Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
建保六年内裏の歌合、秋の歌

八條院高倉

Хатидзё-но ин-но Такакура

建保三年五月の歌合に曉時雨といへる心をよみ侍りける

權大納言忠信

Таданобу

建保六年内裏の歌合に、戀の歌

權大納言忠信

Таданобу

建保六年内裏の歌合、秋の歌



建保二年秋の歌奉りけるに

内大臣

Министр двора

件笛幸精進上当今建保三年也。



建保六年内裏の歌合に、春の歌

入道前太政大臣



建保六年内裏の歌合、夏の歌

參議雅經



建保二年秋の歌奉りける時

參議雅經



建保五年四月庚申五首の歌、秋朝

六條入道前太政大臣



建保四年右大臣の家の歌合故郷紅葉をよめる

正三位家隆

Иэтака

建保五年内裏の歌合、冬山霜

正三位家隆

В пятом году кэмпо на поэтическом состязании во дворце, об инее в зимних горах

Иэтака
1218 г
建保六年内裏の歌合に冬歌

前内大臣

Песня зимы с поэтического состязания во дворце в шестом году кэмпо
1219
建保四年百首の歌の中に、冬の歌

前關白



建保五年内裏の歌合、冬海雪

八條院高倉

На поэтическом состязании во дворце в пятом году кэмпо, о снеге в зимнем море

Хатидзё-но ин Такакура

建保六年内裏の歌合に冬の歌

入道前太政大臣



建保二年内裏の歌合秋の歌

前内大臣



建保三年百首の歌奉りけるに、三室山

正三位家隆

Иэтака

建保六年内裏の歌合の秋の歌

僧正行意

Содзё Гёи

建保五年四月庚申久戀といへる心をよみ侍りける

權中納言定家

Гон-тюнагон Садаиэ

建保三年内大臣の家の百首の歌よみ侍りけるに名所戀といへる心をよめる

源有長朝臣



建保六年内裏の歌合、戀の歌

正三位知家

Сложено в шестом году кэмпо на поэтическом состязании во дворце о любви

Томоиэ

建保六年内裏の歌合の戀の歌

前内大臣



建保六年内裏の歌合に

嘉陽門院越前



建保六年内裏の歌合の戀の歌

權中納言定家

Гон-тюнагон Садаиэ

建保三年内裏の歌合に

藤原信實朝臣

Фудзивара Нобудзанэ

建保六年内裏の歌合に

前關白



建保四年百首の歌奉りけるに

參議雅經



建保四年百首の歌奉りける時

僧正行意

Когда в четвёртом году кэмпо слагали песни на поэтическом состязании

Содзё Гёи
1217 г.
建保三年内裏の歌合に

信實朝臣

На поэтическом состязании во дворце в третьем году кэмпо

Нобудзанэ

建保四年百首の歌召しける序でに

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

建保三年五月歌合に、曉時雨

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保四年百首の歌奉りける時

光明峯寺入道前攝政左大臣



建保五年内裏の歌合に、冬山霜

順徳院御製

Дзюнтоку-ин

建保五年内裏の歌合に、冬河風

光明峯寺入道前攝政左大臣



建保五年内裏の歌合に、冬野霰

正三位知家

Томоиэ

建保四年内裏の十首の歌合に

參議雅經



建保六年内裏の歌合に、戀の歌

常磐井入道前太政大臣



建保六年内裏の歌合に

後久我太政大臣



建保三年内裏の歌合に

信實朝臣

На поэтическом состязании во дворце в третьем году кэмпо

Нобудзанэ

建保二年内大臣の家の百首の歌に、名所戀

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保六年八月中殿にて池月久明といふ事を講ぜられ侍りけるに

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保四年百首の歌めしけるついでに

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

建保三年五首の歌合に、行路秋

皇太后宮大夫俊成女

Дочь Тосинари

建保四年百番の歌合に

順徳院御製

Дзюнтоку-ин

建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時

參議雅經



建保四年百首の歌奉りけるとき

西園寺入道前太政大臣



建保二年内裏の詩歌を合せられ侍りける時、おなじ心を

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保四年内裏の百番歌合に

西園寺入道前太政大臣



建保四年百首の歌奉りける時

參議雅經

Когда слагали сто песен в четвёртом году кэмпо

建保三年五首の歌合に、春山朝

後久我太政大臣



建保四年内裏の百番歌合に

從二位家隆

Иэтака
[1]

TODO:75a
建保二年詩歌合に、河上花

順徳院御製

На поэтическом состязании во втором году кэмпо, о лепестках сакуры на поверхности реки

Дзюнтоку-ин

建保四年内裏の百首の歌合に

常磐井入道前太政大臣

На поэтическом состязании в ста песнях во дворце в четвёртом году кэмпо

...

建保三年五首の歌合に、夕早苗

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保四年内裏の百番の歌合に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保二年秋十首の歌奉りけるとき

後久我太政大臣



建保百首の歌奉りける時

後久我太政大臣



建保四年内裏の百番歌合に

常磐井入道前太政大臣



建保四年内裏の百番歌合に

常盤井入道前太政大臣



建保五年四月庚申に、冬夕といへるこゝろを

參議雅經



建保五年内裏の歌合に、冬河風

參議雅經



建保五年内裏の歌合に、冬海雪

信實朝臣

На поэтическом состязании во дворце в пятом году кэмпо, о снеге у зимнего моря

Нобудзанэ

建保三年内裏の歌合に、江上霞

從二位家隆

Иэтака

建保百首の歌奉りけるとき

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保二年秋の十首の歌奉りける時

如願法師



建保二年秋の十首の歌奉りけるに

源家長朝臣

Минамото Иэнага

建保五年内裏の歌合に、冬夕旅

正三位知家

Сложено в пятом году кэмпо на поэтическом состязании во дворце, о зимнем вечере в пути

Томоиэ
1219
建保の百首の歌奉りけるとき

光明峯寺入道前攝政左大臣



建保百首の歌奉りける時

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

建保百首の歌奉りける時

光明峰寺入道前攝政左大臣



建保五年内裏の歌合に、冬夜戀

參議雅經



建保二年内大臣の家の百首の歌に、名所戀

從二位家隆

Иэтака

建保百首の歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣



建保二年二月內裏に詩歌を合せられ侍りけるに、野外霞をよみ侍りける

前中納言定家

На поэтическом состязании во дворце во втором месяце второго года кэмпо, сложил о весенней дымке в полях

Бывший средний государственный советник Садаиэ

建保四年内裏の百番歌合に

八條院高倉



建保四年内裏の百番歌合に

八條院高倉



建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時

參議雅經



建保五年四月庚甲、五首の歌に、夏曉

參議雅經



建保四年百首の歌奉りける時

前中納言定家



建保四年後鳥羽院に百首の歌奉りける時

參議雅經



建保五年四月庚申に久戀といふことをよみ侍りける

後久我太政大臣



建保四年百首の歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣



建保六年八月中殿にて池月久明といへる題を講ぜられけるついでに

順徳院御製

Дзюнтоку-ин

建保四年百首の御歌に

後鳥羽院御歌



建保五年四月、庚申に、冬夕を

西園寺入道前太政大臣



建保三年内裏に召されける名所の百首のうたの中に、辰市

前中納言定家



建保三年名所の百首の歌奉りける時

正三位知家



建保の名所の百首の歌奉りける時

從二位家隆



建保四年、百首の歌に

常磐井入道前太政大臣



建保四年四月、五首の歌に

後久我太政大臣



建保四年、内裏の歌合に

正三位知家



建保五年、内裏の歌合に、冬山霜

信實朝臣

Фудзивара Нобудзанэ

建保五年、内裏の歌合に、冬野霰

參議雅經



建保四年、百首の歌に

前大僧正慈鎭



建保五年内裏の歌合に、冬海雪

平衞内侍



建保六年中殿にて池月久明と云ふ事を講ぜられけるに

衣笠前内大臣



建保二年九月、月契千秋と云ふ事を

前中納言定家



建保五年、内裏の歌合に、冬夜戀

後久我太政大臣



建保二年内裏に百首の歌奉りける時

前中納言定家



建保の百首の歌奉りける時

正三位知家



建保の内裏の百番歌合に

八條院高倉



建保三年内裏の百首の歌奉りける時



建保の百首の歌奉りし時

順徳院兵衛内侍

Дзюнтоку-ин

建保四年後鳥羽院に奉りける百首の歌に

如願法師



建保二年内裏に百首の歌奉りけるに

前中納言定家



建保二年、内裏の百首の歌に

從二位家隆



建保二年、内裏の百首の歌に

前中納言定家



建保二年、内裏の百首の歌に

從二位家隆



建保二年内裏に百首の歌奉りけるに

正三位知家



建保三年、内裏にて十五首の歌合に



建保四年、百首の歌に



建保四年百首歌奉りける時、春歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏百番歌合に

順徳院御製



建保四年百首歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏歌合に

二条院讃岐



建保五年四月庚申に、春夜といへる心を

後久我太政大臣通光



建保四年百首歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣公経



建保四年百首歌中に

僧正行意



建保二年内裏百番歌合に

参議雅経



建保五年四月庚申に、夏暁

前中納言定家



建保三年五首歌合に、行路秋

従二位家隆



建保四年百首歌奉りける時、春歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏百番歌合に

順徳院御製



建保四年百首歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏歌合に

二条院讃岐



建保五年四月庚申に、春夜といへる心を

後久我太政大臣通光



建保四年百首歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣公経



建保二年、内裏詩歌を合られけるに、河上花



建保四年百首歌中に

僧正行意



建保二年内裏百番歌合に

参議雅経



建保五年四月庚申に、夏暁

前中納言定家



建保四年百首歌に

参議雅経



建保三年五首歌合に、行路秋

従二位家隆



建保二年内裏秋十首歌合に、秋風

参議雅経



建保四年内裏百番歌合に

前中納言定家



建保二年、秋歌奉りけるに

従二位家隆



建保四年内裏百番歌合に

従二位家隆



建保二年、秋十首歌奉りける時

前中納言定家



建保二年、秋十首歌めしける次に

後鳥羽院御製



建保四年百首歌めしけるついてに

後鳥羽院御製



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保二年、秋十首歌奉りけるに

従二位家隆



建保五年四月庚申、秋朝

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、遠村紅葉


(前中納言定家)
建保六年内裏歌合、冬山霜

前中納言定家



建保六年歌合、冬関月

順徳院御製



建保三年五首歌合に、松経年

後鳥羽院御製



建保二年内大臣家の百首歌に、名立恋

前中納言定家



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌、名所恋

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、名所恋

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、名所恋

前中納言定家



建保四年百首歌奉りける時

入道前摂政左大臣



建保三年内裏歌合に、野暁月

藤原康光



建保二年内裏秋十五首歌合に

僧正行意



建保四年百首歌奉りけるとき

入道前摂政左大臣



建保三年内裏に百首歌奉りける時

前中納言定家



建保四年百首歌奉りし時

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年奉りける百首の春歌

入道前太政大臣



建保四年百首の春歌

入道前太政大臣



建保四年百首に

従二位家隆



建保元年内裏詩歌合に、山中花夕

前中納言定家



建保四年の百首歌に

入道前太政大臣



建保四年百首歌奉りし時

慈鎮大僧正



建保百首歌奉りけるに

前中納言定家



建保四年の百首に、秋歌

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保六年、秋庭月といふことを人々つかうまつりけるついてに

順徳院御歌



建保三年内裏の歌合に

大納言通方



建保四年百番歌合に、萩を

順徳院御歌



建保四年内裏歌合に、秋歌

前中納言定家



建保二年内裏の十五首歌合に

従二位家隆



建保百首、秋歌

参議雅経



建保四年内裏秋十首歌の中に

従二位家隆



建保四年百首の冬歌

入道前太政大臣



建保三年六月和歌所歌合に、暁時雨を

後鳥羽院御歌



建保内裏歌合に、冬野霰を

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保三年百首御歌の中に、こその行幸の事をおほしいてゝよませ給ける

順徳院御歌



建保三年六月二日和歌所歌合に、松経年

衣笠前内大臣



建保四年百首歌

僧正行意



建保三年内裏七首歌合に、冬夕旅

従二位家隆



建保四年百首に

従二位家隆



建保四年百首歌に

西園寺入道前太政大臣



建保四年百首歌

僧正行意



建保四年百首歌

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保百首歌に

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保百首歌に

従二位家隆



建保四年の百首に

僧正行意



建保四年人々に百首歌めしけるついてによませ給ける

後鳥羽院御歌



建保四年百首歌

前中納言定家



建保四年たてまつりける百首歌に

慈鎮大僧正



建保六年八月十三日中殿宴に、池月久明といへることを

参議雅経



建保三年六月和歌所の五首歌合に、松経年

権大納言忠信



建保四年百首歌奉りける時、春歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏百番歌合に

順徳院御製



建保四年百首歌の中に

入道前摂政左大臣道家



建保四年内裏歌合に

二条院讃岐



建保五年四月庚申に、春夜といへる心を

後久我太政大臣通光



建保四年百首歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣公経



建保二年、内裏詩歌を合られけるに、河上花



建保四年百首歌中に

僧正行意



建保二年内裏百番歌合に

参議雅経



建保五年四月庚申に、夏暁

前中納言定家



建保四年百首歌に

参議雅経



建保三年五首歌合に、行路秋

従二位家隆



建保二年内裏秋十首歌合に、秋風

参議雅経



建保四年内裏百番歌合に

前中納言定家



建保二年、秋歌奉りけるに

従二位家隆



建保四年内裏百番歌合に

従二位家隆



建保二年、秋十首歌奉りける時

前中納言定家



建保二年、秋十首歌めしける次に

後鳥羽院御製



建保四年百首歌めしけるついてに

後鳥羽院御製



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保二年、秋十首歌奉りけるに

従二位家隆



建保五年四月庚申、秋朝

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、遠村紅葉


(前中納言定家)
建保六年内裏歌合、冬山霜

前中納言定家



建保六年歌合、冬関月

順徳院御製



建保三年五首歌合に、松経年

後鳥羽院御製



建保二年内大臣家の百首歌に、名立恋

前中納言定家



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌、名所恋

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、名所恋

前中納言定家



建保二年内大臣家百首歌に、名所恋

前中納言定家



建保四年百首歌奉りける時

入道前摂政左大臣



建保三年内裏歌合に、野暁月

藤原康光



建保二年内裏秋十五首歌合に

僧正行意



建保四年百首歌奉りけるとき

入道前摂政左大臣



建保三年内裏に百首歌奉りける時

前中納言定家



建保四年百首歌奉りし時

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年奉りける百首の春歌

入道前太政大臣



建保四年百首の春歌

入道前太政大臣



建保四年百首に

従二位家隆



建保元年内裏詩歌合に、山中花夕

前中納言定家



建保四年の百首歌に

入道前太政大臣



建保四年百首歌奉りし時

慈鎮大僧正



建保百首歌奉りけるに

前中納言定家



建保四年の百首に、秋歌

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保六年、秋庭月といふことを人々つかうまつりけるついてに

順徳院御歌



建保三年内裏の歌合に

大納言通方



建保四年百番歌合に、萩を

順徳院御歌



建保四年内裏歌合に、秋歌

前中納言定家



建保二年内裏の十五首歌合に

従二位家隆



建保百首、秋歌

参議雅経



建保四年内裏秋十首歌の中に

従二位家隆



建保四年百首の冬歌

入道前太政大臣



建保三年六月和歌所歌合に、暁時雨を

後鳥羽院御歌



建保内裏歌合に、冬野霰を

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保四年百首歌に

前中納言定家



建保三年百首御歌の中に、こその行幸の事をおほしいてゝよませ給ける

順徳院御歌



建保三年六月二日和歌所歌合に、松経年

衣笠前内大臣



建保四年百首歌

僧正行意



建保三年内裏七首歌合に、冬夕旅

従二位家隆



建保四年百首に

従二位家隆



建保四年百首歌に

西園寺入道前太政大臣



建保四年百首歌

僧正行意



建保四年百首歌

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保百首歌に

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保百首歌に

従二位家隆



建保四年の百首に

僧正行意



建保四年人々に百首歌めしけるついてによませ給ける

後鳥羽院御歌



建保四年百首歌

前中納言定家



建保四年たてまつりける百首歌に

慈鎮大僧正



建保六年八月十三日中殿宴に、池月久明といへることを

参議雅経



建保三年六月和歌所の五首歌合に、松経年

権大納言忠信



建保二年内大臣家百首歌に、朝若菜

前中納言定家



建保四年後鳥羽院に五首歌奉ける時、山花

参議雅経



建保二年内大臣家百首歌に、谷鹿

前中納言定家



建保二年秋歌たてまつりけるに

従二位家隆



建保四年百首歌奉りける時

後久我太政大臣



建保四年百首歌たてまつりける時

西園寺入道前太政大臣



建保五年内裏五首歌合に、冬河風

従二位家隆



建保六年八月中殿にて、池月久明といふ事を講せられけるときよめる

正三位知家



建保四年百首歌奉ける時

常盤井入道前太政大臣



建保内裏歌合に、寄葦恋

前中納言定家



建保二年内大臣家の百首歌に、名所恋

源有長朝臣



建保二年内大臣家百首歌に、栽花

前中納言定家



建保五年内裏五首歌合に、冬河風

皇太后宮大夫俊成女



建保三年内裏詩歌合に、野外霞

参議雅経



建保二年二月廿四日、南殿に出させ給うて、翫花といへる事をよませ給うける

順徳院御製



建保六年九月十三夜、三首歌講せられける時、秋野月といふ事をよませ給うける

順徳院御製



建保二年秋十五首歌合に

僧正行意



建保二年内裏歌合に

大蔵卿有家



建保二年内裏三首歌に、時雨を

前中納言定家



建保五年四月庚申夜、五首歌に、冬夕

如願法師



建保内裏百番歌合のうた

僧正行意



建保二年五月歌合に、夏恋といへる事をよませ給うける

順徳院御製



建保六年四月、中原師光朝臣始て権少外記にて平座の見参奉りけるをみて、かへりいてゝ父師重朝臣の許につかはしける

前中納言家定



建保四年春、藤原秀能五位尉にて、東寺舎利ぬす人召とりて、その賞に出羽守兼し侍けるあしたによみてつかはしける

津守国経



建保二年八月十六日内裏秋十五首歌合に、秋祝

前中納言定家



建保三年名所百首歌奉りける時

前参議忠定



建保四年、後鳥羽院に百首歌奉りける時

従二位家隆



建保三年名所百首歌めしけるついてによませ給うける

順徳院御製



建保三年歌合に、春山朝といふことを

前中納言定家



建保四年内裏歌合に

常磐井入道前太政大臣



建保名所百首歌に

正三位知家



建保三年内裏歌合に、野外夏草

参議雅経



建保名所百首歌に

皇太后宮大夫俊成女



建保名所百首歌奉りける時

従三位範宗



建保四年内裏歌合に

前大納言経通



建保名所百首歌に

従三位家衡



建保二年内裏歌合に、雨後月といへる事をよませ給うける

順徳院御製



建保四年内裏歌合に

従三位行能



建保名所百首歌に

前中納言定家



建保三年六月歌合に、行路秋

如願法師



建保三年六月歌合に、行路秋

後久我太政大臣



建保三年六月歌合に、暁時雨

如願法師



建保名所百首歌に

僧正行意



建保名所百首歌たてまつりける時

前参議忠定



建保六年、中殿にて、池月久明といふことを講せられけるに

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保七年三月、水無瀬殿にて、撰歌合に

後鳥羽院御製



建保二年八月内裏歌合に、秋旅

大納言通具



建保名所百首歌めされけるついてに

順徳院御製



建保四年閏六月内裏歌合に

後久我太政大臣



建保三年六月内裏歌合に、契経年恋といふ事を

従三位保季



建保六年内裏歌合に、冬夜恋

前参議忠定



建保二年七月内裏歌合に、羇中恋といへることをよませ給うける

順徳院御製



建保七年二月内裏歌合に、暁更恋を

藤原光経



建保四年閏六月内裏歌合に

正三位知家



建保二年八月内裏歌合に、秋懐と云ことを

大納言通具



建保名所百首歌に

前参議忠定



建保四年内裏十首歌合に

八条院高倉



建保二年二月內裏に詩歌を合せられ侍りけるに、野外霞をよみ侍りける

前中納言定家

На поэтическом состязании во дворце во втором месяце второго года кэмпо, сложил о весенней дымке в полях

Бывший средний государственный советник Садаиэ

建保四年内裏歌合に

前中納言定家



建保五年四月庚申に、春夜

前中納言定家



建保内裏秋十五首歌めされける中に

大蔵卿有家



建保四年内裏百番歌合に

嘉陽門院越前



建保五年九月、家に秋三首歌よみ侍けるに、雲間雁を

光明峰寺入道前摂政左大臣



建保二年九月十三夜、月前秋風といふことを

前大僧正慈鎮



建保元年八月撰歌合に

後鳥羽院御製



建保四年内裏百番歌合に

西園寺入道前太政大臣



建保内裏名所百首歌に

前中納言定家



建保四年内裏にて遠村雪といふ事をよみ侍ける

前中納言定家



建保二年七月歌合に

従三位行能



建保元年内裏歌合に、山夕風

前中納言定家



建保の比、月のあかゝりける夜道助法親王にあひて、良久しく行末まての事なと申てあしたにつかはし侍ける

常盤井入道前太政大臣