Бисямон
毘沙門
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とりわきてつかうまつる毘沙門に、物も食はで、物のほしかりければ、「助け給へ」と申しけるほどに、「門にいとをかしげなる女の、家主に物いはんと宣ふ」と言ひければ、誰にかあらんとて、出であひたれば、土器に物を一盛、「これ食ひ給へ。
毗沙門天の宣はく、「我れ、力堪へず。□大臣の子と成るべき人、求得難し。然れば、帝釈宮に申すべき也」とて、忽ち忉利天に登て、毘沙門、帝釈に申給はく、「閻浮提の波羅奈国に、一人の大臣有り。子無きに依て、子を願が為に、摩尼抜陀天に祈る。天神、子を給に能はずして、毗沙門天の所に来て申す。天王、又求め得る事能はずして、帝釈に申也」。
其の後、四月に成て、安西城より奏して云く、「去ぬる二月の十一日より後、城の東北三十里が内、雲霧の冥き中に、多の人有り。長一丈余許、皆、金の甲を著たり。酉時に至て、鼓を打ち、角*を吹く。其の音、三百余里振て、地動き山響く。二日を経たり。此れに依て、大石康等の五国の軍、皆逃げ散ぬ。亦、諸の帳幕の内に、金色なる鼠、俄に出来て、弓の弦を食切り、及び、器仗も悉く用に称はず。亦、此の間、城の楼の上に光明有り。人、怪で此れを見れば、毘沙門天、形を現じ給ふ。城の内に此れを見ぬ者無し。然ば、謹み敬て、天王の形を写して、王に奉る」と。
* 底本頭注「角諸本笛ニ作ル」
其の後、心の内に思はく、「我れ、年来、懃に観音の像を造奉らむと思ふ志し有るに、今、毘沙門天を見付奉れり。此の事、今夜□□□*示し給へ」と祈念して寝たる夜の夢に、年十五六歳許なる児の、形貌端正なる来て、伊勢人に告て云く、「汝ぢ、未だ煩悩を棄てずして、因果を悟る事無きが故に、疑を致す。汝ぢ聞け。観音は毘沙門也。我れ多聞天の侍者、禅膩師童子*也。観音と毘沙門とは、譬ば般若と法華との如く也」と宣ふと見て、夢覚ぬ。
* 底本頭注「今夜ノ下一本クハシクトアリ」
* 「善膩師童子」という表記が一般的
* 「善膩師童子」という表記が一般的
聖人の云く、「我れ、心に叶て輙く仕はるる者の無ければ、毘沙門天に『然らむ者一人給へ』と申ししに依て、実の人をば給はらで、眷属を給へる也。煩なるに依て、『久く有ては由無し』と思て返しつる也。但し、房の内に人恐れを成す事を至らしめじ。此の故を知らずして、戦ひ合て打殺さるる、極て愚か也」と。
其の時に、鬼、胸に焼たる金杖を突立てられて、大きに忿を成して、僧の逃去たる跡を尋て、走り来て、僧を見付て、大口を開て、僧を噉むと為るに、僧、大きに恐ぢ怖れて、心を至して毘沙門天を念じ奉て、「我を助け給へ」と申す。
この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門にも、天帝釈にも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。
この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門 にも、天帝釈 にも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。
とりわきて、つかうまつりける毘沙門に、物も食はで、物の欲しかりける日、「頼み奉りたる毘沙門、助け給へ」と言ひけるほどに、「門に、いとをかしげなる女房の、『家主に物言はむ』との給へあり」と言ひければ、「誰にかあらん」とて、出でて会ひたりければ、盛りたる物を一盛り、
とりわきて、つかうまつりける毘沙門 に、物も食はで、物の欲しかりける日、「頼み奉りたる毘沙門、助け給へ」と言ひけるほどに、「門 に、いとをかしげなる女房の、『家主 に物言はむ』との給へあり」と言ひければ、「誰にかあらん」とて、出でて会ひたりければ、盛りたる物を一盛り 、
その木の端をつゆばかり得たる人は守りにし、毘沙門を造り奉りて、持し奉る人は、必ず徳付かぬはなかりけり。
その木の端をつゆばかり得たる人は守りにし、毘沙門 を造り奉りて、持 し奉る人は、必ず徳付かぬはなかりけり。
古本説話集 > 下巻 > 第68話 小松の僧都の事 (О монахе Комацу)