建長三年秋吹田にて人々歌つかうまつりけるに
後嵯峨院御製
建長三年九月十三夜十首の歌合に、山家秋風
後嵯峨院御製
建長三年九月十三夜十首の歌合に、朝草花
冷泉太政大臣
建長三年九月十三夜十首の歌合に、暮山鹿
後嵯峨院御製
建長三年九月十三夜十首の歌合に、名所月
前大納言資季
Прежний старший советник Сукэсуэ
建長三年九月十三夜十首の歌合に、寄烟忍戀
前大納言資季
Прежний старший советник Сукэсуэ
建長三年九月十三夜十首の歌合に、寄月恨戀
兵部卿隆親
建長二年詩歌を合せられ侍りける時、江上春望
院辨内侍
Во время поэтического состязания во втором году кэнтё, о весеннем пейзаже над заливом
建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風
後嵯峨院御製
建長六年龜山殿にて始めて五首の歌講ぜられけるに、初紅葉と云ふことを
建長三年九月十三夜十首の歌合に、田家月
前内大臣師
建長三年九月十三夜十首の歌合に、名所月
兵部卿隆親
建長六年三首の歌合に、鶯
院少將内侍
На поэтическом состязании в трёх песнях в шестом году кэнтё, о соловье
建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、野草花
前内大臣師
建長二年九月詩歌を合せられける時、山中秋興
入道内大臣
建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、月前風
院少將内侍
建長三年九月十三夜十首歌合に、名所月
冷泉太政大臣
建長三年吹田にて十首の歌奉りける時、秋の歌
左兵衛督信家
建長三年九月十三夜十首歌合に、霧間雁
土御門院小宰相
建長三年吹田にて十首の歌奉りける時
前大納言爲家
Когда слагали по десять песен в Суйта в третьем году кэнтё
Бывший дайнагон Тамэиэ
建長六年三首の歌合に、櫻を
萬里小路右大臣于時右大將
建長五年七月三首の歌に
冷泉太政大臣于時内大臣左大將
建長二年八月十五夜鳥羽殿の歌合に、忍戀
前右兵衛督爲教
建長三年九月十三夜十首の歌合に、寄煙忍戀といへる心を
萬里小路右大臣
建長二年九月十三夜三首の歌合に、戀の歌
兵部卿隆親
建長三年吹田にて十首の歌奉りけるに、戀の歌
前大納言爲家
建長元年勸賞仰せられけるを志るし置くとてよみける
丹波經長朝臣
建長二年、詩歌合に江上春望といふ心をよませ給うける
後嵯峨院御製
Во втором году кэнтё, о весеннем пейзаже над бухтой
Государь Го-Сага
建長二年詩歌を合せられける時、江上春望
前大納言爲家
建長元年九月十三夜鳥羽殿の五首の歌に、水郷月
前大納言爲家
建長五年、住江に御幸侍りて、行旅述懷と云ふ事を講ぜられ侍りけるに詠ませ給ひける
後嵯峨院御製
建長三年九月十三夜の十首の歌合に同じ心を
前大納言爲家
建長二年鳥羽殿にて野外鹿と云ふ事を詠ませ給うける
後嵯峨院御製
建長三年、内裏の秋の十五首の歌合に、秋雨
大藏卿有家
建長二年吹田に御幸ありて人々に十首の歌詠ませさせ給ひけるついでに
後嵯峨院御歌
建長三年吹田にて十首の歌講ぜられけるに
後嵯峨院御歌
建長二年八月廿七日庚申の歌合に、絶久戀
前大納言爲氏
建長二年八月十五夜鳥羽院にて池上月といへる事を講ぜられけるに仕うまつりける
山階入道前左大臣
建長二年九月、山中秋興といふ題にて詩歌を合られしついてに
太上天皇
建長二年九月、詩歌を合られ侍し時、山中秋興
前大納言為家
建長二年三月、熊野に御幸有し時、まいりて岩代の松に昔を思出て書付侍ける
前太政大臣
建長三年九月影供歌合に、朝草花といふことを
左近中将経平
建長六年亀山仙洞にて、五首歌講し侍しに、初紅葉を
衣笠前内大臣
建長三年九月十三夜十首歌合に、寄月恨恋
新院少将内侍
建長三年九月十三夜十首歌合に、山家秋風
入道前右大臣
建長六年正月、柿本影供し侍しに、真影をわたしつかはすとて、つゝみかみに書つけ侍し
太上天皇
建長二年九月、山中秋興といふ題にて詩歌を合られしついてに
太上天皇
建長二年九月、詩歌を合られ侍し時、山中秋興
前大納言為家
建長二年三月、熊野に御幸有し時、まいりて岩代の松に昔を思出て書付侍ける
前太政大臣
建長三年九月影供歌合に、朝草花といふことを
左近中将経平
建長六年亀山仙洞にて、五首歌講し侍しに、初紅葉を
衣笠前内大臣
建長三年九月十三夜十首歌合に、寄月恨恋
新院少将内侍
建長三年九月十三夜十首歌合に、山家秋風
入道前右大臣
建長六年正月、柿本影供し侍しに、真影をわたしつかはすとて、つゝみかみに書つけ侍し
太上天皇
建長六年亀山殿にて五首歌講せられけるに、序奉りて河辺擣衣といふ心をよみ侍ける
徳大寺入道前太政大臣
建長五年後嵯峨院に三首歌よませられける時、寒夜千鳥を
土御門入道内大臣
建長五年、後嵯峨院に三首歌講せられける時、庭梅を
太宰権帥為経
建長二年八月十五夜、鳥羽殿にて、池上月といへることを講せられけるにつかうまつりける
冷泉前太政大臣
建長五年八月、仙洞にて、遠近初雁といふことをつかうまつりける
前大納言為氏
七十のよはひにもあまり侍て、建長の比、長子兼康朝臣にをくれて後よみ侍ける
源有長朝臣
建長元年、祝部成茂七十算に、四季屏風てうしてつかはしけるに、粟津野の雪に若菜つむ所
前大納言為家
建長三年影供歌合に、初秋露といへることを
前大納言為家
建長三年影供歌合に、行路紅葉といへることを
皇太后宮大夫俊成女
建長三年九月十三夜影供歌合に、寄煙忍恋
山階入道前左大臣
建長二年三首歌めされけるついてに、恋の心をよませ給ける
後嵯峨院御製
建長三年九月十三夜影供歌合に、寄月恨恋といふことを
前大納言為氏
建長三年九月十三夜影供歌合に、山家秋風
前左兵衛督教定
建長二年、詩歌合に江上春望といふ心をよませ給うける
後嵯峨院御製
Во втором году кэнтё, о весеннем пейзаже над бухтой
Государь Го-Сага
建長六年三首歌めされける時、梅をよみ侍ける
藤原信実朝臣
建長五年二月三首歌めされける時、帰雁知春
前大納言資季
建長三年、住の江に御幸侍ける時よみ侍ける
岡屋入道前摂政太政大臣
建長五年七月三首歌めされける時、述懐の心を
山階入道前左大臣
建長三年潤九月、吹田にて十首歌講せられ侍ける時、恋の心を
後深草院少将内侍
建長七年十月、春日の社に行幸侍ける時、御留守にさふらひて還御待奉りけるに、有明の月くまなきに*左衛門陣いらせ給ふ程、さきの声声なと聞えけれは思ひつゝけ侍ける
後深草院弁内侍