千五百番歌合に、春歌

藤原雅経
千五百番歌合に、春歌

藤原雅経
Масацунэ

千五百番歌合に

右衛門督通具
千五百番歌合に

右衛門督通具
Мититомо

千五百番歌合に、春歌

皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、春歌

皇太后宮大夫俊成
Сюндзэй
皇太后宮大夫俊成=藤原俊成
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
Тосинари-но мусумэ

千五百番歌合に

藤原定家朝臣
千五百番歌合に

藤原定家朝臣
Тэйка

千五百番歌合に

左近中将良平
千五百番歌合に

左近中将良平
Ёсихира

千五百番歌合に

寂蓮法師
千五百番歌合に

寂蓮法師
Дзякурэн-хоси

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

権中納言公経
千五百番歌合に

権中納言公経
Кинцунэ
権中納言公経=西園寺公経
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成
Сюндзэй

千五百番歌合に

権中納言公経
千五百番歌合に

権中納言公経
Кинцунэ

千五百番歌合に

前大納言忠良
千五百番歌合に

前大納言忠良
Тадаёси

千五百番歌合に

宮内卿
千五百番歌合に

宮内卿
Кунаикё

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

左近中将良平
千五百番歌合に

左近中将良平
Ёсихира

千五百番歌合に

右衛門督通具
千五百番歌合に

右衛門督通具
Мититомо

千五百番歌合に

左衛門督通光
千五百番歌合に

左衛門督通光
Мититэру

千五百番歌合に

前大僧正慈円
千五百番歌合に

前大僧正慈円
Дзиэн

千五百番歌合に、秋歌

権中納言公経
千五百番歌合に、秋歌

権中納言公経
Кинцунэ

千五百番歌合に

藤原定家朝臣
千五百番歌合に

藤原定家朝臣
Тэйка

千五百番歌合に

前大僧正慈円
千五百番歌合に

前大僧正慈円
Дзиэн

千五百番歌合に
千五百番歌合に


千五百番歌合に

春宮権大夫公継
千五百番歌合に

春宮権大夫公継
Кинцугу

千五百番歌合に

家隆朝臣
千五百番歌合に

家隆朝臣
Иэтака

千五百番歌合に

権中納言兼宗
千五百番歌合に

権中納言兼宗
Канэмунэ

千五百番歌合に、初冬の心をよめる

皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に、初冬の心をよめる

皇太后宮大夫俊成
Сюндзэй

千五百番歌合に、冬の歌

源具親
千五百番歌合に、冬の歌

源具親
Томотика

千五百番歌合に、冬の歌

二条院讃岐
千五百番歌合に、冬の歌

二条院讃岐
Сануки

千五百番歌合に

源具親
千五百番歌合に

源具親
Томотика

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
Тосинари-но мусумэ

千五百番歌合に

正三位季能(藤原季能)
千五百番歌合に

正三位季能(藤原季能)
Суэёси

千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
Мититомо

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Сюндзэй

千五百番歌合に

(藤原良経)
千五百番歌合に

(藤原良経)
Ёсицунэ

千五百番歌合に

藤原定家朝臣
千五百番歌合に

藤原定家朝臣
Тэйка

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
Сюндзэй

千五百番歌合に


千五百番歌合に


Иэтака

千五百番歌合に

宜秋門院丹後
千五百番歌合に

宜秋門院丹後
Гисюмонъин-но Танго

千五百番歌合に

左衛門督通光(源通光)
千五百番歌合に

左衛門督通光(源通光)
Мититэру

千五百番歌合に

左衛門督通光(源通光)
千五百番歌合に

左衛門督通光(源通光)
Мититэру

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

(千五百番歌合に)

左衛門督通光(源通光)
(千五百番歌合に)

左衛門督通光(源通光)
Мититэру

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女
Тосинари-но мусумэ

千五百番歌合に

家隆朝臣(藤原家隆)
千五百番歌合に

家隆朝臣(藤原家隆)
Иэтака

千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
Мититомо

千五百番歌合に

権中納言公経(西園寺公経)
千五百番歌合に

権中納言公経(西園寺公経)
Кинцунэ

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
Сюндзэй

千五百番歌合に

藤原有家朝臣
千五百番歌合に

藤原有家朝臣
Арииэ

千五百番歌合に

二条院讃岐
千五百番歌合に

二条院讃岐
Сануки

千五百番歌合に

(藤原俊成)
千五百番歌合に

(藤原俊成)
Сюндзэй

千五百番歌合に

正三位季能(藤原季能)
千五百番歌合に

正三位季能(藤原季能)
Суэёси

千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
千五百番歌合に

右衛門督通具(源通具)
Мититомо

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

摂政太政大臣
千五百番歌合に

摂政太政大臣
Ёсицунэ

千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

正三位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

宜秋門院丹後

Гисюмонъин-но Танго

千五百番歌合に

正三位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

大藏卿有家



千五百番歌合に



千五百番歌合に

宜秋門院丹後

Гисюмонъин-но Танго

千五百番歌合に

源具親朝臣

Минамото Томотика

千五百番歌合に

土御門内大臣



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

侍從具定母



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

按察使兼宗



千五百番歌合に

宮内卿



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

從二位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

從二位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

醍醐入道前太政大臣



千五百番歌合に

前大納言忠良

Тадаёси

千五百番歌合に

宜秋門院丹後



千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成



千五百番歌合に

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

惟明親王



千五百番歌合に

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

惟明親王



千五百番歌合に

寂蓮法師

Дзякурэн-хоси

千五百番歌合に

從二位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

千五百番歌合に

從二位家隆

Иэтака

千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

千五百番歌合に

大藏卿有家



千五百番歌合に

宜秋門院丹後



千五百番歌合に

小侍從

Кодзидзю

千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

後鳥羽院宮内卿

Готоба-но ин

千五百番歌合に

醍醐入道前太政大臣



千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女

Дочь Тосинари

千五百番歌合に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

千五百番歌合に

惟明親王



千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女

Дочь Тосинари

千五百番歌合に

寂蓮法師

Дзякурэн-хоси

千五百番歌合に

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

源具親朝臣

Минамото Томотика

千五百番歌合に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成

Тосинари

千五百番歌合に

野宮左大臣



千五百番歌合に

前中納言定家

Бывший тюнагон Садаиэ

千五百番歌合に



千五百番歌合に

土御門内大臣



千五百番歌合に

前大納言忠良

Тадаёси

千五百番歌合に

前大納言兼宗



千五百番歌合に

前大納言兼宗



千五百番歌合に

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

千五百番歌合に

前大納言忠良

Тадаёси

千五百番歌合に

參議雅經



千五百番歌合に

大納言通具



千五百番歌合に

嘉陽門院越前



千五百番歌合に

後鳥羽院御製

Готоба-но ин

千五百番歌合に、春の歌

皇太后宮大夫俊成

Тосинари

千五百番歌合に

前中納言定家



千五百番歌合に

惟明親王



千五百番歌合に

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

前大僧正慈鎭



千五百番歌合に

野宮左大臣



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

野宮左大臣



千五百番歌合に

後鳥羽院御製



千五百番歌合に

惟明親王



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に

後鳥羽院御製



千五百番歌合に

前大納言兼宗



千五百番歌合に

宜秋門院丹後



千五百番歌合に

二條院讃岐



千五百番歌合に、春の歌

前大納言忠良



千五百番歌合に

前大納言忠良



千五百番歌合に

前大僧正慈鎭



千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成女



千五百番歌合に

前中納言定家



千五百番歌合に

前中納言定家



千五百番歌合に

參議雅經



千五百番歌合に

皇太后宮大夫俊成



千五百番歌合に

後鳥羽院御歌



千五百番歌合に

寂蓮法師



千五百番歌合に

同院宮内卿



千五百番歌合に

後鳥羽院御歌



千五百番歌合の歌

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

後久我前太政大臣



千五百番歌合に

後京極攝政前太政大臣



千五百番歌合に

源家長朝臣



千五百番歌合に

後鳥羽院宮内卿



千五百番歌合の歌

二條院讃岐



千五百番歌合に

大納言通具



千五百番歌合に

前大納言忠良



千五百番歌合に

大納言通具



千五百番歌合に

寂蓮法師



千五百番歌合に

醍醐入道前太政大臣



千五百番歌合に

野宮左大臣



千五百番歌合に

從二位家隆



千五百番歌合を折句にて判ぜさせ給うけるに、同じほど

後鳥羽院御製



千五百番歌合に

参議雅經



千五百番歌合に

嘉陽門院越前



千五百番歌合に

後鳥羽院御製



千五百番歌合に

醍醐入道太政大臣



千五百番歌合に

小侍從



千五百番歌合に

後鳥羽院宮内卿



千五百番歌合に

宜秋門院丹波



千五百番歌合に

大藏卿有家