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安楽なること、毘沙門、帝釋にもまさりたり」といひけるを、帝釋きと御らんじてけり。



毘沙門にてぞおはしましける。



その木の端をつゆばかり得たる人は、守りにし、毘沙門を造り奉りて持ちたる人は、必ず徳つかぬはなかりけり。



この毘沙門は、命蓮聖の行ひ出だし奉りけるとか。



とりわきてつかうまつる毘沙門に、物も食はで、物のほしかりければ、「助け給へ」と申しけるほどに、「門にいとをかしげなる女の、家主に物いはんと宣ふ」と言ひければ、誰にかあらんとて、出であひたれば、土器に物を一盛、「これ食ひ給へ。



舎利弗の方より、毘沙門出御して、降伏し給つ。



毗沙門天の宣はく、「我れ、力堪へず。□大臣の子と成るべき人、求得難し。然れば、帝釈宮に申すべき也」とて、忽ち忉利天に登て、毘沙門、帝釈に申給はく、「閻浮提の波羅奈国に、一人の大臣有り。子無きに依て、子を願が為に、摩尼抜陀天に祈る。天神、子を給に能はずして、毗沙門天の所に来て申す。天王、又求め得る事能はずして、帝釈に申也」。



此れに依て、玄宗、三蔵を宮の内に請じ入れ給て、玄宗自ら、香炉を取て持念して、三蔵に申し給はく、「願はくは、大師、毘沙門天を請じ奉り給ひて、此の難を救ひ給へ」と。



不空、答て宣はく、「此れ、毘沙門天の第二の子、独健、数の兵を随て来て、陛下に力を副へる也。亦、彼の安西城に行て、其の難を救はむが故に来れる也。王、速に食を儲て、供し給ふべし」と。



其の後、四月に成て、安西城より奏して云く、「去ぬる二月の十一日より後、城の東北三十里が内、雲霧の冥き中に、多の人有り。長一丈余許、皆、金の甲を著たり。酉時に至て、鼓を打ち、角*を吹く。其の音、三百余里振て、地動き山響く。二日を経たり。此れに依て、大石康等の五国の軍、皆逃げ散ぬ。亦、諸の帳幕の内に、金色なる鼠、俄に出来て、弓の弦を食切り、及び、器仗も悉く用に称はず。亦、此の間、城の楼の上に光明有り。人、怪で此れを見れば、毘沙門天、形を現じ給ふ。城の内に此れを見ぬ者無し。然ば、謹み敬て、天王の形を写して、王に奉る」と。


* 底本頭注「角諸本笛ニ作ル」
王、此れを聞て、喜び給ふ事限無くして、宣旨を下して、道の辻、若は州府の城の西北の角に、各毘沙門天の□□*置て、供養せしむ。


* 底本頭注「置テノ上一本像ヲトアリ」
亦、毘沙門天、経巻を与へ給ふと見て、夢覚ぬ。



然れば、別に楞厳院を建立して、中堂を建て、観音・不動尊・毘沙門の三尊を安置し奉れり。



然る間に、萱の中に白檀造毘沙門天の像、立給へり。



其の後、心の内に思はく、「我れ、年来、懃に観音の像を造奉らむと思ふ志し有るに、今、毘沙門天を見付奉れり。此の事、今夜□□□*示し給へ」と祈念して寝たる夜の夢に、年十五六歳許なる児の、形貌端正なる来て、伊勢人に告て云く、「汝ぢ、未だ煩悩を棄てずして、因果を悟る事無きが故に、疑を致す。汝ぢ聞け。観音は毘沙門也。我れ多聞天の侍者、禅膩師童子*也。観音と毘沙門とは、譬ば般若と法華との如く也」と宣ふと見て、夢覚ぬ。


* 底本頭注「今夜ノ下一本クハシクトアリ」
* 「善膩師童子」という表記が一般的
其の後、伊勢人、心を一にして、工・杣人等を雇ひ具して、奥山に入て、材木を造り運びて、即ち其の所に堂を造て、彼の見付奉れりし所の毘沙門天を安置し奉れり。



実に夢の教への如く、此の山の毘沙門天の霊験の新たにして、末世まで人の願を皆満給ふ事限無し。



毘沙門、天蓋を捧て傍に立給へりと見けり。



聖人の云く、「我れ、心に叶て輙く仕はるる者の無ければ、毘沙門天に『然らむ者一人給へ』と申ししに依て、実の人をば給はらで、眷属を給へる也。煩なるに依て、『久く有ては由無し』と思て返しつる也。但し、房の内に人恐れを成す事を至らしめじ。此の故を知らずして、戦ひ合て打殺さるる、極て愚か也」と。



而るに、堂の前の庭の中に、等身の地蔵菩薩・毘沙門天、各本の堂を出でて立給へり。



但し、地蔵は蓮華座に立給はず、毘沙門は鬼形を踏給はず。



其れより後、其の津を通り過る船の人、心有る道俗男女、此の寺に詣でて、其の地蔵菩薩・毘沙門天に結縁し奉らずと云ふ事無し」。



更に物思えず、辛くして夜曙ぬれば、先づ我が抱き奉る仏を見れば、*毘沙門天にて在ます。


* 底本、下文欠。以下、鈴鹿本により補う。
毘沙門天の持給へる桙の崎に、赤き血付たり。



然ば、僧、「我を助けむが為めに、毘沙門天の差し殺し給へる也けり」と思ふに、貴く悲き事限無し。



僧は泣々く毘沙門天を礼拝して、其所を過ぬ。



其の後、其の国の守□□の□□と云ふ人、此の事を聞て、其の毘沙門天を以て奉て、京に向へ奉て、本尊として、供養し恭敬し奉けり。



其の時に、鬼、胸に焼たる金杖を突立てられて、大きに忿を成して、僧の逃去たる跡を尋て、走り来て、僧を見付て、大口を開て、僧を噉むと為るに、僧、大きに恐ぢ怖れて、心を至して毘沙門天を念じ奉て、「我を助け給へ」と申す。



然れば、僧、命を存する事を得て、弥よ毘沙門天を念じ奉る事限無し。



僧、此れを見て、泣々く毘沙門天を礼拝し奉て、其の寺を出て、他所に行にけり。



亦、此れを見聞く人、毘沙門天の霊験の新たなる事を弥よ信じて、悲び貴びけりとなむ、語り伝へたるとや。



童は失にければ、其の後、僧、面影に立て、有つる有様、恋しく悲しく思えけれども、偏に、「鞍馬の毘沙門の、我れを助けむと謀り給たる也けり」と思て、其の後、其金を破つつ売て仕けるに、実に万づ豊に成にけり。



毘沙門天の霊験、掲焉なる事、此なむ有けるとなむ、語り伝へたるとや。



この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門にも、天帝釈にも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。
この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門びさもむにも、天帝釈てんたいしやくにも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。


伊良縁野世恒給毘沙門下文鬼神田与給物事


とりわきて、つかうまつりける毘沙門に、物も食はで、物の欲しかりける日、「頼み奉りたる毘沙門、助け給へ」と言ひけるほどに、「門に、いとをかしげなる女房の、『家主に物言はむ』との給へあり」と言ひければ、「誰にかあらん」とて、出でて会ひたりければ、盛りたる物を一盛り、
とりわきて、つかうまつりける毘沙門びさもんに、物も食はで、物の欲しかりける日、「頼み奉りたる毘沙門、助け給へ」と言ひけるほどに、「かどに、いとをかしげなる女房の、『家主いへあるじに物言はむ』との給へあり」と言ひければ、「誰にかあらん」とて、出でて会ひたりければ、盛りたる物を一盛りひともり


その木の端をつゆばかり得たる人は守りにし、毘沙門を造り奉りて、持し奉る人は、必ず徳付かぬはなかりけり。
その木の端をつゆばかり得たる人は守りにし、毘沙門びさもんを造り奉りて、し奉る人は、必ず徳付かぬはなかりけり。


この毘沙門は命蓮聖の行ひ出で奉りたりけるとか。



「あやし」と思ひて、見返りたれば、毘沙門の矛を持ちて、送り給ふなりけり。
「あやし」と思ひて、見返りたれば、毘沙門ひさもむほこを持ちて、送り給ふなりけり。
— Странно — подумал он, обернулся, а там Бисямон с копьём провожает взглядом.
「変だな」と思って振り返ると、毘沙門天(仏道守護の神のひとり)が矛を持って見送っていらっしゃったのだ。
今日曠野中
飲酒大安楽
猶過毘沙門
亦勝天帝釈


Сегодня посреди широкого поля
Пью вино и радуюсь,
...