Весна
0
Лето
0
Осень
0
Зима
0
Любовь
0
Благопожелания
0
Странствия
0
Разлука
0
Скорбь
0
Буддийское
0
Синтоистское
0
Разное
0
Иное
0
今は昔、女院、尼にならせ給ひける日、大斎院から御文あり。

Давным-давно, когда государыня побрилась в монахини, от главной жрицы храма Камо пришло письмо.
女院=藤原彰子
大斎院=選子内親王
大斎院以女院御出家時被進和哥事

О том, как главная жрица храма Камо приподнесла вака государыне, когда она стала монахиней

横川に登りて、頭をろして、こもり給へりけるとき、上東門院より問はせ給ひたりければ、
横川に登りて、かしらをろして、こもり給へりけるとき、上東門院より問はせ給ひたりければ、

上東門院=藤原彰子
その時、いたう恨みて、「わが身は、しかじかの者に侍り。菩提心を発して、世を遁れ身を捨てて、山林にまどひ歩き侍れば、志おなじきゆゑに、ことに随喜し奉るうちにも、女の身には、ことにふれてさはりあり。かく思し立ちけんことの、かへすがへすもあはれにたぐひなく思えて侍り。かつは、『細かに承りて、わが心をも励まし侍らむ』と思ふなり。深くへだて給へば、いと本意ならず」なんど、細かにうち口説き恨むれば、とばかりためらひて言ふやう、「『隠し申さん』とも思ひ侍らず。年ごろここに住み侍れど、いまだかく尋ね来る人もなきを、思ひかけず来たり給へれば、何となく心さはぎて、御いらへもとどこほり侍るばかりなり。我らがありさま申し侍らん。昔、二十ばかりの時、二人同じやうにて、上東門院につかうまつりて侍りしが、世のありさま移り行くを見るにも、高き賤しき、かたはしより隠れ行く。すべてこの世には心もとまらず。されば、ことに優なりし所の習ひに、色深き心とて、ことにふれつつ身も苦しく、罪の積らんことも恐しく侍りしかば、二人、申し合はせて、行方も知らず走り隠れにき。その後、ここかしこにへつらひ侍りしかど、人のあたりは何ごとにつけても住みにくく、心にかなはぬことのみ侍りしより、思ひがけぬここに跡をとめて、おのづから多くの年月を経たり。花の散り、葉の色付くを見て、春秋の経ぬることを数ふれば、四十余年になんなりぬる。住み初め侍りしころは、嵐もはげしく、はかなき鳥獣のはけしきまでもけうとき心地して、ことごと堪へ忍ぶべくもあらざりしかど、今は住みなれて、たまさかに立ち出でたる時も、ここを栖と急ぎ帰り詣で来れば、『さるべかりけること』と、あはれに侍るなり。何とならはせることにか、生ける数とて、雲風に身をまかせても、縁なければ、一人一人代はりて、十五日づつ里に出でて、今一人を養ふわざをなんし侍る。この並べる庵の内に、窓をあけて、わづかにとぶらひ侍るを頼りにて、ただ明け暮れは念仏し侍るなり」と、まめやかしく、あてなるけはひにて、語るまじきをも思えず、袖をしぼりつつ、一仏浄土の契りを結びて帰りぬ。
その時、いたう恨みて、「わが身は、しかじかの者に侍り。菩提心をおこして、世を遁れ身を捨てて、山林にまどひありき侍れば、志おなじきゆゑに、ことに随喜し奉るうちにも、女の身には、ことにふれてさはりあり。かく思し立ちけんことの、かへすがへすもあはれにたぐひなく思えて侍り。かつは、『細かに承りて、わが心をも励まし侍らむ』と思ふなり。深くへだて給へば、いと本意ならず」なんど、細かにうち口説き恨むれば、とばかりためらひて言ふやう、「『隠し申さん』とも思ひ侍らず。年ごろここに住み侍れど、いまだかく尋ね来る人もなきを、思ひかけず来たり給へれば、何となく心さはぎて、御いらへもとどこほり侍るばかりなり。我らがありさま申し侍らん。昔、二十はたちばかりの時、二人同じやうにて、上東門院につかうまつりて侍りしが、世のありさま移り行くを見るにも、高き賤しき、かたはしより隠れ行く。すべてこの世には心もとまらず。されば、ことに優なりし所の習ひに、色深き心とて、ことにふれつつ身も苦しく、罪の積らんことも恐しく侍りしかば、二人、申し合はせて、行方ゆくへも知らず走り隠れにき。その後、ここかしこにへつらひ侍りしかど、人のあたりは何ごとにつけても住みにくく、心にかなはぬことのみ侍りしより、思ひがけぬここに跡をとめて、おのづから多くの年月を経たり。花の散り、葉の色付くを見て、春秋の経ぬることを数ふれば、四十余年になんなりぬる。住み初め侍りしころは、嵐もはげしく、はかなき鳥獣のはけしきまでもけうとき心地して、ことごと堪へ忍ぶべくもあらざりしかど、今は住みなれて、たまさかに立ち出でたる時も、ここをすみかと急ぎ帰り詣で来れば、『さるべかりけること』と、あはれに侍るなり。何とならはせることにか、生ける数とて、雲風に身をまかせても、なければ、一人一人代はりて、十五日づつ里に出でて、今一人を養ふわざをなんし侍る。この並べる庵の内に、窓をあけて、わづかにとぶらひ侍るを頼りにて、ただ明け暮れは念仏し侍るなり」と、まめやかしく、あてなるけはひにて、語るまじきをも思えず、袖をしぼりつつ、一仏浄土の契りを結びて帰りぬ。

上東門院. 一条天皇中宮藤原彰子