
弘長三年内裏に百首歌奉りける時、雪朝
前大納言為氏
弘長三年内裏百首歌奉りける時、寄杜恋
前大納言為氏
弘長元年百首歌奉りける時、不逢恋
常盤井入道前太政大臣
弘長三年内裏百首歌奉りけるに、寄鏡恋
前大納言為氏
弘長二年、後嵯峨院に人々十首歌奉りける時、山紅葉を
前大納言為家
弘長三年五月廿二日、後嵯峨院に三首歌講せられける時、寄郭公恋といへる事を
前右兵衛督為教
弘長元年、後嵯峨院に百首歌奉りけるに
後九条前内大臣
弘長元年百首歌奉ける時、後朝恋を
常磐井入道前太政大臣
弘長三年九月十三夜、内裏十首歌の中に、月前旅行
従二位行家
弘長百首歌に不逢恋といふ事を
常盤井入道前太政大臣
年久しくこもりゐて後、弘長元年又関白詔かうふりてよみ侍ける
普光園入道前関白左大臣