Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
洞院攝政の家の百首の歌に、霞

西園寺入道前太政大臣



建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふことを

権中納言公経
建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふことを

権中納言公経
Кинцунэ

権中納言公経
権中納言公経
Кинцунэ

千五百番歌合に

権中納言公経
千五百番歌合に

権中納言公経
Кинцунэ
権中納言公経=西園寺公経
千五百番歌合に

権中納言公経
千五百番歌合に

権中納言公経
Кинцунэ

七夕の心を

権中納言公経
七夕の心を

権中納言公経
Кинцунэ

千五百番歌合に、秋歌

権中納言公経
千五百番歌合に、秋歌

権中納言公経
Кинцунэ

権中納言公経(西園寺公経)
権中納言公経(西園寺公経)
Кинцунэ

権中納言公経(西園寺公経)
権中納言公経(西園寺公経)
Кинцунэ

千五百番歌合に

権中納言公経(西園寺公経)
千五百番歌合に

権中納言公経(西園寺公経)
Кинцунэ

「昨日は西園寺に参りたりし。」「今日は院へ参るべし。」「ただ今は、そこそこに。」など言ひあへり。

– Вчера он отправился к храму Сайондзи!
– Сегодня, видимо, он пошел ко дворцу императора! Вы не видали его?
– Вот только что был там-то и там-то!

西大寺の静然上人、腰かがまり、眉白く、まことに徳たけたる有様にて、内裏へ参られたりけるを、西園寺の内大臣殿、「あなたふとのけしきや。」とて、信仰の気色ありければ、資朝の卿これを見て、「年のよりたるに候ふ。」と申られけり。

У высокомудрого Дзёнэна из храма Сайдайдзи была согбенная спина, совершенно седые брови и вид, воистину говорящий об обилии добродетелей. Однажды старца пригласили ко двору. При взгляде на него господин Внутренний министр Сайондзи воскликнул:
— О, какой благородный у него вид! — и проникся к монаху благоговением.
Заметив это, князь Сукэтомо сказал:
— Это все из-за преклонного возраста.

西園寺の鐘、黄鐘調に鋳らるべしとて、あまた鋳かへられけれど、かなはざりけるを、遠国より尋ね出されけり。

Говорят, что колокол для храма Сайондзи тоже должны были отлить в расчете на тон осики, но, сколько его ни переплавляли, никак не могли добиться чистого тона, так что колокол пришлось завозить из дальних стран.

西園寺にて三十首の歌よみ侍りける春の歌

入道前太政大臣



雲居寺の花見るべき由按察使隆衡申しけるに罷らず侍りけるを恨みければ遣しける

西園寺入道前太政大臣



西園寺入道前太政大臣の家にて關月といへる心をよみ侍りける

信實朝臣

Нобудзанэ

西園寺入道前太政大臣



道助法親王の家に八重櫻あるよし聞きて申し遣しける

西園寺入道前太政大臣



西園寺入道前太政大臣のもとへ松の生ひ立ちける石をつかはすとて

大納言通方



返し

西園寺入道前太政大臣

Ответ

西園寺入道前太政大臣



前中納言定家歳の暮にはじめて京極の家に移りけるに遣しける

西園寺入道前太政大臣



花山院、西園寺殿さぶらはせ給ふ。



御端の間に、西園寺大納言殿著かせ給ふ。



建保四年百首の歌奉りけるとき

西園寺入道前太政大臣



建保四年内裏の百番歌合に

西園寺入道前太政大臣



道助法親王の家に五十首の歌詠侍りけるに、山花

西園寺入道前太政大臣

Бывший великий министр Сайондзи, вступивший на путь

西園寺入道前太政大臣の家の卅首の歌に

信實朝臣

Нобудзанэ

同じ年百首の歌奉りけるとき

西園寺入道前太政大臣



西園寺入道前太政大臣



花盛に西園寺入道前太政大臣の許より音づれて侍りける返事に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

正元元年7月西園寺の一切經供養に行幸し侍りけるに春宮中宮おなじく行啓ありて次の日人々翫花と云ふ心をつかうまつりけるに



道助法親王の家の五十首の歌の中に、寄草戀

西園寺入道前太政大臣



建保百首の歌奉りける時

西園寺入道前太政大臣



西園寺の花の盛に申し遣しける

常磐井入道前太政大臣



西園寺の花を見て

山階入道前左大臣



文保元年正月雪ふり侍りける日御方たがへに西園寺へ御幸侍りて次の年の正月同じく行幸侍りけるに又雪の降りければ去年をおぼしめし出でさせ給ひて入道前太政大臣のもとにつかはされける



寳治元年三月三日西園寺へ御幸ありて翫花といふことを講ぜられけるに

前大納言爲氏



正和三年西園寺にて一切經供養せられける次の日、翫花といふ事を講ぜられけるに

深心院關白前左大臣



後醍醐院御受禪のほど近くなりて後宇多院西園寺に御幸侍りけるに仕うまつりて詠める

六條内大臣



花山院宰相中將、西園寺のはなみの御幸の御供にまゐりたりけるまに、はゝのうせにけるを、ことになげかるゝよしきゝしも、いと哀れにて、少將内侍さとなりしに申しつかはし侍りし、辨内侍、



宝治二年、前大きおほいまうちきみの西園寺の家に御幸有て、帰らせ給御をくり物に代々のみかとの御本奉るとて、つゝみ紙に書付侍ける

前太政大臣



今上位につかせ給て、太政大臣のよろこひ奏し侍ける日、牛車ゆりてその比西園寺の花を見て

前太政大臣



月の比、内裏の女房西園寺の花見にまかりける時、少将内侍に

入道太政大臣



西園寺の滝を見て

入道前太政大臣



宝治二年、前大きおほいまうちきみの西園寺の家に御幸有て、帰らせ給御をくり物に代々のみかとの御本奉るとて、つゝみ紙に書付侍ける

前太政大臣



今上位につかせ給て、太政大臣のよろこひ奏し侍ける日、牛車ゆりてその比西園寺の花を見て

前太政大臣



月の比、内裏の女房西園寺の花見にまかりける時、少将内侍に

入道太政大臣



西園寺の滝を見て

入道前太政大臣



永福門院中宮と申ける時、秋の比西園寺に出させ給へりけるに、大納言三位内にさふらひけるにつかはしける

入道前太政大臣



入道太政大臣みまかりにける秋の末、西園寺にこもりてよみ侍ける

前太政大臣



西園寺にて、花歌あまたよみ侍ける中に

入道前太政大臣



正元々年三月、大宮院西園寺にて一切経供養せられし日行幸侍しに、東宮おなしく行啓ありてつきの日、人々翫花歌よみ侍しに