Шакра
帝釈
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今昔物語集 > 巻1 > 巻1第1話 釈迦如来人界宿給語 第一 (1–1. Рассказ о том, как Шакья, пришедший своим путём, поселился в мире людей)
今昔物語集 > 巻1 > 巻1第2話 釈迦如来人界生給語 第二 (1–2. Рассказ о том, как Шакья, пришедший своим путём, родился в мире людей.)
帝釈は宝蓋を取り、梵王は白払を取て左右に候ふ。
Бог Шакра взял драгоценный зонтик, а царь богов Брахма – белое опахало, они встали справа и слева.
今昔物語集 > 巻1 > 巻1第4話 悉達太子出城入山語 第四 (1–4. Рассказ о том, как царевич Сиддхартха покинул город и ушёл в горы.)
威儀を調へ給へる事、帝釈の梵天に詣づる有様の如し。
Приветствовал царя по всем правилам – как если бы государь Шакра приветствовал бога Брахму.
宇治拾遺物語 > 巻第一 > 巻第一 道命阿闍梨和泉式部の許において読経し五条の道祖神聴聞の事 (О том, как Домё читал сутры у Идзуми-сикибу, и его расспрашивало божество дороги у Пятого проспекта)
今宵は御行水も候はで読み奉らせ給へば、梵天、帝釈も御聴聞候はぬひまにて、翁参り寄りて承りて候ひぬる事の忘れがたく候ふなり」と宣ひけり。
А вчера вечером вы не совершали омовение и приступили к чтению, Брахма и Индра слушать не пришли, и мне, старику, повезло подойти и услышать ваше незабываемое чтение!
宇治拾遺物語 > 巻第一 > 巻第一 道命阿闍梨和泉式部の許において読経し五条の道祖神聴聞の事 (О том, как Домё читал сутры у Идзуми-сикибу, и его расспрашивало божество дороги у Пятого проспекта)
五条の斎いはく、「清くて読み参らせ給ふ時は、梵天、帝釈を始め奉りて聴聞せさせ給へば、翁などは近づき参りて承るに及び候はず。
а божество с Пятого проспекта сказало:
– Когда вы чисты и читаете сутру, слушать вас собираются боги во главе с Брахмой и Индрой, и такому старику, как я, к вам не подступиться.
– Когда вы чисты и читаете сутру, слушать вас собираются боги во главе с Брахмой и Индрой, и такому старику, как я, к вам не подступиться.
今昔物語集 > 巻1 > 巻1第4話 悉達太子出城入山語 第四 (1–4. Рассказ о том, как царевич Сиддхартха покинул город и ушёл в горы.)
諸天、馬の四足を捧げ、車匿を接き、帝釈は蓋*を取り、諸天皆随へり。
Боги переставляли четыре ноги коня, поддерживали Чандаку, государь Шакра нёс зонтик, все божества шли следом.
* 底本頭注「蓋一本轡ニ作ル」
今昔物語集 > 巻1 > 巻1第4話 悉達太子出城入山語 第四 (1–4. Рассказ о том, как царевич Сиддхартха покинул город и ушёл в горы.)
其の時に、仏、宣はく、「此の人、一日の出家の功徳に依て、即ち四天王天に生れて、毗沙門の子と成て、諸の天女と五欲の楽を受く。其の天の命、五百歳満て後、忉利天に生れて、天帝釈の子と成て、其の命千歳、其より夜摩天に生れて、其の王の子と成て、其の命二千歳、其より覩史多天に生れて、其の王の子と成て、其の命四千歳、其より化楽天に生れて、其の王の子と成て、其の命ち八千歳、其より他化自在天に生れて、其の王の子と成て、其の命一万六千歳、此の如く、六欲天に生れて、楽を受る事、七返ならむ。皆中夭無し。一日の出家の功徳、二万劫の間、悪道に堕ちずして、常に天に生れて、福を受くべし。最後の身に、人中に生れて、財豊ならむに、老に臨みて、世を厭ひて出家して、道を修て、辟支仏と成て、其の名を毗帝利と云ふべし。広く人天を度すべし」と、説給けり。
帝釈、其の蟻を見て云く、「我れ、今日、譬ひ阿修羅に負て罸るる事は有りとも、戒を破る事は非じ。我れ、尚を、逃て行かば、多の蟻は踏殺されなむとす。戒を破つるは、善所に生ぜず。何況や、仏道を成ずる事をや」と云て、返り給ふ。
仏、帝釈に告て宣はく、「過去の無量阿僧祇劫に国王有りき。財を要するが為に、無道に一の人を密に語て云く、『汝ぢ、若し人有て、公物を犯す事有らば、罸すべし。其の財物をば、我れと共に取らむ』と契りつ。其の人の名をば伍百と云ふ。其の時に、一の優婆塞有り。邪に公物を犯す。伍百に付て、此れを罸するに、此の優婆塞、善を行ずる人と聞て、伍百、此れを罸せず。優婆塞、免るる事を得て、喜て去にき。其の時の伍百と云ふは、此の病比丘尼此れ也。其の時の優婆塞と云は、今我が身此れ也。此の故に、我れ来て恩を報ずる也」と説給けりとなむ、語り伝へたるとや。
毗沙門天の宣はく、「我れ、力堪へず。□大臣の子と成るべき人、求得難し。然れば、帝釈宮に申すべき也」とて、忽ち忉利天に登て、毘沙門、帝釈に申給はく、「閻浮提の波羅奈国に、一人の大臣有り。子無きに依て、子を願が為に、摩尼抜陀天に祈る。天神、子を給に能はずして、毗沙門天の所に来て申す。天王、又求め得る事能はずして、帝釈に申也」。
帝釈の宣はく、「汝は前世に貧き人の子と有りき。乞食の沙門来て、油を乞しに、汝が父は、『清き油を与へよ』と云しに、汝ぢ、清き油をば惜置て、不浄の油一勺を与へき。其の功徳に依て、父は国王と生れ、汝は王子と生れたる也。而るに、不浄の油を与たるに依て、形醜き身と成れる也。我れは天帝釈也。汝を哀て、玉を懸けつ」と宣て、去給ぬ。
其の時に、天帝釈、仏*の御許へ詣り給ふに、此の長者の此の如く嘲る声を聞給て、忿を成して、盧至を罸せむが為に、忽に変じて、盧至が形と成て、盧至が家に至て、自ら庫倉を開て、財宝を悉く取出て、十方の人を喚て与ふ。
* 釈迦
大王の宣はく、「我れ、若し此の言、実に非ずして、天帝釈を欺かば、我が千の瘡*、終に𡀍*る事非じ。若し実言ならば、血乳と成て、千の瘡平復しなむ」と。
* 底本頭注「瘡諸本疵ニ作ル下同ジ」
* 口へんに愈
* 口へんに愈
天帝釈、此れを見給て、「此等、獣の身也と云へども、有難き心也。人の身を受たりと云へども、或は生たる者を殺し、或は人の財を奪ひ、或は父母を殺し、或は兄弟を讎敵の如く思ひ、或は咲の内にも悪しき思ひ有り、或は慈たる形にも嗔れる心深し。何況や、此の獣は、実の心深く思ひ難し。然らば試む」と思して、忽に老たる翁の、無力にして、羸れ術無気なる形に変じて、此の三の獣の有る所に至給て宣はく、「我れ、年老ひ羸れて、為む方無し。汝達三の獣、我れを養ひ給へ。我れ、子無く、家貧くして、食物無し。聞けば、汝達三の獣、哀びの心深く有り」と。
帝釈、答て云く、「汝等九百九十九は、前世に法を謗たる罪みに依て、六根を全く具さずして、鼻無き果報を得たり。此の一の猿は、前生の功徳に依て、六根を全く具せり。只、愚痴にして、師を疑ひしに依て、暫く畜生の中に生れたる也。速に仏道に入*。汝等、九百九十九は片輪者として、麗しき者を咲ひ蔑る也。此れに依て、我れ、汝等が供養の物を受けず」と。
* 底本頭注「入ノ下脱文アラン」
然れば、太子、香を焼き経論を開き、見給て後、奏し給はく、「月の八日・十四日・十五日・二十三日・二十九日・卅日を、此れを六斎の日と云ふ。此の日には、梵天・帝釈、閻浮提の政を見給ふ。然れば、国の内、殺生を止むべし」と。
而るに、其の明る日、尾張の国の熱田の明神、童子に託して、寿広和尚に示して宣はく、「汝は此れ我が国の人也。而るに、今、貴き会を行ふと聞て、我れ昨日聴聞の為に遥に来れりしに、会の中は正く*仏の境界と成て、奈良坂の口には、梵王・帝釈・四大天王、皆護り給へば、我れ寄る事力及ばずして、聴聞せず。然れば、歎き思ふ事限無し。猶、何にしてか此の会を聴聞せむと為る」と。
* 底本頭注「正ク諸本悉クニ作ル」
其の時に、善神、食を持て来て、法厳聖人に語て云く、「昨日の聖人の言に依て、早く食を持来らむと為る間に、法花守護の聖衆、梵天・帝釈・四大天王、持者を囲繞して四方に充満せり。然れば、其の側に寄り難し。何に況や、其の道を得むや。此れに依て、我れ、朝より今に至るまで、供養を捧げ乍ら来たらざる也。彼の法花の聖人、返り去るに、護法の聖衆も同じく共に去り給ぬれば、其の時に持来れる也」と。
僧、此れを聞て、弥よ「希有也」と思ふに、亦、通る者に云く、「明日は武蔵寺にや参り給ふ」と問ければ、祠の内に云く、「然も侍らず。抑々、何に事の侍るぞ」と云へば、通る者、「明日、武蔵寺に、新しき仏け出で給ふべしとて、梵天・帝釈・四天王・龍神八部、皆集まり給ふとは、知り給はざるか」と云へば、祠の内に、「然る事も未だ承はらず。喜く告げ給ひたる。何でか参らで侍らむ。必ず参るべし」と云へば、通る者、「然は、明日の巳時許の事也。必ず参り給へ。待申さむ」と云て、過ぎぬなり。