正安三年八月十五夜内裏の十首の歌に、曉月聞鹿
左大臣
正安三年二月廿七日日吉の社に御幸ありて次の日志賀の山の櫻につけて内へ奉らせ給うける
後宇多院御製
正安元年九月の頃衣笠殿にて御如法經侍りし時三七日の懺悔こよひはつべき日になりて名殘をしき由など申しける人の返事に
法印憲基
正安二年法皇に灌頂授け奉りて後わが山に其跡稀なる事を思ひてよみ侍りける
前大僧正公什
正安三年の春櫻の枝につけて内裏へ奏し侍りける
良助法親王
正安三年悠紀の風俗の神樂の歌、三神山
前中納言兼仲
正安四年六月五首の歌合に忍別戀といへる心をよませ給ひける
後二條院御製
正安三年九月盡日伏見殿に御幸ありて人々題をさぐりて五十首の歌よみ侍りける時、絶戀
左大臣
正安三年七月内裏に七夕七首歌奉りける時
前大納言為世
正安三年、内裏にて七夕歌講せられける時
従三位為理
正安三年七月七日七首歌めしけるついてによませ給うける
後二条院御製
正安四年九月の比、紅葉を折て内に奉らせ給とて
遊義門院
正安四年六月、後宇多院賀茂社に御幸侍ける時、御供にさふらふ人々題をさくりて歌つかうまつりけるに、社頭天といへる事を
前中納言隆長
正安三年六月八日、うへのをのことも、題をさくりて詩歌をつかうまつりける時、契恋の心をよませ給うける
後二条院御製
正安四年六月廿八日、内裏三首歌合に、海辺望といへることを
前参議経宣
正安三年七月七日、内裏にて七首歌講せられけるついてに、題をさくりて百首歌つかうまつりけるに、嵐破夢といふ事を
前大納言為世
正安四年六月、後宇多院賀茂社に御幸侍ける時、さふらふ人々題をさくりて歌つかうまつりけるに、社頭祝といへる事をつかうまつりける
賀茂経久
正安三年、権中納言兼季、検非違使別当に成て侍ける時読侍ける
入道前太政大臣
位の御時、蓮花王院宝蔵よりあしたつといふ筝をいたされて、年久しくをかせ給へりけるに、正安三年の夏の比、法皇へ奉らせ給とておほしめしつゝけさせ給ける
院御製