大鏡 > 上巻 六十四代 円融院 守平 (ШЕСТЬДЕСЯТ ЧЕТВЕРТОЕ ПРАВЛЕНИЕ [ИМПЕРАТОР ЭНЪЮ])
女十宮うみ奉り給ふたび、かくれさせ給へりし御嘆きこそ、いとかなしく承りしか。

что скорбь императора по поводу ее кончины, — а она скончалась, родив Десятую принцессу, — была беспредельна.

106. Десятая принцесса (964-1035) — Сэнси, десятая дочь императора Мураками и четвертая дочь императрицы Анси, жрица святилища Камо при пяти императорах с 975 по 1031 г., затем буддийская монахиня; известная поэтесса.
大鏡 > 上巻 六十四代 円融院 守平 (ШЕСТЬДЕСЯТ ЧЕТВЕРТОЕ ПРАВЛЕНИЕ [ИМПЕРАТОР ЭНЪЮ])
そのとどまりおはします女宮こそは、大斎院よ。

Принцесса, оставшаяся в живых после смерти матери, — это не кто иная, как Великая жрица святилища Камо дайсай-ин.

107. Великая жрица святилища Камо дайсай-ин — в начале IX в. возникает обычай посылать незамужнюю принцессу жрицей сай-ин в святилище Камо после восшествия на престол нового императора. Великая жрица дайсай-ин — прозвище принцессы Сэнси.
発心和歌集の歌、普門品 種々諸悪趣

選子内親王
発心和歌集の歌、普門品 種々諸悪趣

選子内親王
«Сколько мне еще блуждать среди скорби и зла?»

Сёкуси Найсино
*Сэнси?..
いふかしくおほされける人のむすめの、女房のつほねにゆかりありて、しのひてかたたかへにまゐりけるを、あかつきとくいてにけれは、つかはしける

選子内親王
いふかしくおほされける人のむすめの、女房のつほねにゆかりありて、しのひてかたたかへにまゐりけるを、あかつきとくいてにけれは、つかはしける

選子内親王


選子内親王に侍りける右近、のちの斎院にまゐりて御禊のいたしくるまにのるとききて、又の日つかはしける

大斎院中将
選子内親王に侍りける右近、のちの斎院にまゐりて御禊のいたしくるまにのるとききて、又の日つかはしける

大斎院中将


選子内親王いつきときこえける時正月三日上達部あまた參りて梅が枝といふ歌を歌ひて遊びけるに内よりかはらけ出すとてよみ侍りける

讀人志らず

Автор неизвестен

題志らず

選子内親王



選子内親王いつきときこえける時九月の十日あまりに曉ちかうなるまで人々眺むるにきし方行末も斯る夜はあらじなどいひてよみ侍りける

齋院中務



少納言なくなりて哀れなる事など歎きつゝおきたりける百和香をちひさきこにいれてせうと棟政の朝臣につかはしける

選子内親王



上東門院あまにならせ給ひけるころよみてきこえ侍りける

選子内親王



後一條院をさなくおはしましける時祭御覽じけるにいつきのわたり侍りけるをり入道前太政大臣いだきたてまつり侍りけるをみたてまつりてのちに太政大臣の許につかはしける

選子内親王



後一條院の御時賀茂の行幸侍りけるに上東門院御輿にのらせ給ひてむらさき野よりかへらせ給ひける又のあしたきこえさせ給ひける

選子内親王



同じ人の五節のわらはのかざみかしづきのからぎぬに青ずりを志て赤紐などつけたりけり。人々見侍りけるにあをき紙のはしにかきてむすびつけさせ侍りける

選子内親王



加茂のいつきときこえける時に西にむかひてよめる

選子内親王



選子内親王いつきにおはしましける時雪ふりたるに月のあかゝりける夜參りたりけれど女房達ねたりけるにや、月もみざりければ、殿上の御簾にむすびつけゝる歌

藤原兼房朝臣

Фудзивара Канэфуса

選子内親王いつきにおはしましける時女房にもの申さむとて忍びてまゐりたりけるにさぶらひどもいかなる人ぞなどあらくまうしてとはせ侍りければたゝうがみにかきておかせ侍りける

藤原惟規

Фудзивара Нобунори

八月ばかりに月あかゝりける夜あみだの聖のとほりけるを呼びよせてさとなる女房にいひ遣しける

選子内親王



九月月あかき夜よみ侍りける

選子内親王家宰相



發心和歌集の歌 般若心經

選子内親王



春のはじめ鶯のおそく鳴き侍りければ

選子内親王



年の暮に琴をかき鳴らして空も春めきぬるにやと侍りければ

選子内親王家宰相



返し

選子内親王

Ответ

Сёкуси Найсино

神無月の頃曉いたく霜さえければ里に出でたる人につかはしける

選子内親王

В месяц без богов, когда на рассвете было очень холодно, отправила человеку, который отбыл в деревню


* Девятый лунный месяц

* сато — куда-то вне столицы?..
* хито — любимый?
八日前栽の露置きたるを折りて法成寺入道前攝政のもとにつかはすとて

選子内親王



返し

選子内親王



月のくまなき夜詠み侍りける

選子内親王



大齋院の女房春秋の哀をあらそひ侍りけるに中將、春の曙は猶勝るなど申しけるが秋の頃山里に籠りゐて侍りけるに云ひ遣しける

選子内親王家中務



春立つ朝に詠める

選子内親王



今は昔、大斎院と申すは、村上の十の宮におはします。

В стародавние времена была десятая дочь государя Мураками, которую звали Великой жрицей.
校訂本文
大斎院=選子内親王
村上=村上天皇

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今は昔、紫式部、上東門院に歌読み優の者にて候ふに、大斎院より、春つ方、「つれづれに候ふに、さりぬべき物語や候ふ」と尋ね申させ給ひければ、御草子どもとり出ださせ給ひて、「いづれをか参らすべき」など、選り出ださせ給ふに、紫式部、「みな目慣れて候ふに、新しく作りて参らせさせ給ひつかし」と申しければ、「さらば、作れかし」と仰せられければ、源氏は作りて参らせたりけるとぞ。


上東門院=一条天皇中宮彰子
大斎院=選子内親王
今は昔、失せたる人とかくする煙を御覧じて、大斎院、
今は昔、失せたる人とかくするけぶりを御覧じて、大斎院、

大斎院=選子内親王
今は昔、女院、尼にならせ給ひける日、大斎院から御文あり。


女院=藤原彰子
大斎院=選子内親王
今昔、大斎院*と申すは、村上の天皇の御子に御ます。


* 選子内親王
今昔、大斎院*と申すは村上天皇の御子に御座す。


* 選子内親王
大斎院事 公任大納言屏風哥遅進事



小大君事 大斎院見荼毘煙給事



大斎院以女院御出家時被進和哥事



入道殿御仏事時大斎院被進和哥事



大斎院見荼毘煙給事



大斎院以女院御出家時被進和哥事



入道殿御仏事時大斎院被進和哥事



斎院より御文あり。