Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
3
Любовь
0
Благопожелания
2
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
2
Буддийское
3
Синтоистское
2
Разное
5
Иное
0
いか計
高野のおくの
しぐるらむ
都は雲の
はるゝまもなし
いかばかり
たかののおくの
しぐるらむ
みやこはくもの
はるるまもなし
Как так?
Наверное, в глубинах Такано
Льёт дождь,
В столице тоже
Меж туч ни просвета.
Примерный перевод

しぐるらむ
都の空に
おもひしれ
高野は雪の
雲ぞかさなる
しぐるらむ
みやこのそらに
おもひしれ
たかのはゆきの
くもぞかさなる


高野山
曉をまつ
鐘のおとも
いくよの霜に
こゑふりぬらむ
たかのやま
あかつきをまつ
かねのおとも
いくよのしもに
こゑふりぬらむ
На горе Такано
Ожидающего рассвета
Колокола тоже
Сколько лет
Голос в морозах разлетался?
Примерный перевод
拡張
高野に侍りける時寂然法師大原に住み侍りけるに遣しける

西行法師

Когда находился в Такано, отправил Дзякурэн-хоси, который жил в Охара

Сайгё-хоси

藤原景綱高野山に詣でける次でに住江の月見ける事など申し遣すとて

津守國助



高野山
奥まで人の
とびこずば
しづかに峰の
月はみてまし
たかのやま
おくまでひとの
とびこずば
しづかにみねの
つきはみてまし


君もまた
契ありてや
高野山
そのあかつきを
共に待つらむ
きみもまた
ちぎりありてや
たかのやま
そのあかつきを
ともにまつらむ


正和二年、法皇高野山に御幸侍りし時、代々の跡にこえて山の程御輿にもめされざりしかば思ひつゞけ侍りける

僧正道順



高野山
みゆきの跡は
おほけれど
まことの道は
今ぞ見えける
たかのやま
みゆきのあとは
おほけれど
まことのみちは
いまぞみえける


從一位貞子身まかりける骨を高野山に送り侍るとて道にてよみ侍りける

法印憲基



弘法大師高野山ニいりて、勝地をもとめたまふ時、一人のおきなあり。



消えぬべき
法の灯
かゝげても
高野の山の
明くるぞを待つ
きえぬべき
のりのともしび
かかげても
たかののやまの
あくるぞをまつ


高野の庵室の前に藤の花の咲きたるを見て

二品法親王覺法



行くさきの
道も覺えず
高野山
これを別れの
はてと思へば
ゆくさきの
みちもおぼえず
たかのやま
これをわかれの
はてとおもへば


高野の奥の院へ參る道に玉川と云ふ河の水上に毒虫の多かりければ此の流を飮むまじき由を示し置きて後よみ侍りける

弘法大師



忘れても
汲みやしつらむ
旅人の
高野のおくの
玉川のみづ
わすれても
くみやしつらむ
たびひとの
たかののおくの
たまがはのみづ


高野山をすみうかれてのち、伊勢国ふたみのうらの山てらに侍りけるに、大神宮の御山をは神ち山と申す、大日如来御垂跡をおもひてよみ侍りける

円位法師
高野山をすみうかれてのち、伊勢国ふたみのうらの山てらに侍りけるに、大神宮の御山をは神ち山と申す、大日如来御垂跡をおもひてよみ侍りける

円位法師
Энъи-хоси
(Сайгё)
高野にまうて侍りけるみちにてよみ侍りける

高野法親王(覚法)
高野にまうて侍りけるみちにてよみ侍りける

高野法親王(覚法)


高野山
あかつき遠く
松の戸に
光をのこす
法のともしび
たかのやま
あかつきとほく
まつのとに
ひかりをのこす
のりのともしび


中ごろ、高野に、南つくしというて、貴き聖人ありけり。
中ごろ、高野に、南つくしというて、たつとき聖人ありけり。


これより、この阿闍梨を、高野には、浄名居士の化身といふなるべし。


浄名居士.
後には高野に住みけるが、新しき水瓶の、やうなども思ふやうなるをまうけて、ことに執し思ひけるを、縁にうち捨てて、奥の院へ参りにけり。


水瓶. 底本の読み仮名に「すいびん」
高野のほとりに、年ごろ行ふ聖ありけり。


底本「辺」に「ホトリ」と読み仮名。なお、標題は「ヘン」。
つひに、「高野にこそ住むなれ」と聞きて、泣く泣く消息しけり。
つひに、「高野にこそ住むなれ」と聞きて、泣く泣く消息せうそくしけり。


かねて、父母なむ、わざと京へ上りて、高野の麓に天野といふ所に詣でて、そこに呼び出だして、対面したりける。
かねて、父母なむ、わざと京へ上りて、高野の麓に天野といふ所に詣でて、そこに呼び出だして、対面たいめんしたりける。


高野山にのぼり侍ける時、參議成賴が住ける跡など見侍りけるに、かの庵室のはしらに、光俊朝臣が手跡にて

Когда взобрался на гору Такано и увидел остатки жилища Придворного советника [Фудзивара] Нариёри, и на опорном столбе, где почерком Придворного Мицутоси было выведено:
Вероятно, ошибка: 成賴 => 成頼
隆量朝臣身まかりて、年へて後、高野山にのぼりて、佛事などしけるつゐでに讀侍ける

四條贈左大臣

Посмертно Левый министр господин Сидзё: [Такасукэ]
隆量朝臣 = Придворный [Сидзё:] Такакадзу — старший сын Такасукэ
高野山にこもりてよみ侍ける

源具親朝臣



我あらは
よも消はてし
高野山
たかき御法の
法のともし火
われあらは
よもきえはてし
たかのやま
たかきみのりの
のりのともしひ


高野山にこもりてよみ侍ける

源具親朝臣



我あらは
よも消はてし
高野山
たかき御法の
法のともし火
われあらは
よもきえはてし
たかのやま
たかきみのりの
のりのともしひ


鐘の音は
明ぬときけと
高野山
猶はるかなる
あかつきの空
かねのおとは
あかぬときけと
たかのやま
なほはるかなる
あかつきのそら


高野山
その暁を
契りきて
こゝにもおなし
月やすむらん
たかのやま
そのあかつきを
ちぎりきて
ここにもおなし
つきやすむらん


高野山
うき世の夢も
覚ぬへし
その暁を
松のあらしに
たかのやま
うきよのゆめも
さぬへし
そのあかつきを
まつのあらしに


君か代は
高野の山の
岩の室
あけんあしたの
法にあふまて
きみかよは
たかののやまの
いはのむろ
あけんあしたの
のりにあふまて


寂然、大原に住侍けるに、高野より山ふかみといふことをかみにをきて、十首歌よみてつかはしける中に

西行法師



藤原貞憲朝臣出家の後、高野にこもり侍ける時、大原の坊にまかれりけるに、哀なる事を障子にかきて侍けるをみて、そのかたはしに書つけ侍ける

法橋顕昭



一院かくれさせおはしまして、やがての御所へわたしまゐらせけるよ、高野よりいであひてまゐりあひたりける、いとかなしかりけり、この、のちおはしますべき所御覧じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しける、候はれけり、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり、その御ともにさぶらひけることのおもひいでられて、をりしもこよひにまゐりあひたる、むかしいまの事おもひつづけられてよみける



大師於唐朝、投一鈴杵、卜本朝勝地、一墜東寺、一落紀伊國高野山、一落土佐國室生戸山。
大師の唐朝に於て、一鈴杵を投げ、本朝の勝地を卜するに、一は東寺に墜ち、一は紀伊の國高野山に落ち、一は土佐の國室生戸山に落つ。


我君の
千世の数かも
五月雨の
高野の村の
軒の玉水
わがきみの
ちよのかずかも
さみだれの
たかののむらの
のきのたまみづ


むかし思ふ
高野の山の
深き夜に
あかつき遠く
すめる月影
むかしおもふ
たかののやまの
ふかきよに
あかつきとほく
すめるつきかげ


今こそは
高野の峰の
月をみて
ふかき御法の
程もしらるれ
いまこそは
たかののみねの
つきをみて
ふかきみのりの
ほどもしらるれ


母の墓所をあらためて、高野の山にをくるとてよめる

法眼俊快



高野にまうてゝ侍ける時、おくの院にて

入道前太政大臣



美福門院かくれ給てのち、高野の御山におさめ奉ける比、前大納言成通のもとよりせうそこして侍けるによめる

皇太后宮大夫俊成



をくれゐて
思ひやるこそ
悲しけれ
高野の山の
けふのみゆきは
をくれゐて
おもひやるこそ
かなしけれ
たかののやまの
けふのみゆきは